【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)

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【18】英雄の背

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 トーマは重たい瞼を押し上げると、懐かしい天井板が飛び込んできた。

 ――実家の天井。かつて自分の部屋で、今はノアとアルフが使っているはずの部屋だ。

 窓から差し込む柔らかな光。どこか現実感の薄い光景に、夢を見ているのではないかと錯覚する。

 身体を起こそうとした瞬間――

「っ!?」

 左腕に感覚がない。ぞわりと背筋を冷気が這い上がり、心臓が跳ね上がった。
 切断か、麻痺か。ゴブリンの戦闘で左腕が使い物にならなくなったのかと。恐怖が喉を締めつけ、冷や汗が背を伝う。

 だが、顔を横に向けると答えはあっさり見つかった。

 自分の左腕を枕代わりにして、フィリスがすやすやと眠っていたのだ。小さな肩が上下して、口元からは乾いたよだれの跡。

「あれ……フィリスちゃん?」

 緊張の糸がぷつりと切れる。思わず肩の力が抜け、かすかに笑みが漏れた。
 トーマが身じろぎすると、その揺れでフィリスの睫毛が小さく震えた。やがて彼女はぼんやりと目を開ける

「あ……」

 一瞬きょとんとした表情が、次の瞬間には花が咲くように輝いた。

「おじさん……おじさん! 目を覚ましたのね!」

 声が弾け、飛びついてくる。小さな身体で力いっぱい抱きしめられ、胸の奥に熱いものが込み上げる。

「ああ……」

 その騒ぎを聞きつけたのか、母、そしてネアやノア、アルフも部屋に駆け込んできた。

 母はベッド脇に駆け寄り、泣き笑いの顔でトーマの手を握り、

「ああ……普通に起きてくれて、本当に…良かった……」

 嗚咽を漏らした。

 ネアは腕を組んだまま「本当に……心配かけるんだから」と、涙を隠すように小言を口にする。
 ノアやアルフも安堵の表情を浮かべ、ベッドを囲む。

「えっと……なんで、ここに?」

 ネアの説明によれば、広場に倒れていたトーマを村人たちが運び込んでくれて、ゴブリンの襲撃があってから丸二日間寝っていたようだ。

「ゴブリンの襲撃……そうだ、村はどうなった?」

 ネアが言うには、生き残ったゴブリンは全て撤退し、村に残ってはいない。だが、死者は四名。怪我人は十数名。三軒の家屋は見る影もなく壊されたらしい。
 死者の中にはノックおじさんの名ががあった。知り合いが犠牲になっていることに場の空気が重くなってしまう。

「それでも、あなたたちが戦ってくれたから、この程度の被害で済んだと思うわよ」

 母がそう言ってくれた。だが、トーマは首を振る。

「ゴブリンくらい、新米の冒険者や村人でも倒せる。俺だけじゃない。あの女剣士の冒険者セリヤがいてくれたから……なんとかなったんだ。そうだ、その女剣士は?」

「あの冒険者さんなら、あんたと同じで療養中よ」

「そうか……なにはともあれ、生きているのか……。良かった……」

「あ、トーマ。フィリスちゃんにお礼を言いなさい。身体を拭いたり包帯を巻いたり……ずっと看病してくれてたんだから。そのお陰か傷もあっという間に治ったようだしね」

「そうだったのか。ありがとう、フィリスちゃん」

「あっ…いえ、その……」

 フィリスは顔を真っ赤に染め、視線を逸らす。その反応に、胸の奥で小さな引っかかりを覚える。

 母は「もう少し休んでなさい。消化にいいものを作ってくるから」と言い残して台所へ向かい、ネアやノアたちもぞろぞろと部屋を出ていく。

 最後にフィリスが小さな声で「……また来ますね」と呟き、名残惜しげに扉を閉めた。

 部屋に静寂が訪れる。
 トーマは深く息を吐き、瞼を閉じる。あの夜の光景が蘇る。

 ホブゴブリンに強烈な一撃を受けた時、胸の奥で燃え上がった謎の力。
 トロール戦の時にも発動した、あの得体の知れない力と同じものだろう。

 トロールを倒した後、村に戻る道中の際に何をしても再現はできなかったのに。
 共通するのは致命傷を負って死にかけた瞬間。
 つまり条件は――

「痛い思い……たぶん死ぬほどの傷を負わないと発動しないってか……」

 火事場の馬鹿力のような能力。だが、それだけではない。
 あの力は傷を癒す作用すら持っている。ホブゴブリンの一撃で負ったはずの重傷が、いまは跡形もなく癒えているのが証拠だった。

 おそらくは、あの力の持続条件は致命傷を受けてから、その傷が治癒するまで間。と推測する。

 このような特殊能力は主に先天性なもので取得している人はいるが稀ではある。また、トーマみたいなに後天的に目覚める場合はあるにはあるが、これもまた非常に希少ではあった。

「……三十路を越えて、冒険者を辞めてから能力に目覚めるとはな……使い勝手が悪く不便だけど……」

 苦笑が漏れる。だが心の底から不満に思うわけではなかった。

 その力があったから――自分は、生まれて初めて“英雄”の背に触れられた気がした。
 村を救ったライアス。到底追いつけないと思っていた英雄の影に、指先が届いたような錯覚。

 その思いが胸を熱くし、気づけば涙が頬を伝っていた。

 部屋の扉が開き、母が木の盆を抱えて戻ってくる。

「トーマ……? どうしたの。どこかまだ痛むの?」

 涙に気づいた母の声が揺れる。

「いや……なんでもないよ。母さん……」

 慌てて首を振り、差し出された温かなパン粥を口に運ぶ。
 優しい味が広がり、生きていることを噛み締めたのであった。

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