悪役令嬢? いえ私は、騎士になります。

桜咲 京華

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異世界転生ー私は騎士になりますー

10 今日から15歳

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 私は先日お父様から贈られた雄馬、ヘリオスの背中に乗って半泣きになっていた。

「ヘリオス! もうちょっとゆっくり歩いて~!」

 私は乗馬訓練を開始した。
 でも怖い。すごく怖い。
 馬の背中というのは高いし、それにちょっと動いただけで凄く揺れる。

「おいおい無茶言ってやるなよ。良い子だぜヘリオスは、クロウツィアが落ちないようにちゃんと配慮してくれてる」
「分かってます! 分かってるんですけどぉ」

 ヘリオスに繋がれた手綱を引きちぎらんばかりに握りしめている私の横で、シェイルが黒い馬に乗りながらサポートしてくれている。

「来月の学園入学までに乗馬をマスターするんだろ。怖がってないでヘリオスを信じてやればすぐに乗れるようになる」
「うぅ――……」

 私達はあの後和解した。
 晩餐の日は、自分の立ち振る舞いに問題があるのは分かっていたが、私のお父様に指摘されて養子入りを取り消されたら困るからとなるべく黙っていた。
 そして模擬戦の件は、嫡子である私に舐められて追い出されては困るからと優位に立とうとしたというのだ。
 あまりに短絡思考過ぎる。
 侍女の調査によると学園での成績は悪くは無いらしいけれど、良くもないらしいからこれからビシバシ鍛えないと次期侯爵としては不安すぎる。

 シェイルは礼儀作法を学び直し、振る舞いを見直すことで合意した。これは戦う際の約束の通り。それにプラスして私はとある要求をした。
 それが、乗馬指導だったわけだ。
 でも、その成果はあまり出ていない。シェイルの指導方法が感覚的過ぎるのも大きな要因だと思う。
 
「お嬢様。お時間ですのでご用意を」
「もうそんな時間!? 急がないと。お兄様、また教えて下さいね!」
「あ、おい!」

 侍従に手を貸してもらって馬から降りて、ヘリオスをその侍従に任せてシェイルを尻目に屋敷へと戻った。
 何やら後ろで騒いでいるシェイルは無視。






 紫色の生地に淡いピンクのレースで装飾した華やかな中にも可愛らしさのあるドレスに身を包み、私とカーラは馬車に揺られている。
 今日はウィルとの晩餐の約束の日だったのだ。
 そしてクローツィアの15歳の誕生日でもある。
 因みにシェイルと使用人達は昼食の時にお祝いをしてくれた。
 その際、シェイルからは兵法書を贈られた。
 ツッコミ待ちなのかなと思ったけど、あまりにも得意げなのでマジなのだと判断してお礼を言っておいた。
 やっぱりマジだった。
 良かった反応間違えないで。
 ちなみに両親からはお祝いの手紙と乗馬服を送られた。やっぱり黒に紫。どんだけそのカラーリングにこだわってるの!? とか、社交界に出る最初の誕生日くらい会いに来てくれても良いのに。とか色々思ったけれど飲み込んだ。
 お母様は身体が弱くて空気の綺麗な領地からあまり移動出来ないのは知っているし、お父様はあの性格だし、忙しい人だしね。何かしらあったのだろう。

 私は大丈夫だけど、クロウツィアは寂しかっただろうな……。

 何だか気が滅入りそうになったので、思考を切り替えようと、今着ているドレスを見下ろした。

「このドレス。凄いね、あの暗ーい色のドレスがこんな短期間で可愛くなっちゃって」

 実はこのドレス。元々紫に黒の装飾が施されたものだったのを、カーラが針子さんを呼んでリメイクして貰ってくれたものだ。
 あんまりにもクローゼットが暗い色ばっかりなので、もうちょっと明るい色のが良いなとぼそっと呟いたら翌日に針子さんが何十人も押し寄せてきて、今日から着るのに間に合うようにと全てのドレスをリメイクして帰っていった。

「本当に新しいドレスは仕立てなくて良かったのですか?」
「だって15歳といえば成長期だよ? きーっともっと背が高くなったりゴツくなったりおっぱいがでかくなったりすると思うんだよね。そしたら勿体ないじゃん」
「……流石にはしたないですよお嬢様。それに筋肉の管理はこちらで万全に行ってますので、女性としてありえない体型にはさせません」
「ごめんなさい」

 カーラは、ある程度砕けた話し方は許してくれても、私が淑女らしからぬ言葉を発するとすかさず訂正を入れてくる。
 本当は言葉遣いも直させたいらしいが、公式の場ではちゃんとすることで妥協してくれている。

「げぇむではどうだったのですか?」
「何が?」
「体型ですよ。来月から通う学園での生活が描かれていたのでしょう?」

 問われて記憶を掘り起こしてみたものの、クロウツィアの身長や体型について詳しく分かるものは無かった。
 彼女は常に一人で立って居たし、猫背で髪の隙間から見上げるようなタイプだったからだ。
 少なくともムキムキとは程遠い姿だったし、同じ女としても魅力的な姿ではなかった。男から見ればもっとだろう。あれではウィンスターが可哀想だと積極的に攻略した記憶がある。
 と思い出せる限りのクロウツィアの容貌を伝えると、カーラはやはりという顔をした。

「以前のお嬢様は貴族意識と自意識に塗れた卑屈なクソガ……お子様のまま大きくなられたようなお方でしたからね。我々侍女が髪を切ることすら嫌がるので大変でした」
「カーラって結構言うよね」

 今の私はゲーム画面とは全く違う容貌をしている自信はある。

 まず眼にかかる程長めだった髪は眉が出るくらいに短くしてもらった。
 それに、背筋を伸ばすようにしているので、以前より目線が高くなったし、侍女達のマッサージと日々の筋トレの成果により、よりスタイリッシュな体型になった。
 ちまちま抜けがちな礼儀作法さえ気をつければ、充分貴族令嬢としては及第点は貰えるだろう。
 いずれ婚約破棄されるにしても、嫌われて蔑まれた末にという結末は避けたいので結構気を配っているつもりだ。
 
「カーラは、美人だしスタイルも良いし、引く手あまただろうね」
「いえ、私は平民の上、元孤児ですので結婚は難しいと思いますよ。我が家の使用人たちの中には結婚している者もいますが。少なくとも私は興味ありませんしね」
「そうなの!?」

 礼儀作法のしっかりした侍女というイメージのカーラだけど、元はお父様に拾われた戦災孤児らしい。というか、うちの使用人はほとんどがそうで、その為お父様への恩義から、忠義が厚い者が多いそうだ。
 通りで若い人が多いと思っていた。
 ちなみに礼儀作法は元伯爵令嬢のお母様仕込みらしい。
 領地の邸宅には当時赤ん坊だったりした私と同年代の子もいるんだって。
 手足を失ったりして生活に支障がある人も、マノン栽培等の産業で働いて生活しているとのことだ。
 あまり感情的になることがないカーラだけど、お父様の話をする時は饒舌で、尊敬しているのが凄く伝わってくる。
 クロウツィア目線ではないお父様の話は面白い。

 ちなみに、私はクロウツィアの記憶はあるけど中身はほぼ別人といっていいが、そこは気にならないのかと聞いてみたが、お父様の娘だから仕えていたのでそこはどうでもいい。という何とも複雑な気分にさせてくれる答えを貰った。

「それにしてもあったかいね、前世だとこの位の気候だと桜が咲いていたけどこの世界には無いのかな」

 この世界というか、王都には日本ほどはっきりとした四季が無く、この辺りはずっと温暖な気候で、少し肌寒くなったりする事はあっても凍えるほど寒くはならないし、暑くもならないらしい。年中ドレスの貴族にはありがたい気候だ。
 だがそれは、この王都という限られた地域だけの話で、ここから一歩出ると作物の育ちにくい寒い地域や、疫病の発生しやすい暑い地域もあるらしい。ちなみにヴィンターベルトは若干四季があるが、比較的温暖な地域なので人気が高く、過去に奪い合いになっていた。
 それを平定したのがお父様で、その為領地として与えられたのだ。

「さくら? 花でしょうか」
「そうだよ。ハートみたいな形の花びらが五枚くらいついてるやつで、木に一杯咲くんだけど、時期が過ぎると、一枚一枚花びらが散っていくんだ。群生しているところだと、それが吹雪みたいで凄ーく綺麗なの」
「ハート?」
「そこから!?」

 中々伝わらないのに焦れて身振り手振りで、説明しようとしていると、手首にぶら下がっているマナスールが視界を掠め、ぎょっとした。
さっきまでシンプルな腕輪の形をしていたのが、一部が形を変えて、腕から桜の枝が生えたみたいになっていたのだ。 
 色は黒のままで、枝の根本あたりに紫色の宝石が陽光を反射して光っている。凄く異様だ。

「カッカーラ! これが桜だよ! 本来は色は白っぽいピンク色の花なんだけど」
「……」
「カーラ?」

 返答が無いことに訝しんで、黒い桜に釘付けだった視線をそろりと正面に座るカーラに遣ると、カーラはいつに無く見開いたまん丸な眼でこちらを凝視していた。

「カーラ、大丈夫?」
「っ失礼しました。マナスールというものは1つの形しか取れぬものと思っておりましたので少々驚いてしまって」
「そうなの?」

 カーラによると、マナスールというのは数が少ない上に持ち主になれる人間が限られている上に国宝に類するものの為、その性質などはあまり知られていないらしい。

 マナスールの性質云々には特に興味は無かったので、国宝なのに領地平定の英雄とはいえ新興貴族にホイホイ渡すなんて太っ腹な王様だなぁという感想しか出なかった。

 手首を見ると、マナスールは元の腕輪に戻っていた。
 気が散った為だろう。
 私は目を閉じてマナスールに意識を集中させてみた。
 脳裏に形作りたいものをイメージしていると、マナスールがぶよぶよと形を変えていくのが手の感触で分かる。
 ふわふわと毛の感触が感じられるようになった頃に目を開けると、私の膝に黒い猫が座っていた。
 重みも感触も完璧だ。といっても眼も鼻も口も凹凸があるだけののっぺらぼうで、額に宝石がはまっている。
 カーラが驚いて「っな!?」と猫のような声を上げた。

 抱きこむように添えていた手を放すと、即座に腕輪に戻ってしまう。
 やはり、身体と繋がっていないと形を維持できないらしい。

 今度は鳥……と思ったけど、造形が上手くいかなくてぶよぶよとしたひよこのようになってしまった。
 イメージが具体的でないと難しい。今度本物の鳥を観察しながら試してみよう。

 再度猫を形作って、しっぽを身体に繋がるようにして動かしてみると、今度は移動できるようになった。馬車の中くらいなら移動できるようだ。

「でも面白いなこれ。もっと練習すれば遠距離攻撃なんかもできるかもよ」
「お嬢様。マナスールはおもちゃではありませんよ」
 
 何故かカーラの頬が引きつっている。何かおかしな事をしているだろうか?
 性質が知られていないんだから調べているんだし、研究といってほしいね。

「せっかくなんだから自在に使いこなしたいじゃん」
「自在にも程がありますよ」

 ペチャクチャと話していると、馬車の揺れが徐々に緩くなり馬車が止まった。

「到着したようですのでマナスールは戻してください」
「はーい」

 マナスールは国宝に類する秘宝なので、無闇に他人に見せてはいけないらしい。
 特に理由は聞いていないけれど、その方が秘密兵器っぽくてかっこいいので特に逆らう気は無い。





 この日、私は割と浮かれていた。
 シェイルも使用人たちも私の誕生日を全力で祝ってくれたし、この日を選んで晩餐に招待してくれたウィルは花束を持って出迎えてくれたし、招待された邸宅の主人カルスヴァール子爵夫妻はとてもほがらかで良い人たちだった。

 そして、私は、どん底に突き落とすような言葉を聞くことになる。


「クロウツィア。もう僕に関わらないで貰えないかな。婚約も、無かったことにしてほしい」



 これは、二人きりで庭園で話したいと連れ出してくれたウィルに突然切り出された言葉だ。



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