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たいけみお

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第97章:「迫りくる期限とソックス」

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「周りが煩いから、美和さんに恋人のフリをしてもらうことにした」とスティーブに報告した時。

「それが一番の理由じゃないだろ」と見透かされ、かなり呆れられたけれど。


でも彼も、そして圭さんとスティーブも、そんな俺を見逃してくれた。

カレンさんは言葉にはしないけど、なんとなく俺を応援してくれているような気がする。


まぁ、とにかく、その名目のお陰で。

俺は人前でも遠慮くなく美和の傍にいて、勝手に手を繋いだり、髪の毛を撫でたりしている。

(さすがに研修中や患者さんたちの前ではしないが)


たまに「やりすぎだよ」と困った顔をされることもあるけれど、

そんなことは気にしない。

本気で嫌なら、高い身体能力を持つ美和は、簡単に俺から逃れられるのだから。



あれから、俺は更に覚悟を決めていた。

「恋人ごっこ」を使って、出来るだけ早く美和を取り戻す、と。


美和との関係を早く進めたい、一刻も早く取り戻したい、と逸る気持ちを否定するつもりはないが、

「ごっこ」のお陰でだいぶ落ち着いてきて、今の俺は正直、美和に時間が必要というならいくらでも待てる。


だけど一方で。

俺には、俺たちには、あまり時間が残されていない。


医師国家試験まであと2か月ちょっと。

その後、俺も彼女もこのパルドゥルースに残る可能性はかなり低いだろう。

そしてこのままの関係だったらきっと、別々の場所で俺たちは暮らすことになる。

おまけに「事」もいつ起こるかわからない。


そんな状況下で、無駄に長々と彼女と探り合いをしてゆくのは得策じゃない。

俺は出来れば―――

医師国家試験以降のことを、真正面から、彼女と一緒に考えていきたかった。



「あら、キョウ先生じゃない」

病院内の庭にある木陰のベンチ。

そこには以前相談に乗ってもらった妊婦のモニカさんがいた。


「ここは涼しくていいですね。編み物、ですか?」

「ええ。いまベイビーグッズを作るのに嵌っててね。ほら、入院生活って案外暇でしょう?」

「モニカさんは赤ちゃんも順調だしご自身の体調もいいから特に退屈に感じるかもしれませんね」

「そうなの、そうなの!贅沢な悩みなのはわかってるのだけど」

「いいことですよ。それにしてもそのソックスめちゃくちゃ可愛いなぁ。触ってみてもいいですか?」

「もちろんよ!さ、ここに座って?」


モニカさんの手元には、オレンジと白の毛糸で縞々模様の小さいソックス。

その可愛さと温かさに俺にも思わず笑みが零れた。

隣に置かれた籐籠にはその他にも色とりどりの御手製ベイビーグッズが収められていて、

俺はそのひとつひとつを手に取ってまじまじと眺め、そしてそのふわふわした手触りを楽しんでいた。


「そんなに興味あるなんて、キョウ先生ってよっぽど子供好きなのね」

「そうなのかなぁ。まだよくわからないですけどね。ほら俺まだ未成年だし」

「えぇ?!未成年?!」

「え、知らなかったですか?俺17歳なんですよ」

「えぇぇ!そ、それは・・・噂には聞いてたけど、キョウ先生って本当に凄い人だったのね!」

「いや、全然そんなんじゃないです。先日もモニカさんに話聞いてもらったばっかりだし」

「あれはもう解決したの?」

「えぇ、モニカさんのお陰であの点は解決しました。ありがとうございました。ただ・・・」

「なになに?なんでも聞くわよ?」

「そんな面白がらないでくださいよ」

「絶対にダンナ以外誰にも言わないから!あの時の話だってちゃんと全部覚えてるわよ?」


「えぇと・・・まぁ、ぶっちゃけて言うと、あの記憶を失くした男性、元恋人とよりを戻そうといま必死なんですけど、あんまりうまくいってないんですね」

「どうして?」

「それは・・・あ」


100m程先から、白衣姿の美和がこっちに歩いてくるのが見える。

俺が軽く手を振ると、美和が気が付いて近づいてきた。


「休憩中?」

「あぁ、こちらは産婦人科に入院中のモニカさん」

「こんにちは、ミワです。そのソックス・・・とっても可愛いですね。食べちゃいたいくらい。ふふ」


あり得ないくらい優しい表情の美和。

俺はそのオーラに圧倒され―――言葉を失った。

きっと、一目惚れの瞬間というのは、こういうことを言うのだろう。


「嬉しいわ。キョウ先生もそう言ってくれたのよ?」

「本当に可愛い・・・あの、ソックス編むの、難しいですか?」

「そうでもないのよ?赤ちゃん用だし小さいから慣れたらあっという間。だからたくさん作っちゃうの」

そう言ってモニカさんは、籐籠を差し出した。


「うわー、こんなにたくさん!帽子も服も・・・可愛い・・・私も、やってみようかな」

「ぜひやってみて!楽しいわよ?あら、ってことは、もしかしてミワ先生も妊娠中?」


そのモニカさんの言葉に、しばらく頬けていた俺は一瞬で目が醒めた。

「まさか!違いますよ!」

俺が父親である可能性がゼロなんだから、そんなことがあっちゃ困る。


「なんでキョウ先生が答える・・・え?もしかして2人は・・・?」

「ちが・・・「実はそうなんですよ。でも誰にも内緒ですよ?」」

「嫌だわ、私が口が固いの、キョウ先生が一番知ってるでしょう?うふふ」


そして俺は美和の左手首を掴んで、少し引き寄せた。

「で?なんでソックス編みたいの?」

「そ、それは・・・か、可愛いから!可愛いからに決まってるでしょう?!」

「本当にそれだけ?妊娠してないよね?」

「当たり前でしょ!私、次の研修があるから!じゃモニカさんまた!」


俺の腕を振り払い、逃げるように去っていく美和をモニカさんが笑った。


「可愛い人ねぇ」

「そうでしょう?でもなんでいま、ソックス編みたいんだろ?」

「ふふ。それはきっと、彼女は子供が欲しいのね」


改めて言われてみれば、確かにそう、俺の日記に書いてある。

俺が18歳になったら美和と結婚して、たくさん子供を作るんだ、って。

そっか。

その期限までも、もう1年切っている。

今の俺は彼女を取り戻すことだけしか考えられなくて、それ以外のことを頭の隅に置き去りにしていた。


「そっか―――モニカさん、俺・・・彼女と前に約束したんですよ。俺が18歳になったら結婚して、子供たくさん作ろうって」

「素敵じゃない」

「そうなるようにしないと、な」

「キョウ先生ほどの人が、自信ないの?」

「こればっかりは俺の気持ちだけじゃどうしようもないんで―――その話したのはだいぶ前だし」


「だいぶ前って・・・ふたりは付き合って長いの?まぁキョウ先生まだ17歳だから、私からしたらそんなに長いはずないけど」

「出会ってからは・・・3年ちょいくらいですかね。そっか。よくよく考えたら、ちゃんと付き合ってたのはたった半年くらいなのか―――なんかそんな感じしないな。まー本当にここだけの話ですけど、その後事情があって離れて暮らしてたので、いま必死に俺が巻き返しを図ってるところなんですよ。くく」


「そうなのねぇ。でも巻き返しも何も、ミワ先生、キョウ先生の事好きよね」

「え?」

「だって・・・キョウ先生に手首掴まれて問い詰められた時、彼女顔真っ赤だったし、それに・・・」

「それに?」

「たぶんミワ先生は、キョウ先生との子供のことを想像してて、恥ずかしかったんだと思うのよ?あの慌てようは絶対そうだわ」


モニカさんは毎回、俺に何らかの気づきを与えてくれる。

その言葉だけで俺は少し自信を持って、前に進んでいけそうな気がした。


「それでもそんなに自信がないなんて、よっぽどミワ先生のことが好きなのねぇ」

「まぁ・・・そうですね。あの最後にひとつ聞いていいですか?また例の、記憶を失くした男性の事に戻るんですけど」

「もちろん―――元恋人さんとうまくいってないのね」

「はい。モニカさんが前に言ってたように俺は、彼の記憶喪失には彼女が直接関与してると思うんです。だから彼女の彼に対する態度が前とは違うんじゃないかと」

「彼女は彼が傍にいること、嫌がってないの?」

「俺には嫌がってるというより困ってるように見えるけど・・・女性からしたら違うのかな」

「女性はね、嫌だと思ったら視界にも入れたくない、もう生理的にムリって人が多いと思うわ。困ってる・・・か。そしたらしばらく頑張ってみてもいいかも」


「具体的にいうと?」

「思いっきり彼女を大事にすればいいんじゃないかな?それしか出来ることもないだろうし」


大事にする、か。

―――俺の日記に書いてあった、俺の言葉そのままだな。


「大事にする・・・って、奥が深くて難しいですね」

「そんなことないわ。真摯にその正直な思いを伝えればいいだけよ。シンプルにね」


正直な俺の思い―――言ってるようで、言っていなかったかもな。


「彼女の事、本当に好きなんでしょう?打算とか惰性とかじゃないんでしょう?」

「あはは。それは全くないな。彼自身、なんでそこまで彼女のことが好きなのかわからないくらい好きだと思いますよ―――たぶんもう無条件に」

「なら猶更じゃない。そのままの彼で、そのまま伝えればいいだけよ。その後のことはまたその時に考えればいいわ」


そして最後に。

お守りにと、籐籠に入っていた黄色と白の縞々のソックスを一対手渡された。


「キョウ先生、頑張ってね」


その記憶を失った男性が俺だという事が、モニカさんにはバレているような気がした。






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