きみをさがしてた

亨珈

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揺るがない想いをきみに 2

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 放課後、調理室でサンドラと共に生キャラメルを作りながらも、やはりスティールは精彩に欠けていた。弱火でとろとろとかき混ぜながら、普段ならどうでもいい話に興じすぎて煮立ててしまったりするのだけれど、今日は心ここにあらずでうっかり手が止まることもしばしばだった。

「スティール、そろそろいいんじゃない?」

 サンドラに声を掛けられて、横に用意しておいた冷水の器にぽたっとキャラメル液を垂らす。指に付かない程度にすぐ固まったので、頃合ヨシとみて火を止めてバットに慎重に移し変えた。そのまま冷凍庫でしばらく寝かせるので、洗い物をしてから椅子に座って一息つく。

「どうしたの? あの番組の途中から元気なくなっちゃったね」

 隣のスツールに腰掛けて、サンドラが顔を覗き込んだ。

「あー……うん。なんか色々考えちゃって……」

 はぁと溜め息をつきながら応じるスティール。

「色々って? 彼のことで?」
「ん……」

「不安なの? 彼がモテるから?」
「ううん、そういうの以前の問題というか、あたしに自信がないから……。そりゃ嬉しいし、あたしも好きだし……。うん、多分好きなんだけど……。その気持ちにすら段々自信もてなくなってきたよ」

 がくーっと肩を落としている様子を見て、数年来の付き合いであるサンドラは目を見張った。
 天真爛漫を絵に描いたようなスティールは、結構天然ボケなところが多いけれど、失敗をものともせずに前進するタイプの人間である。今回もきっと当たって砕けろ的に付き合い始めたのだろうけれど、ここにきて珍しくも周囲の評価が気になり始めたということらしい。

 サンドラは、そんな少女の背をさするように撫でた。

「スティールは十分女の子らしくて可愛いよ? 何より彼があなたを選んだことの方が大事だと思うけどなぁ」

 魂に記憶を抱いて転生することが可能なのか。
 そしてそれは成功したのか。
 記憶がないままに二人は出逢い、そして彼自身が少女を選んだ。

 そんなことはサンドラは露ほども知らなくても、その言葉はスティールの胸に沁み込んだ。

「私には、彼の様子は……恋しているように見えたよ。画面越しだけどね。恋というよりもっと深いものがあるというか……不思議だね、まだ出会って間もないのにね」

 さすさすと、じんわり背中から伝わるぬくもり。

「スティールだって、テレビ観るまでは不安なんて感じなかったんでしょ? 二人でいるときはそんなもの感じないんでしょ?」
「うん……」

 スティールはこくりと頷いた。

「あたし、本当に世間知らずだなぁって思った。なんとなーく有名人って解ってたけど、一般的な視聴者とかファンの反応なんて解ってなかったし……なんか怖いっていうかね。
 うん、やっぱり怖いのかな?」

 小首を傾げながら、自分自身に問うているかのようだ。

「もっと普通の人なら良かったのに……」

 ごく一般家庭の生まれ同士だったならば。
 出会う確率も低かったかもしれないけれど、こんな風に不安は感じなかったのに。きっと。

 くすりとサンドラの唇が動いた。

「スティールらしい~殆どの人は彼が普通じゃないから好きなんだよ?」

 容姿端麗頭脳明晰でお金持ちで。それなりの地位も持っている二十代の青年。肩書きだけでも寄ってくる輩は後を絶たないだろうに、加えてあの美貌である。世の女性が放っておくはずがない。性格等頓着せず近寄る者も多いはずだった。

「何も要らないのに。有名人じゃないローレンスの傍にいたいな」

 両手の指を組んで吐息をつく少女は、きっととても珍しい人種で。
 それだからこそ、人の内面を見抜く能力に長けた青年が選んだのかもしれないとサンドラは推察している。きっとビクトリアも。

「……そうだね、それがスティールなんだもんねぇ」

 そんな少女の友人であることが誇らしく、この微笑ましい恋路を応援したくなる。

「あ、そろそろ固まったかな?」

 冷凍庫からバットを取り出してキャラメルを切り分けパラフィン紙に包んでいると、いつものごとく計っていたかのようにスティングが現れたのだった。


 珍しく二人にも褒められて自分でも満足のいく仕上がりになった生キャラメルを保冷袋に入れて、スティールは自分のリニアカーで帰途に着いた。一人きりの空間になり、家に着くまでの時間に電話でも掛けてみようかという気持ちになる。
 自動運転で勝手に家まで走ってくれるので、はっきり言って何もすることがないのだ。
 端末を取り出してリニアに装備されている二十インチパネルに接続してからコールすると、待つほどもなくローレンスの笑顔が映し出された。

『クラブ活動お疲れ様』
「おつかれさま~」

 釣られて微笑んで、ほっと安心する自分がいる。

「今大丈夫? お仕事中じゃない?」
『自宅で作業中だから大丈夫だよ』
「そっか……。あのね、今日のお昼……テレビで……」

 恥ずかしそうにもごもごと言い淀むスティールに、やや驚いてローレンスが応じる。

『あー、観てたんだ? てっきり観てないだろうと思ってたんだけど』

 ローレンスの方も照れ笑いを浮かべながら、左手でくしゃりと前髪をかき上げた。

「うん、いつもは観ないしあたしも知らなかったんだけど、サンディが気を利かせてくれてね~。で、その……あれって……やっぱり、あたし? なのかなぁ」
『当たり前じゃないか!』

 今にも画面から飛び出してきそうな勢いでローレンスが言った。

『僕は会社の宣伝の為にリップサービスはするけど、芸能人じゃないんだから嘘を電波に乗せたりしないよ。きみ一人にしかこんな気持ちを抱いたことはない』

 液晶越しにじっと見つめられて、スティールはぼうっと見惚れつつも赤面してしまう。

『きみだけだよ。僕が自分から申し込んだのは』

 紫に縁取られた黒曜石のような瞳に吸い込まれそうになる。

「そそそうなんだ……。えと、嬉しい、です」

 どもりながらも何とか気持ちを伝えて。
 やはり二人きりだと不安よりも嬉しい気持ちが先に立つことに気付く。

『良かった……』

 向こう側では、ローレンスもほっと微笑を浮かべていた。

『明日は会えるね』

 待ち遠しいよと、囁くその声に胸が締め付けられる。

「うん。あたしも会いたいな」

 正直に言っただけなのに、それだけでローレンスもとびきりの笑顔になるから。

 (こんなあたしでも、誰かを幸せな気持ちに出来るんだなって、余計に嬉しくなってしまうよ)

「あのね、今日は生キャラメル作ったんだけど、あたしにしては大成功だったの! 持って行くから、一緒に食べようね。あ、甘いもの、平気かなぁ?」
『あまり食べないけど、スティールが作ったものなら食べたいよ。楽しみだなぁ』

 えへへと照れ笑いしながら、ようやく手製の菓子を食べてもらえることに緊張したりもする。果たして舌が肥えているローレンスを満足させることが出来るのかと。

 まずいとはっきり言うのはスティングくらいのもので、シャールもローレンスも、例え塩の塊が入っていたとしても美味しいと言って食べてくれる類の人種であることなど……まだスティールは気付いていないのだ。

 こうして顔を眺めて話していると、今度はその顔に触れたくなってくる。
 どきどきと高鳴る胸に突き動かされるように、スティールはそっと右手の指先をパネルに這わせた。
 その様子は、勿論自室にいるローレンスにも伝わっている。
 機械のぬくもりを感じてはっと握りこめられる指。
 今度はローレンスがそっとパネルに指を伸ばした。

『こんなに近くに見えているのに触れられないなんて』
「……ん」

 スティールももう一度指を伸ばした。
 画面越しに触れ合う指先は、直接交わることはないけれど。その熱も脈拍さえも伝わってくるようで。
 昨夜会ったばかりだというのに、どうしてこうも寂しくなるのか……。胸の奥がぎゅっと締め付けられて、息が苦しくなる。
 無言で視線を交わす二人の時間は止まったかのようで。
 しかし確実に時は動き、リニアカーは日々の仕事を全うして自宅の駐車スペースに滑り込むようにして停車した。
 スティールは、はふ、と息をつき、名残惜しそうに手を引っ込めた。

「うちに着いちゃった。……じゃあ、また明日」
『うん、また明日ね』

 ローレンスも手を引いて微笑んで、バイバイと手を振った。

 また明日、と気軽に交わせる約束がどれほど欲しかったものか。
 その幸せを噛み締めていたいと、真摯に願う。
 この気持ちがうまく伝わりますようにともう一度微笑み返してから、スティールはそっと終了ボタンを押した。

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