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亨珈

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Endress Happiness

恋心に気付いたとき

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 リハビリの方は、祐次にとって目新しいものもあるようで、最初は幼児用の塗り絵などから始まり、最近では流行の大人用塗り絵に挑戦したりするので、誠也は書店であれこれ買い漁り、差し入れをしては一緒にやってみることもある。
 これがなかなかセンスの要るもので、美術系統がからっきしの誠也は「おれより酷い」と祐次に笑われたりもしたものだ。

 こんなこと出来なくても仕事に差し支えないからいいんだと嘯きながら、少しでも祐次が楽しそうにしているのを見られるのは嬉しかった。もともと清掃業なんて根気の要る職業だから、祐次はこういった地味な作業も苦にならないらしい。

 折り紙だって、誠也は鶴くらいしか折れないけれど、時間は掛かっても薔薇なんか折ったりしているからそれって才能じゃないかと思ってしまうのだ。
 二人綾取りも、鮎原に手解きして貰って誠也も出来るようになった。まるで小学生の女子だなと思いながらも、そういった手遊びがリハビリに最適なんだと言われれば付き合うしかない。
 鮎原は色々と話題を振っては、たまにファイルに書き込みながら二人が睦まじくしている様子を微笑ましげに見守っていた。

「明日は雑巾でも縫いましょうか」

 手元の計画表を見ながら言う鮎原に、「え?」と問い返したのは誠也の方だった。
 今日も非番だったから午前中からずっと居座りリハビリなのか遊びなのか微妙なラインで付き添っている。体調の方は随分回復していて、昼間に眠ることがなくなっているから、別に居ても良いらしい。

「雑巾って、つまり裁縫ですか」

 念を押すように腰掛けたまま見上げると「はい」とにこやかにしっかりと頷く鮎原。

「結構指の力とか必要ですし、運針がきちんと出来るようになればボタン付けとかにもチャレンジしましょう。これなら日常生活にも必須ですからね」
「ああ、なるほど」

 頷いたものの、確かに小学生の頃に学校で習ったような気もするが、大きくなってからはやったことがない。ソーイングセットだって持っていない。実家にはある筈だけれど。
 何しろ昔から誠也はもてまくっていたから、学校でボタンが取れかけたりしようものなら気付いた女生徒が目の色を変えて服を奪っていくのだ。自分でどうこうしようとは思ったこともない。
 そういえば、就職してからも植田が気付いて縫ってくれたっけ、などと思い返していたら、塗り絵の手を止めて祐次が見つめていることに気付いた。

「どうかした?」
「いや、どうせ誠也したことないんだろうと思って。おれ、付けられるよ? 今は、判んないけど……」

 今も、細かく震える指先でぎゅうっと色鉛筆を握り締めてそろりそろりと丁寧に塗り進めている祐次は、何故だか唇を尖らせている。
 あーあ、二人きりなら今すぐ、なんてまた緩んだ顔になりながらも、

「出来なくて構わないだろ。今度から祐次が付けてくれるんだよな」
 と思わず口にする。
「え」

 祐次はかあっと紅潮し、鮎原は「それってプロポーズです?」なんてファイルで口元を覆ってにまにま笑っている。
 もう、夏が終わろうとしていた。



 夏休みが終われば、少しだけゆとりのある職場に戻る。但し、残暑は厳しく、外回りの巡回は辛い。
 今年は海にも山にも行っていないにもかかわらず、生地越しにも誠也たち警備員は日焼けしていた。唯一植田だけは、まめに塗り直している日焼け止めのお陰か適度に健康的な色のままだ。水上の方は元々色白だからかそういったケアには気を遣っているらしく、テラスや外周に出るシフトもあるからか二人で何処のクリームが肌に優しいだとか休憩時間に議論しているのに出会ったことがある。
 仲が良さそうで結構なことだと思いつつ、自分も鮎原にはこんな風に見られているのかなと不思議に思った。
 植田と水上の心情は判らないが、誠也は祐次に対して性欲込みの恋愛感情を抱いている。キスを強請るくらいだから、祐次の方もそうであると思いたい。

 だけど、そんな二人が割と鮎原の目の前でボディタッチというか結構手や顔に触れたりしているのだけれど、別段変な顔をされたことなどなかった。
 もしかしたら内心では引いているのかも知れないが、そうだとしても凄く自然に繕って、子供たちが仲良く遊んでいるのを見守る母親のような微笑ましげな態度を崩したことがないのだ。

 あまり男同士の恋愛に悲観的にはなっていない誠也だったけれど、それでも人並みに羞恥心は持ち合わせているから、出来るだけ公表はしない方向で行こうとは思っている。けれど、実際のところ、そのものずばりの行為さえ見られなければ、後はまあまあいちゃついていても大丈夫なのではないかとも思い始めていた。

 一般的に見て、何処までが友情で何処からが恋情なのか、その辺りの言動を見極めて慎重にしていれば、独身の四十代も珍しくない昨今、そんなに異端視されないような気がする。
 祐次も何かの支えがあればゆっくりと歩行が出来るようになり、退院のことも視野に入れて鮎原はリハビリを組んでくれている。調理実習もするらしいと聞いて、自分も参加出来るかと尋ねてしまっていた。

 祐次と正式に付き合うようになる前は、誠也だって成人男性なわけだから、それなりに女性と付き合ってきていた。家にまで上げることは少なかったけれど、それでも差し入れで弁当を貰ったり、彼女の家に誘われたりと自分で何かを作る機会はなかった。高校の調理実習なんて、デザートを作るのに泡立てるのを手伝っただけでお客様状態。中学の時にはご飯を炊くのにコンロ前で釜と時計と睨めっこをしていたような記憶がある。カレーくらいなら作れるよなあと、キャンプでは何したっけと遠い記憶の扉をこじ開けてみたりもした。
 小学生の頃からそれなりに調理実習の授業はあったはずなのに、最低限味噌汁くらいは作っている筈なのに、どうにも憶えていない。

 これはひとえに誠也の周囲の女性陣のせいだと思われた。適当に手伝いながら話していれば、いつの間にか出来上がっていたのだ。学生の頃なんて実習は班単位だから、ペーパーテストさえクリアしていれば何の問題もなく単位がもらえる。
 誠也の母親は専業主婦だし、手伝うといえばやらせてくれたが、無理にさせるタイプではなく、また誠也も友達と門限ギリギリまで遊びまくって、帰宅すれば食卓には食事が並んでいたから何もしてこなかったのだ。

 このご時世、ちょっと歩けば二十四時間営業のスーパーやコンビニに当たる。だから両親も食については心配していなかったらしく、あっさりと一人暮らししろと放り出されてしまったのだ。散らかしたり汚したりする性格でもなかったから、あとは自分でどうにかするだろうと。
 実際どうにかなっていたわけだけれど、今後を思うとかなり不安だ。

 誠也の見てきた二年間では、祐次も似たり寄ったりな生活だったと思う。割と出会ってすぐの頃だったか、誰がどう見てもどんより落ち込んでいる時があって、その時はまだ自分の恋心に確信が持てていなかった誠也だったが、気になってそれとなく尋ねたことがあった。
 遠距離恋愛の終わりだった。会えない日々に、次々と変わる住まい。ようやく少しは近い場所に勤務になったのに、今度は繁忙すぎて地元に帰れない。
 今まで良く辛抱して付き合ってくれたものだと、疲れた顔で嘆息していた。
 その時、気の毒にと思う反面、これはチャンスだと沸き立つ想いがあったのを憶えている。

 その時誠也は確信したのだ。これは、恋なのだと。
 そんな昔のことを思い出しながら、横道に逸れた思考を戻す。
 衣食住。今はその「食」について考えているのだ。

 今まではともかく、これから自宅療養になったとして、出来合いのものばかり食べさせるわけには行かない。それも考えて鮎原が組んでくれているのだろうから、自分も参加したいと思ったのだ。が、それは珍しいことに却下されてしまった。
 外部から講師を呼んでいるから、受講料や食材の面で飛び入りは色々と面倒なのだそうだ。衛生面の問題もあるし、これだけは本人しか無理だと申し訳無さそうに言われてしまった。
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