きみをさがしてた

亨珈

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夢見ていた日常

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 新しい週が始まり、つつがなく日々が過ぎて行った。セキュリティシステムが刷新されたことについては学園側からも全校生徒に通知があったが、特に誰も関心を示してはいないようだった。

 週末の昼休み。授業の終わるタイミングを計っていたかのように、スティングの携帯端末に着信があった。

「あ」

 驚き顔のスティングは、小声で何事か会話したあとスティールの傍に飛ぶようにしてやってきた。

「おい、今日はカフェテリアでメシ食おうぜ」

「えー? 今日は天気もいいし、皆で中庭でって約束してたじゃない」

 いつも母親の手製弁当持参のスティールは不満顔だ。スティングは購買利用なのでどちらでも大差ないけれど、カフェテリアは学園全体の共用スペースなので昼の時間帯は騒々しく、ゆっくり食べるには向いていないのだ。

「それが、ローレンスさんが昼飯おごってくれるって言うから」

「え? ほんと?」

 ぱっと嬉しそうにスティールの顔が輝く。それを見てスティングは一瞬後悔したが、約束していたサンドラとビクトリアにも断りを入れて道々簡単に経緯を説明しながら四人でカフェテリアに向かった。



 カフェテリアは各テーブルにあるコンソールから直接注文して、自動走行型のロボットが出来上がった料理を運んで来てくれるシステムになっている。一旦席に着いたら途中で立たなくても良い。座っている側からすれば、立ち歩いている人数が少なく入り口に人がやってくればすぐに目に付くので待ち合わせはしやすいといえる。

 どうやら講義の時間の関係で早くから着席していたらしいローレンスは、スティングたちに向かってにこやかに手を上げた。
 今日はフレームのない眼鏡を掛けているが、それまでチラチラとローレンスを盗み見ていた周りの学生たちが一斉に入り口を向いた。
 誇らしさと恥ずかしさとでぎくしゃくしながら、取ってくれていたらしい席に二人は座る。

「あのー、私たちはあっちにいるから」

 遠慮して隣のテーブルに座るサンドラとビクトリア。
 そんなに離れているわけでもないし、混雑していて他の生徒たちに迷惑が掛かる様子でもないので、スティールも引き止めなかった。
 有名人と初対面で同じテーブルでは食事も喉を通りにくいだろうとも思う。

 他の学生たちも同じなのか、視界には入れたいけれどあまり近くには行かなくてもいいやという感じで、ローレンスを中心にドーナツ化現象が起きていた。

「先週は本当に助かったよ、ありがとう。ごめんね、こんなに遅くなって……もっと早くに会いたかったんだけど」

 ローレンスがぺこりと頭を下げ、つられてスティングとスティールの二人もお辞儀を返したが、「気にしないでください」と慌ててハモるように口を開いたので、ローレンスはくすくすと笑ってしまった。

「仲がいいんだね、二人は。可愛いカップルだなぁ」

「カップルじゃありませんっ!」

 即座に否定したのはスティール一人。

 (サンディの前でなんてこというのよ~っ!!)

 と内心冷や汗ものだったのだけれど、その勢いにスティングの方はショックを受けていた。

「ご、ごめん。付き合ってるんじゃないんだね」

 あはは、と笑いながらローレンスが謝った。

「ただの幼馴染みで、こないだはたまたま図書館でばったり会っただけで……」

 なんだかむきになって説明していると感じてしまうのはスティングだけではなかったが、まあこんなハンサムを前にしたらいくらスティールでもそうなっちゃうのかしらと、皆何となく納得していた。

「あー、じゃあオレ、これとこれとー」

 そんなスティールは見たくなかったので、スティングは「遠慮なくご馳走になります!」とコンソールに入力している。

「あの、あたしはお弁当があるのでいいです」

 スティールは風呂敷に包まれた二段重ねの重箱を開いた。良かったらどうぞ、と言いながら。

 先に一人で紅茶を飲んでいたローレンスは、茶器を端に寄せて珍しそうに重箱の中身を覗き込む。

「これは、きみが作ったの?」

「まさか!」

 今度はすかさずスティングが否定する。

「こいつ調理は超の付くど下手くそなんで。でもおばさんの作ったものはめっちゃ上手いです!」

「ほんとのことでもソコまで言うかー?」

 スティールは重箱の蓋の角でぐりぐりとスティングの頭を小突いた。
 ちなみにローレンスの向かいがスティングでその隣にスティール。細い通路を挟んでその隣のテーブルに向かい合ってサンドラとビクトリアが座っている。

「じゃあお言葉に甘えて」

とローレンスはスティールが持参したフォークで鶏肉の南蛮漬けを口に運んだ。ゆっくりと咀嚼して飲み込んでから、

「本当だ。こんな美味しいのは食べたことがないよ。どんなシェフが作ったものより愛情がこもっているからだろうね」

 心底感嘆した様子だったので、嬉しくなるとともに少女は少し不安になる。
 もしかしてディーンは、今世の母親からもあまり愛情を受けていないのではないかと心配になったのだ。しかし、まだそれを尋ねられる環境ではない。

「いっぱいあるからどんどん食べてください」

 スティールは、ぐいぐいと重箱を押しやるのが精一杯だった。
 幸い、いつもスティングのつまむ分も考慮して余分におかずが詰められているので、量としては十分に確保されている。
 いつも食べ慣れているスティングの方は、今日は料理人の作ったメニューの方に気が行っている様子だし、自分ひとりでは食べきれないだろうとも思う。

 じきに注文した料理も届き、合間に他愛もない会話をしながら和やかな時間が過ぎて行った。


 (そうだ、あたしこういう時間が欲しかったんだっけ……)

 食後の紅茶を奢ってもらい、ほっと人心地のスティール。
 いつかディーンに出逢えたならばどんなことを話そう、どんな風に過ごしたいだろうといろいろ考え、漠然とだけれどこんな風に大勢で深刻でない話をしたかったんだなぁと感じていた。

 スティールの知っているディーンは、城に居づらいからと伴もつけずにこっそりと一人で行動していた。
 誰にも知られないように空間に細工をして、自分専用の小さな家を作り、そこで寛いでいた。

「望めばいい。私の力の及ぶ限り、君を守ると誓おう」
 椅子に腰掛けたスティールの傍らに膝を付き、紅茶色の髪に口付けたあの時の瞳を――スティールは今でもはっきりも憶えている。
 出会って間もなくて、一時的にでも匿ってもらえるだけで僥倖で。それ以上なんて望んではいけない、期待してはいけないと、自分を戒めていた。そんなスティールに、まるで自分が縋るように寂しい瞳で誓ってくれた。
 ディーンの幻影と、いま目の前で微笑んでいるローレンスは、同一人物ではない。姿はそっくりなのに、表情が違う。


「あ、そうだ。これスティングにもあげるよ」

 ふと思い出したのか、ローレンスがポケットから小さなプラスチックのケースを取り出し手渡した。
 透明なケースに入った指先ほどの物体を見つめながら、何ですか? とスティングは興味津々だ。

「僕の新作なんだけど、まだ実用化前のデータ集めしている状況でね。大学部ではかなり大々的に配ったんだけど、良かったら使ってみてデータ取らせて欲しいんだ」

「いいけど……これ何するもの?」

 コンピューターに接続して使うものではなさそうだし、部品でもない。首を傾げる少年に「実はね」とローレンスが顔を寄せるように手招きする。
 ぼそぼそと耳打ちされた少年は次の瞬間にはおでこまで真っ赤に顔色を変えた。

「IUDって、まさか!!」

 大声とまでは行かないが、きっちりと隣のテーブルまで声は届いていたらしく。デザートのイチゴをつまみながらぎょっとした表情でサンドラとビクトリアが男性陣を見遣った。
 スティールはしばらく脳内検索をしたのちにようやくIUDが何なのかに思い至り、訝しげに二人を見つめる。

 しー、しーっとローレンスが唇に指を当てて焦っている。流石に中等部や小等部の生徒も僅かではあるが利用している場所では、好ましくない単語だからだろう。
 ははは、と照れ笑いしながらローレンスが女性陣の方にも説明する。

「いやほら僕はてっきり二人が付き合っているものだと思っていたから、一応持ってきてたんだけど……その、相手がいる人に使ってもらえたらいいから。それと一応モニターってことにはなっているけど、まず間違いなく機能するので心配は要らないっていうか」

 (いや、心配しなくていいとかそういう問題じゃなくて!
 ディーンったら、仮にも学園でそんなもの配るなんてーっっ!!)
 別人だと認識しながらも、つい心の中でスティールはディーンと呼んでしまった。先刻思い出した情景のせいかもしれない。

 男同士の内緒話で済ませたかったらしいローレンスだったが、こうなってしまっては致し方なく。女性陣の非難の眼差しを受けながらも流石に堂々としたものだった。

 驚いたものの、そこは年頃の男の子。スティングもすぐに平静を取り戻すと軽口を叩いた。

「じゃあ、スティール試してみる?」

「やなこったっ!」

 いかにも突っ込んで欲しそうな口調だったので、軽くチョップしながらスティールはすかさずかわす。
 ところが、隣のテーブルからサンドラがおずおずと声を掛けてきた。

「あ、あの、良かったら私が」

「はいぃ!?」

 スティング、スティール、ビクトリアの三人が同時に驚愕の声を上げる。
 間違ってもそんな冗談を言うタイプではない少女は、恥ずかしそうに、しかし真剣な瞳でスティングを見つめていた。

「え、と。……ていうか。マジで? いいの? オレと??」

 半信半疑のスティングに、こくこくと頷くサンドラ。やがてまた赤面したスティングにスティールのボディブローが入った。

「いいわけないでしょ!」

 ぐはっと体を折るスティング。

「そういうことはしかるべき手順を踏んでから至るべきであって」

 本気で痛がっている少年をきりりと見据えてきっぱりと言い切る。

「まずはちゃんとお付き合いをはじめなさーい!」

「……ま、マジですか……」

 冗談では済ませてくれそうにないスティールの様子に、涙が出そうなスティングだった。

「ほほう、お付き合い……ねぇ」

 今まで存在感を故意に薄くしていたビクトリアが、ごおおと炎のような怒りのオーラを纏いつかせて、体ごとスティングの方に向き直った。
 焔のようなショートヘアーが今にも逆立ちそうな剣幕である。元々細い目が更に細められギラリと光った。

「それなりの覚悟があってのことだろうな? スティング・レスター」

 ぽきぽきと拳の関節が鳴る音がする。

「そ、そんなに真剣になるなよ! 冗談だろっ」

 特別に習っているわけでもないのに、格闘技の授業では教師以外に勝てるものがいないという抜群のセンスを持つビクトリア・オースは、学園一の運動神経の持ち主なのである。
 調理好きなサンドラとは、光と影のようにいつもつるんでいることで有名だが、運動部に所属している為放課後は調理室に現れることもなく、出番が遅くなってしまった。

「御誂え向きに次の授業私たちのクラスは格技だな?」

 不敵な笑みを浮かべて腕組みするビクトリアに向かって、「勘弁してくれよ~」と両手を合わせるスティング。

「私の屍を越えてゆけ!」

 ぴしりと少年を指差すビクトリアを見た瞬間、溜まらずローレンスが吹き出した。それまでも肩を震わせて笑いを堪えていたのだが、真剣な少年少女たちの様子に水を差さないようにかなり努力していたらしく。それでもここにきてどうにも抑えきれなくなったようである。

「ほ、ほんと、ごめん……!」

 息も絶え絶えに謝りながらも、押し殺した笑い声はしばらく治まりそうにもなかった。

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