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13.ノイズだらけの動画

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 姉の実莉みのりの様子がおかしいと思い始めたのは半年ぐらい前からだ。もともと活発ではなく、どちらかと言えば「陰キャ」の姉だったが、学校から帰ると宿題やら課題やらそっちのけでパソコンを触ったり、電子機器をいじったりしていたイメージしかなかったが、何やらする事が多くなった。

 浮いた話など、生まれてこのかた、聞いた事もないの姉が、やたらとオシャレに気を使ってみたり、流行のものをリサーチするようになったりと、昔から姉の生態を知る私からしてみれば薄気味悪いだけだった。

 ようやく姉にもがやってきたかと喜んでいたが、3ヶ月ほど前に、ある事件が起きた。

 姉の通う学校の、しかもクラスメイトが繁華街の路地裏で遺体となって発見された。クラスメイトの男子2人の事はよく知らないが――姉が学校の事を話す事などなかったから、知るわけがない――身近でそのような事件が起きて、私も姉も、家族も周りもみんな騒然となった。

 それだけではなく、その後も数件同じような事件が起きていたが、すべて野生動物が起こした事故として処理された。

 そして、最近もまたそのような事件が起きている。だが、前とは少し違うらしい。たくさん死骸が出ている。だ。ほぼ毎日の様に、街中に動物の死骸があるという。人が死んでいるわけではないから、それほど大きく取り立たされる事もない。

 この件もまた、以前の野生動物事件と結びつけて考える人もいるようだが、警察はそれほど敏感にはなっていない。危険な動物がいるから、注意しましょう、といった程度だ。

 だが、うちの姉である実莉は、その報道が出るたびに、眉間に皺を寄せてテレビを見ている。私は、そんな姉が時々心配で仕方がない。

 *

「野良犬が数匹、首を切られた状態で見つかった……か」

 実莉は自分のスマホに目を落としながら、怪訝な表情を浮かべる。この2ヶ月で見つかった動物の死骸はもう数十体になる。この状況を異常だと思わないのだろうかと、頭をかしげる。私は動物が好きだ。いくら野良犬、野良猫といえど、これだけたくさんの死骸が見つかっているのに、警察はなんとも思わないのだろうか。

 警察としては、それよりも優先度の高い案件につきっきりだから、かまっていられないというのが、本音だろう。相当な数の人間が行方不明になっているのだ。おそらく相談や捜索願いが出された人数だけでも10人以上はいるらしく、家出していたり、元より身元不明になっている人も含めれば、もっと多いはずだ。

 繁華街は治安が良いとはお世話にも言えない。私だって、夜の繁華街に近寄りたいとは思わない。数日前に繁華街に行った時も、決して行きたくて行ったわけではない。クラスの友人から、繁華街で園村基樹の姿を見た、という話を聞いたから足を運んだだけだ。

 そして本人を偶然見かけて、声をかけた。私が知っている園村という少年は、もっとひ弱そうで、頼りにならなさそうな覇気のない人間だったはずなのに、久しぶりに見た彼からは、そんな雰囲気は一切感じなかった。

 彼と特別親しかったわけでもないので、前からそうだったのかも知れない。彼と会話をした時間は1時間もなかったが、私は彼の目を見ていると、寒気がした。見ているだけで、彼の瞳の奥の黒い何かに吸い込まれるような、そんな気分がしたのだ。

「こんなもの、拾わなければ良かったのかも」

 机の上に伏せられているピンクのスマホを、疎ましいものを見るかのように見つめ、そのスマホを手に取り、今まで何度もそうしたように、ロックを外し、ある動画を再生する。

 動画は極めて短いもので、画像も夜に撮影されたものだからか、スマホのカメラ性能が悪いからなのかはわからないが、ノイズが酷く、鮮明な映像ではない。しかも、撮影した人は動揺していたのか、左右に画像がブレたりして、ゆっくりとスローで解析しなければよくわからない状態だった。

 拾ったスマホを持ち帰って、パソコンに画像を取り込み(セキュリティロックをいとも容易く解除してしまう自分も自分だが)、細かく画像を見てしまった。好奇心を通り越して、犯罪の域であるのは分かっていたが、やめられなかった。

 ――だって、そこに、私が想いを寄せていた人物が映っていたから――

 映っていた人物は3人。後ろ姿の男、その男に歩み寄る2人。2人の男の顔に見覚えがあった。画像を拡大しても荒い状態だったが、分かった。

 一度、別の映像(路地裏とは違う、別の街の風景)が混じり込んでいた。撮影した人はこれ以上撮るかどうかを迷ったのかもしれない。

 次の映像に移る前に「ぎゃあああ!」という叫び声が入っている。再びカメラを向けたのだろうが、画像が細かくブレている。撮影した人の手が震えていたのだろう。

 そこには、ぐったりと倒れ込んだ2人の人間と、かなり大きな犬のような動物が映り込んでいた。

 それから画面が暗くなって、ガサガサという音が聞こえ、「はあ、はあ」という声が混じっていた。推測でしかないが、スマホをポケットに入れ、走っていたのではないかと思われた。

「なに」「どうなって」「やだ」といっているように聞こえる小さな声が入っていた。しばらくすると、再び道路を映す画像。撮影者はどこかに身を隠して、撮影したのだろうか?ガサガサという音が混じり、その道路をゆっくりと歩く男の姿が映されていた。

 そこで、映像は止まった。

 カメラから距離はあったが、道路を歩く人影、画面の左から右へ横切った姿は、先程の後ろ姿の人物と背格好が同じ。そして、その男の顔も見た事があった。

「園村……基樹……」


 
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