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3 王座に座る者1
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金色に深紅の布がひどく映える。堂々とした王座には似つかわしくないひどく衰弱した体が沈む様にもたれかかっている。青年に見えたのだから年若いのだろうが眼瞼は窪み、顔色は青白く口唇の血色も悪い。
青年の藍色の上下の衣装は銀糸にて細かい意匠が施され、立襟、袖口、ベルトは白色、光沢のある品のある作りで銀糸の刺繍が煌めく。肩からかける深紅のマントの縁にも白色の毛皮があしらわれ衣装と同じ銀糸の刺繍が肩口から裾にかけて密になるような細かい意匠が施されているが、格式高い装いも、王座も、それを身に纏うその人には今は必要ないものにしか見えなかった。
見ていると病で苦しんでいたサジを思い出す。荒く不規則な呼吸を肩でしている。なんの病気なのか、熱があるのかどうかも分からない。座るより横になっていた方がずっと楽だろうにとの思いが頭を掠める。意識を保つのも一苦労だろうと思われた青年の瞳は、しかししっかりと開かれこちらを見ている。
深いエメラルドグリーンの瞳。生き生きとした年相応の生気と、覇気に満ちた瞳であればどれほど綺麗であろうか。山奥の短い夏の森の色。数分前まで自分はまだそこにいたのだ。
私の好きな故郷の色。吸い込まれる様に瞳を見つめ返す中、先ほどまでの緊張がずいぶん解けている事に気が付く。じんわりと指先に体温が戻ってきた。
エメラルドグリーンの瞳に吸い寄せられるかの様に見つめていると、青年はゆっくりと頭を起こし何事かを呟く。と同時に肘掛に手を付き、上体を前に倒して立ち上がろうとしているのだ。
どれくらいの間伏せっていたのだろうか?青年の体力はもう一人では立ち上がれなさそうに見える。途中まで腰を浮かそうとして力尽きそのまま背もたれへと倒れ込む。
側で立ち控えていた赤茶の髪の青年が慌てて手を差し出すも、王座の青年は問題ないと左手を挙げそれに応える。
王座の左側に控えていた赤茶の髪の青年は一瞬眉を寄せ王座の青年の顔色を伺うと、居住まいを正しサウラの方に向き直る。
「随分と驚かせてしまいましたね、レディ。お名前を伺っても?」
やはり優しいが感情は読み取れない声だ。こちらに名前を聞くよりも王座に座っているその人を休ませてあげて欲しい、など素直な感想を持ってしまう。それにまだ自分の質問には答えてもらっていない。
「ここは、どこですか?」
落ち着きを取り戻したサウラは灰青色の瞳を見つめ返し、口調を改めた上で先程の質問を繰り返す。
「失礼しました。自己紹介もまだでしたね。」
然も今気付いたと言う体でゆっくりと話し出す。
「あなたがいるこの国は大陸の最南端の大国、サウスバーゲン王国です。あなたはサウスバーゲン王国の王城にいるのですよ。私は若輩ではありますが宰相を務めています、シガレット・オーレンと申します。」
胸に手を当て優雅に礼を取る。
「サウスバーゲン王国の事はご存知ですか?」
シガレットの質問にサウラはただ首を振る。
知らないのだ、生まれてこの方村の外に出たことがない。外の世界には多くの村、町、国が有るのは理解していたが、どこそこの国がどうたらなど世界の情勢などリアルタイムに入ってこない。数年に一度外に出た村人から思い出話を聞くのみで、それさえも自分の伴侶を探す冒険譚中心となるのだから、聡くなくても仕方ないのだ。
「ご存知ない?」
シガレットから初めて感情が読み取れる声色が上がる。明らかに驚いているのだ。灰青色の目がわずかに開かれ、身を乗り出す様に一歩一踏み出す。
この大陸の中で南端に位置するサウスバーゲン王国は大国に数えられる。国の南端は大きく海に面し、幾つもの港を有し、貿易も盛んであり、資源も豊富。西から東へかけては数カ国と接しているが、同盟を結んでおり、有事の際には連合を組む。国軍や、辺境領地を治める貴族が有する私軍も加わり、大陸の南側全域の守りの要にもなっている。勿論社会情勢の中心にも、ゴシップに、観光に、逸話に珍事に話題にのぼる事多々あれど、サウラの年頃で知らない者がいる等とは思えなかったのである。
「仕方ないわよ。シグ。」
突如後ろから女性の声がかかる。あまりにも唐突でまたもやビクッとサウラの体が反応してしまう。女性はいなかったはず。ざっと見回した所、後ろには騎士の姿しか無かったと記憶している。恐る恐る振り返ると後方の扉の前にその女性は居た。
ゆっくりとこちらへ歩いてくる女性と目が合う。優しく目を細めている瞳は黒に近い深い赤。敵意は無さそう。サウラと同じ黒髪にはゆったりとしたウェーブがかかり、顔の左側で一つに結えられそのまま前に流されている。耳には瞳と同じ色の小さな宝石をいくつも連ならせキラキラと揺れている。襟には茶色のファー、深緑の繋ぎの上下に茶のブーツ、幅広の白いベルトを締め右手に杖を一本持って。身動きし易そうな装いだ。慌てて来たのか少し息が上がっている。
扉が開いた音などしなかったのだが…
「この私でさえも探し当てるのにこんなに時間を食うなんて。」
独りごちながら少し寄せられた眉は、掻き上げられた前髪がサラリと落ちる間に元に戻る。
「初めましてね。私はシエラ・モーラス。あなたをここに呼びつけた召喚魔法士よ。」
サウラの前に跪き、その瞳を覗き込む様に見つめつつハッキリと言ったのである。
青年の藍色の上下の衣装は銀糸にて細かい意匠が施され、立襟、袖口、ベルトは白色、光沢のある品のある作りで銀糸の刺繍が煌めく。肩からかける深紅のマントの縁にも白色の毛皮があしらわれ衣装と同じ銀糸の刺繍が肩口から裾にかけて密になるような細かい意匠が施されているが、格式高い装いも、王座も、それを身に纏うその人には今は必要ないものにしか見えなかった。
見ていると病で苦しんでいたサジを思い出す。荒く不規則な呼吸を肩でしている。なんの病気なのか、熱があるのかどうかも分からない。座るより横になっていた方がずっと楽だろうにとの思いが頭を掠める。意識を保つのも一苦労だろうと思われた青年の瞳は、しかししっかりと開かれこちらを見ている。
深いエメラルドグリーンの瞳。生き生きとした年相応の生気と、覇気に満ちた瞳であればどれほど綺麗であろうか。山奥の短い夏の森の色。数分前まで自分はまだそこにいたのだ。
私の好きな故郷の色。吸い込まれる様に瞳を見つめ返す中、先ほどまでの緊張がずいぶん解けている事に気が付く。じんわりと指先に体温が戻ってきた。
エメラルドグリーンの瞳に吸い寄せられるかの様に見つめていると、青年はゆっくりと頭を起こし何事かを呟く。と同時に肘掛に手を付き、上体を前に倒して立ち上がろうとしているのだ。
どれくらいの間伏せっていたのだろうか?青年の体力はもう一人では立ち上がれなさそうに見える。途中まで腰を浮かそうとして力尽きそのまま背もたれへと倒れ込む。
側で立ち控えていた赤茶の髪の青年が慌てて手を差し出すも、王座の青年は問題ないと左手を挙げそれに応える。
王座の左側に控えていた赤茶の髪の青年は一瞬眉を寄せ王座の青年の顔色を伺うと、居住まいを正しサウラの方に向き直る。
「随分と驚かせてしまいましたね、レディ。お名前を伺っても?」
やはり優しいが感情は読み取れない声だ。こちらに名前を聞くよりも王座に座っているその人を休ませてあげて欲しい、など素直な感想を持ってしまう。それにまだ自分の質問には答えてもらっていない。
「ここは、どこですか?」
落ち着きを取り戻したサウラは灰青色の瞳を見つめ返し、口調を改めた上で先程の質問を繰り返す。
「失礼しました。自己紹介もまだでしたね。」
然も今気付いたと言う体でゆっくりと話し出す。
「あなたがいるこの国は大陸の最南端の大国、サウスバーゲン王国です。あなたはサウスバーゲン王国の王城にいるのですよ。私は若輩ではありますが宰相を務めています、シガレット・オーレンと申します。」
胸に手を当て優雅に礼を取る。
「サウスバーゲン王国の事はご存知ですか?」
シガレットの質問にサウラはただ首を振る。
知らないのだ、生まれてこの方村の外に出たことがない。外の世界には多くの村、町、国が有るのは理解していたが、どこそこの国がどうたらなど世界の情勢などリアルタイムに入ってこない。数年に一度外に出た村人から思い出話を聞くのみで、それさえも自分の伴侶を探す冒険譚中心となるのだから、聡くなくても仕方ないのだ。
「ご存知ない?」
シガレットから初めて感情が読み取れる声色が上がる。明らかに驚いているのだ。灰青色の目がわずかに開かれ、身を乗り出す様に一歩一踏み出す。
この大陸の中で南端に位置するサウスバーゲン王国は大国に数えられる。国の南端は大きく海に面し、幾つもの港を有し、貿易も盛んであり、資源も豊富。西から東へかけては数カ国と接しているが、同盟を結んでおり、有事の際には連合を組む。国軍や、辺境領地を治める貴族が有する私軍も加わり、大陸の南側全域の守りの要にもなっている。勿論社会情勢の中心にも、ゴシップに、観光に、逸話に珍事に話題にのぼる事多々あれど、サウラの年頃で知らない者がいる等とは思えなかったのである。
「仕方ないわよ。シグ。」
突如後ろから女性の声がかかる。あまりにも唐突でまたもやビクッとサウラの体が反応してしまう。女性はいなかったはず。ざっと見回した所、後ろには騎士の姿しか無かったと記憶している。恐る恐る振り返ると後方の扉の前にその女性は居た。
ゆっくりとこちらへ歩いてくる女性と目が合う。優しく目を細めている瞳は黒に近い深い赤。敵意は無さそう。サウラと同じ黒髪にはゆったりとしたウェーブがかかり、顔の左側で一つに結えられそのまま前に流されている。耳には瞳と同じ色の小さな宝石をいくつも連ならせキラキラと揺れている。襟には茶色のファー、深緑の繋ぎの上下に茶のブーツ、幅広の白いベルトを締め右手に杖を一本持って。身動きし易そうな装いだ。慌てて来たのか少し息が上がっている。
扉が開いた音などしなかったのだが…
「この私でさえも探し当てるのにこんなに時間を食うなんて。」
独りごちながら少し寄せられた眉は、掻き上げられた前髪がサラリと落ちる間に元に戻る。
「初めましてね。私はシエラ・モーラス。あなたをここに呼びつけた召喚魔法士よ。」
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