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第19話 負けヒロインは澱んだ空気で呼吸する
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私と林檎は授業が終わると、いつも通り、部室に行き、無言でアルバムをめくりはじめようとした。
そんな時、突如扉が開いた。そこに立っていたのは、昨日大声で電車の中で騒ぎまくった不登校の後輩。
あまりにも昨日の言葉を素直に受け取ってくれた可愛らしい後輩の姿に、私と林檎であれば、何か煽りでもいれてやるところだが、そんな暇を与えないくらい、ズカズカと部室に侵入してきた。
「部室、随分汚いですね。片付けますよ」
一応自分が部外者であるはずの場所に、ズカズカと入り込んできた女の第一声がこれだった。
陽芽は心底あきれた表情で、溜息をつく。
クラスメイトの前ではまだ委員長キャラを続けるらしいが、私達の前でまで取り繕う必要はないと考えたのだろう。
実際、昔みたいに「皆さん今日も頑張ってますね!部屋のお掃除してもいいですか?」なんてノリで来られたら私と林檎はゲラゲラ笑ってバカにしてただろうし。
「陰気な人間が集まっているからどんどん空気が澱んでます。まずは空気を入れ替えましょう」
陽芽はYESともNOとも返事しない私達を無視して部室の一番奥から窓を開け始めた。
「そうね、陰気な人間がまた一人増えたから、どんどん空気が重くなってくわね。この部室」
「……それって私のこと言っています?私、クラスでは立ってるだけで空気がきれいになるってよく言われるんですけど」
「確かに前のアンタはそんな感じだったわね。そんな空気清浄機扱いされて嬉しいわけ?」
「別に。貴方達の空気までわざわざ綺麗にするのはもったいないですから。不満でしたら追い出せばいいんじゃないですか?」
なんだか面倒くさい女になって帰って来たわね。
付き合い自体は長いのだが、思い返してみれば、この子と関わっていた時、必ず同じ場に桜路がいた。つまり、兄の前で取り繕っている姿しか知らなかったのだ。
むしろ、本来の気質はこのジメジメした不遜な性格の方なのかもしれない。
「私としては、今のアンタの前の方が息しやすいわ」
実際、良い子ちゃんの前で、こうしてダラダラ男を追いかけるというのは、大きく道を外れているような気がして居心地が悪い。
今の、面倒くさくて陰気な同類の前の方が、よっぽど呼吸がしやすかった。
陽芽は「ふ、ふーん」と背を向けた。認めたくないのか、照れているのか、はたまたあきれているのか。
「実際、探偵部って今まであーちゃんとおーくんが空気清浄機の役目を果たしてたんだろうなぁ」
林檎の言う通り、探偵部の明るさというのはほとんど泡歌と桜路が担保していた。
パレットで言うなら赤、青、黄、緑と、性格が違う連中が集まって、結果カラフルでうるさい印象になっていたはずなのに、現在はどういうわけか青色と緑色の暗い色だけが残って、混ざり合って、真っ黒になってしまった。
「……兄さんは、空気は読めない人でしたが、空気を変える力のある人でした」
”そうやっていつもいない人間の話をして懐かしがってるなんてやはり不毛ですね”ぐらいのパンチラインが飛んでくるかと思えば、意外なことに陽芽もこの不毛な傷の舐めあいに乗って来た。
ある意味、桜路と最も長いこと一緒に育ってきた陽芽こそ、桜路によって浄化された空気ばかりを吸ってきて、今、呼吸の仕方がわからなくなっているのかもしれない。
陽芽は一枚のアルバムを拾い上げて、机に広げる。
「……これは、何をしていた時ですか?」
「花見ね。みんなで弁当持ち寄って食べたのよ」
「あぁ、ありましたね。そんな行事。じゃあ、この兄さんが食べてるお弁当、私が作ったんです」
「へぇ、アンタもくればよかったじゃない」
「そこまで過干渉したら鬱陶しい妹と思われてしまいますから……って、きっとこういう態度が良くなかったんでしょうね」
陽芽は、その写真にバツ印をつけるかのように、ページをめくって自嘲する。
「陽芽ちんっておーくんと喧嘩したことあるの?」
「さすがにあるでしょ」
「……無いんです」
陽芽は後ろめたそうに、窓の外を見た。
「一度だって、兄さんが私を否定したことも、私が兄さんを否定したこともありませんでした。きっと、歪なんでしょうね」
この内弁慶の逆みたいな女は、きっと本当は「なんで自分を追いてった?」「家族よりその女が大事なの?」「どうして?」なんて不平不満を、恨み節を、正当な疑問を、ぶつけてやりたかったのだろう。兄妹喧嘩をしたかったのだろうし、実際するべきだった。
しかし、人生で一度も意見の衝突なんてやったことがない妹は、突然の別れを前にして、どうしたらいいかわからなくなってしまったんだ。
きっと駆け落ちに正当な理由があったとして、陽芽なら、家族なら、責める権利があったはず。理不尽に怨嗟を吐いても許された。それが兄妹だから。
その権利を一切行使しないまま、体の中に怨嗟を貯めたまま、見ないふりした結果がこれだ。全く、哀れな女ね。
「ま、来るべきじゃなかったわよこんなイベント。最後大変だったんだから」
「そうそう。引率の乙都先生が酔っ払って最終的にはおーくんとあーちゃんに肩借りて帰ってたんだよ」
陽芽は、アルバムを優しく閉じた。
「そういえば、輝夜先生から依頼受けて、私のところに来たんですよね先輩方」
「そうよ。お礼ぐらい言いにこいって言いなさい」
「陽芽ちんが心配だから乙都先生からクラス聞きだそうとしたら輝夜先生から不登校になってるって聞いたからびっくりしたよ~」
「へぇ…?」
陽芽は少しだけ意外そうに眉を動かした。
「乙都先生って同棲している彼女いましたよね、その人呼び出せばよかったのに」
「「え?」」
全く聞いた覚えもない噂に私と林檎は目を見合わせた。
「あの二人、去年までは仲がよさそうだったけど、今年から疎遠になってそうって女子の間で話題ですよ。女でも盗られたんですかね」
そもそも教師の交友関係なんかに興味がないため知らなかった。
友人…いや、取り巻きといった方が正しいか。私の美貌は男女共通の認識なので、それなりにクラスで話す人も多かった。そのためそういった噂はひとりでに入ってくるものだった。
しかし、探偵部に入ってからは、休み時間や放課後はほぼ部員とすごしていたこともあり、自然と噂話は耳に入らなくなっていた。
いや、厳密にいうと、泡歌なんかはよくそういった話をしていたような記憶があるし、それが探偵部に持ち込まれた依頼の謎の解明なんかに役立ったこともあったのだが、泡歌が桜路と共に消えてからはそういった噂話を聞く機会がなくなってしまった。それにより、泡歌が消えて以降の噂は全くと言っていいほど耳に入ってきていない。
っていうか、それで気づいた。今、休み時間や放課後、探偵部とすごしていた時間をほぼ林檎と二人きりですごしていることになるのか。不服だわ。
「なんか、こういう一般生徒からの聞き込み枠がいなくなちゃったからちょう良い人材が入って来たね」
「人材ってなんですか。別に入部するなんて言ってませんが」
またかわいくないことを言う。
「素直になりなさいよ。アンタが入部用のプリントを乙都から受け取ってるのは把握済みよ」
「貴方にだけは素直になりなさいよなんて言われたくなかったですね」
陽芽は舌打ちでもしそうなほど不本意な顔をした後、渋々と入部届を鞄からだして、ぶっきらぼうに突き出した。
「ふんっ、私はいつだって素直よ。同じ穴の狢が増えてうれしいわ。これからもよろしく」
そんな時、突如扉が開いた。そこに立っていたのは、昨日大声で電車の中で騒ぎまくった不登校の後輩。
あまりにも昨日の言葉を素直に受け取ってくれた可愛らしい後輩の姿に、私と林檎であれば、何か煽りでもいれてやるところだが、そんな暇を与えないくらい、ズカズカと部室に侵入してきた。
「部室、随分汚いですね。片付けますよ」
一応自分が部外者であるはずの場所に、ズカズカと入り込んできた女の第一声がこれだった。
陽芽は心底あきれた表情で、溜息をつく。
クラスメイトの前ではまだ委員長キャラを続けるらしいが、私達の前でまで取り繕う必要はないと考えたのだろう。
実際、昔みたいに「皆さん今日も頑張ってますね!部屋のお掃除してもいいですか?」なんてノリで来られたら私と林檎はゲラゲラ笑ってバカにしてただろうし。
「陰気な人間が集まっているからどんどん空気が澱んでます。まずは空気を入れ替えましょう」
陽芽はYESともNOとも返事しない私達を無視して部室の一番奥から窓を開け始めた。
「そうね、陰気な人間がまた一人増えたから、どんどん空気が重くなってくわね。この部室」
「……それって私のこと言っています?私、クラスでは立ってるだけで空気がきれいになるってよく言われるんですけど」
「確かに前のアンタはそんな感じだったわね。そんな空気清浄機扱いされて嬉しいわけ?」
「別に。貴方達の空気までわざわざ綺麗にするのはもったいないですから。不満でしたら追い出せばいいんじゃないですか?」
なんだか面倒くさい女になって帰って来たわね。
付き合い自体は長いのだが、思い返してみれば、この子と関わっていた時、必ず同じ場に桜路がいた。つまり、兄の前で取り繕っている姿しか知らなかったのだ。
むしろ、本来の気質はこのジメジメした不遜な性格の方なのかもしれない。
「私としては、今のアンタの前の方が息しやすいわ」
実際、良い子ちゃんの前で、こうしてダラダラ男を追いかけるというのは、大きく道を外れているような気がして居心地が悪い。
今の、面倒くさくて陰気な同類の前の方が、よっぽど呼吸がしやすかった。
陽芽は「ふ、ふーん」と背を向けた。認めたくないのか、照れているのか、はたまたあきれているのか。
「実際、探偵部って今まであーちゃんとおーくんが空気清浄機の役目を果たしてたんだろうなぁ」
林檎の言う通り、探偵部の明るさというのはほとんど泡歌と桜路が担保していた。
パレットで言うなら赤、青、黄、緑と、性格が違う連中が集まって、結果カラフルでうるさい印象になっていたはずなのに、現在はどういうわけか青色と緑色の暗い色だけが残って、混ざり合って、真っ黒になってしまった。
「……兄さんは、空気は読めない人でしたが、空気を変える力のある人でした」
”そうやっていつもいない人間の話をして懐かしがってるなんてやはり不毛ですね”ぐらいのパンチラインが飛んでくるかと思えば、意外なことに陽芽もこの不毛な傷の舐めあいに乗って来た。
ある意味、桜路と最も長いこと一緒に育ってきた陽芽こそ、桜路によって浄化された空気ばかりを吸ってきて、今、呼吸の仕方がわからなくなっているのかもしれない。
陽芽は一枚のアルバムを拾い上げて、机に広げる。
「……これは、何をしていた時ですか?」
「花見ね。みんなで弁当持ち寄って食べたのよ」
「あぁ、ありましたね。そんな行事。じゃあ、この兄さんが食べてるお弁当、私が作ったんです」
「へぇ、アンタもくればよかったじゃない」
「そこまで過干渉したら鬱陶しい妹と思われてしまいますから……って、きっとこういう態度が良くなかったんでしょうね」
陽芽は、その写真にバツ印をつけるかのように、ページをめくって自嘲する。
「陽芽ちんっておーくんと喧嘩したことあるの?」
「さすがにあるでしょ」
「……無いんです」
陽芽は後ろめたそうに、窓の外を見た。
「一度だって、兄さんが私を否定したことも、私が兄さんを否定したこともありませんでした。きっと、歪なんでしょうね」
この内弁慶の逆みたいな女は、きっと本当は「なんで自分を追いてった?」「家族よりその女が大事なの?」「どうして?」なんて不平不満を、恨み節を、正当な疑問を、ぶつけてやりたかったのだろう。兄妹喧嘩をしたかったのだろうし、実際するべきだった。
しかし、人生で一度も意見の衝突なんてやったことがない妹は、突然の別れを前にして、どうしたらいいかわからなくなってしまったんだ。
きっと駆け落ちに正当な理由があったとして、陽芽なら、家族なら、責める権利があったはず。理不尽に怨嗟を吐いても許された。それが兄妹だから。
その権利を一切行使しないまま、体の中に怨嗟を貯めたまま、見ないふりした結果がこれだ。全く、哀れな女ね。
「ま、来るべきじゃなかったわよこんなイベント。最後大変だったんだから」
「そうそう。引率の乙都先生が酔っ払って最終的にはおーくんとあーちゃんに肩借りて帰ってたんだよ」
陽芽は、アルバムを優しく閉じた。
「そういえば、輝夜先生から依頼受けて、私のところに来たんですよね先輩方」
「そうよ。お礼ぐらい言いにこいって言いなさい」
「陽芽ちんが心配だから乙都先生からクラス聞きだそうとしたら輝夜先生から不登校になってるって聞いたからびっくりしたよ~」
「へぇ…?」
陽芽は少しだけ意外そうに眉を動かした。
「乙都先生って同棲している彼女いましたよね、その人呼び出せばよかったのに」
「「え?」」
全く聞いた覚えもない噂に私と林檎は目を見合わせた。
「あの二人、去年までは仲がよさそうだったけど、今年から疎遠になってそうって女子の間で話題ですよ。女でも盗られたんですかね」
そもそも教師の交友関係なんかに興味がないため知らなかった。
友人…いや、取り巻きといった方が正しいか。私の美貌は男女共通の認識なので、それなりにクラスで話す人も多かった。そのためそういった噂はひとりでに入ってくるものだった。
しかし、探偵部に入ってからは、休み時間や放課後はほぼ部員とすごしていたこともあり、自然と噂話は耳に入らなくなっていた。
いや、厳密にいうと、泡歌なんかはよくそういった話をしていたような記憶があるし、それが探偵部に持ち込まれた依頼の謎の解明なんかに役立ったこともあったのだが、泡歌が桜路と共に消えてからはそういった噂話を聞く機会がなくなってしまった。それにより、泡歌が消えて以降の噂は全くと言っていいほど耳に入ってきていない。
っていうか、それで気づいた。今、休み時間や放課後、探偵部とすごしていた時間をほぼ林檎と二人きりですごしていることになるのか。不服だわ。
「なんか、こういう一般生徒からの聞き込み枠がいなくなちゃったからちょう良い人材が入って来たね」
「人材ってなんですか。別に入部するなんて言ってませんが」
またかわいくないことを言う。
「素直になりなさいよ。アンタが入部用のプリントを乙都から受け取ってるのは把握済みよ」
「貴方にだけは素直になりなさいよなんて言われたくなかったですね」
陽芽は舌打ちでもしそうなほど不本意な顔をした後、渋々と入部届を鞄からだして、ぶっきらぼうに突き出した。
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