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種の保存
~夫婦交換、今あなたの隣でプレイ中~
ホテルのローテーブルの上で、中年の西条慎一は書類にサインをしていた。髪も顔も体つきも若々しく、イケおじ風である。隣に並ぶ、妻の真美子も上品な身なりだが、その顔は無表情だった。
「どうぞ」
慎一が差し出した書類を、向かいに座っていた若い川上詩織が受け取った。書面の確認をする彼女の隣には、夫の宏樹が思いつめたような硬い表情でうつむいて腰かけていた。ビジネスライクにてきぱきと進める詩織とは対照的だ。
「ありがとうございます。では、さっそくですが始めましょうか」
詩織が笑顔を浮かべて立ち上がった。慎一も席を立つが、お互いのパートナー、真美子と宏樹は座ったままだ。
「ええ。よろしくお願いします。じゃあ、行ってくるよ」
慎一は妻に声をかけた。
「行ってらっしゃい」
真美子は声も淡々としていた。
詩織と慎一はドアのほうへ向かった。もう一つ、このホテルの部屋を隣に借りているのだ。
宏樹が勢いよく立ち上がった。その物音に一同は顔を向けた。だが、宏樹は何も言えずに立ち尽くしていた。こぶしを握りしめたまま。
「あなた、大丈夫だから」
詩織が優しい笑顔で声をかけた。そして、慎一とともに出ていくのを、宏樹は見送るしかなかった。全身の力が抜け、ソファに沈んだ。
真美子は相変わらず姿勢を崩さずに、宏樹の斜め向かいに座り続けている。
「……こんなこと、奥様はよく認めましたね」
宏樹は絞り出すように言った。真美子は無感情に口を開く。
「いろいろお金が入り用なんです。主人の会社、経営が苦しくなって。子供たちは私立へ行くし、主人の父親は介護施設に入るし。私がパートを始めても焼け石に水で」
「だからって、他人と……」
「あなた方も同じでしょう? あなたも奥さんも子供がほしくて、でもできないから、ドナーを探し始めた」
宏樹は言い返せなかった。真美子は続ける。
「ウチはビジネスとしてやっているだけ。主人は仕事ひとすじだから、遊びも無駄遣いもしないし、子供が生まれてからは夫婦の関係もなくて。たまたま、こういう取引があるのを知って、連絡してみたんです」
置いてある花瓶がカタカタと小さく揺れ始めた。宏樹も真美子も、壁へ顔を向けた。隣の部屋から、振動が響いているのだ。花瓶の揺れはどんどん大きくなっていく。宏樹は耳を塞ぎ、目をつぶり、頭を抱えた。
「ごめん……本当にごめん……。子供がほしいなんて言った僕が悪かったんだ……許してくれ……」
独りごちる宏樹の肩に、手が置かれた。視線を向けると、真美子が隣に来ていた。
「目を閉じたままでいて」
宏樹の手を握りしめてきた。
「奥さんだと思って」
そう言われて、宏樹は目をつぶった。真美子とつないだ手に力が入った。
ホテルの部屋から出てきた詩織と慎一が、廊下をゆっくりと歩み始めた。慎一がしおれた表情で、力なく発した。
「申し訳ありませんでした。久しぶりだったものですから、うまくいかなくて……」
「いえ……私のほうも緊張していましたから……」
互いに夫婦が待つ、隣の部屋の前で足を止めた。
「契約にあったように、お金はいただきませんので」
「とにかく、不成立を報告しましょう」
詩織はそう告げて、扉を開けた。しかし、中の光景を見て、詩織と慎一は愕然とした。一糸まとわぬ男女が、ソファで獣のような荒々しさで一戦を交えていた。しかも、二人とも詩織と慎一が戻ってきたことに気づかない。
詩織は慎一を押し戻して、廊下へ出た。
「私たちももう一度、がんばりましょう!」
「はい!」
こっちのペアも別室へ戻り、再戦に励むのだった。
(了)
ホテルのローテーブルの上で、中年の西条慎一は書類にサインをしていた。髪も顔も体つきも若々しく、イケおじ風である。隣に並ぶ、妻の真美子も上品な身なりだが、その顔は無表情だった。
「どうぞ」
慎一が差し出した書類を、向かいに座っていた若い川上詩織が受け取った。書面の確認をする彼女の隣には、夫の宏樹が思いつめたような硬い表情でうつむいて腰かけていた。ビジネスライクにてきぱきと進める詩織とは対照的だ。
「ありがとうございます。では、さっそくですが始めましょうか」
詩織が笑顔を浮かべて立ち上がった。慎一も席を立つが、お互いのパートナー、真美子と宏樹は座ったままだ。
「ええ。よろしくお願いします。じゃあ、行ってくるよ」
慎一は妻に声をかけた。
「行ってらっしゃい」
真美子は声も淡々としていた。
詩織と慎一はドアのほうへ向かった。もう一つ、このホテルの部屋を隣に借りているのだ。
宏樹が勢いよく立ち上がった。その物音に一同は顔を向けた。だが、宏樹は何も言えずに立ち尽くしていた。こぶしを握りしめたまま。
「あなた、大丈夫だから」
詩織が優しい笑顔で声をかけた。そして、慎一とともに出ていくのを、宏樹は見送るしかなかった。全身の力が抜け、ソファに沈んだ。
真美子は相変わらず姿勢を崩さずに、宏樹の斜め向かいに座り続けている。
「……こんなこと、奥様はよく認めましたね」
宏樹は絞り出すように言った。真美子は無感情に口を開く。
「いろいろお金が入り用なんです。主人の会社、経営が苦しくなって。子供たちは私立へ行くし、主人の父親は介護施設に入るし。私がパートを始めても焼け石に水で」
「だからって、他人と……」
「あなた方も同じでしょう? あなたも奥さんも子供がほしくて、でもできないから、ドナーを探し始めた」
宏樹は言い返せなかった。真美子は続ける。
「ウチはビジネスとしてやっているだけ。主人は仕事ひとすじだから、遊びも無駄遣いもしないし、子供が生まれてからは夫婦の関係もなくて。たまたま、こういう取引があるのを知って、連絡してみたんです」
置いてある花瓶がカタカタと小さく揺れ始めた。宏樹も真美子も、壁へ顔を向けた。隣の部屋から、振動が響いているのだ。花瓶の揺れはどんどん大きくなっていく。宏樹は耳を塞ぎ、目をつぶり、頭を抱えた。
「ごめん……本当にごめん……。子供がほしいなんて言った僕が悪かったんだ……許してくれ……」
独りごちる宏樹の肩に、手が置かれた。視線を向けると、真美子が隣に来ていた。
「目を閉じたままでいて」
宏樹の手を握りしめてきた。
「奥さんだと思って」
そう言われて、宏樹は目をつぶった。真美子とつないだ手に力が入った。
ホテルの部屋から出てきた詩織と慎一が、廊下をゆっくりと歩み始めた。慎一がしおれた表情で、力なく発した。
「申し訳ありませんでした。久しぶりだったものですから、うまくいかなくて……」
「いえ……私のほうも緊張していましたから……」
互いに夫婦が待つ、隣の部屋の前で足を止めた。
「契約にあったように、お金はいただきませんので」
「とにかく、不成立を報告しましょう」
詩織はそう告げて、扉を開けた。しかし、中の光景を見て、詩織と慎一は愕然とした。一糸まとわぬ男女が、ソファで獣のような荒々しさで一戦を交えていた。しかも、二人とも詩織と慎一が戻ってきたことに気づかない。
詩織は慎一を押し戻して、廊下へ出た。
「私たちももう一度、がんばりましょう!」
「はい!」
こっちのペアも別室へ戻り、再戦に励むのだった。
(了)
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