【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)

文字の大きさ
53 / 69

【53】門出

しおりを挟む
 スハァルは、自ら志願した。
 ――トーマの監視役を務める、と。

 それは表向きには学院長直々の「監視依頼」を受けたというだけのこと。だが、胸の奥に横たわる理由は、もっと複雑で、もっと個人的なものだった。

 元をたどれば、トーマを盗賊討伐へと誘ったのは自分だ。
 それが思いもよらぬ結末をもたらした。カオスがトーマの身体、魂に入り込み、今や彼の存在そのものを変えてしまった。
 その責任の一端は自分にあると感じており、胸の奥を重苦しく覆い尽くしていた。

 ……そして。

 シャーバスとの死闘に、ダンジョンの奥深くで毒に倒れ動けなくなった自分を、彼は背負い、己の命を削りながら走り抜けてくれた。

 熱い背中、震える呼吸。意識が朦朧としながらも、彼の心臓の鼓動が必死に生を繋ごうとする音が耳に残っている。あの瞬間の記憶が改めて胸を焦がした。

 負い目と感謝。
 そして――それだけでは説明できない、別の感情が静かに芽吹いていた。

 トーマのふとした仕草に胸が高鳴る。言葉を交わすたび、どうしようもなく心が揺れる。
 けれど、その想いを表に出すことは決してなかった。
 「監視役」という仮面の下に隠し、ただ黙って彼の隣に立ち続ける。それはまるで贖罪でもあった。

 トーマの監視役を務めることは、銀翼での活動から離れることを意味する。
 スハァルは銀翼の面々の前でパーティの脱退を淡々と告げた。

「突然のことで、本当にごめんなさい」

 スハァルは深く頭を下げた。

「魔導学院長とか直々に依頼さたれことなのよ。トーマが学院の魔法実験の失敗に巻き込まれてしまって。その影響についての調査、確認をしないといけなくなったの」

 重苦しい沈黙が場を包む。
 最初に口を開いたのは、リーダーのロウランだった。

「……そうか。まあ、スハァルは銀翼のメンバーである前に、魔導学院に席を置いているし、それまでも魔導学院を優先していたし、それを承知で銀翼に誘っていたからな……」
 その声には諦めと悔しさが入り混じっていた。
 銀等級の魔導士――替えの利かない人材を失う痛みは、誰よりロウランが分かっている。
 それにスハァルは銀翼を結成した時の初期メンバーであり、長く共に歩んできた仲間が去ってしまう。
 名残惜しくも理解はしている。

「まあ……仕方ないな。学院のお偉い様からの直々の命令じゃ、逆らうわけにもいかんよな」

 苦い声が議場に落ちた。
 その後しばし沈黙が流れ、やがてロウランはぽつりと口を開く。

「……ついでで、こんな場で言うのは心苦しいが。セリヤ。お前に退団を勧告する」

「師匠そんなことを言わないで――えっ!?」

 スハァルの退団にセリヤが涙を流していたところ、予想外の突然の勧告に、セリヤは大きく目を見開いた。

「な、なんでですか、師匠!」

「いや、実はな……」

 ロウランが申し訳なさそうに口を開く。

 セリヤの実家(セリヤの父)から冒険者稼業をやめて家に戻るよう強く求められたのだ。銅等級に昇格して、ようやく一人前の冒険者として認められた矢先にも関わらず。

 セリヤは必死に食い下がった。

「そんな嫌ですよ。私は、まだ銀翼で戦いたいです! 銅等級になって、これからだっていうのに! 冒険者をやめたくなんてありません!」

「……分かってる。お前の気持ちは痛いほどな」

 ロウランの声には無力さがにじんでいた。

「だが、お前の父上には昔から借りがある。俺にとっては頭が上がらん相手だ。命じられれば従うしかないんだ。銀翼に、もう置けられないんだよ……解ってくれ。セリヤ」

 その言葉に、セリヤは唇を震わせる。
 父親とロウランの関係――古くからの上司と部下。そこに横たわる恩義としがらみ。セリヤがどれほど足掻こうと、簡単には覆せない現実だった。

「……そんな……」

 彼女の瞳に、熱い涙がにじむ。
 スハァルは黙ってセリヤを見つめ、慰めるように優しく肩を抱き寄せた。

 こうして――銀翼は、仲間を二人同時に失うという痛みを味わうことになったのだった。


***


 トーマの釈放が決まってから、ほんの数日。
 長かった幽閉生活に別れを告げ、彼はようやく牢を出た。陽の光を浴びながら歩く足取りにはまだ重さが残っていたが、それでも胸の奥には確かな解放感があった。

『カッカカッ! 久しぶりのシャバの空気は美味いな、トーマ!』

「そうだな……」

 カオスもまた外に出られたことで喜んでいるのが伝わる。

 旅支度を整え、スハァルに先導されて魔導学院の正門へと向かう。

 腰には謝罪と労いを兼ねて贈られた短剣――光を鈍く返すグラディウス。それなりに名剣らしい。

 正門の前には、わざわざ見送りに来てくれた顔ぶれが並んでいた。
 銀翼の仲間たち――ロウラン、マウス、ガイ。そして、その列の端には、フィリスとエナの姿もあった。
 シャーバスやカオスの件を知っているエナは、フィリスの引率で付いてくれているようだ。

「よう、トーマ。話しはスハァルから聞いている。まったく……お前が魔導学院の“内密の仕事”を引き受けてるとは思わなかったぜ」

 ロウランが大げさに肩を叩きながら笑った。

「俺だって好きでやったわけじゃないさ。気づいたら、そうなってただけだよ」

「あの日、突然姿を消したから、みんな気を揉んだんだぞ。次に会った時にまた飲もうぜ。あの時みたいに途中でいなくなるなよ?」

 マウスが軽口を叩きながら拳を突き出した。ガイは無言で頷き、その大きな手でトーマの背を軽く叩く。
 三人の間に、自然と笑いが広がった。

 しかし、笑いの中で、トーマの視線は一人の姿を探していた。

「そういえば……セリヤは?」

 途端に、ロウランの顔色が曇る。わずかな間を置き、彼は言葉を濁した。

「セリヤは……ちょっと事情があってな」

 ロウランの声は、どこか苦さが滲んでいた。

「そうなのか。彼女にも一瞥いちべつをしたかったが……」

 ゴブリン討伐のときも、マジノシアへの長い道のりでも、隣を歩き続けてくれたセリヤ。その彼女に改めて礼を言いたかった――だからこそ、こうして姿を見られなかったのは、トーマにとって少し心残りだった。

 そんな思いを抱く中、不意にフィリスが一歩、彼の前に進み出た。
 白い指先に握られているのは、一通の封筒。彼女はそれを胸元でそっと整え、深く息をつく。

「……トーマさん、帰りの旅……くれぐれも気をつけてください。それから……スハァルさんも」

 そして、持っていたその手紙を差し出す。

「荷物を増やしてしまって申し訳ないのですが……これは、家族への手紙なんです。お母さんたちに……届けてもらえますか?」

「……ああ、このぐらいなら大丈夫だよ。この手紙は必ずマリィたちに渡すよ。フィリスも体に気をつけて、魔法の勉強を怠るなよ」

「はい」

 彼女は小さく頷き、唇に淡い微笑を浮かべた。

 その傍らでは、スハァルがエナに引き継ぎについて最終確認していた。

「という訳だから、フィリスのことはよろしくね」
「ええ、任せてください。こちらのことは気にしないでください」

 数度のやり取りのあと、ようやく区切りがつく。

「それじゃあ、行ってくるよ」

 トーマが言葉を締めると、フィリスは手を振った。
 だが、その視線はどこか定まらず、トーマと、その隣に立つスハァルの間を行き来していた。

「あ、トーマ。片手なんだから、その荷物、私が少し持とうか?」

 スハァルが自然に声をかける。

「いや、このくらい平気だ。どうせすぐに馬車に乗るんだし」

 二人の距離は近く、肩が触れ合うほどだった。

 その光景を見た瞬間、フィリスの胸の奥に、小さなざわめきが生まれた。

 それは言葉にできない感情だった。嫉妬なのか、不安なのか、それとも別のものなのか――彼女自身にも判然としない。ただ、ほんの一瞬、心臓を掴まれるように苦しくなる。

 手を振り続ける彼女の笑みは崩れなかったが、その瞳の奥では揺らぎが確かに広がっていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ゴミスキルと追放された【万物鑑定】の俺、実は最強でした。Sランクパーティが崩壊する頃、俺は伝説の仲間と辺境で幸せに暮らしています

黒崎隼人
ファンタジー
Sランク勇者パーティのお荷物扱いされ、「ゴミスキル」と罵られて追放された鑑定士のアッシュ。 失意の彼が覚醒させたのは、森羅万象を見通し未来さえも予知する超チートスキル【万物鑑定】だった! この力を使い、アッシュはエルフの少女や凄腕の鍛冶師、そして伝説の魔獣フェンリル(もふもふ)といった最強の仲間たちを集め、辺境の町を大発展させていく。 一方、彼を追放した勇者たちは、アッシュのサポートを失い、ダンジョンで全滅の危機に瀕していた――。 「今さら戻ってこい? お断りだ。俺はこっちで幸せにやってるから」 底辺から駆け上がる痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」 「え?」 「は?」 「いせかい……?」 異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。 ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。 そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!? 異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。 時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。 目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』 半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。 そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。 伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。 信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。 少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。 ==== ※お気に入り、感想がありましたら励みになります ※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。 ※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります ※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!

異世界に転生したけどトラブル体質なので心配です

小鳥遊 ソラ(著者名:小鳥遊渉)
ファンタジー
 元々、トラブルに遭いやすい体質だった男の異世界転生記。  トラブルに巻き込まれたり、自分から飛び込んだり、たまに自分で作ったり、魔物と魔法や剣のある異世界での転生物語。余り期待せずに読んで頂ければありがたいです。    戦闘は少な目です。アルフレッドが強すぎて一方的な戦いが多くなっています。  身内には優しく頼れる存在ですが、家族の幸せの為なら、魔物と悪人限定で無慈悲で引くくらい冷酷になれます。  転生した村は辺境過ぎて、お店もありません。(隣町にはあります)魔法の練習をしたり、魔狼に襲われ討伐したり、日照り解消のために用水路を整備したり、井戸の改良をしたり、猪被害から村に柵を作ったり、盗賊・熊・ゴブリンに襲われたり、水車に風車に手押しポンプ、色々と前世の記憶で作ったりして、段々と発展させて行きます。一部の人達からは神の使いと思われ始めています。………etc そんな日々、アルフレッドの忙しい日常をお楽しみいただければ!  知識チート、魔法チート、剣術チート、アルは無自覚ですが、強制的に出世?させられ、婚約申込者も増えていきます。6歳である事や身分の違いなどもある為、なかなか正式に婚約者が決まりません。女難あり。(メダリオン王国は一夫一妻制)  戦闘は短めを心掛けていますが、時にシリアスパートがあります。ご都合主義です。  基本は、登場人物達のズレた思考により、このお話は成り立っております。コメディーの域にはまったく届いていませんが、偶に、クスッと笑ってもらえる作品になればと考えております。コメディー要素多めを目指しております。女神と神獣も出てきます。 ※舞台のイメージは中世ヨーロッパを少し過去に遡った感じにしています。魔法がある為に、産業、医療などは発展が遅れている感じだと思っていただければ。  中世ヨーロッパの史実に出来るだけ近い状態にしたいと考えていますが、婚姻、出産、平均寿命などは現代と余りにも違い過ぎて適用は困難と判断しました。ご理解くださいますようお願いします。    俺はアラサーのシステムエンジニアだったはずだが、取引先のシステムがウイルスに感染、復旧作業した後に睡魔に襲われ、自前のシュラフで仮眠したところまで覚えているが、どうも過労死して、辺境騎士の3男のアルフレッド6歳児に転生? 前世では早くに両親を亡くし、最愛の妹を残して過労死した社畜ブラックどっぷりの幸薄な人生だった男が、今度こそ家族と幸せに暮らしたいと願い、日々、努力する日常。 ※最後になりますが、作者のスキル不足により、不快な思いをなされる方がおられましたら、申し訳なく思っております。何卒、お許しくださいますようお願い申し上げます。   この作品は、空想の産物であり、現実世界とは一切無関係です。

処理中です...