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揺蕩い行く公主の妻

19 ルシュルー妃の決意 9

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 一瞬、会場内がしんとする。

「ルシュ…」

「はい、陛下。」

「自分を忘れろとは、シャイリーの本心か?」

(……左様ですわ、お兄様…その覚悟で国を出ましたから。)

 けれどなんの因果か、身体は無いけれどもう一度祖国を目にする事ができた。王族の肉親が集まる中で親しい人の顔も見れて…役目を果たしていないのに、シャイリーにとっては先にご褒美をもらった様な気さえする。

「陛下…その手紙の中にシャイリー様のご本心があれば、そうなのでございましょう。けれど、これは私には良く理解できる内容なのでございます。」

 供物姫として腫れ物の様に扱われ続けてきたルシュルー妃には本心を曝け出して語り合える側近はいない。夫となるアールスト国王とて心からルシュルー妃の本心を理解しているかといえば怪しい所だ。
 そしてそれはアールスト国王の妹であるシャイリーとて同じこと。アールスト国王の側近くで育ってこなかった所為もあってか、自分達の心の中の事を話し合うこともなかった子供達だった。王族の子らと言っても供物姫となった者にしか理解できない思いはあるのだろう。

「ルシュ…捨て置けと、この私に言うのか?…お前が…」

(……お兄様?)

 冷静沈着な兄王の動揺する姿をアールスト王国に帰ってから産まれて初めて目にする事になろうとは、流石にシャイリーも思ってもみなかっただろう。ルシュルー妃の発言を受けて兄王は明らかに衝撃を受けており、しかもそれを隠せていない、非常に珍しい光景だ。

「では、第3側妃殿。其方とシャイリー様の里帰りを取り止めようと言うのですね?」

 国王の動揺が面白くなかったのか、ここに病床のルシュルー妃が来た事が気に食わないのか、王妃ミレジューの表情は先程から嫌悪を隠そうともしていない。

「その様にご理解くだされば幸いですわ。王妃殿下。それでこそ、の存在意義が立ちましょうから。」

(義姉上…その御心に同意いたします。)

 両国のバランスを崩さない為には、誰かがつけ入る隙を作らない方が良いだろうから。

「ご覧くださいませ。第3側妃殿の立派なお心掛けを。陛下、どうぞ貴方様の妃の矜持をお受け取りになったら?」

 もう興味もなさそうな王妃ミレジューは聞きようによっては投げ捨てさるように言い放った。第3側妃ルシュルーの実兄であるバルビス公主が目の前にいたとしてもミレジューの態度は柔軟さに欠けていると言えよう。両国の立場の違いはこんな時にこそ嫌でも見えてきてしまうのだ。

「バルビス公主も里帰りには無理があると仰っているのですもの、陛下、ここは毅然となされませ。」

 末席の方からも声が上がる。釈然としないという顔で不満を表していたアールスト国王の第1側妃マリーであった。



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