せっかくだから男になって攻めてみたい

無月

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本編

16歳-1

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 学園に入って早6年が経った。
 俺は相変わらずデイヴィッドの婚約者(仮)だ。
 なんで(仮)が取れないかというと、俺は未だに恋しいという事が判ってないからだ。
 好きは好きなんだがなー。これが恋かと言われると「さあ?」としか言えない。
 父さんと母さんとフレデリックに対する好きとどう違うっていうんだ……。

 「こんなだから恋愛音痴って言われんだよな」

 考えても判らないから鍛錬に集中する為に頭を振って思考を散らした。
 今は早朝。日課のランニング中だ。
 ランニングって言っても、全力疾走してるけどランニングって言うのかな。
 更に魔術の鍛錬も兼ねて風や重力魔術で縦横無人に駆け回り、地や氷結魔術で足場を作っては駆けていく。
 ラストは一気に自宅の屋根まで一足飛びに駆け上がって、更に高く飛び上がってからの大着地。
 着地するまでに立て回転や横回転などを加えて気分は体操の選手だ。

 「っし。10.0!今日も絶好調だな」

 一頻り汗を掻いた後は剣技場で侯爵家ウチの専属騎士達との打ち合いをする。
 『達』とは言っても最近じゃ俺の相手はもっぱら団長だ。

 「今日、こそっ一本っ、取ってやる!」

 細身なショートソードを斜めに切り上げながら啖呵を切る俺。未だに団長から一本取れてない。
 切り上げた剣を軽く流されて更に体制を崩される。
 畜生!ウチの団長強すぎないか!?なんで王国騎士してないんだよ!
 とか内心毒づきながらなんとか踏ん張って体制を立て直す。そして流された剣筋を直して切り落とした。

 「っし!」

 気合一閃。当たると思った瞬間受け止められてた。
 それも団長は涼しい顔で大して力を入れた風でも無い。くっそ、化け物かよっ。

 「そこまでだ坊ちゃん。学園行く時間だぜ」

 どうやらワザワザ俺の剣を真っ向から止めたのは時間切れだったからの様だ。その余裕が憎い。
 俺は悔し目で団長を睨んで「ありがとうございました!」と言って一礼した。剣技にも礼儀作法がある。それを怠ると容赦なく鉄拳が飛んでくる。
 この団長。俺が女児だった事を知っているけど容赦ない。しかも貴族だからって遜ったりしないし分け隔てなく接してくれるから好きだ。本当に容赦無いけどな!このおっさん!
 容赦は無いが奥さんと一人娘には甘々なのを見た時にはホッコリしたものだ。
 見られた事に気付いて照れた団長の次の日の扱きは俺史上最強に厳しかったっけ。
 思わず遠い目で馬車に揺られて学園に着くと俄かに騒がしかった。

 「なんかあったのか?」

 玄関ホールでデイヴィッドとエヴァンとジェームスに挨拶するなり聞いてみる。

 「今日だろ。例の編入生が入ってくんの」

 エヴァンが「よっ」と片手を上げて軽く挨拶を返して教えてくれる。

 「編入生?」
 「忘れたのですか?モーリス男爵の庶子ですよ。
 ほんの少し前に引き取られた平民育ちのご令嬢です」

 心当たりが無くて首を傾げると、ジェームスが教えてくれる。

 「んー?」
 「ふふ。教師がその話をしてた時アレクは寝ていたからね」

 おお。授業中の話か。
 座学は既に習得済みだから基本寝てる。鍛錬で疲れてるしな。
 デイヴィッドだって習得済みの内容だから真面目に聞く必要は無い。だからどうせ俺の間抜けな寝顔を堪能してたんだろう。

 「言っておくけど、寝顔のアレクは無防備で可愛いからね。
 他の有象無象に見られない様に注視してただけだよ」
 「この精悍に育った俺を見て可愛いとか思うのデイヴ位だ。
 後お前の寝顔も充分可愛いからな」

 ニッコリと笑いながら言うデイヴィッド。後半の言葉はデイヴィッド曰く有象無象に向けてチクチクと放たれた。

 「はいはい。イチャイチャは家に帰ってからしてくれよな」
 「イチャイチャはしてないだろ」

 呆れた物言いのエヴァンに否定をしつつチラッとデイヴィッドを見る。
 「ふーやれやれだぜ」と言いそうな苦笑で肩を竦められたので、そっと目を逸らしておく。
 6年の歳月で目立った進展はしてないが、デイヴィッドの行動の一つ一つが俺への愛があると判った。
 だから否定の言葉を言った後はちょっと気まずくなってしまう。イチャイチャして無いのは本当の事だからどうしようもないが。

 「おっと、件のご令嬢のお出ましだぜ」
 「ご令嬢に対してお出ましは無いでしょう。エヴァンの口の悪さは誰に似たのでしょうね」

 口笛吹いて楽しそうに言うエヴァンに、ジト目で俺の方を見て説教をするジェームス。
 一応第二王子の婚約者(仮)に対する態度として不遜なのもどうかと思う。畏まられんの嫌いだから良いんだけどな。
 ヘラっと軽く笑って誤魔化しとく。

 「あ、こけた」
 「こけましたね。盛大に」
 「何もないトコでこけたよな」
 「業とらしく盛大にこけたね」

 上から順にエヴァン、ジェームス、俺、デイヴィッドの順で思わず感嘆の声を漏らした。
 何せ余りにも判り易い演技だったからな。
 門から中ほど入った所で突如吹いた一陣の風。
 何故かその前から鍔の広い帽子に手を掛けていたモーリス男爵令嬢。
 風が吹いたと同時に業と帽子を飛ばして、飛ばした帽子を何故か必死に取ろうとした。
 そして真っ直ぐ足を出せばいいのに斜めに足を出して、もう片方の足を真っ直ぐ出した。
 そりゃこけるわ。
 俺等は鍛錬してっからその程度でこけんが。普通の一般人なら男だろうとこけるわ。
 
 「痛っ……足を挫いてしまったわ」

 倒れた状態で足を擦るモーリス男爵令嬢。セリフが棒読みだ。
 そして何故かチラッチラッとデイヴィッドに熱い視線を流してくる。
 そんな暇があるなら盛大に擦りむいた顔を先に何とかすれば良いのに。
 
 「うわー。あんなに判り易いアピール初めて見たぜ」
 「普通のご令嬢は汚れる事を厭いますしね」
 「あの男爵も勝負に出て来た様だねえ」
 「だが肉食系女子。俺は嫌いじゃない」

 顎に手を当てて感心するエヴァン。
 冷めた目でチラリとご令嬢方を見るジェームス。
 モーリス男爵令嬢の父親に対し、獲物を捕らえた肉食獣の目で言うデイヴィッド。
 俺は素直な感想を述べるに留めた。デイヴィッドに笑ってない笑みで見つめられて冷や汗が出た。

 「言っとくけど只の感想だからな。恋愛感情は無い」
 「そう?なら(他の人好きになっても成就させないし)良いけど。」

 ……どうしよう。デイヴィッドがヤンデレになったら。
 背中に大量の冷や汗を感じたのを笑って誤魔化す。

 「ああ!痛い!足を挫いてしまったようだわ!」

 こちらが何も動かない事にしびれを切らしたのか、声を張り上げて主張してくる。
 だから額から流れる血を先に何とかしろし。

 「仕方ない。ちょっと行って治してくる」

 母さん直伝の回復魔術を披露しようと腕を捲るエア仕草で前に出ると、デイヴィッドに止められた。
 不信に思って振り返ると、玩具を見つけた王と同じ笑顔でモーリス男爵令嬢を見ていた。

 「汚れるからアレクは手を出さないでいいよ。ご指名は僕の様だしね」
 「お、おう……。程々にな?相手は女の子なんだしな?」

 気合を入れて前に出してた手足を引っ込めて、注意だけはしとく。
 女の子に対する虐め、ダメ!絶対!
 
 「判ってるよ。アレクに嫌われたくないし(王家基準の)程々に済ませるよ」

 副音声が気になるが、一応言質は取れたのでハラハラしつつ見送る。
 デイヴィッドはモーリス男爵令嬢に近寄ると、そっと手を差し出した。

 「(白々しいけど)大丈夫かい?」

 喜び勇んだモーリス男爵令嬢はデイヴィッドの手を両手で掴んで上体を起こした。
 途端上がる周囲の非難の眼差し。特にご令嬢方の視線がヤバい。本気の殺意を感じるレベルだ。
 モーリス男爵令嬢を中心に遠巻きに人だかりが出来てヒソヒソ話してる。 

 「ああ、ほら(挫いてもいない足なんかより)額から血が出ているよ。じっとしてて」

 デイヴィッドは、空いているもう片方の手を額に当てて、回復魔法を掛けた。
 いやお前、回復魔術の方も使えるだろ……。
 ついうっかり胡乱な目で穴が開く様にデイヴィッドを見る俺。悪くないと思う。
 
 「ありがとう!回復魔法が使えるなんて、あなた凄いのね!」

 そして始まる茶番劇。
 だから棒読みなんだってばよ。そして一応仮にも第二王子に対して不遜な態度。
 不遜な態度は俺達だから許されるのであって、決して親しくもない人に許される物では無い。
 案の定、デイヴィッドの眉間がピクリと上がるのを後ろ姿からでも感じた。

 「おや?僕を知らないのかい?(あれだけ注視しておいて白々しい)僕はデイヴィッド・ゼルク。この国の第二王子だよ」
 「え!?ごめんなさい!王子様って知らなくって!あ!言葉遣い!知りませんでした?」

 凄いな。一気に棒読んだ。ある意味これも迫真の演技か?
 広げた手を口に当てて驚く様は昔の少女漫画さながらだ。

 「いや、これから気を付けてくれれば良いさ」
 「はい!済みませ……きゃあ!」

 棒読みで立ち上がって、判り易くよろける。デイヴィッドの胸に目掛けて。
 ?何かムカッとした……?
 女の子に対して感じるなんて可笑しいし、病気かな?と思って胸に手を当てて撫でる。
 その間も茶番劇は続いていて。

 「ごめんなさい!私ったらおっちょこちょいでっ!」

 デイヴィッドの胸に両手を可愛らしく猫の手で添えて顔を赤くして棒読むモーリス男爵令嬢。
 イライラする。

 「(アレクの可愛い反応を見れたし)良いさ。
 それより君が編入生だろう?早く職員室に行くといい。教師が首を長くして待っているよ」
 「はい!ありがとうございます!」

 棒読みで笑顔で大きくお辞儀して、学園の中に入るモーリス男爵令嬢。
 通りすがりに、エヴァンとジェームスを見て判り易く顔を赤らめて、俺を見て首を傾げて行く。
 その様子に俺も首を傾げる。
 やけにあっさり身を引いたな?そこはデイヴィッドに職員室まで案内を可愛くおねだりするトコじゃね?

 「ただいまアレク。嫉妬してくれた?」

 疑問には思ったが、戻って来たデイヴィッドの一言で赤面した俺は、ドキリとした胸を抑えるのに必死で直ぐに忘れた。
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