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115 道筋
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ガタガタ、ゴトゴト、王室専用では無い小さな馬車ではこの揺れも致し方のない事。この馬車の周りを固めているのは屈強な女騎士だ。
身なりは軽装だが全員帯剣するなり弓を背負っている。数国挟んでの目的地入りだが、魔物に出会う以外にそこ迄の危険はないはずである。
国には出来たら帰るつもりではある。次を担う役目の者も選抜し技を託してきもした。最後の務めを果たせぬのは心残りと言えば心残りか。
「姫様間も無くエベルの国境に着きます。」
護衛騎士がエベル国への到着を告げる。本来ならば国を挙げて迎え入れられる身分でありながら、今乗っている馬車には家紋もなく乗っている者の身分を推し量る物は2人乗りの小さいが造りの良い馬車だけであろう。
人目を引かずにここまで来れた。
「ご苦労様。変わりは無いですか?」
「はい。トラザンナでも大きな混乱も無く来ましたのでこのまま参りたいと思います。」
「良かったわ。騒ぎにならぬように気を付けましょう。」
身分を隠す為馬車の中でもマントを被りサザーニャは自分がカザンシャル第一皇女だと悟られぬように注意を払う。幼き頃幾度となく歓声を受けて通ったであろう道をひたすらに目立たぬように進む事に注力する。
「姫様、ゴアラ側へは知らせずとも良かったのでしょうか?」
カザンシャルで何度も話し合われてきた内容だが、公式入国にしても"神託の巫女姫"のままでは他国の訪問は叶わないのだ。会う人を制限し、ひっそりとあの場所に辿り着くにはこの方法しかなかった。
「ええ、良いのよ。私が男性と会えない事は良く分かっているでしょう?」
ゴアラ側へ知らせてしまえば国賓扱いで国を挙げて迎えなければならなくなるだろう。そうなればゴアラ側の人間とも近付かねばならぬし、国王にも謁見をしなくてはならない。
「良く分かっては居りますが、何の非も無い姫様が人目を憚って逃げ果せる様なこの事態に何とも納得がいかないのです。」
幼い頃から自分の友として、神託の巫女姫を拝した時より身を守る騎士として側へ侍ってくれているこの者達は、サザーニャ本人よりもサザーニャの身に対して心を砕いてくれているのだ。
危険を伴うこの方法を取った時にはこの者達を選んだ事に後悔と安堵の心に揺れ動いたものだ。
神託の巫女姫となるには誓約が付いて回る。その一つに異性との触れ合いを禁ず、とある。直系の家族であるならばこれには当たらないが、それがたとえ自分の護衛騎士であっても、侍従や御者であっても禁じられている。
神託の巫女姫は夢を見るほか、天から授かったという秘術を使う。それがどの様なものか例え親族であっても漏らされる事も無く今まで継いできた約束事だ。
この約束事だけで到底何百年も秘密自体は守られるはずはなく、巫女姫自身も自らにこの術をかけ守り抜いてきたものだ。
"忘却の秘術"
巫女が望む事柄を自在に忘れ去らせることのできる技だ。
国の中でも中枢にある一部の者にしか明かされていない巫女の秘密。これが漏れれば奸計を企む者達に良い様に利用され、あっという間に国中を乱れさせることも可能になる。
だから、異性との触れ合いを禁ず、となるのだ。相手に誘惑され良い様に操られない為に、また権勢欲や物欲に溺れ周りを自分の為に動かす事の無いように、自身と受け継いだ力を守る為に己を厳しく律する必要があったのだ。
サザーニャはこの忘却の秘術を未だ受けてはいない。受ける事によって己の使命、決意が揺らぐ様なことがあっては本末転倒となるからだ。現在共に行動する騎士達がサザーニャの決意を知るには程遠いだろう。
もし、この身が誰かの手に堕ちようものならばサザーニャは潔くこの身を捨て去る決意をしている事を。
「こんにちは、お嬢さん方。」
頭の中に声がした。
バッと顔を上げ窓から外を見れば、併走していた騎士達も異変を感じた様で、全員得物に手を掛けて馬車を守る配置についている。
声の主を探していれば、茂みの木の陰からフードを被った男が近づいてくる。男の一歩一歩が滑らか過ぎて浮いている様に見える。
人?
「止まれ!!」
騎士の厳しい怒号が飛び、剣が抜かれた様だ。
「なぜ、我らに声をかけた!名を名乗れ!」
騎士の剣にも男は怖れもしない様だった。
「驚かせてしまった様ですね。あぁ、怪しいものでは無いと言うのは無理があるかな?」
「何処の者だ!」
「カザンシャルの姫でしょう?」
優しい声色に敵意は無さそうだ。が、何故こちらの事を?
「その外套には覚えが有ります。其方はゴアラの者か?」
確かシュトラインの周りに居た護衛達もあの外套を着ていたような…幼い日の記憶故、確かでは無いが…
「姫様!この様な者にお声掛けなど!」
「よく知っておられる様だ。その通り私は今はゴアラに身を寄せている者だが縁の地はもう一つの大国ですよ。」
「縁の地?」
「この道は通らない方が良いでしょうね。捕物があったようで検問を厳しくしているからね。身分がばれたくなければ回り道をお勧めしよう。」
不思議な感覚がする。生身の人間とは思えない。
「急いだ方が良いでしょう。検問所には目眩しを仕掛けておきましたから。御武運を。」
フードの男は優雅に腰をしっかりと折って昔ながらの礼を取るとフッと姿を消して行った。
身なりは軽装だが全員帯剣するなり弓を背負っている。数国挟んでの目的地入りだが、魔物に出会う以外にそこ迄の危険はないはずである。
国には出来たら帰るつもりではある。次を担う役目の者も選抜し技を託してきもした。最後の務めを果たせぬのは心残りと言えば心残りか。
「姫様間も無くエベルの国境に着きます。」
護衛騎士がエベル国への到着を告げる。本来ならば国を挙げて迎え入れられる身分でありながら、今乗っている馬車には家紋もなく乗っている者の身分を推し量る物は2人乗りの小さいが造りの良い馬車だけであろう。
人目を引かずにここまで来れた。
「ご苦労様。変わりは無いですか?」
「はい。トラザンナでも大きな混乱も無く来ましたのでこのまま参りたいと思います。」
「良かったわ。騒ぎにならぬように気を付けましょう。」
身分を隠す為馬車の中でもマントを被りサザーニャは自分がカザンシャル第一皇女だと悟られぬように注意を払う。幼き頃幾度となく歓声を受けて通ったであろう道をひたすらに目立たぬように進む事に注力する。
「姫様、ゴアラ側へは知らせずとも良かったのでしょうか?」
カザンシャルで何度も話し合われてきた内容だが、公式入国にしても"神託の巫女姫"のままでは他国の訪問は叶わないのだ。会う人を制限し、ひっそりとあの場所に辿り着くにはこの方法しかなかった。
「ええ、良いのよ。私が男性と会えない事は良く分かっているでしょう?」
ゴアラ側へ知らせてしまえば国賓扱いで国を挙げて迎えなければならなくなるだろう。そうなればゴアラ側の人間とも近付かねばならぬし、国王にも謁見をしなくてはならない。
「良く分かっては居りますが、何の非も無い姫様が人目を憚って逃げ果せる様なこの事態に何とも納得がいかないのです。」
幼い頃から自分の友として、神託の巫女姫を拝した時より身を守る騎士として側へ侍ってくれているこの者達は、サザーニャ本人よりもサザーニャの身に対して心を砕いてくれているのだ。
危険を伴うこの方法を取った時にはこの者達を選んだ事に後悔と安堵の心に揺れ動いたものだ。
神託の巫女姫となるには誓約が付いて回る。その一つに異性との触れ合いを禁ず、とある。直系の家族であるならばこれには当たらないが、それがたとえ自分の護衛騎士であっても、侍従や御者であっても禁じられている。
神託の巫女姫は夢を見るほか、天から授かったという秘術を使う。それがどの様なものか例え親族であっても漏らされる事も無く今まで継いできた約束事だ。
この約束事だけで到底何百年も秘密自体は守られるはずはなく、巫女姫自身も自らにこの術をかけ守り抜いてきたものだ。
"忘却の秘術"
巫女が望む事柄を自在に忘れ去らせることのできる技だ。
国の中でも中枢にある一部の者にしか明かされていない巫女の秘密。これが漏れれば奸計を企む者達に良い様に利用され、あっという間に国中を乱れさせることも可能になる。
だから、異性との触れ合いを禁ず、となるのだ。相手に誘惑され良い様に操られない為に、また権勢欲や物欲に溺れ周りを自分の為に動かす事の無いように、自身と受け継いだ力を守る為に己を厳しく律する必要があったのだ。
サザーニャはこの忘却の秘術を未だ受けてはいない。受ける事によって己の使命、決意が揺らぐ様なことがあっては本末転倒となるからだ。現在共に行動する騎士達がサザーニャの決意を知るには程遠いだろう。
もし、この身が誰かの手に堕ちようものならばサザーニャは潔くこの身を捨て去る決意をしている事を。
「こんにちは、お嬢さん方。」
頭の中に声がした。
バッと顔を上げ窓から外を見れば、併走していた騎士達も異変を感じた様で、全員得物に手を掛けて馬車を守る配置についている。
声の主を探していれば、茂みの木の陰からフードを被った男が近づいてくる。男の一歩一歩が滑らか過ぎて浮いている様に見える。
人?
「止まれ!!」
騎士の厳しい怒号が飛び、剣が抜かれた様だ。
「なぜ、我らに声をかけた!名を名乗れ!」
騎士の剣にも男は怖れもしない様だった。
「驚かせてしまった様ですね。あぁ、怪しいものでは無いと言うのは無理があるかな?」
「何処の者だ!」
「カザンシャルの姫でしょう?」
優しい声色に敵意は無さそうだ。が、何故こちらの事を?
「その外套には覚えが有ります。其方はゴアラの者か?」
確かシュトラインの周りに居た護衛達もあの外套を着ていたような…幼い日の記憶故、確かでは無いが…
「姫様!この様な者にお声掛けなど!」
「よく知っておられる様だ。その通り私は今はゴアラに身を寄せている者だが縁の地はもう一つの大国ですよ。」
「縁の地?」
「この道は通らない方が良いでしょうね。捕物があったようで検問を厳しくしているからね。身分がばれたくなければ回り道をお勧めしよう。」
不思議な感覚がする。生身の人間とは思えない。
「急いだ方が良いでしょう。検問所には目眩しを仕掛けておきましたから。御武運を。」
フードの男は優雅に腰をしっかりと折って昔ながらの礼を取るとフッと姿を消して行った。
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