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74 静かな戦い2
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"サウスバーゲンに開戦の意思あり"
まあ、見事に大きく打って出たものである。フッと小さく息を吐きザコールに視線を移す。
「此方は如何したものでしょう?ザコール殿?」
「心当たりが無いと?」
「ええ、この書面の内容についての心当たりならありませんね。」
両者とも顔色一つ変えず応酬する。
「何やら市中でいざこざが有ったとか?その様な事はどこの国の界隈でも日常茶飯事でございましょう。」
「そうですかな?いざこざを起こした者が些か問題なのでは?」
ザコールは目を細め、未だ涼しい顔のシガレットを見つめる。
「おや、何者が起こしたのでしょう?」
「ご冗談を…他国兵士が一般市民を襲うなどそれ以上どの様な理由があると言うのですかな?」
半ば呆れを含む物言いだ。確かにこの言葉と書面通りならば他国の兵士が市中に攻め入って来たとも受け取れる。しかしそれならば軍や隊を組んで来るものだ。
「其方こそご冗談を。貴殿はたった一人を敵襲と見なすのですか?」
シガレットもザコールも事の次第を知らない訳はないのであるが、いずれも自国の主張を有利にしようと一歩も引かない。
「貴国はそうで有りましょうが、周辺国はそうは思いますまい?」
ザコールの言葉にスッとシガレットの目が細まる。この手の証書を周辺諸国に送るつもりか?多くの国は大国にそう手を出そうとはしないだろうが。しかし、この書面を出したのがカザンシャルであれば大国カザンシャルが後ろ盾となる形にも取れる。これを好機として何某かの利権を求める為に便乗してくる国が出て来てもおかしくは無いのである。その全てをサウスバーゲンが相手にするにも分が悪い。
なる程、それ程までに本気とは…
シガレットから見てもサザーニャ第一皇女がサウスバーゲンへ嫁ぐ事へのカザンシャル側の利益が見えて来ない。何故これ程までに?
「貴殿に一つお聞きしたい。これを出し、此方が折れればそれで良し。その為の切札ならばまだ書状は回ってはいないでしょう。その手筈が整っているとしても各国へ渡るには数日はかかりましょう。その間に我が国が何事も対処出来ないとでも?」
防ぐ手立てはまだあるのだが。
「嫌、そうはなりますまい。」
ザコールはシガレットに対処出来ないだろう、と述べたのだ。
対処させないとも受け取れる。サウスバーゲン国王、番は今はカザンシャルにいる。その気は無くともこの者たちの処遇をどうとでも出来ると暗に伝えて来た。
「それは異な事を。決してその様な事態にはなりませんでしょう。」
シガレットは一枚の皮板を出す。そこには百合の紋にアナーチャと女性の名前と思われる物が彫り込まれている。
「其方に見覚えは?」
「何方かの名前ですかな?」
眉を少し寄せてザコールは記憶を辿っていく。しかし、アナーチャという者の名に覚えはない。
「その通りです。女性の名前でしてね。今回我が国の一兵士が暴行を起こした理由でも有ります。」
「どういう事ですかな?証言では一方的に其方側が…」
言い掛けた所でザコールの言葉が止まる。じっと皮板を見つめている。
「ご存知の通り、友好国とは申しましても貴国との間に人の出入りは多くは無いのです。移住という形が多いですからね。過去に我が国の兵士が此方の国であの者に関わったということ事態、無理が過ぎるのです。」
「来ることなど難しくはなかったでしょう。」
「いいえ、大した力も無い魔力持ちの15歳の少年が誰の後ろ盾も無くゴアラの手の者を全て振り切って、ですか?」
かなり無理な事を言っているのに気がついているだろうか?
「それに彼は既に近衛の見習いとして城に出仕していました。この国に来る時間も休暇も取ってはいないのです。」
「何故、15歳の少年の時と断定なさる?その後幾らでも時間はあろうに。」
「ある事件が有りましてね。」
シガレットは少しくたびれた2種類の紙の束を出す。その片方にザコールは見覚えがあった。
「これは?」
「随分昔の物ですからお忘れになっていてもおかしくは無いでしょう。ですが、其方の書面は良く見覚えある物だと思いますが。」
なる程、見覚えあるも何も手に取ったこの書類は紛う事なきザコールの名前がサインしてある物だ。友好国としての協定はいくつかあった。その際の連絡用にとザコールが過去に使用していた物である。
「思い出されましたか?」
書類を読み進むザコールの眉間の皺が深くなる。
「入れ違いと言うことも……」
フゥッと大きめの溜息をシガレットがわざとらしくつく。
「その触れを出したのは事件翌日です。書類の方が早く着くことはあってもあの者がカザンシャルに先に入る事はあり得ないんですよ。」
知っての通りサウスバーゲンは魔法国家だ。友好主要国には伝令役にと魔力無しの外交官を置いている。注意案件、火急案件には魔法を駆使して外交官に伝令書を飛ばす。なので事件後どれだけ急いでも殺人容疑通達書よりも早くに他国へ入国することは出来ない。
そして通達書送付翌日にはザコールのサインが入っている。事件後2日目にはカザンシャル側は内容を把握、承諾していたことになるのだ。知らぬ存ぜぬでは外交にはならないだろう。
「あの者の右肩にこれと同じ紋が刻んであります。騎士の魔力故間違えは無いですし、それを目視もした後での行いでした。」
「……」
「しかし、不思議なことにあの者はこの国に来るまでの記憶が無いとか?何が有ったのかは分かりませんが、協定では他国の犯罪者の入国は認めない、判明した時点で協定国に通達する、でしたね。」
「……」
「おかしな事にザコール殿。今日まで我が国はその通達を受けてはおりませぬ。」
これは明らかな協定違反である。
まあ、見事に大きく打って出たものである。フッと小さく息を吐きザコールに視線を移す。
「此方は如何したものでしょう?ザコール殿?」
「心当たりが無いと?」
「ええ、この書面の内容についての心当たりならありませんね。」
両者とも顔色一つ変えず応酬する。
「何やら市中でいざこざが有ったとか?その様な事はどこの国の界隈でも日常茶飯事でございましょう。」
「そうですかな?いざこざを起こした者が些か問題なのでは?」
ザコールは目を細め、未だ涼しい顔のシガレットを見つめる。
「おや、何者が起こしたのでしょう?」
「ご冗談を…他国兵士が一般市民を襲うなどそれ以上どの様な理由があると言うのですかな?」
半ば呆れを含む物言いだ。確かにこの言葉と書面通りならば他国の兵士が市中に攻め入って来たとも受け取れる。しかしそれならば軍や隊を組んで来るものだ。
「其方こそご冗談を。貴殿はたった一人を敵襲と見なすのですか?」
シガレットもザコールも事の次第を知らない訳はないのであるが、いずれも自国の主張を有利にしようと一歩も引かない。
「貴国はそうで有りましょうが、周辺国はそうは思いますまい?」
ザコールの言葉にスッとシガレットの目が細まる。この手の証書を周辺諸国に送るつもりか?多くの国は大国にそう手を出そうとはしないだろうが。しかし、この書面を出したのがカザンシャルであれば大国カザンシャルが後ろ盾となる形にも取れる。これを好機として何某かの利権を求める為に便乗してくる国が出て来てもおかしくは無いのである。その全てをサウスバーゲンが相手にするにも分が悪い。
なる程、それ程までに本気とは…
シガレットから見てもサザーニャ第一皇女がサウスバーゲンへ嫁ぐ事へのカザンシャル側の利益が見えて来ない。何故これ程までに?
「貴殿に一つお聞きしたい。これを出し、此方が折れればそれで良し。その為の切札ならばまだ書状は回ってはいないでしょう。その手筈が整っているとしても各国へ渡るには数日はかかりましょう。その間に我が国が何事も対処出来ないとでも?」
防ぐ手立てはまだあるのだが。
「嫌、そうはなりますまい。」
ザコールはシガレットに対処出来ないだろう、と述べたのだ。
対処させないとも受け取れる。サウスバーゲン国王、番は今はカザンシャルにいる。その気は無くともこの者たちの処遇をどうとでも出来ると暗に伝えて来た。
「それは異な事を。決してその様な事態にはなりませんでしょう。」
シガレットは一枚の皮板を出す。そこには百合の紋にアナーチャと女性の名前と思われる物が彫り込まれている。
「其方に見覚えは?」
「何方かの名前ですかな?」
眉を少し寄せてザコールは記憶を辿っていく。しかし、アナーチャという者の名に覚えはない。
「その通りです。女性の名前でしてね。今回我が国の一兵士が暴行を起こした理由でも有ります。」
「どういう事ですかな?証言では一方的に其方側が…」
言い掛けた所でザコールの言葉が止まる。じっと皮板を見つめている。
「ご存知の通り、友好国とは申しましても貴国との間に人の出入りは多くは無いのです。移住という形が多いですからね。過去に我が国の兵士が此方の国であの者に関わったということ事態、無理が過ぎるのです。」
「来ることなど難しくはなかったでしょう。」
「いいえ、大した力も無い魔力持ちの15歳の少年が誰の後ろ盾も無くゴアラの手の者を全て振り切って、ですか?」
かなり無理な事を言っているのに気がついているだろうか?
「それに彼は既に近衛の見習いとして城に出仕していました。この国に来る時間も休暇も取ってはいないのです。」
「何故、15歳の少年の時と断定なさる?その後幾らでも時間はあろうに。」
「ある事件が有りましてね。」
シガレットは少しくたびれた2種類の紙の束を出す。その片方にザコールは見覚えがあった。
「これは?」
「随分昔の物ですからお忘れになっていてもおかしくは無いでしょう。ですが、其方の書面は良く見覚えある物だと思いますが。」
なる程、見覚えあるも何も手に取ったこの書類は紛う事なきザコールの名前がサインしてある物だ。友好国としての協定はいくつかあった。その際の連絡用にとザコールが過去に使用していた物である。
「思い出されましたか?」
書類を読み進むザコールの眉間の皺が深くなる。
「入れ違いと言うことも……」
フゥッと大きめの溜息をシガレットがわざとらしくつく。
「その触れを出したのは事件翌日です。書類の方が早く着くことはあってもあの者がカザンシャルに先に入る事はあり得ないんですよ。」
知っての通りサウスバーゲンは魔法国家だ。友好主要国には伝令役にと魔力無しの外交官を置いている。注意案件、火急案件には魔法を駆使して外交官に伝令書を飛ばす。なので事件後どれだけ急いでも殺人容疑通達書よりも早くに他国へ入国することは出来ない。
そして通達書送付翌日にはザコールのサインが入っている。事件後2日目にはカザンシャル側は内容を把握、承諾していたことになるのだ。知らぬ存ぜぬでは外交にはならないだろう。
「あの者の右肩にこれと同じ紋が刻んであります。騎士の魔力故間違えは無いですし、それを目視もした後での行いでした。」
「……」
「しかし、不思議なことにあの者はこの国に来るまでの記憶が無いとか?何が有ったのかは分かりませんが、協定では他国の犯罪者の入国は認めない、判明した時点で協定国に通達する、でしたね。」
「……」
「おかしな事にザコール殿。今日まで我が国はその通達を受けてはおりませぬ。」
これは明らかな協定違反である。
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