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第90話 努力の設計図
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8月26日。
TRY-LOG実験、2週間テスト――終了。
夏の終わりを告げる風が、カーテンをゆっくり揺らす。
机の上には、10冊のノートが積み上げられていた。
どれも、子どもたちの文字でびっしりと埋まっている。
“疲れた”“今日は休む日”“でも楽しかった”――
その一行一行が、まるで“心のログ”だった。
「……すげぇな」
佐藤が一冊を手に取り、ページをめくる。
「最初は半分続けば上出来って思ってたけど……まさか全員、2週間完走するとはな」
「“完璧”じゃないのが、むしろいい」
相川が淡々とページをめくりながら言った。
「白紙がない。それだけで価値がある」
俺は静かに頷いた。
(……これが、人の努力の形か)
ペンの色も、字の癖も、シールの貼り方も十人十色。
“誰かに見せるため”じゃなく、“自分に残すため”の記録。
そこには、SNSの“いいね”よりもずっと強い“生の手ざわり”があった。
「Phase.01完了だな」
相川がノートを閉じて言う。
「次は、“動く形にする”番だ」
俺は深くうなずいた。
「Phase.02――アプリの試作に入ります」
―
夕方。
相川の部屋。
パソコンの冷たい光が、薄暗い室内を照らしている。
机の上には、コードの羅列が映ったディスプレイと、回収したTRY-LOGノートの山。
相川は無言でキーボードを叩き続けていた。
その指先が動くたび、画面の中の文字が形を変えていく。
エアコンの風と、カタカタという打鍵音だけが部屋を満たしていた。
その隣で、俺と佐藤はノートをスキャンし、データ化していく。
紙が通るたび、スキャナのライトが淡く走った。
佐藤がふとノートをめくって笑う。
「“もうやめたい”のあとに“でもちょっと頑張る”って書いてる子、いたな。
この一行だけでTRY-LOGの意味ある気がする」
「“努力を続ける”んじゃなく、“戻ってこれる”のが大事なんだ」
俺はスキャナに一冊を差し込みながら言った。
「止まるのも、努力のうちだよ」
「……いい言葉だな」
相川が手を止め、画面から目を離さずに小さく笑った。
「よし、データ入力完了。試作版に入るぞ」
その声に、佐藤と俺は顔を見合わせた。
小さな部屋の中で、モニターの光だけが静かに瞬いていた。
―
夜。
テーブルの上にはノート、PC、電卓、そしてコーヒー。
3人の前には、試作アプリ「TRY-LOG」の設計メモが広がっていた。
相川がノートを開き、ざっと計算を始める。
ディスプレイの光が、青白く顔を照らしていた。
「UI/UXで60万、バックエンドで150万、テストと保守で40万。
フロントエンドとクラウドは今回は削る。
スマホの中だけで動かす“仮想アプリ”として動作確認する。
本番環境は、正式リリースまで持ち越しだ。
最低限の試作――MVP構成なら80万でいける」
「……ちょっと待って。つまり?」
佐藤が顔をしかめる。
相川はため息をつきながら、紙に簡単な図を書いた。
「つまり、“見た目を作る”のに60万。
“中身を動かすエンジン”に150万。
ちゃんと動くかテストするのに40万。――全部合わせると本来は250万。
でも、“動くだけの原型”に絞れば80万でいけるってことだ。
フロントエンド(アプリ画面)とクラウド(サーバー環境)は、
“リリース版”になってからで十分だ」
俺はその数字を見つめながら、心の中で整理した。
(UI/UX――つまり“見た目と使いやすさ”。
バックエンド――アプリの“頭脳と心臓”。
テストと保守――“壊れないようにする点検”。
……最低限でも、それだけの金がかかるってことか)
相川が淡々と続ける。
「これでも相当削ってる。
デザインは既存のひな型を使う。
サーバーも無料のプランで済ませる。
俺の作業分は“タダ”扱い。――それで、やっと80万だ」
「80万!?」
佐藤がスプーンを落としかけた。
「それ、バイト何ヶ月分だよ……!」
相川が肩をすくめる。
「まあ、現実は甘くない。けど“夢”を現実にするなら、このラインは避けられない」
佐藤が眉をしかめたまま、俺の顔を見た。
「お前……ほんとに出す気か? てか、高校生でなんでそんな金持ってんだよ」
俺は息を吸い、笑うように答えた。
「出すよ。“TRY-LOG”は――ここからが本番だ」
その言葉を口にした瞬間、
胸の奥で、静かに“覚悟”が音を立てて形になった。
相川が腕を組み、真っ直ぐに言った。
「これだけの金を動かすなら、もう“遊び”じゃない。――会社にするか」
「会社……?」
佐藤の口から、自然と声が漏れた。
相川はパソコンを閉じ、腕を組み直す。
「個人のままだと、契約も資金集めも通らない。
本気で出すなら、“会社”として登録する必要がある」
「会社って……あの、株式会社とか合同会社の、あれ?」
佐藤が半分笑いながら言う。
「そう。法人ってのは“信頼証”みたいなもんだ。
名前があれば、取引先も安心するし、銀行口座も作れる」
俺はうなずいた。
「……つまり、“TRY-LOG”を世に出すなら、責任の形も必要ってことですね」
「そうだ」
相川が軽く頷く。
「で、代表は?」
空気が一瞬だけ張りつめた。
けれど、迷いはなかった。
「名義上は母の名前で登記します。
運営は俺。佐藤はCOO、相川先輩はCTO。これでいきます」
「……CTO?」
佐藤が首をかしげる。
「チーフ・テクノロジー・オフィサー。要するに“技術の責任者”」
俺は笑って続けた。
「俺が全体をまとめて、相川先輩が作る。お前は――動かす」
「動かす?」
「チーフ・オペレーティング・オフィサー。現場の指揮官。
学校や子どもたちとつながる部分、運用や広報をまとめる」
佐藤が苦笑した。
「おい、それけっこう重くね?」
「責任ってより、“推進力”だよ。
俺が考えて、相川先輩が作って、お前が動かす。
3人が噛み合って、ようやく“Re:Try”は回る」
相川がふっと笑った。
「……いいチームだ。歯車が噛み合ってる」
佐藤がニヤリと笑う。
「……現場責任者か。プレッシャーだけど、やるしかねぇよな。
よし、じゃあ俺、“営業部長”な! 会社の形ができたら――商工会とかにも話してみようぜ!」
「商工会?」
俺が首をかしげると、佐藤は肩をすくめた。
「地域の企業が集まってる団体。起業の相談とかもできるって。
高校生がやってるって言えば、興味持ってくれる人いるかもだろ?」
「……たしかに、それは“営業部長”っぽいな」
そう言いながら、俺は笑った。
「頼んだ」
「任せろ」
佐藤が胸を叩く。
そのやりとりを見ながら、相川が静かに言った。
「――じゃあ、“会社の名前”はどうする?」
俺はテーブルの上のメモ帳を引き寄せ、ペンを走らせた。
【株式会社Re:Try】
黒いインクが紙に沈む。
その文字を見つめながら、胸の奥がじんわり熱くなった。
「株式会社にするのか?」
相川が問う。
「はい。“信頼の看板”を立てたいんです」
俺はまっすぐ答えた。
「合同会社でも動けるけど、株式会社の方が“本気度”を伝えやすい。
もし将来クラウドファンディングをやるなら、出資者も信頼しやすいですから」
「クラファンって、ネットで支援を集めるやつだろ?」
佐藤が口を挟む。
「そう。“夢に出資してもらう”仕組み。
でもその前に、“信頼できる形”を作らないといけない」
俺はメモ帳を見つめながら続けた。
「TRY-LOGって、“誰かの挑戦”を預かるアプリです。
人の努力を扱うなら、まず俺たちが“信頼される挑戦者”じゃないといけない。
だから――俺たちは“信頼”そのものを形にするんです」
相川が少しだけ目を細める。
「……なるほど。“信頼”と“再挑戦”を、同じ形で見せるわけか。
“Re:Try”って、そういう意味か」
「はい。失敗しても、もう一度“挑戦できる”ように。
TRY-LOGを通して、誰かが“やり直せる”勇気を取り戻せるように。
そのための会社――“株式会社Re:Try”です」
静かな沈黙のあと、相川がふっと笑った。
「……いい名前だな。理念が先に立ってる」
メモ帳の「株式会社Re:Try」の文字を見つめた瞬間、
胸の奥で、何かが静かに鳴った。
(――もう一度、挑戦するための場所。それが、俺たちのRe:Tryだ)
―
その夜。
相川の部屋のモニターには、TRY-LOGの最初の画面が浮かんでいた。
“努力メーター”“休むボタン”。
すべてが、手書きノートの延長線上にあった。
(デザインは削っても、想いだけは削らない――)
相川は静かにキーボードを叩く。
『疲れたら、書かなくてもいい。
でも、戻ってきたら“おかえり”って言うから』
画面の隅に、ゆっくりとその文字が浮かび上がる。
――帰り際。
相川がUSBを差し出した。
「今日の設計データ、入れといた。動くのはまだ先だけどな」
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取り、ポケットにしまう。
夜風が少し冷たくなってきていた。
街灯の下、ポケットの中のUSBが、やけに重く感じる。
(……形になるまで、まだ遠い。
でも、もう“始まってる”んだ)
家に帰ると、リビングの灯りがついていた。
母は洗い物をしていて、父はテレビを見ている。
いつも通りの夜。けれど、今夜だけは少しだけ違って見えた。
(……言わなきゃな。
“会社を作る”って)
テーブルの上のカレンダーには「9月」の文字。
TRY-LOGだけじゃなく、俺たちの生活も次のステージに進もうとしていた。
―
【Project Re:Try:試して、確かめる/第一段階レポート】
※【 】内は今回上昇分
◆日時:8月26日
◆目標:10人テスト完遂(2週間)
◆進行状況:完了(Phase.01)
◆目的
「続けやすい“努力記録”の原型を見つける」
“努力のデータ化”ではなく、“努力の共感化”を目指す。
◆メンバー構成:
・佐久間陽斗(CEO/代表・企画)
行動指数(筋力):33.5/継続性(耐久力):34.0
構想力(知力):34.2/共感力(魅力):45.2
SP:25/スキル保持数:31
・佐藤大輝(COO /現場統括/信頼度78)
・相川蓮(CTO/開発・解析/信頼度53)
◆対象者:中学生5名・小学生5名(協力者)
◆試験内容:「手書き努力ログ」による2週間の継続テスト
◆残資産:1,540,000円
◆観察結果(最終報告)
•“疲れた”のあとに“でも楽しかった”が多発
•“やった感”よりも“見てもらえた感”が継続の原動力
•“白紙ゼロ”を達成(10人中10人が2週間完走)
•新機能「休む日ログ」を設計・追加
◆次段階予定(Phase.02)
「手書きログのデジタル化」
→ TRY-LOGをベースに、AI解析を導入。
“続く言葉”の抽出と分類を開始予定。
◆備考
・株式会社Re:Try 設立準備開始(代表:佐久間陽斗/登記名義:母)
・商工会との相談ルート確立予定
・試作版MVP制作予算:80万円(自己資金内で確保)
――これは報告書でもあり、俺たちの“航海日誌”でもある。
(記録者:佐久間陽斗)
TRY-LOG実験、2週間テスト――終了。
夏の終わりを告げる風が、カーテンをゆっくり揺らす。
机の上には、10冊のノートが積み上げられていた。
どれも、子どもたちの文字でびっしりと埋まっている。
“疲れた”“今日は休む日”“でも楽しかった”――
その一行一行が、まるで“心のログ”だった。
「……すげぇな」
佐藤が一冊を手に取り、ページをめくる。
「最初は半分続けば上出来って思ってたけど……まさか全員、2週間完走するとはな」
「“完璧”じゃないのが、むしろいい」
相川が淡々とページをめくりながら言った。
「白紙がない。それだけで価値がある」
俺は静かに頷いた。
(……これが、人の努力の形か)
ペンの色も、字の癖も、シールの貼り方も十人十色。
“誰かに見せるため”じゃなく、“自分に残すため”の記録。
そこには、SNSの“いいね”よりもずっと強い“生の手ざわり”があった。
「Phase.01完了だな」
相川がノートを閉じて言う。
「次は、“動く形にする”番だ」
俺は深くうなずいた。
「Phase.02――アプリの試作に入ります」
―
夕方。
相川の部屋。
パソコンの冷たい光が、薄暗い室内を照らしている。
机の上には、コードの羅列が映ったディスプレイと、回収したTRY-LOGノートの山。
相川は無言でキーボードを叩き続けていた。
その指先が動くたび、画面の中の文字が形を変えていく。
エアコンの風と、カタカタという打鍵音だけが部屋を満たしていた。
その隣で、俺と佐藤はノートをスキャンし、データ化していく。
紙が通るたび、スキャナのライトが淡く走った。
佐藤がふとノートをめくって笑う。
「“もうやめたい”のあとに“でもちょっと頑張る”って書いてる子、いたな。
この一行だけでTRY-LOGの意味ある気がする」
「“努力を続ける”んじゃなく、“戻ってこれる”のが大事なんだ」
俺はスキャナに一冊を差し込みながら言った。
「止まるのも、努力のうちだよ」
「……いい言葉だな」
相川が手を止め、画面から目を離さずに小さく笑った。
「よし、データ入力完了。試作版に入るぞ」
その声に、佐藤と俺は顔を見合わせた。
小さな部屋の中で、モニターの光だけが静かに瞬いていた。
―
夜。
テーブルの上にはノート、PC、電卓、そしてコーヒー。
3人の前には、試作アプリ「TRY-LOG」の設計メモが広がっていた。
相川がノートを開き、ざっと計算を始める。
ディスプレイの光が、青白く顔を照らしていた。
「UI/UXで60万、バックエンドで150万、テストと保守で40万。
フロントエンドとクラウドは今回は削る。
スマホの中だけで動かす“仮想アプリ”として動作確認する。
本番環境は、正式リリースまで持ち越しだ。
最低限の試作――MVP構成なら80万でいける」
「……ちょっと待って。つまり?」
佐藤が顔をしかめる。
相川はため息をつきながら、紙に簡単な図を書いた。
「つまり、“見た目を作る”のに60万。
“中身を動かすエンジン”に150万。
ちゃんと動くかテストするのに40万。――全部合わせると本来は250万。
でも、“動くだけの原型”に絞れば80万でいけるってことだ。
フロントエンド(アプリ画面)とクラウド(サーバー環境)は、
“リリース版”になってからで十分だ」
俺はその数字を見つめながら、心の中で整理した。
(UI/UX――つまり“見た目と使いやすさ”。
バックエンド――アプリの“頭脳と心臓”。
テストと保守――“壊れないようにする点検”。
……最低限でも、それだけの金がかかるってことか)
相川が淡々と続ける。
「これでも相当削ってる。
デザインは既存のひな型を使う。
サーバーも無料のプランで済ませる。
俺の作業分は“タダ”扱い。――それで、やっと80万だ」
「80万!?」
佐藤がスプーンを落としかけた。
「それ、バイト何ヶ月分だよ……!」
相川が肩をすくめる。
「まあ、現実は甘くない。けど“夢”を現実にするなら、このラインは避けられない」
佐藤が眉をしかめたまま、俺の顔を見た。
「お前……ほんとに出す気か? てか、高校生でなんでそんな金持ってんだよ」
俺は息を吸い、笑うように答えた。
「出すよ。“TRY-LOG”は――ここからが本番だ」
その言葉を口にした瞬間、
胸の奥で、静かに“覚悟”が音を立てて形になった。
相川が腕を組み、真っ直ぐに言った。
「これだけの金を動かすなら、もう“遊び”じゃない。――会社にするか」
「会社……?」
佐藤の口から、自然と声が漏れた。
相川はパソコンを閉じ、腕を組み直す。
「個人のままだと、契約も資金集めも通らない。
本気で出すなら、“会社”として登録する必要がある」
「会社って……あの、株式会社とか合同会社の、あれ?」
佐藤が半分笑いながら言う。
「そう。法人ってのは“信頼証”みたいなもんだ。
名前があれば、取引先も安心するし、銀行口座も作れる」
俺はうなずいた。
「……つまり、“TRY-LOG”を世に出すなら、責任の形も必要ってことですね」
「そうだ」
相川が軽く頷く。
「で、代表は?」
空気が一瞬だけ張りつめた。
けれど、迷いはなかった。
「名義上は母の名前で登記します。
運営は俺。佐藤はCOO、相川先輩はCTO。これでいきます」
「……CTO?」
佐藤が首をかしげる。
「チーフ・テクノロジー・オフィサー。要するに“技術の責任者”」
俺は笑って続けた。
「俺が全体をまとめて、相川先輩が作る。お前は――動かす」
「動かす?」
「チーフ・オペレーティング・オフィサー。現場の指揮官。
学校や子どもたちとつながる部分、運用や広報をまとめる」
佐藤が苦笑した。
「おい、それけっこう重くね?」
「責任ってより、“推進力”だよ。
俺が考えて、相川先輩が作って、お前が動かす。
3人が噛み合って、ようやく“Re:Try”は回る」
相川がふっと笑った。
「……いいチームだ。歯車が噛み合ってる」
佐藤がニヤリと笑う。
「……現場責任者か。プレッシャーだけど、やるしかねぇよな。
よし、じゃあ俺、“営業部長”な! 会社の形ができたら――商工会とかにも話してみようぜ!」
「商工会?」
俺が首をかしげると、佐藤は肩をすくめた。
「地域の企業が集まってる団体。起業の相談とかもできるって。
高校生がやってるって言えば、興味持ってくれる人いるかもだろ?」
「……たしかに、それは“営業部長”っぽいな」
そう言いながら、俺は笑った。
「頼んだ」
「任せろ」
佐藤が胸を叩く。
そのやりとりを見ながら、相川が静かに言った。
「――じゃあ、“会社の名前”はどうする?」
俺はテーブルの上のメモ帳を引き寄せ、ペンを走らせた。
【株式会社Re:Try】
黒いインクが紙に沈む。
その文字を見つめながら、胸の奥がじんわり熱くなった。
「株式会社にするのか?」
相川が問う。
「はい。“信頼の看板”を立てたいんです」
俺はまっすぐ答えた。
「合同会社でも動けるけど、株式会社の方が“本気度”を伝えやすい。
もし将来クラウドファンディングをやるなら、出資者も信頼しやすいですから」
「クラファンって、ネットで支援を集めるやつだろ?」
佐藤が口を挟む。
「そう。“夢に出資してもらう”仕組み。
でもその前に、“信頼できる形”を作らないといけない」
俺はメモ帳を見つめながら続けた。
「TRY-LOGって、“誰かの挑戦”を預かるアプリです。
人の努力を扱うなら、まず俺たちが“信頼される挑戦者”じゃないといけない。
だから――俺たちは“信頼”そのものを形にするんです」
相川が少しだけ目を細める。
「……なるほど。“信頼”と“再挑戦”を、同じ形で見せるわけか。
“Re:Try”って、そういう意味か」
「はい。失敗しても、もう一度“挑戦できる”ように。
TRY-LOGを通して、誰かが“やり直せる”勇気を取り戻せるように。
そのための会社――“株式会社Re:Try”です」
静かな沈黙のあと、相川がふっと笑った。
「……いい名前だな。理念が先に立ってる」
メモ帳の「株式会社Re:Try」の文字を見つめた瞬間、
胸の奥で、何かが静かに鳴った。
(――もう一度、挑戦するための場所。それが、俺たちのRe:Tryだ)
―
その夜。
相川の部屋のモニターには、TRY-LOGの最初の画面が浮かんでいた。
“努力メーター”“休むボタン”。
すべてが、手書きノートの延長線上にあった。
(デザインは削っても、想いだけは削らない――)
相川は静かにキーボードを叩く。
『疲れたら、書かなくてもいい。
でも、戻ってきたら“おかえり”って言うから』
画面の隅に、ゆっくりとその文字が浮かび上がる。
――帰り際。
相川がUSBを差し出した。
「今日の設計データ、入れといた。動くのはまだ先だけどな」
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取り、ポケットにしまう。
夜風が少し冷たくなってきていた。
街灯の下、ポケットの中のUSBが、やけに重く感じる。
(……形になるまで、まだ遠い。
でも、もう“始まってる”んだ)
家に帰ると、リビングの灯りがついていた。
母は洗い物をしていて、父はテレビを見ている。
いつも通りの夜。けれど、今夜だけは少しだけ違って見えた。
(……言わなきゃな。
“会社を作る”って)
テーブルの上のカレンダーには「9月」の文字。
TRY-LOGだけじゃなく、俺たちの生活も次のステージに進もうとしていた。
―
【Project Re:Try:試して、確かめる/第一段階レポート】
※【 】内は今回上昇分
◆日時:8月26日
◆目標:10人テスト完遂(2週間)
◆進行状況:完了(Phase.01)
◆目的
「続けやすい“努力記録”の原型を見つける」
“努力のデータ化”ではなく、“努力の共感化”を目指す。
◆メンバー構成:
・佐久間陽斗(CEO/代表・企画)
行動指数(筋力):33.5/継続性(耐久力):34.0
構想力(知力):34.2/共感力(魅力):45.2
SP:25/スキル保持数:31
・佐藤大輝(COO /現場統括/信頼度78)
・相川蓮(CTO/開発・解析/信頼度53)
◆対象者:中学生5名・小学生5名(協力者)
◆試験内容:「手書き努力ログ」による2週間の継続テスト
◆残資産:1,540,000円
◆観察結果(最終報告)
•“疲れた”のあとに“でも楽しかった”が多発
•“やった感”よりも“見てもらえた感”が継続の原動力
•“白紙ゼロ”を達成(10人中10人が2週間完走)
•新機能「休む日ログ」を設計・追加
◆次段階予定(Phase.02)
「手書きログのデジタル化」
→ TRY-LOGをベースに、AI解析を導入。
“続く言葉”の抽出と分類を開始予定。
◆備考
・株式会社Re:Try 設立準備開始(代表:佐久間陽斗/登記名義:母)
・商工会との相談ルート確立予定
・試作版MVP制作予算:80万円(自己資金内で確保)
――これは報告書でもあり、俺たちの“航海日誌”でもある。
(記録者:佐久間陽斗)
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彼はその日から探索者――シーカーを目指した。
そして遂に訪れた覚醒の日。
「ユニークスキル【幸運】?聞いた事のないスキルだな?どんな効果だ?」
スキル効果を確認すると、それは幸運ステータスの効果を強化する物だと判明する。
「幸運の強化って……」
幸運ステータスは、シーカーにとって最も微妙と呼ばれているステータスである。
そのため、進んで幸運にステータスポイントを割く者はいなかった。
そんな効果を強化したからと、王道光はあからさまにがっかりする。
だが彼は知らない。
ユニークスキル【幸運】の効果が想像以上である事を。
しかもスキルレベルを上げる事で、更に効果が追加されることを。
これはハズレと思われたユニークスキル【幸運】で、王道光がシーカー界の頂点へと駆け上がる物語。
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
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沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
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しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
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