【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)

文字の大きさ
41 / 69

【41】濡れ衣のミスリルナイフ

しおりを挟む
 夜更けのマジノシアの街は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
 石畳に響くのは、自分の靴音と、時おり吹き抜ける風が木の葉を揺らし、ざわめきが遠い囁きのように響く。トーマはふらつく足取りで路地を進んでいた。
 酒場で杯を重ねすぎたせいで、頭がまだ少し重い。

「……村では、なかなか飲めない酒だったから、つい飲みすぎてしまったな……」

 苦笑しつつ額に手をやる。冷たい夜風が頬を撫で、ようやく酔いの霞を吹き払ってくれる気がした。

 一緒に飲んでいたロウランたちは、まだ店で盛り上がっているはずだ。
 トーマは長旅の疲れに負けて一足先に引き上げてきた。

 宿はロウランの紹介だ。名前を出せば格安で泊めてもらえると聞き、お言葉に甘えることにした。

 歩くたびに重く響く靴音と、酔いの余韻が妙に胸をざわつかせる。

 ――さて、これから、どうするか。

 脳裏に浮かぶのは、フィリスの家が抱える借金のこと。あの娘のために、返済の工面をしなくてはならない。

 ――冒険者に戻り、一攫千金を狙うか。

 一瞬、胸が熱くなる。かつての夢、かつての日々。
 ふと視線は自然と自分の右腕へ落ちる。袖の下、もう失われてしまった部分に、ありもしない重みを幻のように感じてしまう。

「……これじゃあな。無理に決まってる」

 冒険者は身体が資本だ。どこかが欠ければ、即ち死に繋がる。隻眼になった細剣のレックスも、だからこそ身を引いたのだろう。

 ならば――。
 村がこれから冒険者で賑わうことを見越して、彼らを相手にした商売を始めるか。宿、武具、食堂……堅実な未来が、頭の中に浮かぶ。

 その一方で、トーマの下半身には、どうしようもなく熱が籠っていた。

 約二週間。若く美しい三人の女と二週間も共に旅をしたせいだろう。理性の壁はたびたび軋み、欲望が胸を揺さぶられ、股間が熱くなっていた。

「……ったく。俺も男だな」

 欲を吐き捨てるように呟き、思わず夜空を仰いだ。
 この熱をどうにかして発散したい。けど、懐は寂しい。街の外れに軒を連ねる娼館の華やかなが看板が脳裏に浮かぶも、マジノシアほどの大都市ともなれば相場が高いものだ。払えぬ値段を思って肩を落とす。

 だったらと、夜翅よはねが居そうな人影の少ない裏通りへと自然と足は向いていった。

 ふと、指先に硬い感触があった。腰のベルトに差していた短剣――ミスリルナイフだ。スハァルから借りたままになっていた品だ。

「……あっ、返しそびれていたな。まあ、明日にでも返せば良いか……」

 そう呟いて、柄を軽く握り直す。だが、次の瞬間。

 ――ガタンッ!

 闇の奥から、何かが倒れる乾いた音が響いた。直後、複数の靴音が石畳を叩き、こちらへ迫ってくる。

「んっ、なんだ?」

 月光が石畳を白く照らし出す中、狭い路地の奥から現れたのは数人の影だった。
 布で顔を覆い隠していた、露出しているのは目だけ。その目は獲物を探す獣のような眼を光らせている。

「どけぇっ!」

 怒号とともに、影の一人がトーマを押しのけた。その衝撃に、トーマはたまらず後ろへと転げ、石畳に尻を打ちつけた。

「うわっ……!」

 咄嗟に手をついたが、ミスリルナイフが硬い地面に滑り落ち、甲高い音を立てて転がっていく。刃は月光を反射しながら弧を描き、路地の隅で転がって静止した。

 トーマは痛む腰をさすりながら、息を荒げつつ走り去る影を目で追った。複数の足音が闇に溶け、瞬く間に姿を消していった。
 あっという間の出来事で、相手の素性を見極める余裕などなかった。

「なんだ……今の連中は……?」

 呟いた矢先、再び路地の奥から別の慌ただしい足音が迫ってくる。数名の学院守衛と、ローブを羽織った中年の女。

「そこのあなた!」

 女の声が鋭く夜気を裂き、トーマの胸を貫く。

「怪しい人物が通らなかったかしら?」

 まだ地面に尻をついたままのトーマは、慌てて路地の奥を指差した。

「……ああ、そっちだ。さっき走り去っていったぞ」

「そう。助かったわ――」

 女は礼を言いかけて、ふとトーマの傍らに転がる光を見とめた。月光を受けたミスリルナイフ。その柄には、魔導学院の刻印が刻まれていた。

「……それって……ウチが所管しているミスリルナイフ!」

 女の目が鋭く細まった。次の瞬間には、氷のような声で言い放っていた。

「あなたも、さっき盗賊の一味ね。あやうく騙されるところだったわ」

「なっ――違う!」

 トーマは慌てて手を伸ばす。

「誤解だ! これは知り合いから借りているもので……!」

「言い訳は牢の中で聞くわ。守衛さん! こいつを拘束しときなさい。アジトの場所を吐いて貰うわよ!」

 女が冷たく命じると、守衛たちが一斉に取り囲んだ。
 鋼の籠手がトーマの肩を押さえ込み、背中へ強引に腕をねじ上げる。

「待て、俺は――ぐっ!」

 声を絞り出すも、抗弁は無慈悲に押し潰される。
 酔いも痛みも混ざり合って胸がむかつく。吐き気が込み上げるのは酒のせいか、それとも理不尽さのせいか。

 ――違う。俺は盗賊なんかじゃない。

 こうしてトーマは、まったく身に覚えのない罪で無情にも連行されていった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神様のミスで死んだので、神獣もふもふと異世界インターネットで快適スローライフ始めます ~最強生活チートと1000万ポイントでポチりまくり!~

幸せのオムライス
ファンタジー
★HOTランキング1位獲得!(2026.1.23) 完結までプロット作成済み! 毎日更新中! なろう四半期ランクイン中!(異世界転生/ファンタジー/連載中)★ 山根ことり、28歳OL。私の平凡な毎日は、上から降ってきた神様の植木鉢が頭に直撃したことで、あっけなく幕を閉じた。 神様の100%過失による事故死ということで、お詫びにもらったのは3つのチート能力。 ①通販サイトや検索が使える【異世界インターネット接続】 ②もふもふ動物と話せる【もふもふテイマー&翻訳】 ③戦闘はできないけど生活は最強な【生活魔法 Lv.99】 私の願いはただ一つ。働かずに、可愛いペットともふもふしながら快適なスローライフを送ること! のはずが、転生先は森のど真ん中。おまけに保護された先の孤児院は、ご飯はまずいしお風呂もない劣悪環境!? 「私の安眠のため、改革します!」 チート能力を駆使して、ボロ屋敷がピカピカに大変身! 現代知識と通販調味料で絶品ごはんを振る舞えば、心を閉ざした子供たちも次々と懐いてきて……? 気づけばギルドに登録し、薬草採取で荒稼ぎ。謎の天才少女として街の注目株に!? あれ、私のスローライフはどこへ? これは、うっかりチートで快適な生活基盤を整えすぎた元OLが、最強神獣もふもふや仲間たちとのんびり暮らすために、ついでに周りも幸せにしちゃう、そんな物語。 【今後のストーリー構想(全11章完結予定)】 第1章 森の生活と孤児院改革(完結済) 第2章 ヤマネコ商会、爆誕!(連載中) 第3章 ようこそ、ヤマネコ冒険部へ! 第4章 王都は誘惑の香り 第5章 救国のセラピー 第6章 戦場のロジスティクス・イノベーション 第7章 領主様はスローライフをご所望です 第8章 プロジェクト・コトリランド 第9章 ヤマネコ式教育改革 第10章 魔王対策は役員会にて 第11章 魔王城、買収しました(完結予定)

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。 たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。 薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。 仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。 剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。 ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

処理中です...