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第3章:「生まれて初めてまともに受けた試験」
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「ただいま」
「おかえり~」
今日は中間テストの最終日。
だから半日で学校は終わった。
他の生徒は部活に行ったり、遊びに行ったりしたんだろうけど、
俺は試験終了のベルが鳴ったと同時に教室を飛び出し、チャリに跨った。
家に戻ると美和は、玄関先で相変わらず楽しそうにミワワと遊んでいた。
俺は美和が勉強してるところを見たことがない。
というか、勉強をしてる気配が全くない。
いつもミワワと遊んでるか、
家のことをしてるか、
ソファーで昼寝してるか、
俺のことをかまってるか・・・そんな感じ。
たまに姿が見えなくなる時があるけど、戻ってくるといつでも「図書館に行ってた」とか「隠し部屋に行ってた」という。
たぶんそのとおりなんだと思う。
勉強が忙しくなるからバイトが出来ないって言ってたのは、なんなんだったんだろうな。
ま、いまはそのことよりも。
俺が試験を終えて急いで帰ってきたのには理由がある。
美和に「おつかれさまー」とか声かけて欲しかったから。
なのに・・・
なんの言葉もない。
俺の目の前で、いつもと変わらない、笑顔。
「美和、「中間テストどうだった?」とか聞かないの?」
「どうだった?」
「なんだよ、そのムリヤリ言わされたみたいな言い方は・・・」
俺にとっては、生まれて初めてまともに受けた試験。
なんか言ってくれたっていいじゃん。
俺はちょっと拗ねた。
「だって聞かなくてもわかるもん」
「何がだよ?」
「今回の中間、フツーにやってたら、杏は学年で一番のはずだよ?」
「え?」
「別にアクシデントとかなかったんでしょ?試験に遅れたとか、回答欄を間違えたとか」
「まぁ、それはなかったけど」
「じゃ、学年で一番だよ。二番なはずないよ?」
一応、解答欄は全部埋めたけど・・・
さすがにそんなわけないし。
この美和のノー天気な感じ。
いつものこと、って言ったらそれまでだけど、
いったいなんなんだよ?
「まぁ・・・平均点は超えてると思うけどな」
「何言ってんだか。ま、すぐに結果戻ってくるんでしょ?期待してて大丈夫だって」
美和は俺を見てニッコリ笑った。
そして3日後。
叔父さんと美和が校長室に呼ばれた。
ついでに俺も校内放送で呼ばれた。
いったい、俺が何したって言うんだよ?!
中2になってから、すげぇ真面目に学校に来てんのに。
髪の毛の色も元に戻したし、
授業だって真面目に聞いてるし。
美和に迷惑掛けたくないのに―――。
なんで美和まで呼ばれるんだよ!
そう思ったらすげぇムカついてきて、昔みたいに机をおもいっきり蹴った。
だからクラスメイトがビビって、俺を遠巻きにした。
1年の頃の行いもあって、みんな俺のこと、怖いヤツだと思ってるんだと思う。
別にいいけど。
勘違いされることには慣れてるから。
とにかく、美和が学校に来てる以上、俺が校長室に出向かない訳にはいかない。
俺ははぁーーーーっとため息をついて、教室を出た。
「失礼します」
仏頂面で校長室のドアを開ける。
校長、教頭、担任の藤田が片側のソファーに座り、向かいあわせに叔父さんと美和がいた。
意外なことに、美和は俺を見て笑っていた。
美和は何事にもビビらない。
先入観もなく、いつも、誰にでも同じ態度。
たとえば、明良さんと祥吾さんに普通に話せるオンナなんて、たぶん美和くらい。
みんな、あの容姿と肩書に圧倒されちゃうから。
でもきっとそんな美和だから、2人もよく遊びにきてくれるんだと思う。
ホント、美和の性格は助かる―――
なんてことをここで言ってる場合じゃない。
「栗山くん、座ってもらえますか?」
なぜか俺に丁寧にそう言う校長。
なんか気味が悪い。
「なんなんですか一体?俺、今は真面目にやってますよね?!」
身に覚えが全くない俺は、キレかかっていた。
「栗山くんは本当によくやってるよ」
「え?」
「今日、栗山くんの保護者の方に来ていただいたのは他でもない。栗山くん、中間の結果、学年でトップだったんだ」
「は?」
「嬉しいかい?嬉しいだろうなぁ」
担任の藤田が目を潤ませている。
コイツは1年の時から俺の担任だから、感慨も深いってヤツか。
「私は教員生活30年になるけれど、君のような生徒と出会ったのは初めてだよ。本当に素晴らしい。我が校の誇りだ!」
「本当にその通りですね、校長!」
校長と教頭は手を取り合っている。
「よっぽど頑張ったんだなぁ、栗山は」
藤田は本気でおいおい泣き始めた。
いい年した体育教師が、なにやってんだよ。
「栗山くん、本当に頑張ったんですよ。毎日ほとんど寝てませんでしたから」
俺にウィンクをしながらそういうのは美和。
ウソつけ!
「そうでしょう、そうでしょう!」
校長も教頭も首が折れるほど頷いている。
「ところで麻生さんは医学生とか」
「はい」
「栗山くんの勉強を見てあげたんですか?」
「いえ、全く」
は?
「わからないところはいつでも聞いてね、とは言ってたんですけど、自分で頑張るって聞かなくて・・・栗山くん、本当にすごいと思いました。私の出る幕なんてなかったです」
美和のヤツ、なんなんだよ!
なんでそんなウソつくんだよ!
そうみんなの前で叫びそうになる俺を、チラチラ見ながら牽制する美和。
結局、そんな美和の態度に程されて、最後まで真実を話すタイミングを失い、そのまま感慨にふける校長たちを残して、俺と美和は叔父さんの車で家まで送ってもらった。
自転車置いてきちゃったけど、まぁいいか。
そんなことより早く帰って、美和と話さないと。
「杏はここに住まわせてもらえて、本当によかったなぁ。じゃ、また日曜にな?」
叔父さんが嬉しそうに立ち去ったのを見計らって、俺は叫んだ。
「美和っ!」
「なに?」
「なんであんなウソつくんだよ!寝る暇惜しんでまで勉強もしてないし、美和が勉強教えてくれたんだろ?!」
「そんな小さなこと、気にすることないでしょ。それにウソじゃないよ。私は勉強じゃなくて、勉強方法を教えたんだよ?」
「とにかく、なんであんなこと言ったんだよ?」
「それは、ちょっと杏の株を上げておいた方がいいと思ったから。大人の事情ってヤツよ」
美和は、ふふん!と偉そうに笑った。
「・・・なんだよ、それ?」
「杏はね、これから中学卒業するまでずっと学年トップで行くと思うよ」
「え?」
「私の言うとおりにしてればね。だけど、中1の時のマイナス分をそれでカバーできるのかどうか確信が持てなかったから、印象を良くしておこうと思っただけ。ま、大丈夫そうだったけど」
「それって―――、俺の進路のこと?」
「つまんないことで杏のこと誤解されたり、可能性を狭められたりしたらイヤだから・・・オトナってつまんないよね?」
美和は鼻歌を歌いながら家の中に入っていた。
やっぱり・・・
美和は俺なんかよりずっと大人なんだ。
そんなことまで、俺は考えたことない。
―――進路、か。
そういや、麻生家は代々医者の家系だって言ってた。
だから医学部に行ってるのか?
美和は他にやりたいこととかなかったのか?
今夜の夕食はスペシャル。
俺の大好きなハンバーグの横に、大好きなナポリタンまでついてる。
ちなみに。
美和の作るナポリタンは、ピーマンとにんじんと、タコを作る時に使う赤いウィンナーの輪切りが入ってる。
これがいいんだよ。
「今夜は学年トップのご褒美だよっ!」
「やったね」
美和との生活はなんでこんなに楽しいんだろう。
毎日ワクワクするし、それに、
矛盾してるようだけど・・・
本当に傍にいると安心するんだ。
ハンバーグを口に放り込みながら、目の前に座る美和をちらっと見る。
美和も箸でハンバーグを口に運ぶところだ。
「美和ってさぁ」
「ん?」
「医者の家系だから医学部に行ったの?」
「んー、そうとも言えるし、そうじゃないとも言える、かな?」
「なにそれ?どういうこと?」
「この間、地下の図書館、見せたでしょ?」
「うん」
「あれ、全部読んだの」
「マジで?」
「うん。面白いよ、医学の世界は・・・神秘に満ちてる、って思う」
「へぇ」
「あそこにはね、西洋医学だけじゃなくて、東洋医学、民間療法、原住民や古代文明で使用された医療技術なんかの記録もあって、読めば読むほど生命って凄いんだなって思わせてくれるの」
「そっか。じゃ、「麻生家」に縛られたわけじゃないんだな」
「うん、全然。でもね、私は麻生家の先祖のこともすごく尊敬してる。彼らは自分たちがしていることをきちんと理解したうえで、命をかけてこの家と患者さん達を守ってきた。だから、彼らの遺志を受け継ぎたいっていうのも、本当の私の気持ちだよ」
美和の瞳の奥に、ものすごく力強いものを感じた。
いつものとぼけた美和と、ちょっと違う。
「美和が医者になればこの家を守れるんだろ。医学生なんだし、もう安泰じゃん」
「安泰じゃないよ」
「なんで?」
「他にもやらなきゃいけないことがたくさんあるから」
「たとえば?」
「例えば・・・子孫を残すこと。私が麻生家の最後の生き残りだから」
それから美和は、自分の家族のことを少し話してくれた。
お母さんは美和が2歳の時に亡くなったらしい。
交通事故に巻き込まれて。
お父さんはその後、再婚はしなかった。
だから美和は一人っ子。
お父さんと2人、この家で幸せに暮らしていたと言う。
高校一年の5月まで。
その月、アフリカのとある場所に向かう途中、お父さんを乗せたセスナが姿を消した。
セスナの破片は所々見つかったけど、遺体も含めてそのほかのものは全く見つからなかったらしい。
でも、状況から判断して。
美和のお父さんが生存してる可能性は99.99%ない・・・と、事故調査委員会は結論付けた。
「実はね」
「ん?」
「母の死にも、父の死にも、陰謀説があってね」
「陰謀説・・・って?」
「誰かに殺されたってこと」
「え?!」
「父が亡くなって、いくらセキュリティがしっかりしてるとはいえ、1人でここに住んで高校に通うのは危ないってことになって。私は事故直後からある場所に移って、この3月までそこにいたの」
「ここから、遠いの?」
「すごく・・・遠いよ。一般の人は誰も入って来れないような隔離された場所。でも時々ここに戻ってきて、あの図書室で本を読んでたの。とりあえず外部との接触がなければ、ここは安全だから」
一歩も外に出させてくれなかったんだよ、と美和は笑った。
そして美和がいない間に、この家を所々リフォームして、セキュリティをレベルアップさせたという。
「誰」が、美和を外に出させなかった?
と、聞きたかったけど、
なんとなくそれは聞いてはいけないような気がして、口を閉ざした。
ちなみに美和が最初に入学したのは某国立大学の付属高校。
この家の近くにある。
こんな俺でも知ってるくらい、恐ろしく偏差値の高い高校。
俺の中学から行く奴なんて、きっと10年か20年に1人くらい、だと思う。
「危険だから・・・今もあんまり外に出ないようにしてんのか?」
「ん・・・っと・・・」
「そんなんだったら、美和が外出したいときはいつも俺、一緒に行くし」
「俺じゃ頼りねぇかもしんないけど、一人よりマシだろ?いつでも言えよ」
すると、美和がぷぷっと笑った。
「なんだよ、そんなに俺じゃ―――」
「そうじゃなくて」
「じゃ、なんだよ?」
「もちろん、必要以上に外出しないのは念のため、っていうのもあるんだけど―――杏との生活が楽しいから家にいたいんだよ」
美和の笑顔に、俺はドキっとした。
「あのね」
「ん?」
「小さいころから私ずっとね、18歳になったら始めようと思ってたことがあるの。お父さんも応援してくれてた」
「え?もう18じゃん。それ、始めてるの?」
「始めてるっていうより、始まってる」
「なに?聞いてもいい?」
「私は18歳になったら、ここで家族を作り始めるって決めてた・・・いつかここを、私の家族でいっぱいにするって。だからね、きっと杏が私の誕生日にここにやってきたのは偶然じゃないよ。ミワワもね?」
「・・・」
「ずっと願ってたことが叶って、とっても嬉しいの」
「おかえり~」
今日は中間テストの最終日。
だから半日で学校は終わった。
他の生徒は部活に行ったり、遊びに行ったりしたんだろうけど、
俺は試験終了のベルが鳴ったと同時に教室を飛び出し、チャリに跨った。
家に戻ると美和は、玄関先で相変わらず楽しそうにミワワと遊んでいた。
俺は美和が勉強してるところを見たことがない。
というか、勉強をしてる気配が全くない。
いつもミワワと遊んでるか、
家のことをしてるか、
ソファーで昼寝してるか、
俺のことをかまってるか・・・そんな感じ。
たまに姿が見えなくなる時があるけど、戻ってくるといつでも「図書館に行ってた」とか「隠し部屋に行ってた」という。
たぶんそのとおりなんだと思う。
勉強が忙しくなるからバイトが出来ないって言ってたのは、なんなんだったんだろうな。
ま、いまはそのことよりも。
俺が試験を終えて急いで帰ってきたのには理由がある。
美和に「おつかれさまー」とか声かけて欲しかったから。
なのに・・・
なんの言葉もない。
俺の目の前で、いつもと変わらない、笑顔。
「美和、「中間テストどうだった?」とか聞かないの?」
「どうだった?」
「なんだよ、そのムリヤリ言わされたみたいな言い方は・・・」
俺にとっては、生まれて初めてまともに受けた試験。
なんか言ってくれたっていいじゃん。
俺はちょっと拗ねた。
「だって聞かなくてもわかるもん」
「何がだよ?」
「今回の中間、フツーにやってたら、杏は学年で一番のはずだよ?」
「え?」
「別にアクシデントとかなかったんでしょ?試験に遅れたとか、回答欄を間違えたとか」
「まぁ、それはなかったけど」
「じゃ、学年で一番だよ。二番なはずないよ?」
一応、解答欄は全部埋めたけど・・・
さすがにそんなわけないし。
この美和のノー天気な感じ。
いつものこと、って言ったらそれまでだけど、
いったいなんなんだよ?
「まぁ・・・平均点は超えてると思うけどな」
「何言ってんだか。ま、すぐに結果戻ってくるんでしょ?期待してて大丈夫だって」
美和は俺を見てニッコリ笑った。
そして3日後。
叔父さんと美和が校長室に呼ばれた。
ついでに俺も校内放送で呼ばれた。
いったい、俺が何したって言うんだよ?!
中2になってから、すげぇ真面目に学校に来てんのに。
髪の毛の色も元に戻したし、
授業だって真面目に聞いてるし。
美和に迷惑掛けたくないのに―――。
なんで美和まで呼ばれるんだよ!
そう思ったらすげぇムカついてきて、昔みたいに机をおもいっきり蹴った。
だからクラスメイトがビビって、俺を遠巻きにした。
1年の頃の行いもあって、みんな俺のこと、怖いヤツだと思ってるんだと思う。
別にいいけど。
勘違いされることには慣れてるから。
とにかく、美和が学校に来てる以上、俺が校長室に出向かない訳にはいかない。
俺ははぁーーーーっとため息をついて、教室を出た。
「失礼します」
仏頂面で校長室のドアを開ける。
校長、教頭、担任の藤田が片側のソファーに座り、向かいあわせに叔父さんと美和がいた。
意外なことに、美和は俺を見て笑っていた。
美和は何事にもビビらない。
先入観もなく、いつも、誰にでも同じ態度。
たとえば、明良さんと祥吾さんに普通に話せるオンナなんて、たぶん美和くらい。
みんな、あの容姿と肩書に圧倒されちゃうから。
でもきっとそんな美和だから、2人もよく遊びにきてくれるんだと思う。
ホント、美和の性格は助かる―――
なんてことをここで言ってる場合じゃない。
「栗山くん、座ってもらえますか?」
なぜか俺に丁寧にそう言う校長。
なんか気味が悪い。
「なんなんですか一体?俺、今は真面目にやってますよね?!」
身に覚えが全くない俺は、キレかかっていた。
「栗山くんは本当によくやってるよ」
「え?」
「今日、栗山くんの保護者の方に来ていただいたのは他でもない。栗山くん、中間の結果、学年でトップだったんだ」
「は?」
「嬉しいかい?嬉しいだろうなぁ」
担任の藤田が目を潤ませている。
コイツは1年の時から俺の担任だから、感慨も深いってヤツか。
「私は教員生活30年になるけれど、君のような生徒と出会ったのは初めてだよ。本当に素晴らしい。我が校の誇りだ!」
「本当にその通りですね、校長!」
校長と教頭は手を取り合っている。
「よっぽど頑張ったんだなぁ、栗山は」
藤田は本気でおいおい泣き始めた。
いい年した体育教師が、なにやってんだよ。
「栗山くん、本当に頑張ったんですよ。毎日ほとんど寝てませんでしたから」
俺にウィンクをしながらそういうのは美和。
ウソつけ!
「そうでしょう、そうでしょう!」
校長も教頭も首が折れるほど頷いている。
「ところで麻生さんは医学生とか」
「はい」
「栗山くんの勉強を見てあげたんですか?」
「いえ、全く」
は?
「わからないところはいつでも聞いてね、とは言ってたんですけど、自分で頑張るって聞かなくて・・・栗山くん、本当にすごいと思いました。私の出る幕なんてなかったです」
美和のヤツ、なんなんだよ!
なんでそんなウソつくんだよ!
そうみんなの前で叫びそうになる俺を、チラチラ見ながら牽制する美和。
結局、そんな美和の態度に程されて、最後まで真実を話すタイミングを失い、そのまま感慨にふける校長たちを残して、俺と美和は叔父さんの車で家まで送ってもらった。
自転車置いてきちゃったけど、まぁいいか。
そんなことより早く帰って、美和と話さないと。
「杏はここに住まわせてもらえて、本当によかったなぁ。じゃ、また日曜にな?」
叔父さんが嬉しそうに立ち去ったのを見計らって、俺は叫んだ。
「美和っ!」
「なに?」
「なんであんなウソつくんだよ!寝る暇惜しんでまで勉強もしてないし、美和が勉強教えてくれたんだろ?!」
「そんな小さなこと、気にすることないでしょ。それにウソじゃないよ。私は勉強じゃなくて、勉強方法を教えたんだよ?」
「とにかく、なんであんなこと言ったんだよ?」
「それは、ちょっと杏の株を上げておいた方がいいと思ったから。大人の事情ってヤツよ」
美和は、ふふん!と偉そうに笑った。
「・・・なんだよ、それ?」
「杏はね、これから中学卒業するまでずっと学年トップで行くと思うよ」
「え?」
「私の言うとおりにしてればね。だけど、中1の時のマイナス分をそれでカバーできるのかどうか確信が持てなかったから、印象を良くしておこうと思っただけ。ま、大丈夫そうだったけど」
「それって―――、俺の進路のこと?」
「つまんないことで杏のこと誤解されたり、可能性を狭められたりしたらイヤだから・・・オトナってつまんないよね?」
美和は鼻歌を歌いながら家の中に入っていた。
やっぱり・・・
美和は俺なんかよりずっと大人なんだ。
そんなことまで、俺は考えたことない。
―――進路、か。
そういや、麻生家は代々医者の家系だって言ってた。
だから医学部に行ってるのか?
美和は他にやりたいこととかなかったのか?
今夜の夕食はスペシャル。
俺の大好きなハンバーグの横に、大好きなナポリタンまでついてる。
ちなみに。
美和の作るナポリタンは、ピーマンとにんじんと、タコを作る時に使う赤いウィンナーの輪切りが入ってる。
これがいいんだよ。
「今夜は学年トップのご褒美だよっ!」
「やったね」
美和との生活はなんでこんなに楽しいんだろう。
毎日ワクワクするし、それに、
矛盾してるようだけど・・・
本当に傍にいると安心するんだ。
ハンバーグを口に放り込みながら、目の前に座る美和をちらっと見る。
美和も箸でハンバーグを口に運ぶところだ。
「美和ってさぁ」
「ん?」
「医者の家系だから医学部に行ったの?」
「んー、そうとも言えるし、そうじゃないとも言える、かな?」
「なにそれ?どういうこと?」
「この間、地下の図書館、見せたでしょ?」
「うん」
「あれ、全部読んだの」
「マジで?」
「うん。面白いよ、医学の世界は・・・神秘に満ちてる、って思う」
「へぇ」
「あそこにはね、西洋医学だけじゃなくて、東洋医学、民間療法、原住民や古代文明で使用された医療技術なんかの記録もあって、読めば読むほど生命って凄いんだなって思わせてくれるの」
「そっか。じゃ、「麻生家」に縛られたわけじゃないんだな」
「うん、全然。でもね、私は麻生家の先祖のこともすごく尊敬してる。彼らは自分たちがしていることをきちんと理解したうえで、命をかけてこの家と患者さん達を守ってきた。だから、彼らの遺志を受け継ぎたいっていうのも、本当の私の気持ちだよ」
美和の瞳の奥に、ものすごく力強いものを感じた。
いつものとぼけた美和と、ちょっと違う。
「美和が医者になればこの家を守れるんだろ。医学生なんだし、もう安泰じゃん」
「安泰じゃないよ」
「なんで?」
「他にもやらなきゃいけないことがたくさんあるから」
「たとえば?」
「例えば・・・子孫を残すこと。私が麻生家の最後の生き残りだから」
それから美和は、自分の家族のことを少し話してくれた。
お母さんは美和が2歳の時に亡くなったらしい。
交通事故に巻き込まれて。
お父さんはその後、再婚はしなかった。
だから美和は一人っ子。
お父さんと2人、この家で幸せに暮らしていたと言う。
高校一年の5月まで。
その月、アフリカのとある場所に向かう途中、お父さんを乗せたセスナが姿を消した。
セスナの破片は所々見つかったけど、遺体も含めてそのほかのものは全く見つからなかったらしい。
でも、状況から判断して。
美和のお父さんが生存してる可能性は99.99%ない・・・と、事故調査委員会は結論付けた。
「実はね」
「ん?」
「母の死にも、父の死にも、陰謀説があってね」
「陰謀説・・・って?」
「誰かに殺されたってこと」
「え?!」
「父が亡くなって、いくらセキュリティがしっかりしてるとはいえ、1人でここに住んで高校に通うのは危ないってことになって。私は事故直後からある場所に移って、この3月までそこにいたの」
「ここから、遠いの?」
「すごく・・・遠いよ。一般の人は誰も入って来れないような隔離された場所。でも時々ここに戻ってきて、あの図書室で本を読んでたの。とりあえず外部との接触がなければ、ここは安全だから」
一歩も外に出させてくれなかったんだよ、と美和は笑った。
そして美和がいない間に、この家を所々リフォームして、セキュリティをレベルアップさせたという。
「誰」が、美和を外に出させなかった?
と、聞きたかったけど、
なんとなくそれは聞いてはいけないような気がして、口を閉ざした。
ちなみに美和が最初に入学したのは某国立大学の付属高校。
この家の近くにある。
こんな俺でも知ってるくらい、恐ろしく偏差値の高い高校。
俺の中学から行く奴なんて、きっと10年か20年に1人くらい、だと思う。
「危険だから・・・今もあんまり外に出ないようにしてんのか?」
「ん・・・っと・・・」
「そんなんだったら、美和が外出したいときはいつも俺、一緒に行くし」
「俺じゃ頼りねぇかもしんないけど、一人よりマシだろ?いつでも言えよ」
すると、美和がぷぷっと笑った。
「なんだよ、そんなに俺じゃ―――」
「そうじゃなくて」
「じゃ、なんだよ?」
「もちろん、必要以上に外出しないのは念のため、っていうのもあるんだけど―――杏との生活が楽しいから家にいたいんだよ」
美和の笑顔に、俺はドキっとした。
「あのね」
「ん?」
「小さいころから私ずっとね、18歳になったら始めようと思ってたことがあるの。お父さんも応援してくれてた」
「え?もう18じゃん。それ、始めてるの?」
「始めてるっていうより、始まってる」
「なに?聞いてもいい?」
「私は18歳になったら、ここで家族を作り始めるって決めてた・・・いつかここを、私の家族でいっぱいにするって。だからね、きっと杏が私の誕生日にここにやってきたのは偶然じゃないよ。ミワワもね?」
「・・・」
「ずっと願ってたことが叶って、とっても嬉しいの」
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