きみをさがしてた

亨珈

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揺るがない想いをきみに 3

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 翌朝も天気は上々、刷毛で掃いたような筋雲がうっすらと浮かぶ中、またしっかりと保冷した状態で生キャラメルを鞄に仕舞いスティールは登校する。
 うっかりすると妄想ワールドに入り込んでしまいがちな自分を窘めてなんとか授業を受け、放課後になるや駆け足で図書館に向かった。

 入り口でIDをかざすのももどかしく感じつつ、今度は少しペースを落として息を整えながらいつもの閲覧コーナーに向かう。
 まだ弾んでいる息のまま書棚の影から顔を出すと、壁に背を預けて右膝を立てて座っていたローレンスが、スティールに向けて左に振り返った。

「スティール」

 柔らかく呼ばれて、今にもその胸に跳び付きたい衝動をぐっと堪える。

「こ……こんにちは」

 上手く言葉が紡げなくて、息を整えようと足を止めたスティールをローレンスが振り仰ぐ。

 (会いたかったの。
 今は、あなたに触れたいよ)

 視線と視線が絡まる。やや不思議そうに見上げていたローレンスがふわりと微笑んで、左腕を伸ばした。

「おいで」

 ひらりと手の平を上に招く腕に、誘われるようにスティールは右手を伸ばしながら前に進み出る。
 指先が触れて。革靴を脱ぐ動作ももどかしく、視線を絡めたまま足だけで脱ぎ捨てる。行儀が悪いと頭の片隅では思いながら、今はそんなこともどうでもいいと思った。

 重ねた手の平を握って優しく引かれると、左手に下げていた鞄をそのまま足元に落として、スティールはローレンスの懐にすっぽりと納まってしまった。途中で反転するように回された右腕が背中に回されて、立てた右膝にもたれるように仰向けに抱かれている。

 まだ繋いだままのもう片方の手が指と指を絡めるように握り直されて、そんな柔らかな刺激が体の奥の何かを呼び覚まそうとする。
 はぁ、と熱い息を吐きながらもう潤み始めた瞳は隠しようもなくて、それに本人は気付いていないけれど、対する青年は目を細めてその反応を受け止めた。

「嬉しいな……」

 ゆっくりと近付けて左の耳元で囁くと、少女の肩が震えた。

「昨日から、凄く求められている気がするんだけど」

 ぞくぞくと背筋を這い上がる快感に、堪らず目を瞑ってしまう。
 気のせいじゃないよね、と囁いてスティールの耳の後ろを舌が這い、今度は背筋が仰け反った。
 夢中で動かした左手が、ローレンスの頬に触れて、滑らかな肌の上をたどたどしい動きで指先が伝う。

「ローレンス……っ、」

 その指先にそっと舌が這わされて、もう何処にも力が入らなくなり、スティールは眦から涙を零さんばかりに青年を見上げた。その時。

「はい、お邪魔さまーっ!」

 ズカズカと物怖じしない足音が書棚の向こうから現れ、香色の髪を今日もあちこちにはねさせた少年が、どかっと閲覧コーナーのカーペットに腰を下ろした。

「校内でそんなエロイことしちゃいけません」

 きっぱりと言って図々しく二人の傍に居座る気満々の少年は勿論スティングである。

「な……なな……っ!」

 あまりの衝撃に硬直して言葉も出ないスティールは、自分が今どんなポーズなのかも頭から消えている。
 そしてそんな少女を離すつもりは毛頭ないローレンスは、面白いゲームが始まったとばかりに唇の端で笑っていた。
 気配は消しているが入り口付近で控えているはずのアンジェラが通したからには、何か意図があるのだろう。全くの他人だったら、何か合図があるか、やんわりと遠ざけるように指示してあるからだ。

「普通にスキンシップして親睦を深めているだけなのに、酷い言われようだなぁ」

 わざとらしく溜め息をついて、ローレンスは音を立てて指に口付けをした。
 肩を震わせる少女を横目で見ながら、

「いやそれ公衆の面前でやることじゃないから。てゆーか、その座り方がそもそもどうなんだよ……」

 と冷静に突っ込むスティングに対し、

「それは失礼したね。公衆がいるとは思ってもみなかったもので」
 と返すと、

「いやここは公共の場ですからー」
 とすかさずまた返ってくる。

 高揚が去り居たたまれなくて身じろぎするスティールを離さないようにローレンスは手を握り直し、

「でも楽だよね? このままで」
 と腕の中の少女に問うた。

 スティールにしてみればお姫様抱っこされているも同然なので、そんなに恥ずかしい格好というわけでもない。ただそれは誰も見ていなければの話ではあるのだけれど。当人にしてみれば「事情を知っているスティングなら構わないかも?」という程度の認識しかない。
 そういうところにローレンスの付け入る隙があるわけで。
 体温と鼓動に少女がひどく安堵することを知っていて、わざととっている体勢なのだから。
 こくりと頷き、無意識に胸元に頭を摺り寄せるスティールの仕草をスティングもしっかりと目にしてしまい。

「うわー……っ」
 と驚きと落胆の入り混じった悲鳴が漏れた。
「なんなんだよ、それ」

 勿論人生十七年共に育ってきたスティングでも、そんな表情や仕草は初めてのことで、それが自分に向けられてのものではないことに当然ながら腹が立つのだ。
 む、と口を引き結びながらも、スティングはそのまま靴を脱いでカーペットの上に上がりこみ、適当に選んできたらしい本を開いた。
 ここは閲覧コーナーであるからして、その行為に対しては文句の言いようがないわけである。

 そのまま特に話し掛けてくる様子もないので、このままだと居眠りでもしそうなくらい心地良くなっていたスティールは、そっとローレンスに囁いた。

「キャラメル、食べよ?」
「ああ、うん、そうだったね」

 ふわりと微笑んで左手を解いたローレンスが、少女の鞄を引き寄せた。
 スティールは一旦背中を起こしてその中から保冷袋を取り出すと、個包装のパラフィン紙を解いて、当然のようにローレンスの口に入れた。すぐに溶けてしまう滑らかな菓子を嚥下して、「美味しい。こんなの初めて食べたよ」と賞賛の言葉が紡がれる。
 何処から見てもラブラブのカップル、なのだけれど。

「あー、それなー。スティールの人生初の成功例だよなー」

 棒読みで台詞を読んでいるかのごとく、目線は紙に落としたままスティングが突っ込みを入れた。
 それは取り敢えず無視して、

「あ、水筒だけど紅茶も持ってきたよ」
 と再び鞄から取り出せば、

「あ、俺も欲しい」
 と腕が伸びてくる。

「あーもう外野は黙ってて!!」

 堪りかねてスティールがきつい眼差しを向けると、

「ひでー。なんか扱いに差が有り過ぎるんですけど……!」

 と大袈裟に打ちのめされた様子でスティングが泣き真似をした。
 当然ながらそんなものには騙される筈のないスティールは、

「あんたに飲ませるために持ってきたんじゃなーい!」
 と憤慨する。

 まったくもう、憩いのひと時に乱入してくるなんて信じられないよっ。ぷりぷりと怒りながらも熱々の紅茶をカップに注いで、ローレンスに手渡すときにはしっかりと笑顔になっているから、幼馴染みの少年は居たたまれない。それでもこの場を去るわけにはいかないとばかりに、ふんと鼻を鳴らしてページをめくった。

 ローレンスの方はといえば、そんな少女の対応に優越感も感じながら、少年との遣り取りもまた面白くてたまらない様子だった。

 しばらくそうしてお茶の時間を楽しんでから、ふとスティールは真顔になった。

「あたしね、こないだシャールにも、ローレンスとお付き合いしていること話したの。黙ってるの良くないし、あたしはシャールに嘘なんかつきたくないし」

 足に凭れるのをやめて背筋を伸ばした表情は、先刻までの寛いだものとは別人のように強張っていて。付き合いの短いローレンスにも、そして同じ年月を生きてきたスティングにも、それは何かを耐えているときのものだと判った。
 軽く頷いて青年が先を促すのを確認し、また口を開く。

「そうしたら、シャールが凄くショックを受けちゃって……その様子が、なんていうか本当にこの世の終わりみたいな、そんな受け止め方なの。あたしの説明もそれ以外の言葉も何一つ届いていなくて……。その時あたし、生まれて初めて……シャールのこと怖いって思っちゃって……」

 思い出してぶるりと肩を震わせ、ローレンスがそっと手を添えた。

「……あんなに大好きだったのに」
 ふるりと首を振る。

「ううん、今でも大好きな気持ちに変わりはないよ。だけど、その好きはシャールが求めているものとは違っていて……そのことを伝えても受け入れてもらえなくて……。怖くて。
 でもあたし、シャールになら殺されてもいいって、仕方ないって思う」

「スティール」
 眉を顰めて、肩に置かれたローレンスの手の平に力がこもる。

「うん、勿論死にたくなんかないよ。けど、あたしにはシャールの願いは叶えてあげられないって……なんとなく解ってるんだ。不可能か可能かってことなら可能なんだけど……あたしは、こっちの暮らしを捨てられない。あたし、こっちで生きていく。今までみたいに定期的に会いに行くよ、シャールが望んでくれる限り。何かあったら飛んでいって、シャールを助けたいと思う。でももうきっと……絶対とは言えないけど……シャールが望んでいるような想いは返せない、ような気がするの」

 言いたいことは全て言えたかどうかわからないけれど、今の時点での気付きを告げて、それぞれに黙して聴いていた二人を見遣った。

「はー、シャール真面目すぎっ。付き合ったって別れることもあるって知らねぇのかよ?」

 パタンと本を閉じて、スティングがスティールに目を合わせた。

「別れないかもしれないでしょっ。そんな始まったばかりのときに不吉な言葉使わないでよ~! デリカシーないなぁもうっ」

 いつものように軽口で返しながら、それでも想いを籠めた瞳は真剣なまま。

「ローレンス、ついでにスティングも、」
「ついでにって、」

「あたしを好きになってくれて、ありがとう」
 泣きそうなくらい本気の言葉が、空気を震わせた。

 束の間動きを止めたスティングは、困ったように顔を歪めてそれから笑顔になった。

「……なんだよ、それ」

 ローレンスは口元を綻ばせて、無言のままこつんと軽く頭をぶつけてきた。

「あーもうなんだかなぁっ」

 左手でくしゃくしゃと自分の髪を掻き回しながら、どうしていいか判らない様子のスティングに対して、本当はローレンスはキスの嵐を降らせたくて、取り敢えずは我慢している様子だ。


 閉館の音楽が流れ始めて、スティングも本日のノルマは達したとばかりに腰を上げた。
 はあ、と溜め息をついて、手にした本の背表紙でトントンと自分の肩を叩きながら、片付けを始めたスティールを見下ろす。

「あのさ、オレはシャールと違ってんなに深刻に悩むタチじゃねえし。ついでに多分気も長いから……。お前がローレンスさんに振られて泣いて縋りついて来るまで待ってるから」

「はぁあ!?」
 驚いて目を見張る少女の後ろから、

「そんな日は永久に来ないよ」
 とローレンスが不敵に微笑んだ。

「未来は誰にもわからない、てね」

 スティングも精一杯意地悪く微笑んで見せると、靴を履いて鞄と本を脇に抱えて出口に向かっていった。
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