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深夜の秘め事
しおりを挟む『願い』は世界最強の魔法。
青年の『願い』は異世界に同じ魂を抱いて時を遡り生まれ落ち
少女の『願い』は生まれ落ちた青年を見出し
そして少年の『願い』は
青年と少女がなるべく早く出逢えますようにと
目に留まりやすいところに生まれますようにと
そうして選ばれたのが、遺伝子情報にも違和感なく同じ姿を保ちつつ
〈目に留まりやすい〉生まれのところだった。
ただ、それだけのこと。
どうか、あなたの願いが叶いますようにと
優しい少年が祈った
奇跡を信じて。
広い部屋だった。
連邦政府のお膝元であるシティの中でも、特にセキュリティの厳しいホテルのワンフロアを貸し切り、ローレンスはそこから大学に通っていた。
その中でも自分で使用しているのは、寝室と研究設備のある部屋だけある。使用人たちの寝起きする部屋などいろいろと確保するため、そして安全面でも他人を同じ階に寝泊まりさせるわけにはいかなかったのだ。
本人はあくまでも一生徒として、ごく一般的な一人暮らしを希望したのだが、両親共に却下され、取り敢えず目に付くところには使用人を置かない、というレベルでの「一人暮らし」を認めてもらったのだ。
しかし編入早々に誘拐劇が起こり、学園の上層部の人間は現在こぞってイーストエンドのシュバルツ家で平身低頭している頃合だろう。
そして本人はと言えば、明日にでも学園内のシステムを全部最新式のものに入れ替えてしまおうと、皮算用しているところであった。これは獲らぬ狸どころか、確実に懐に入ってくる皮算用であるが。
机に向かっているのも疲れたので、ローレンスは椅子を引き、革靴をポイポイと脱ぎ捨てるとソファに全身を投げ出して寝転んだ。丁度肘掛に頭と足首が乗り、実に寝心地が良い。床は堅めの材質の無垢の板張りなのだが、それがまた素足に馴染むのだった。
なかなか刺激的な一日だった。
有能な部下たちのお陰で、何かされる前に無事身柄確保されたローレンスは、帰宅後すぐに自分の研究室に入りやりかけの作業を終わらせてから即行で学園宛に請求書を作成した。
今回の件は全て敷地内の生徒の安全を護れなかった学園に責任がある。慰謝料とは言わないが、せめてセキュリティレベルを上げてもらわないと、今後の生活が困る。
そんなことをする生徒は他にはいないだろうが、ローレンスにとって誘拐は日常の出来事であり、今回のように他人まで巻き込みかけたとあっては放っておくわけにはいかないのだ。
(そういえばあの少女――。
確かに何処となく懐かしい感じがする。会った事はないはずなのに何故……?)
脳裏に琥珀の瞳が焼きついて離れない。
もっと美しく魅力的な女性はいくらでもいる。それなのに、どうしてか気にかかっているようだ。
あの少女が自分のことを違う名で呼んだとき、胸が高鳴った。そんなことは面に出さず会話をすることなど造作もないことだが、ひと段落着いた今、自然と彼女の縋るようなまなざしが思い出されている。
「……ディーン、か」
しっとりとしたテノールが床に溢れたとき、扉のセンサーが来訪者を告げた。
室内へは網膜認証だけで入れるようになっているので、こちらの了解もなしで扉は深夜の来訪者を招き入れた。
カツカツとヒールの音を響かせて入室したのは、夕刻に図書館に現れたアンジェラだった。スーツから黒いイブニングドレスへと着替え、大きく開いた胸元と両脇スリットから覗く均整の取れた太腿が、えも言われぬ色香を醸し出している。匂い立つような熟れた大人の艶やかさだ。
「あらいやだ、ローレンスさま。入浴もまだなのね」
さま、と言いつつも、口調は親しい友人か家族のものである。何もつけていないのに紅を刷いたようなふっくらと大きめの唇がほころんだ。
「ああ……取り敢えず急ぎのものだけ済ませたんだ」
顔を向けることもせず、ローレンスは開襟シャツのボタンを外し始めた。
「もしかして、今日の件は新しい製品に関わりのあること?」
ソファまで来ると、背もたれ側から覆いかぶさるようにアンジェラは腰をかがめた。
「多分ね……詳しくはもう警察にでも政府にでも任せるよ。製品自体は完成しているし、特許も申請した。データも理論も完璧なはずだけど、如何せん実験データが……」
はぁ、と溜め息をつくローレンス。
「何しろ今までとは違う分野だし、勝手がわからない」
「何を作っているかは何となく知ってはいるのよ?」
アンジェラは舌先で唇を湿らせ、屈んでローレンスの耳元に口を寄せた。
「ナノテク……かしら? それとも液体金属で?」
「どっちもビンゴ」
寝そべったままようやく視線を合わせて、ローレンスは微笑んだ。流石センセイ、と囁く。
「一言で言うと新型IUD。病院に行かなくても、または女性側にそれと気付かれず男性が仕掛けることができる。逆もまた然り。成功率は九十九.九%と言っておこうかな。百%のつもりだけど、完全なものはこの世に存在しないから」
ふうん、と応じながら、アンジェラの長い指先がローレンスの胸元に滑り込んできた。
「薬剤のように副作用もなし、侵入してきた精子の活動を止め、最後には自分も一緒に体外に排出させる働きを持っている無害なチップだよ。但し、効果は二十四時間で完全な使い捨てだけどね」
指先が下半身にまで下りて行き、スラックスの上からやんわりと青年の中心を愛撫する。
ふ、と目を細め、ローレンスが息を吐いた。
「いいわね。ぞくぞくするわ」
その薄い唇をアンジェラの赤い舌先がそっとなぞる。今にも吸い付きたそうな濡れた唇から、甘い吐息を漏らしながら。
「私を実験に使うといいわ」
既に情欲の炎をその瞳に燃え上がらせ、アンジェラはローレンスのベルトを外した。
「その代わり、今夜は眠らせないわよ?」
苦笑しながら上半身を起こすローレンスに、もう我慢できないとソファの背から女の体が滑り落ち体を重ねた。
「では……死にたくなるほどの快楽を」
天使かはたまた悪魔か、艶然と微笑むローレンスにアンジェラはうっとりと見惚れた。幼い頃から傍にいるが、これほどまでに賢く美しい青年になるとは。
「受けて立ちましょう?」
にっこりと微笑んで、アンジェラはむしゃぶりつくように体の下の青年の唇を吸った。
ローレンスが初等部に上がる頃、二十五歳のアンジェラはさまざまな意味での教育係として雇用され、以来常に傍に仕えてきた。
十代で軍に入り格闘技も一通り身に着けているアンジェラは、その容貌で男性陣の目を欺きながらSPとしての役目も果たしてきたのだ。
そして、学校では学ぶことのない処世術――一般的には卒業後に身につければ間に合うものでも、幼いローレンスは備えていなければならなかったのだ。中等部に上がる頃には夜のテクニックも。これは半ばアンジェラの趣味ではあるのだが、頭も体も全て駆使してローレンスに叩き込んできた。
それもあって、本来今日のような少人数での拉致ならば、ローレンス一人でも撃退することは可能だった。ただ、傍に他の生徒がいたため、とばっちりで怪我をさせたりするわけにはいかず、大人しく捕らわれたのだった。
我が子ほどにも年の離れた主従関係だが、知らぬものが見れば精々三十歳くらいにしか見えない肉体は、いつも社内外で色欲交じりの視線に晒され、それを糧に更に彼女は若く美しく保たれる。
一から十を学ぶ典型的秀才肌の生徒と、彼を育てた教師として、濃厚な夜が始まろうとしていた。
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