HOME(ホーム)

たいけみお

文字の大きさ
57 / 114

第53章:「3カ月後」

しおりを挟む
1週間ほど前、俺は退院した。

そして今、

俺はスティーブとパルドゥルースにいる。



スティーブによると、俺のカラダは完治してるらしい・・・

たしかに表面的なカラダの痛みももう、ほぼない。


ただ、体力も気力も全くない。

そして、カラダの内側の痛みは―――まだ消えていない。



俺はこの1か月ほど、多少リハビリらしきもの(彼らはトレーニングと呼んでた)を受けさせられてはいた。

だが、全くやる気のなかった俺は、適当にそれを流していた。



とにかく、カラダは治った―――でも、俺は未だに、「まぼろし」の中にいる。

辻褄の合わない出来事の中で、彷徨っている。


おまけに、そのリハビリを進めれば進める程、

その「まぼろし」は更に悪化していった。



口から勝手に出てくる外国語。

見るもの全てをコピーしてしまう感覚。

体が覚えてるバイクと車の運転。ジェットの操縦。

ソルジャーみたいな人たちの攻撃を、反射的に止めてしまう動作。




それらがどこからやってきたのかもわからないし、

それ以外の過去の記憶も断片的で。




「何か」が欠け落ちていることは、確実。

でもそれがなんなのかがわからない。


16歳、と言われても、まだ信じられない。

俺的にはまだ、13歳のまま。



どう考えても、この状況は普通じゃない。

すげぇ、イライラする・・・

そして未だ、死ぬこともできずにいる。

やり場のない、怒り、ってこういうことなんだと思う。



でも、一方で。

それらの矛盾に対して真剣に向き合おうとする自分もいない。



最終的には「どうでもいいや」っていう惰性で、ただただ、流され続けていて、

だから俺はいま、ここパルドゥルースにいる。



いうなれば。



家出して、フラフラして、

明良さんや祥吾さんに世話になってた時とおんなじだ。




あの時と少し違うのは・・・

スティーブが傍にいてくれるお陰で、とりあえず毎日、

寝る場所と空腹を心配しなくていいっていうことだけ。

この先どうなるのかは、わからないけど。




スティーブと暮らしているパルドゥルースの部屋はホテルのような超豪華なビルの中にある。

それも、パルドゥルースのど真ん中。


メインの大通りに面したここは、周りにたくさん美味しいカフェやレストランが立ち並んでいて、毎日のようにスティーブにそれらに連れ出される。

スティーブは美味しいものが好きらしい。

俺ももちろん好きだけど・・・でも。

なんか無性に、甘めの、それも大きな具がゴロゴロ入ったカレーが食べたい。



俺に料理ができるのかどうかもわからないけど、

試してみたいくらい、あの味が食べたい。

あれを食べたら、なんかちょっと落ち着く気がする。



作ったら、スティーブも食べてくれるかな。

でも俺の知る限り。

この辺りに日本食材を売ってる店はない。



「スティーブ」

「ん?」

「この辺には日本の食材買えるとこ、ないよね?」


「ないけどオンラインで買えるよ。ケイに頼んでもいいし」

「そうなんだ・・・じゃあさ、日本のカレーのルー、頼んでもいい?甘口のヤツ」

「ケイに直接電話したら?アイツ、喜ぶよ?」

「ん、じゃ、そうする」






TRRRRRRRRRRRRRRRRRR



「スティーブ?杏になんかあったのか?!」

「いや、俺、杏です・・・スティーブじゃなくてすみません・・・」

「杏!元気か?パルドゥルースはどうだ?」

「んと、まだよくわかんないんですけど、今日は圭さんにお願いがあって・・・」

「なんだ?なんでも遠慮なく言え?」


くく。

こういう圭さんの優しさに、俺は救われる。

未だ、俺と圭さんの関係がどういうものなのかを、俺はよくわかっていないのだけれど。



「実は俺カレーが食べたいんですけど、ここら辺にカレーのルー、売ってなくて」

「あぁ、確かにあの辺にはそういう店はないなぁ。任せろ。大量に送ってやるから。で、何がいいんだ?甘口、中辛、辛口、バーモン●、ゴールデ●、ジャ●、いろいろあるだろ?」


「あ、そっか・・・えっと、甘口で・・・」

「甘口な。で?」


「味は覚えてるけど、どのルーなのかわかんないや・・・あれって給食だったのかなぁ」

「・・・」


「よくわかんないんで、圭さんの好きなヤツでお願いします」

「ん、わかった。適当に見繕って送るよ。他に欲しいものは?」


「あの・・・タコを作る時に使う赤いソーセージ?ウィンナー?とかって、送れないですよね?」

「あー、あれはたぶん検疫にひっかかるなぁ。日持ちもしないし。でもなんでだ?」


「いや・・・なんか無性にナポリタンも食べたいんですけど、あれにはピーマンとニンジンとその赤いウィンナーが入ってないとダメなんですよ。それ以外の食材はここで手に入ると思うんだけど、あの大きさのあの赤いウィンナーってここのスーパーで見たことなくて・・・そっか、やっぱり無理か・・・」

「・・・」


「じゃ、カレーのルーだけお願いします」

「ん、了解。早速送るから・・・杏、あのな」

「はい?」


「いつでも、用事がなくても、声聞かせろよ?待ってるから」

「俺、圭さんの彼女じゃないんですけど?くくっ」


「冗談じゃねぇんだけどなぁ・・・ま、いいや、元気そうな声聞けたし。じゃ最後にちょっとスティーブに代わって?」


スティーブは俺から受話器を受け取って圭さんと話し始めたけど、「あぁ」とか「うん」とか「わかった」とか頷くばっかりだったから、2人がどんな話をしてたのかはさっぱりわからなかった。



でも。



話をしてる時のスティーブの目が妙に真剣だったから、ちょっと気になった。



2人が仲がいいのは知ってるけど、2人の関係はよくわからない。

ただの友達じゃない、とは思う。


もっと・・・深い関係。

明良さんと祥吾さんみたいな。

家族みたいな。

ちょっと、羨ましい・・・気がする。




圭さんとの電話を置いたスティーブは、ソファーで珍しくノートパソコンを開いた。

仕事?



「スティーブ、ちょっと仕事の邪魔していい?」

「仕事じゃないよ。どうした?」


「ずっと気になってたんだけど―――スティーブって金持ち?」

「そう見えるか?」

「だってこの部屋、すごいし・・・よく見たら、スティーブが着てるモノとか高そうだし」


「オマエのその年で、よく服の質とかわかるな・・・まぁ確かに貧乏人じゃないけど。なんでそんなこと聞くんだ?」

「だって・・・俺、スティーブに家賃とか生活費とか払ってないし・・・いろいろ買ってくれるしさ・・・」


「オマエなぁ。俺がオマエから金を請求するわけないだろ?」

「なんで?俺がガキだから?」

「アホか。オマエから金貰うなんて、オマエが大人になったって今後永遠にないわ!」


―――なんか、

これに似たような会話、誰かとしたことがあるような、気がする。

誰・・・だったっけ?




「でも、もうちょっと落ち着いたら、ちゃんと働いて返すから。それに入院費用とか手術代は?誰が立て替えてくれてるの?叔父さん?」


はぁ。

スティーブは深く溜息を吐いた。


そして言った。



「あのな。金の心配はするな。今後一切」

「どうして?」


「それは俺が相当な金持ちだからだ。それにオマエにかかる費用は全部―――入院費用や手術代、学費を含め、全部タダだ」

「なんで?」


「それはオマエが、日本みたいな資本主義社会で生きてないからだ」

「どういう、こと?」


「ま、それについては話が長くなるからまたの機会にするけど―――とにかく、俺は金持ちだ。仮に今仕事を辞めたとしても、一生遊んで暮らしていけるだけの金はある。オマエを養うことなんて、俺にとっては全然大したことじゃない。だから余計な心配するな」


「スティーブの仕事って本当は何?前は俺の世話って言ってたけど」

「本当にお前の世話だよ。今だってオマエに見せたいものがあってパソコン開いたとこだし。くくっ」

「へ?俺みたいなヤツの世話したって、誰の、何の得にもならないし・・・だいたいそんなことに金出すヤツなんていないだろ?あ、そっか、これは夢だから深く考えちゃいけなかった。くくっ。でもなんか変な夢だなぁ。俺にすげぇ都合よく出来てるっていうか・・・あはは」

「・・・ま、そう思いたいんだったら今はそれでもいいけど。あと、でも、もうひとつ、仕事持ってるよ」



「なに?」

「行方不明者の捜索・・・って、一人だけだけど」


「ってことは、スティーブって刑事?あ、探偵?」

「くくっ。お前、面白いこと言うな」

「違うの?」


「違うよ――――しいて言えば「なんでも屋」?俺って何でもできるからさ」

「あ~、なるほど」

「そんなんで納得してくれたのか?くくっ」

「ん~、そういうことでいい。なんか理由が欲しかっただけだし・・・その職業、面白いしさ」



そう答えた俺に向けられたスティーブの目には、何の色も写っていない。

感情のない目。

きっと。

投げやりな俺の、そういう言葉を聞き飽きて、うんざりしたんだろう。



でも。



スティーブだけじゃなくて、誰にどう思われようが、俺には関係ない。


どうせ今の自分は「ホンモノじゃない」し、

俺自身にだって、俺が本当は誰なのか、わかってないんだから。




「キョウ、明日お前を大学に連れてくから。ここがオマエが行く大学。俺達はいまここ」

スティーブはパソコン上の地図を指さした。


「来週って言ってなかったっけ?」

「さっきお前の担当教授から連絡があって、さっさとキョウを連れて来いって言われたんだよ。来週まで待てないってさ。くくっ」


「会うのは構わないけど・・・大学に、それも医学部に行くのは気が進まない。記憶も理由もないのに、なんでそんな面倒なことしなくちゃいけないのか、わけわかんないから」


少なくとも今の俺には、「頑張る」とか「一生懸命」とか、絶対ムリだ。


ま、今まで気合を入れたことなんて、一度もなかったから、

これから先、必要に迫られたってそんなことができるとも思えないけど。


とにかく、到底ムリなのが目に見えてるこれは、後々面倒になるのがわかってるから避けたい・・・気がする。



大体さ。

なんで俺、医学部に行きたいなんて言ってたんだよ?

っつうか、それを真に受けるスティーブもスティーブだろ。



「ま、それは大学に行ってからまた決めたらいい。気追う必要もないし、遊びに行くつもりでやればいいから・・・それより、ちょっと気になるんだけど」

「なに?」


うまくスティーブにかわされて、ちょっとムカついたのが顔に出たな、きっと。

別にいいけど。


「こういう状況だから、不安になるのも、多少投げやりになるのもわからないでもないけど、元々オマエはそういうヤツじゃない」

「・・・」


「一時的な感情で自虐的になって、軽はずみなことをして、後で後悔するのはオマエ自身だからな。気を付けろよ?」

「そういうヤツじゃないって、どういうヤツだってんだよ?!」


いくらスティーブだからって、わかったような口、きくなよ。

俺が俺のことわからなくてイライラしてんのに。


っていうか、スティーブも圭さんも、俺のことを前から知ってるはずなのに、俺の「知らない過去」については全く触れようとしない。

それがまた、俺を不安にさせる。

だから余計にその発言は、俺を挑発した。



「俺が元々どういうヤツだって?!はっきり言えばいいだろ?!」

するとスティーブは怒ったように、でも冷静に言葉を続けた。


「大切な人のために、冷静に、真っ直ぐに立ち向かえるヤツだよ」

「・・・」

「大切な人のためなら、自分の命さえも惜しまないヤツだ、オマエは」



「・・・なんでそんなこと、わかるんだよ?!いくらスティーブだって、俺の心の中までわかるはずねぇだろっ!勝手なこと言うなよっ!俺がどんな思いで親父やお袋の傍にいたか、どんな思いで叔父さんチに帰れなかったか知らない癖に!」

「ウソじゃないよ。本当にオマエはそういうヤツだから。俺はちゃんと知ってるよ」

「・・・」



「オマエはな、人をちゃんと、素直に真っ直ぐに愛せるヤツなんだよ。誰にでも出来ることじゃない」

「・・・」


「俺はそんなキョウを心底知ってるから、ここにいるんだよ」

「・・・」



「いいか、よく聞け。「いつか」オマエにとって大切な人が「現れた」時、自分の過去を後悔するような、「その人」の瞳をまっすぐに見られないようなことは絶対にするな。堂々と会える自分でいろ。一時的な感情に振り回されるな」

「・・・スティーブ、何が言いたいんだよ?何か、知ってんの?・・・これからの、俺のこととか」



「・・・いや。それ、俺自身の教訓」

「ぷは。なんだよ、それ!・・・って、確かスティーブって、好きな人がいるって前に言ってたよな」

「え?」


「誰だっけ・・・確か、すげぇ好きなのに、全然会えないし、全く相手にされてないとか、って言ってたっけ?くくっ」

「キョウ、オマエ・・・覚えてんのか?」



「自分でそう俺に言ったんだろ?あ・・・ごめん、笑ったりして。別にバカにしたわけじゃないんだ。ただ、スティーブって純粋だよなぁって、なんか嬉しくなっただけ。スティーブのその気持ち、いつかちゃんと伝わるといいな」

「キョウ・・・」


「ま、わかったよ。スティーブのその純情に免じて、俺も腐らないようにする。くくっ」

「いいコだ」


「なんだよ、いいコって。俺はガキじゃねぇよ!」

「あはは」







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...