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4、相容れぬ二人 3

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 燃え盛る焚き火を囲んだ宴会の中男達は思い思いの場所に座り込み置かれた皿から手掴みで料理を取る。大きな声で笑い合い歌を歌い時には怒声まで聞こえてくる。そんな中を女達やまだ若い青年達は酒や料理を運び酔い潰れた者達を介抱してと忙しなく働いていた。

 今夜ゲルテンは無礼講である。何しろゲルテンの王タガードの婚礼が執り行われたからである。諸国から招かれてきた代表者達は思い思いに王に祝いを述べ饗される料理に舌鼓を打つ。そして王の妃は他国からの輿入れでそれもなんと異例の帝国の女とくれば、ゲルテンばかりではなく帝国周囲を分割統治している小国の招待客もそれは興味津々と花嫁の到着を待ち望んでいた事だった。しかし到着早々花嫁が倒れたと聞き周囲には響めきが走ったものだ。
 やはり帝国のお高く留まった貴族様はこの地を踏むのも嫌なものなのか、自分はどれだけいい身分だと思っているのか、その姿を見た者からは容姿は優れていそうだと言う事だがその澄ました仮面を剥いでやれ、などと言いたい放題に酒の力を借りての悪態もつく者達もいる。それほど帝国と周辺諸国を束ねるゲルテンとの間の関係はよろしくは無い。両国の文化や人々の気質の違いが過去に遡る歴史上の上でも両国間の不和を示唆しているかの様に人々は互いに嫌い合う。そうであるのにも拘らず、この度帝国側との縁を繋ごうとするゲルテンの王タガードは連綿と続く過去の慣習よりも共生の道を選ぶ英断をした。

 宴もたけなわとなる夜間はやや気温が下がるが酒に酔った男達には冷えた風くらいが酔いを覚ますのには丁度良いだろう。まだまだ賑やかしい宴会会場の上座に一人静かに席を陣取り盃を傾けているのはゲルテンの王タガードだった。

「どうだ?色男!花嫁に嫌われた気分は!!」

 そのタガードに向かって酒が入った壺を片手に絡んでくる者はタガードの右腕とも言える男だ。

「嫌われてなど無いだろうが?」

 何しろ嫌われるほど口も効いていないのだから。最初の挨拶の後で花嫁となるフリージアは倒れた。なのでその後花嫁の負担となってはならぬと面倒な手続き事は全て終わらせ、そして倒れた原因がわからぬ以上無理をさせるわけにもいかないと医術に聡い者ににフリージアを診せ、身体に異常があるわけでは無い事を確認した。フリージアにとってこの地に来る事は初めてなのだろう。ならばきっと緊張や環境の変化が負担になったのだ。力ある戦士だとて初陣の際にはおびただしい血と死体を見て異変をきたす者も多い。やんごとなき令嬢であったのであれば尚更のこと己の身に起きた変化にはこたえたのだろう。

「お前の顔を見て倒れたそうじゃないか!」

「俺じゃ無いぞ?俺と合った後に倒れたと聞いた。」

 遠慮も何も無いこの男はタガードの幼い頃からの友人であった。王に向かって堂々とお前と言えるのはタガードの幼馴染でもあり参謀でもあるこのラルグくらいだろう。

「なんだ、面白く無いな…では、客人達が言っているお高くとまって何とやらは事実じゃ無いのだな?」

「知らん…本人に聞け。」

「おいおい、その本人がここにいないじゃ無いか…!」

 そうなのである。大事を取りこの宴会の参加も控えてもらっている。この環境が原因なのならば昼間の暑さはこたえるだろう。だから風通りの良い立地に簡易テントを張り涼みながらゆっくりと寛いでもらったのだ。今時分ならば宴会場の後方に見えるゲルテンを代表とする王の屋敷に移動しているはずである。

「休んでもらっているからな。」

「休んでって…夜は通うのだろう?」

 婚礼後初の夜である。夫婦は共に過ごすはず。

「お前、倒れた者に無体を強いるのか?」

「無体って…大事な日だろう?」

 帝国ではどうだ知らないが、婚礼初夜は夫婦にとって互いに誓いを立てるためにも特別なものだろう。

「そうなんだがな…」

「まさか…お前、帝国女は嫌だとか言う口か?」

 長年にわたる帝国との軋轢から脱し、和平を望んでこの婚姻を取り付けたのは王であるタガードである。婚礼まで取り付けたはいいが、まさか今更嫌になったのではないかとラルグは案じた。フリージアが到着した際にチラリと見えたフリージアの容姿は決して悪いものでは無かったと記憶しているのだが。長い金髪に白い肌、瞳の色までは見えなかったが整った顔立ちに見合う素晴らしい色合いなのだろうと…この周囲の国の女達を見飽きているラルグからしてみれば垂涎ものの美姫にも見えた。

「嫌だなどとは思わんな。」

 その逆である。初めて見たフリージアの肌のなんと白い事…健康的である小麦色の肌の者がほとんどのゲルテンではお目にかかる事ができない輝く様な白さであった。それだけでも目に眩しいのに、陽に透けてキラキラと輝く長い金の髪にどこまでも澄んでいて吸い込まれそうな金の瞳。口には決して出さなかったが、美しい……と心からの感嘆を呟きたかった程である。

 女神がいるとしたならばきっと彼女の様な者を言うのだ。

 帝国の作法など全く知らないタガードは一瞬で湧き上がった恋情は表には出さず、恙なく婚姻の儀を執り行う為に一足先にその場を離れたのだった。
 












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