[完]蝶の精霊と思っていたら自分は龍でした 皆んなとお別れするのは寂し過ぎるのでもう一度殻に閉じこもりますから起こさないでください

小葉石

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12 蝶の谷

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 切り開かれた様な、突然と現れた空間……
曲がりくねった森の道なき小道を抜けてくればポッカリと巨大な空間が目の前に広がっている。どこまでとも知り得ないほど高く聳えた大木の枝の間から明るい日差しが地の底まで届き、巨木が乱立しているのにもかかわらず鬱蒼とした暗い印象は受けない…自然の谷だと思うのだが、上空の木々の梢枝から差し込む日の光は明るさを一向に失わずにこの空間一帯を照らし輝いていた。森の中にいると言うのにこの空間は眩しいほどだった。ここには所々に岩肌も見えており、低木も下草も苔まで生えている。長年誰の手も入らずに放置されて来た森である事は分かる。そしてこの場の清浄な雰囲気にはついため息を漏らしてしまいたくなる程だった。
谷だからだろう、水辺でも近くにあるのか微かに聞こえる水音と、少しだけ湿った匂い…
 上空にはキラキラと光る物が舞っていた…

「マラール先生……ここは…?」

 龍を、天変地異を治めてもらいたくて龍を探しにここまで来たのだが…あまりの美しさにこれ以上の言葉がレギル王子からは出てこなかった…

「うむ…私もここまでの地を見た事がありませんな………」

 どうやらマラールによると、この地はかなりの魔力とか精霊の精気と言うような物に満ちているらしい…レギル王子はその手の感覚には敏感では無いらしくマラールが説明している事の半分くらいも理解は出来なかった。が、ここが今までに見たこともない様な地であるということだけは理解出来た。
 この空間に溢れている光に目が慣れると上空にヒラヒラと舞っている物が蝶であることがわかった。それも良く見渡してみると、蝶が舞っているのは上空一箇所だけではなくて、この空間のあちらこちらで数匹から数十匹の群れの様なものをなしてヒラヒラと舞っているのが分かった。

「こんなに…蝶が……?」

「うむ。蝶の生息地でありましょうな。それもただの蝶ではありますまい…」

 マラールが言っただの蝶ではないというのはレギル王子にもよくわかる。ここの蝶達、一匹一匹が淡く発光しているからだ。自然界の蝶で、夜間月の光を浴びてほんのりと発光する種類の蝶がいる事は知っていたが、今は昼間。それもこの空間自体が明るい…月や日の光を受けて…ではない事がよく分かった。一匹を注意深くみるとやはりそれ自体が発光しているのだ。 

「……精霊の…聖地であったか……」

 マラールのため息と共にそんな言葉がレギル王子の耳に入る。
 
 精霊の聖地………なるほど、ここならば龍が隠れて居ても全く不思議はないばかりか、人間の足では見つける事も出来なかっただろう。

「…龍を見つけることができるでしょうか?」
 
 見渡した限り、龍の姿らしき物の影はない。と言ってもレギル王子もマラールも生きた龍にさえあった事も見た事もないのだ。実際の龍の大きさ、性質、意思疎通が取れるのか分からないことの方が多く、行き当たりばったりでここに来たも同然。

「王子、出来るかではなくて、見つけなければならない、でしょうな。」

「…ふふ、そうです。その通りです。」

 この谷の情感に気圧されていた王子はやっと目的に対する熱意を取り戻す。
 
「では、参りましょう!先生…!」

 レギル王子と魔術士マラールは谷をおり奥へと進む。

「王子…精霊の言葉、何か聞こえますかな?」

 ここが精霊の聖地ならば精霊達の声が活発に飛び交っているかもしれない。

「いえ。でも歌は聞こえます。綺麗な…少し寂しい様な…」

「歌、ですか?」
   
 この地に入り込んでより、この素晴らしい景色と共に耳にも心地よい調べの様なものが僅かだが聞こえてきていた。何を歌っているかまでは分からないが旋律のある歌の様にしか聞こえてこない。

「何ほど。精霊は歌好きと覚えておきましょう。」

 ここは、確かに非現実的な光景で、まるで夢の中を歩かされている様にも思えるのだが、不思議に何の恐怖も浮かんでこない。伝説の龍がいるのであれば、自分達の命とて危険という事は頭で理解しているのだが……

「…敵意が……無い……」

 そう、全く敵意がない…それよりも元からそうであった仲間の様にすんなりと受け入れられてしまっている雰囲気さえある。迷い森の前に立った時は拒絶感しか感じなかったのに、こんなに精霊がいてもこちらに対する拒否はない…

「森の、精霊の口利きでしょうかな?」

「そうかもしれません。モール殿は良き出会いになる様にとおっしゃっていました。」

「何ほど。精霊の王もこの出会いを祝福しているという事でしょうな。」

「…王?」

「おや、王子はお感じになられませんでしたか?精霊は好き好んで人の姿にはならんでしょう。」

 そう、精霊には精霊の矜持がある。自分達の領域を侵されぬ限り無関心でいる様に、自分達の姿、存在に酷く執着し愛着を持っている。なのでわざわざ人の姿にまでなって人と交流を深めようとする者達は多くは無い。人との交流の必要性をしっかりと認識している者、またそれが出来る程の知識と力と理性を持っている者。そしてその者は人の姿に落ちようとも周りの者に何も言わせる事が出来ない程の地位にいる事になる。そこからマラールは王と導き出した。

「なるほど。王とは…私は精霊王に随分と失礼を働いてしまいました。」

 好き勝手に森の植物を持ち帰ることや、道案内など……本来ならばお咎めものかもしれない………

「それこそ、大丈夫でございましょう。一言も王子の申し出に嫌な顔をなされませんでした。精霊は嘘をつきませんからな。嫌ならばテコでも動きませんぞ。」

 人と契約をしていない精霊ならば尚のこと。そう思えば、王子は随分と気に入られここに来るまでにも精霊王から心を砕かれて来たことにもなる。

「また、深く頭を下げなくてはいけない相手ができてしまいましたね。」

 ここから無事に帰ることが出来たらですが……
 
 感慨深げな王子の最後の言葉は口に出る事はなかった。
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