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64 スルジー男爵領

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「レギル王子殿下!城からの早馬です。」

 夕闇も落ちて食事も終わった頃、カシュクール王城からの早馬が到着した。

「なんて?」

 ヒョコッとレギル王子の隣からリレランは書簡を覗き見る。

「スルジー男爵領を先に視察するようにと…」

「スルジー男爵領?」

 これにはヨシットも反応する。

「地図で言えばここだが?」

 件の領土は国境から少し離れた内陸側。ここからだと馬車を飛ばして数時間という所だ。

「王陛下は至急にと?」

「その様だ。どうやら叔父上は御伴侶をお決めになったようだな……」

「…男爵、令嬢をと?」

 その場にいた騎士や、伝令役人達も疑問を顔に貼り付けてしまっている。

「フフ…叔父上の事だ。何かお考えがあるのだろう?」

 余りにも皆同じ反応をするのでレギル王子はおかしくてつい笑ってしまう。

「王子、笑っている場合ではありませんよ?男爵家ですよ?こんな下位の家では高位貴族の面々が黙っている訳が無いでしょう?」

 侯爵伯爵家を出し抜いてちゃっかり王妃の座に収まろうとしている強かな男爵家として目をつけられるに決まっている。立場も力も弱ければ王妃になる前に家ごと潰されてしまってもおかしくはない。

「だからこその王家の護りだろう?」

 ヨシットの心配を他所にレギル王子は至極落ち着いたもの。それよりもなるほど、という顔までしている。

「王家の護り?」

「そう。我が国は精霊シェルツェインの加護がある。次期王妃にとシェルが認めたならば彼女が守らないわけがない。」

 父王が母王妃を守るように、シェルツェインも王家を守っている。幼い頃からなんとなく感じていたものは今現実になってレギル王子の目の前に映し出されたかのように納得できた。

 だからこその王家の秘宝かとも思っていたのだが…どうやらそれは今では自分自身の狭量であったとレギル王子は理解していた。

「国王は、男爵家から王妃となっても問題ないと…?」

「叔父上には何かお考えがあるのだろう?あの方も実に思慮深い方だから。」

「…了解いたしました。では、明日朝一番でスルジー男爵領へと向かわせましょう。」

「ああ、ヨシットそれで頼むよ。」

 スルジー男爵領が終われば、また続きから視察を開始する。夜会の開催は終了したようだからそろそろ各領土に領主達も戻ってくるだろう。レギル王子に友好的でない領主も確かにいる為、今までの様にすんなりとは回れなくなりそうだ、と少しばかりレギル王子はため息を吐いた…




「た、大変な、事でございます!旦那様!」

 その日、スルジー男爵家家礼から今まで聞いた事も無いような叫び声が上がった。

 ここ、スルジー男爵領はこじんまりとした丘と、畑地に幾つかの農村で成り立っている本当に小さな領土だ。これと言った主要特産物も無く、大地から宝石が取れるわけではない。収穫といえば、畑地から取れる農産物と丘に咲き誇る花々から集めた蜂蜜だ。この蜂蜜だけは実に濃厚で評判も良く他の領主からも好まれている品だ。収入源も多くはなく、他の領土から見てみればなんとも貧乏くさい領土、と言われてもおかしくはないほど目立ちもせずに細々と生計を立てていた地である。

「セス、何を騒いでいるのです?旦那様は昨日王城から戻られたばかりで、お疲れになってまだお休みになっておられますよ?」

 セスと呼ばれた家礼は、ごもっともです!と大きく肯いてそれでもそこでお終いには出来ぬ問題を両手に掲げてスルジー男爵領女主人である夫人に差し出した。

「存分に承知しております。奥様も、お嬢様もお疲れになっておられますことは!しかし、しかし!こればかりは、後回しには出来ぬ問題でありまして……」

 微動だにせずに両手に掲げられているのは何処からか来たであろう書簡だ。

「セス?その書簡がどうかしたのですか?」

 訝しげに玄関ホールへと夫人は階段を降りてくる。セスは微動だにせずに書簡を掲げたまま夫人に差し出した…

「……?」

 夫人が手に取った書簡には見覚えのある封蝋が………

「……!?」

 封蝋の印を見た途端、疲れで眠たそうだった夫人の両目が一気に開かれた。

「…貴方!……貴方!!!」

 玄関から転ばぬ勢いで階段を駆け上がる男爵夫人…家礼セスは今ま仕えてきて今日ほど驚いた日はなかったという………



 封を切る男爵の手が震えている………
 
「頑張って下さいませ!貴方!…あっ…手を切らぬように、そっと、そっとですわよ?」

 スルジー男爵が持つのはまごう事なき王家の書簡。それも国王直筆のサイン入り……震えないわけがない……何が書かれていても王家命令…首を取る、と言われればそれまでなのだから……

「な、なんと……?書かれているのでございます?…なんと?」

 最早、見るのも恐ろしいという体で夫人はスルジー男爵の後ろに隠れる様にして夫に書簡の内容を乞うている。

「………娘を………皇太子の……妃、へと………」

 魂が抜けそうなほど呆然としながら、スルジー男爵は書かれていた内容を妻に伝えた。

「へ……?娘…?…妃……?何方の、妃ですって?」

「オレイン公……サンスルト様の…………」
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