[完]蝶の精霊と思っていたら自分は龍でした 皆んなとお別れするのは寂し過ぎるのでもう一度殻に閉じこもりますから起こさないでください

小葉石

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65 スルジー男爵令嬢

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「ここにも種を…!そう、間隔を守ってね?」

 見晴らしのいい丘…晴れ渡った青空に新しく芽吹いてきた新芽の緑がよく映える。その丘一面はよく耕され馴らされてどこの土も柔らかそうだ。

「お嬢様、こんなに沢山の種類を植えちまって良いんですかい?」

 少し小綺麗な格好をしているだけの女性に向かって一人の農夫は何やら訴えている。

「いいのよ!今までの損失も取り戻さなくては。皆んなの分の借金も返せなくなっちゃうわ…!」

 カシュクール国を襲った干魃でもれなくここにも打撃は与えられ…丹精込めて植え、育ててきた花の株という株全てが枯れてしまう大惨事だった。農民を飢えさせない為、家畜を死なせない為に何とか借金をしてみんなが食べられる分の食料と水を確保して……これ以上村人が多かったら、多分この領地では死人が出ていたに違いなかった。余りにも人口が少なく、人の出入りも少ない領地だったから飢えと疫病から免れたに過ぎなかった。皆生き残れたけど、借金は残るのだ。動けるものは総出で次なる投資をしなくてはいけない。

「頑張って!今年は少し無理をしてでも蜂蜜の量を増やさないと…直ぐに花をつける種を中心に何度か撒き直しましょう…!」

 土造りをしっかりして、その土地に合う皆に愛される蜂蜜が自慢だったけど、今回ばかりは背に変えられぬ事態なんだから。

「へぇ…ですが、お嬢様はお嫁に行かれちまうのでは?」

「何を言うの?この地の畑地もまだまだ本調子じゃないのに、お前達まで捨て去って行けと言うの?」

 幼い頃から住んでいた土地だ。農民一人一人の顔と名前さえ全て頭に入っている。そんな懐かしい土地を人々を捨てて?どこに行けと?

「ですが……ルアナ様お婿さん探しにお城へ行かれたのでは?」

 農夫の言う事も最もだが、あれは婿にはならない人だ。なんて言ったって王妃候補を探していたものだったから…国王命令なのだから、こんな貧乏貴族とて出席しない訳にはいかなかった。ただそれだけの為に出席したに過ぎない。それ以外ルアナには全く関係ないものだ。
 ルアナはこの土地が大切だ…皆で育てたこの大地と、花畑……病気にもならずに育ってくれた時などは天から地に向かって感謝の大雨を降らせたくなるほど嬉しいものだった。

「私は行かないわ。安心なさいな。見てみて!やらなくては行けないことが今日も沢山あってよ?お天気が良い内に種を撒き切っちゃいましょう?この子達にも頑張って大きくなってもらわなきゃね?」

「へい!!」

 元気よく農夫は返事をし余った種を小脇に抱えて種まきを再開していった。

 そんな時に、丘の下からルアナを呼ぶ声が聞こえてきた。

「ルアナ様ーー!お嬢様!大変でございますぞ!!」
 
「ん?あれはセスね?」

 ほぼ屋敷内の事を中心に執り仕切っているセスは滅多に畑地での作業はしに来ないのだが…

 珍しいものがあるものね?小首を傾げてルアナはセスの元へと降りていった。

「一大事で御座います!今直ぐ!今直ぐに屋敷にお戻りを!!」

 そして、セスのこんなに取り乱す姿も見た事はない…何か、もう取り返しのつかない事が起こったとか?借金の返済を迫られた?まだ、猶予があったのに?セスの取り乱しようにルアナの顔色も悪くなる。

「何があったの?」

「大変な事が起こりましたです!とにかくお戻りを!!旦那様がお待ちですから!」

「お父様が?お疲れになっていてきっとお昼まで起きなくてよ?」

 何と言っても弱小貴族でありながら、国王両陛下の主催する夜会に数年ぶりに出席してみれば、周囲は高位貴族ばかり…針の筵の様な夜会日程を消化して領地に帰った時には魂が抜けた様にグッタリとベッドに沈んだほどだった。

「いいえ!それを吹き飛ばすほどのことでございますから!」

 何だと言うのか?国王を前にするほどの大仕事をこなしてきた父にそこまでさせる様なことって……?


「ルアナが戻りましたよ?お父様?お母様?」

 この屋敷には家令のセスと乳母だったばあやに村から来ているメイドが一人だけ…こじんまりとしている。玄関から声をかけて二階にある両親の部屋へとルアナは駆け上がって行く。部屋のドアをノックする前に、ドアが押し開けられた。

「きゃっ!」

「おお!すまないルアナ!」

 こんな無作法な事をする父ではなかった。部屋から迎え出たスルジー男爵はまだ寝衣姿で髪も整えられてはいなかった。

「お父様!?」

 父のあまりの姿に気でも狂ったのか、と一瞬疑ったくらいだ。

「貴方!落ち着いてくださいませ!」

 部屋の中には母も居る。その母も普段あげない様な声を上げて父を諫めていた。

「どうなさったの?二人とも…まるで世界が終わるかの様でしてよ?何があったのです?」

 ただ事ではない両親の姿にルアナは知らず身構える。ルアナは父スルジー男爵に手を引かれて部屋の中に引っ張り込まれ、両肩に手を置いてジッと見つめてくる父の目を見つめ返す…

「お父様……?」

 不安そうなルアナに、大きく肯く父スルジー男爵。

「良く、聞きなさい……!ルアナ、お前は選ばれたのだよ?…………皇太子妃に……!未来の、王妃になるのだ!!」
 
 興奮冷めやまぬ、父の声だけが部屋の中に響き渡った。
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