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第七章 幼馴染 ―松原 奈緒―
【2】
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日が山の端に隠れ、街灯が寒々しく灯り始めた「逢魔が時」。
世界が曖昧な灰色に染まる中、俺たちは神社の隣にある、静まり返った公園へと足を運んだ。
錆びついたベンチに腰を下ろし、重い沈黙を破ったのは奈緒だった。
「私ね……来月、結婚するんだ。親が持ってきた話でね。相手は一回り年上の、すごく落ち着いた人よ」
胸の奥を、冷たい剃刀で撫でられたような感覚が走った。
「奈緒が結婚……。それは、その……おめでとう、でいいんだよな?」
「んー、どうかな。おめでとう、なのかな……。世間一般的には、きっとそうなんだろうね」
奈緒は自嘲気味に微笑み、自分の膝を見つめた。
「……結婚は、嫌なのか?」
「……嫌、じゃないかな。優しい人だし、真面目な方だし。もう私も我儘を言える年じゃないし、断る理由もなかったし。これから『普通の幸せ』を享受するのかなって。……拓海くん」
奈緒は不意に立ち上がり、公園の隅に生い茂る、闇の深い茂みを見つめた。
「あの頃みたいに『かくれんぼ』をしよう?」
「えっ? いきなり、なんで……」
「いいから。はい、目をつぶって。十秒数えたら、私を探しに来て。……いい? 絶対に見つけてね。スタート!」
「おい、奈緒! ……1、2、3……」
強引に始まったゲームに戸惑いながらも、拓海は数を刻んだ。
「……10!」
目を開けると、そこにはもう奈緒の姿はなかった。
風に揺れるブランコの鎖の音だけが、やけに大きく響く。
「あいつ、どこへ……」
探し始めてすぐ、確信に近い予感があった。
公園の隅、深く入り組んだ木々の茂み。その奥には、枝葉が重なり合ってドーム状の空間ができている場所がある。
幼い頃の俺と奈緒の、二人だけの「秘密基地」。
「……やっぱり、ここにいたか」
茂みをかき分けると、狭い闇の中で膝を抱えていた奈緒が、濡れた瞳で俺を見上げた。
「ふふ……見つかっちゃった。拓海くん、やっぱり覚えててくれたんだね」
「忘れるわけないだろ。……それで、なんで急にかくれんぼなんて」
「たぶん……拓海くんに見つけてほしかったんだと思う。私が、誰かの奥さんになっちゃう前に。私ね、拓海くんのことが、ずっと好きだったみたい。結婚が決まってから、初めて気づいたの……。遅いよね、本当に」
奈緒の声が、嗚咽に震え始める。
「もっと早く、高校を卒業する時に……ううん。小学校の時、ここで泥だらけになって遊んでた時に気づいていれば良かった。そうしたら……」
奈緒は堪えきれなくなったように俺の首に腕を回し、縋り付いてきた。唇に触れたのは、微かに震える熱と、涙の塩分。
「奈緒……っ」
「今だけ。この一瞬だけでいいから……私を拓海くんのものにして。……お願い」
湿った土と、青臭い草の匂い。
奈緒の肌は、透き通るような潔癖さに満ちていた。
「……ずっと、こうしてほしかった……」
掠れた声で愛を告げながら、奈緒は自ら重い殻を脱ぎ捨てるように服を脱ぎ、俺を受け入れた。
それは、たった一度のささやかな、そしてあまりに切ない反逆の形だった。
世界が曖昧な灰色に染まる中、俺たちは神社の隣にある、静まり返った公園へと足を運んだ。
錆びついたベンチに腰を下ろし、重い沈黙を破ったのは奈緒だった。
「私ね……来月、結婚するんだ。親が持ってきた話でね。相手は一回り年上の、すごく落ち着いた人よ」
胸の奥を、冷たい剃刀で撫でられたような感覚が走った。
「奈緒が結婚……。それは、その……おめでとう、でいいんだよな?」
「んー、どうかな。おめでとう、なのかな……。世間一般的には、きっとそうなんだろうね」
奈緒は自嘲気味に微笑み、自分の膝を見つめた。
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「……嫌、じゃないかな。優しい人だし、真面目な方だし。もう私も我儘を言える年じゃないし、断る理由もなかったし。これから『普通の幸せ』を享受するのかなって。……拓海くん」
奈緒は不意に立ち上がり、公園の隅に生い茂る、闇の深い茂みを見つめた。
「あの頃みたいに『かくれんぼ』をしよう?」
「えっ? いきなり、なんで……」
「いいから。はい、目をつぶって。十秒数えたら、私を探しに来て。……いい? 絶対に見つけてね。スタート!」
「おい、奈緒! ……1、2、3……」
強引に始まったゲームに戸惑いながらも、拓海は数を刻んだ。
「……10!」
目を開けると、そこにはもう奈緒の姿はなかった。
風に揺れるブランコの鎖の音だけが、やけに大きく響く。
「あいつ、どこへ……」
探し始めてすぐ、確信に近い予感があった。
公園の隅、深く入り組んだ木々の茂み。その奥には、枝葉が重なり合ってドーム状の空間ができている場所がある。
幼い頃の俺と奈緒の、二人だけの「秘密基地」。
「……やっぱり、ここにいたか」
茂みをかき分けると、狭い闇の中で膝を抱えていた奈緒が、濡れた瞳で俺を見上げた。
「ふふ……見つかっちゃった。拓海くん、やっぱり覚えててくれたんだね」
「忘れるわけないだろ。……それで、なんで急にかくれんぼなんて」
「たぶん……拓海くんに見つけてほしかったんだと思う。私が、誰かの奥さんになっちゃう前に。私ね、拓海くんのことが、ずっと好きだったみたい。結婚が決まってから、初めて気づいたの……。遅いよね、本当に」
奈緒の声が、嗚咽に震え始める。
「もっと早く、高校を卒業する時に……ううん。小学校の時、ここで泥だらけになって遊んでた時に気づいていれば良かった。そうしたら……」
奈緒は堪えきれなくなったように俺の首に腕を回し、縋り付いてきた。唇に触れたのは、微かに震える熱と、涙の塩分。
「奈緒……っ」
「今だけ。この一瞬だけでいいから……私を拓海くんのものにして。……お願い」
湿った土と、青臭い草の匂い。
奈緒の肌は、透き通るような潔癖さに満ちていた。
「……ずっと、こうしてほしかった……」
掠れた声で愛を告げながら、奈緒は自ら重い殻を脱ぎ捨てるように服を脱ぎ、俺を受け入れた。
それは、たった一度のささやかな、そしてあまりに切ない反逆の形だった。
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