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たいけみお

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第91章:「アンドリゲス山脈」

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本当は・・・

カレンさんとスティーブが待つレストランに着く前に、どこかに止まって、

もう一度、彼女にキスしたかった。

いっぱい、したかった。

本能のまま、貪るようなキスがしたかった。


一回してしまったら、もう何回したって同じだろ?

どんなキスを何回しようが、もう関係ないだろ?

・・・って思ってる自分がいて。


もう、本能を抑えきれない。

彼女の全てに触れて、この感情を解放したい。

いっぱい、愛したい。


本当に箍が外れた・・・

外れてしまった、のだと、思う。



でも、なんとなく。

スティーブとカレンさんと会う前は止めておいた方がいいような気がして、

必死で自分を抑えた。

―――すげぇ辛い。




ああいう行動に、それも突然、自分が出たことを驚いていないわけじゃない。

でも。

自然にそうしてしまったのは、以前はそういうことを普通に、いっぱいしてたからなんだろう、って思う。



たしかに俺の日記にも、そういうことは多少出てくる。

でもそれは、話の流れで出てくるだけで―――

そういうことに関して、官能小説みたいにどうのこうのと具体的に記してる訳じゃない。

さすがにファーストキスのことは書いてたけど。


でも、あの日記を読むと、

それ以外のことが、すごく詳細だから猶更、


四六時中、朝も昼も夜も彼女と一緒に過ごしていた俺が、そういうことをしないわけがない。

なんかいつも美和を抱きかかえてたみたいだし、

朝、彼女が腕の中にいないと目覚めが最悪って書いてあるって事は、毎晩同じベッドで寝てたってことだろ?

それでなんにもなかったなんて、非現実的過ぎる。

ありえない。



だから。

ここでキスしたことに対しての、彼女への罪悪感はない。



むしろ。

もっといっぱいキスして、

抱きしめて、

俺のことを、俺とのことをちゃんと思い出してほしいって、強く願ってしまっている。

彼女が、抵抗しなかったから余計に。


あぁ、ヤバいかもしれない。

本当に、すげぇ、キスしたい。

本当に、ぎゅって、抱きしめたい。




レストランの駐車場に入り、俺はゆっくりバイクを停めた。

自分のメットを外し、振り向くと、

同じくメットを外して、長い髪の毛がぐちゃぐちゃになってる美和がいた。



「くく。ひでぇ頭」

俺の右手が自然に伸びて、撫でるように彼女の髪の毛を整える。


「杏・・・くんが飛ばすからでしょう?!」

「くく。そうだね」



怒ったのか、恥ずかしいのか、真っ赤になった美和の顔。

すげぇ可愛い。


もう、本当にもう、

どんな表情でも、それがホンモノなら、

なんでも愛おしい。



すげぇ―――心臓が痛い。



俺の右手はまた勝手に、彼女の耳たぶに触り、

俺の唇をその小さい窪みに重ねて、囁いた。


「また後で、ね」




*****



アンドリゲス山脈、中腹にあるレストラン。


―――そこは全面ガラス張りの、絶景の場所で。

一番奥のテーブルで、カレンさんとスティーブが私たちを待っていた。


「迷わなかったか?」

「うん大丈夫。わかりやすかったよ。ここ、凄くいいところだね」

「でしょう?!一度、来てみたかったの!絶景なだけじゃなくて料理で5★のすごく有名なレストランなのよ?」


「さすがカレンだよな。こういう場所を良く知ってる」

「当たり前でしょ、それが趣味なんだから。ね?美和ちゃんも気に入ってくれた?」

「うん、ありがとうカレンさん、本当に素敵なところ」



そう、冷静を装っているけど。

さっき・・・杏にぎゅっ、ってされて、

キス、されて、


髪の毛を、頬を、耳たぶを、優しく触られて・・・

左耳に彼の唇と息が触れて、

私の心臓は、泣きたいほど激しく動いていて。



そして。


杏が最後に言った言葉。


「また後で、ね」

って、何?



そんな私とは違って、杏の様子に全く変わったところは見られない。

まるで。

ああいうことをするのが、普通みたいに、なんでもない事かのように、何も変わらない。



杏は――――

誰にでもああいうことをするのだろうか。


もしあの日、「麻生家」の前で出会わなかったら、

彼は別の誰かと、こういうことをしていたのだろうか。

今も、病院の誰かに、こういうことをしてるのだろうか。



―――心臓が締め付けられて、

いまにも泣きそうになる。


そんな、

どうしようもない、どろどろした感情が、

私の中を埋めく。




「なに食べる?カレンさんのお勧めはなに?」


そんな風に、カレンさんに普通に聞いて笑ってる杏。




「美和さんは?何にするの?」

「どうしよう・・・かな。全部美味しそうだし」

「じゃ、適当に注文してみんなでシェアするか」

「そっか、それがいいかも」

「そうね、私デザートも食べたいわ!」



私にあんなことをした後なのに、食事中もいつもと態度が変わらない杏。

でも少しだけ意地悪で。


「あ!そのイチゴ、私が食べようと思ってたのに!」

「知ってるよ。だから食べたんだよ。まだ腹減ってるし。くく」

「オマエがそんな意地悪なヤツだなんてしらなかったぞ」

「だって美和さん虐めると面白いんだもん。くく」


「美和さん、イチゴ食べたいんだったらもう一回あのケーキ注文しようよ?」

「でもまたイチゴ食べちゃうんでしょう?!」

「あ、ばれた?あははは。でもまだなんか食べ足りない。なんにする?」

そんな感じで。



「記憶を失う前の杏」はこんな風に、私に意地悪するような人じゃなかった、と思う。


むしろ。


私の好きな、哲ちゃんのチーズケーキを、

自分のから半分、取り分けてくれるような人だった。


でも、私をからかう杏は、ものすごく楽しそうで。

その笑顔を見ると、まぁそういう杏もいいのかな、って私に思わせた。



スティーブとカレンさんは、とてもいい感じで話をしている。

スティーブがカレンさんを好きなのを知ってるから、

うまくいけばいいな、って思いながら、

2人を横目に、食事をした。


私はこの4人でいるのが、とても好き。

家族、みたいで。



「はぁ、美味しかったぁ!本当に5★だったわね。またみんなで来ましょう?」

「そうだな。今度は頭頂までトレッキングして、下山途中でここにまた寄ってもいいな」

「そうだね。きっと頭頂からの景色はもっと凄いよ」


「で、帰りどうしようか。キョウ、車乗ってくか?バイクは俺が乗ってってもいいし」

「あら、私だって美和ちゃんだってバイクは大丈夫よ、ね?美和ちゃん?」

「うん・・・私がバイク乗っていってもいい?なんか久しぶりに走りたいかも。3人は車で帰っていいよ。自分のペースで適当に戻るから心配しないで?」

「そしたら私が後ろ・・・「じゃ、俺が後ろに乗るよ」」


「え、大丈夫だよ。傷つけないようにするから」

「そういうことじゃなくて・・・美和さんの走りも見たいしね?」

「私、下手じゃないよ?!」

「わかってるよ。しっかりZ部隊にトレーニングされてんだろ?そういうことを心配してんじゃない」



私たちの会話を聞いてスティーブに何か考えるところがあったのか、

結局、カレンさんとスティーブが車で、私と杏がバイクで、帰ることになった。


「じゃ、先行くからな。なんかあったら電話しろ?」

アーサー車の窓から、スティーブが手を振った。


「あぁ、また後で」

杏が右手を上げた。



彼らの車が去って、見えなくなった後。

「じゃ、俺たちも行くとしますか」

「うん」

私はメットをかぶり、昌太郎さんのバイクに跨った。



すると、後ろに座ってる杏の左腕が私の腰にキツく巻き付いた。

それはまるで・・・

本当に後ろから抱き竦められてるかのようで。

私は・・・


それに何も言わず、

静かにエンジンをかけた。




*****


美和の走りはまるで・・・男のような切れのある走りだった。

この小さい体で、この走り。

Z部隊に鍛えられたとはいえ・・・カッコ良すぎるだろ。



途中、サバル・レイクという看板を目にした俺は、右人差し指でそれを指した。

すると美和は軽く頷いて、サバル・レイクに向かう脇道に逸れた。


行きしなに気づかなかったサバル・レイクは思ったよりも大きくて。

満月の光に照らされた針葉樹林が、湖面に映し出されていて、それがとても幻想的だった。


「綺麗だな」

メットを外しながら、俺は引き寄せられるようにその湖畔に近寄った。

「静かだな、ここは・・・なんか、吸い込まれそうだ」



たまに鳥たちが飛び立つ羽の音や、獣の遠吠えが聞こえてくるのが、不思議な感じで。

俺は夢心地のまま、そこに腰を下ろした。


でも。


後ろを振り返ると、美和はまだバイクのところメットを外していた。

だから俺はもう一度立ち上がって、急いで彼女を迎えに行った。


手櫛で長い髪を整える美和。

俺の陰に美和が気づいたところで、俺は彼女の左手首を掴んだ。

「こっち来て?」



ぐいぐいと湖畔まで彼女をひっぱり、そこで俺の内側に彼女を入れたまま腰を下ろした。

後ろから、抱きかかえる感じで。


はぁ。すげぇ・・・落ち着く。

すげぇ・・・深く息が吸える。


バイクの後ろで彼女の腰に腕を回しながら、

もっと、ちゃんと、ぎゅってしたくて、たまらない気持ちになってたのもあるけど。

こんなにホッとするってことは、以前はこれが俺たちの日常だったんだと思う。絶対に。


・・・なんか、俺、ヤバイ、よな。

いくらなんでも、強引なのはマズいよな。

そう、思ったところで、俺が、彼女の体から離れられるわけもなく。



月光しかない真っ暗な湖畔で―――俺は、更に、美和を強く引き寄せた。



はぁ。

柔らかくて、

あったけぇ。




「杏・・・くん」

「ごめん・・・もうちょっと、もうちょっとだけ待って」





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