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異世界転生ー私は騎士になりますー
11 婚約破棄騒動!?
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「クロウツィア。もう僕に関わらないで貰えないかな。婚約も、無かったことにしてほしい」
人気の無い庭園で一歩離れた位置で立つ男から告げられた言葉に私は固まった。
「そんな、いきなり、酷いですわ」
蔑みの色が強い金色の眼から逃れるように俯いてひらひらとした袖を顔の前に翳し、泣いているように見せかけてみたが、すぐに衝動が抑えきれなくなって笑っているのがバレてしまった。
「なっ何がおかしい!」
焦ったように、馬鹿にされたと思ったのか頬を紅潮させて怒っている彼に、私は笑いをなんとか押さえつけて姿勢を正して正面を向いた。
それでも口角が上がってしまうのは抑えようも無い。きっとゲームのクロウツィアに勝るとも劣らない悪人ヅラになっていることだろう。
「何がって、貴方、どちら様でしょうか?」
遡ること数十分前。
赤レンガ造りの可愛らしい邸宅の前で馬車を停められた私を、青い髪と金色の瞳の男性が、可愛らしい花束を手渡しながら出迎えてくれた。
「やぁ、久しぶりだねクロウツィア嬢。誕生日おめでとう」
「ありがとうございますウィル」
その特徴はどう見てもウィルことウィンスター王子に違いないのに、どうしても違和感を感じて、差し出された手を取りあぐねたものの、躊躇っていては話が進まないのでその手を取り、そのまま馬車を降りた。
貰った花束でさりげなく口元を隠しながら何が気になるんだろうとウィルを観察していると、視線を逸らすように後ろを振り返りながら差し示された手を辿るように見ると、穏やかな笑みを浮かべている老夫婦が立って居た。
「紹介するよ。母の遠縁の方で、カルスヴァール子爵と、その奥方のメディア夫人だ」
「本日はお招きいただき有難うございます。クロウツィア・ヴィラントと申します。以後お見知りおき下さいませ」
挨拶をすると、カルスヴァール子爵が笑顔で応じてくれた。
若い頃はさぞモテたのだろうなと感じさせるナイスミドルな子爵と、凄く美人という感じではないけれど、全身から優しさがにじみ出るようなほんわかしたメディア夫人。どちらも好印象だ。
凄くほっとする。
「かの有名なヴィラント侯爵の掌中の珠ですな。お会い出来るのを楽しみにしておりました」
「私もですわ。日が暮れると肌寒くなりますので、晩餐の前に明るいうちに庭園をご案内させて下さいな」
「メディア、無粋なことはいけないよ。ねぇ、ウィンスター様」
子爵の目配せにウィンスター様が応じて、一歩踏み出した。
「クロウツィア嬢。ここの庭園はこの時期が一番良いんだ。僕に案内させていただけますか?」
「……えぇ。お願い致しますわ」
こうして、ウィルと私は庭園に案内してもらうことになり、見事な花々の咲き乱れる庭園の奥へと進み、一番の見物スポットとして用意されているであろうガゼボの近くまで案内された。それまで無言だったのに突如告げられたのが件の一言だ。
前提も何もありゃしない。
「誰って、ウィンスター・レオルドに決まっているだろう!? 失礼な!」
「失礼なのはどちらですか。ウィルを演じるならもうちょっとクオリティを上げてから出直して下さいませ」
「クオ? 何?」
笑いを抑えて真面目に言うと、気圧されたように一歩下がった男に距離を詰めて身体に触れた。
「さ、触るなっ」
「あら、本当に触られたくないのならウィルなら避けられる筈ですよ」
そういってそっと腕を握る、思った通りだ。足りないのだ。色々と。
「はっ離せ」
「あら、振り払えないのですか? 随分とか弱いこと」
相手の正体がはっきりしていないので危害を加えるわけにはいかないが、下手に出るつもりもないので、動けないように握る。これは初歩の初歩の古武術に類するもので、この位置を触れられていると身体が思うように動かないのだ。
「何だ、これ動けない!」
「いくら言葉遣いを真似ても、姿形を真似ても、身体は正直なんですよ」
ちょっと最後の一言は変な誤解を生みそうだけど、嘘は言っていない。
ウィルの偽物さんはもう涙目になっているけれど、性質の悪い悪戯を受けたのだから容赦はしない。
ウィルと同じ色の髪、同じ色の瞳、それなのに身体は酷く華奢で頼りない。
拘束を解こうともがいている彼の髪をそっと引くと、露わになったのは瞳の色と対となる金の髪がさらりとこぼれ出た。毛先の部分は服の中に隠しているがかなり長いのだろう。
「やっぱり女性でしたか」
「何で分かったの!?」
声色をやめて甲高い声を上げて涙を散らすように私の方を睨みつける少女は、状況が許すなら悶えてしまう程の美少女だ。相手は正体不明とはいえ、とある可能性が頭をかすめた為にこれ以上はやめておこうとぱっと手を放して距離をとって立つ。
彼女は姿勢を整えるともっと離れた、その姿は虐められた小動物のようだ。ちょっと可哀想なことをしてしまった気になる。このまま放置する訳にもいかないので理由を話してあげることにした。
「まずは手ですね」
「手?」
少女がパチリと瞬きをした。その拍子に目元にたまっていた涙がはらりと流れて、それがとてもきれいに見えたが、呆けたような間抜けっぽい表情が台無しにしている。
「剣ダコですよ。ウィルは幼いころから何千回、何万回と剣を振るってきているのです。そんな彼の手がそんなつるつるのすべすべな訳が無いでしょう?」
「そ、そうね」
「それに身体も! いくら華奢に見えても彼は日々国の為、民の為、鍛えているのです。ウィルと同じ服は用意できても筋肉は一朝一夕では身に付きません!」
「そ、そうね」
眼の前の謎の少女は、距離を保ったまま同じ返事を繰り返している。何故だろう引かれているようだ。訳を知りたいというから話してあげたのに。
「な、なによあんたなんか……」
少女が激高したように何かを言おうとした時、背後の茂みが動いたので思わず振り返ってマナスールを竹刀に変えて警戒した。
「そこまでだレイチェル!」
「ウィル!?」
茂みから現れたのは本物のウィルだった。
体中に葉っぱを付けた姿は全く王子に見えないが、確かにウィルだ。私はあわてて竹刀をしまったがウィルの視線は腕輪に戻ったマナスールにくぎ付けだった。そして何かを言おうとした彼を甲高い声が遮った。勿論ウィルに対して私を挟んで対角線上に立って居る謎の少女だ。といっても、先程ウィルによって正体は明かされたが。
「お兄様!! 何でもう来ているの?」
「やはりお前かレイチェル、突然騎士団から呼び出された上に、のらりくらりと用件を言おうとしないので予定があるからと切り上げようとすれば引き止められ。嫌な予感がしたので振り切って来てみれば……またこんなことを」
なるほど、彼女はこういうことを常習犯でやっていたらしい。
普通ならば王子だしもっと幼い頃に婚約者が決まっていてもおかしくないのにこの成人直前になって漸く決まったのは、そういうことなのだろう。
「お兄様が悪いのです! よりによってこんな女と婚約するなんて! いくら剣聖の娘だからって、我儘放題で根暗でお友達が一人も居ないような野蛮人」
「レイチェル」
蚊帳の外で話を聞きながら、あー過去のクロウツィアを知っているのかー、確かにそんな女が大好きなのだろうお兄様の婚約者なんて嫌だよねーとか思いながら様子を見ていると、ウィルがそっと遮った。
怒鳴るわけでもない、怒っているようには思えない、でも、水面に波紋を広げるような厳かな声がレイチェルの言葉をそっと遮った。
同じ顔をしていて、背格好も同じ位。男女の違いはあれど、然程差異はない。ウィルがまだ男性としては未発達な為だろうが、見つめ合った姿は鏡合わせのようにも思える。引っ張り落としてしまった鬘が惜しい。あのままにしておけば良かった。
なんて思っていると、一人が動いた。レイチェルだ。
「お兄様の馬鹿ぁ!!」
「え」
突然レイチェルが叫びだして走り去って行ってしまった。
本当に突然だった。特に会話をしている様子はなかったのに、彼等はテレパシーでも会得しているのだろうか。
ウィルの方を伺うと、呆れたように溜息をついていた。
「よろしいのですか?」
「大丈夫だ。子爵には話してあるし、護衛達には捕獲して連れ帰るように言っておいたから」
「捕獲って」
ウィルの妹なのだから王女様の筈なのに、扱いが珍獣のようだ。良くて動物。
「それより、紹介も出来ずすまなかったな。彼女はレイチェル・レオルド。僕の双子の妹だ」
「いえ、気にしておりませんよ」
むしろ妹さんをちょっと虐めてしまったようでこっちが罪悪感を感じている。かなり素直そうな子だった。今頃泣いているかもしれない。今度会えたら謝った方が良いのかな。それにしても、双子か……普通に考えれば同じ学園の同級生になる筈だけど全く記憶にない。
「ありがとう。マナスールの主に選ばれたんだな。見せて貰っても良いか?」
「あ、えぇ。どうぞ」
そう言って竹刀を見せる。やはり何も考えずにすっと出せるのは竹刀だけだ。ウィルは感心したように矯めつ眇めつしている。
「貴族の中でもマナスールに選ばれる者は少ない。主になった際には報告を上げ、王城で登録をする義務があるのは知っているか?」
「そうなんですか!?」
初耳だ、お父様は何も言っていなかったのに。
これって申告義務違反ということになるのだろうか。と青くなっていると、宥めるように背を撫でられた。
「ちなみに、これはいつから貴方のところに?」
先日の晩餐の経緯を告げるとと、ウィルは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「侯爵が単に忘れていたのかもしれないな。何せ彼の手元にこれが渡ったのは叙爵されてすぐのことだという。それが今まで持ち主が表れなかったということなのだし」
いやいやそんなド天然ぽいことありうるの!? 確かに何を考えているか分からないところあるけれど、ある程度は考えていると思ってたんだけど、いや、でも脳筋貴族だし。
「とにかく、父上には僕から話しておくから、来週のデビュタントの後にでも登城して欲しい」
「かしこまりました」
素直に応じた後、私はそっと眼の前に立つウィルの様子を覗ってみた。
やはりウィルは美少女に見えても女とは違う、薄いながらもきちんと筋肉がついているし、手は剣ダコでデコボコしている。これが萌えるのだ。
すると、私の視線を感じたのか、ウィルが微笑んで応じてくれた。
「僕がマナスールを持っているかどうかは言ってはいけないんだ、悪いな」
「あ、いえいえ。大丈夫ですよ」
単なる観察を深読みされてしまったらしい、ウィルもマナスールを持っているようだ。わざわざ察せられるように言ってくれたのはわざとだろう。その位は信用してくれているらしい。
ふと、視界の上から手が翳されて思わず仰け反った。何かを考えて行動した訳では無かったのか、ウィルは引っ込めた自分の手をもう片方の手で押さえるようにしている。
「すまない。前髪を切ったのだな。顔が良く見えてとても似合っている」
「あ、ありがとうございます」
条件反射で避けてしまっただけで、別に拒絶するような意図は無かったのに、少し寂しそうな顔をされてしまった。でも触っていいですよというのもおかしいので、お礼だけ言うに留めた。
「そろそろ晩餐に向かおう」
「そうですね」
気づけば陽はすでに見えなくなって、空の色が濃紺に染まり始めているし、風も冷たくなってきた。ウィルに差し出された手に応じれば、やはりその手は剣ダコでザラザラしていた。
人気の無い庭園で一歩離れた位置で立つ男から告げられた言葉に私は固まった。
「そんな、いきなり、酷いですわ」
蔑みの色が強い金色の眼から逃れるように俯いてひらひらとした袖を顔の前に翳し、泣いているように見せかけてみたが、すぐに衝動が抑えきれなくなって笑っているのがバレてしまった。
「なっ何がおかしい!」
焦ったように、馬鹿にされたと思ったのか頬を紅潮させて怒っている彼に、私は笑いをなんとか押さえつけて姿勢を正して正面を向いた。
それでも口角が上がってしまうのは抑えようも無い。きっとゲームのクロウツィアに勝るとも劣らない悪人ヅラになっていることだろう。
「何がって、貴方、どちら様でしょうか?」
遡ること数十分前。
赤レンガ造りの可愛らしい邸宅の前で馬車を停められた私を、青い髪と金色の瞳の男性が、可愛らしい花束を手渡しながら出迎えてくれた。
「やぁ、久しぶりだねクロウツィア嬢。誕生日おめでとう」
「ありがとうございますウィル」
その特徴はどう見てもウィルことウィンスター王子に違いないのに、どうしても違和感を感じて、差し出された手を取りあぐねたものの、躊躇っていては話が進まないのでその手を取り、そのまま馬車を降りた。
貰った花束でさりげなく口元を隠しながら何が気になるんだろうとウィルを観察していると、視線を逸らすように後ろを振り返りながら差し示された手を辿るように見ると、穏やかな笑みを浮かべている老夫婦が立って居た。
「紹介するよ。母の遠縁の方で、カルスヴァール子爵と、その奥方のメディア夫人だ」
「本日はお招きいただき有難うございます。クロウツィア・ヴィラントと申します。以後お見知りおき下さいませ」
挨拶をすると、カルスヴァール子爵が笑顔で応じてくれた。
若い頃はさぞモテたのだろうなと感じさせるナイスミドルな子爵と、凄く美人という感じではないけれど、全身から優しさがにじみ出るようなほんわかしたメディア夫人。どちらも好印象だ。
凄くほっとする。
「かの有名なヴィラント侯爵の掌中の珠ですな。お会い出来るのを楽しみにしておりました」
「私もですわ。日が暮れると肌寒くなりますので、晩餐の前に明るいうちに庭園をご案内させて下さいな」
「メディア、無粋なことはいけないよ。ねぇ、ウィンスター様」
子爵の目配せにウィンスター様が応じて、一歩踏み出した。
「クロウツィア嬢。ここの庭園はこの時期が一番良いんだ。僕に案内させていただけますか?」
「……えぇ。お願い致しますわ」
こうして、ウィルと私は庭園に案内してもらうことになり、見事な花々の咲き乱れる庭園の奥へと進み、一番の見物スポットとして用意されているであろうガゼボの近くまで案内された。それまで無言だったのに突如告げられたのが件の一言だ。
前提も何もありゃしない。
「誰って、ウィンスター・レオルドに決まっているだろう!? 失礼な!」
「失礼なのはどちらですか。ウィルを演じるならもうちょっとクオリティを上げてから出直して下さいませ」
「クオ? 何?」
笑いを抑えて真面目に言うと、気圧されたように一歩下がった男に距離を詰めて身体に触れた。
「さ、触るなっ」
「あら、本当に触られたくないのならウィルなら避けられる筈ですよ」
そういってそっと腕を握る、思った通りだ。足りないのだ。色々と。
「はっ離せ」
「あら、振り払えないのですか? 随分とか弱いこと」
相手の正体がはっきりしていないので危害を加えるわけにはいかないが、下手に出るつもりもないので、動けないように握る。これは初歩の初歩の古武術に類するもので、この位置を触れられていると身体が思うように動かないのだ。
「何だ、これ動けない!」
「いくら言葉遣いを真似ても、姿形を真似ても、身体は正直なんですよ」
ちょっと最後の一言は変な誤解を生みそうだけど、嘘は言っていない。
ウィルの偽物さんはもう涙目になっているけれど、性質の悪い悪戯を受けたのだから容赦はしない。
ウィルと同じ色の髪、同じ色の瞳、それなのに身体は酷く華奢で頼りない。
拘束を解こうともがいている彼の髪をそっと引くと、露わになったのは瞳の色と対となる金の髪がさらりとこぼれ出た。毛先の部分は服の中に隠しているがかなり長いのだろう。
「やっぱり女性でしたか」
「何で分かったの!?」
声色をやめて甲高い声を上げて涙を散らすように私の方を睨みつける少女は、状況が許すなら悶えてしまう程の美少女だ。相手は正体不明とはいえ、とある可能性が頭をかすめた為にこれ以上はやめておこうとぱっと手を放して距離をとって立つ。
彼女は姿勢を整えるともっと離れた、その姿は虐められた小動物のようだ。ちょっと可哀想なことをしてしまった気になる。このまま放置する訳にもいかないので理由を話してあげることにした。
「まずは手ですね」
「手?」
少女がパチリと瞬きをした。その拍子に目元にたまっていた涙がはらりと流れて、それがとてもきれいに見えたが、呆けたような間抜けっぽい表情が台無しにしている。
「剣ダコですよ。ウィルは幼いころから何千回、何万回と剣を振るってきているのです。そんな彼の手がそんなつるつるのすべすべな訳が無いでしょう?」
「そ、そうね」
「それに身体も! いくら華奢に見えても彼は日々国の為、民の為、鍛えているのです。ウィルと同じ服は用意できても筋肉は一朝一夕では身に付きません!」
「そ、そうね」
眼の前の謎の少女は、距離を保ったまま同じ返事を繰り返している。何故だろう引かれているようだ。訳を知りたいというから話してあげたのに。
「な、なによあんたなんか……」
少女が激高したように何かを言おうとした時、背後の茂みが動いたので思わず振り返ってマナスールを竹刀に変えて警戒した。
「そこまでだレイチェル!」
「ウィル!?」
茂みから現れたのは本物のウィルだった。
体中に葉っぱを付けた姿は全く王子に見えないが、確かにウィルだ。私はあわてて竹刀をしまったがウィルの視線は腕輪に戻ったマナスールにくぎ付けだった。そして何かを言おうとした彼を甲高い声が遮った。勿論ウィルに対して私を挟んで対角線上に立って居る謎の少女だ。といっても、先程ウィルによって正体は明かされたが。
「お兄様!! 何でもう来ているの?」
「やはりお前かレイチェル、突然騎士団から呼び出された上に、のらりくらりと用件を言おうとしないので予定があるからと切り上げようとすれば引き止められ。嫌な予感がしたので振り切って来てみれば……またこんなことを」
なるほど、彼女はこういうことを常習犯でやっていたらしい。
普通ならば王子だしもっと幼い頃に婚約者が決まっていてもおかしくないのにこの成人直前になって漸く決まったのは、そういうことなのだろう。
「お兄様が悪いのです! よりによってこんな女と婚約するなんて! いくら剣聖の娘だからって、我儘放題で根暗でお友達が一人も居ないような野蛮人」
「レイチェル」
蚊帳の外で話を聞きながら、あー過去のクロウツィアを知っているのかー、確かにそんな女が大好きなのだろうお兄様の婚約者なんて嫌だよねーとか思いながら様子を見ていると、ウィルがそっと遮った。
怒鳴るわけでもない、怒っているようには思えない、でも、水面に波紋を広げるような厳かな声がレイチェルの言葉をそっと遮った。
同じ顔をしていて、背格好も同じ位。男女の違いはあれど、然程差異はない。ウィルがまだ男性としては未発達な為だろうが、見つめ合った姿は鏡合わせのようにも思える。引っ張り落としてしまった鬘が惜しい。あのままにしておけば良かった。
なんて思っていると、一人が動いた。レイチェルだ。
「お兄様の馬鹿ぁ!!」
「え」
突然レイチェルが叫びだして走り去って行ってしまった。
本当に突然だった。特に会話をしている様子はなかったのに、彼等はテレパシーでも会得しているのだろうか。
ウィルの方を伺うと、呆れたように溜息をついていた。
「よろしいのですか?」
「大丈夫だ。子爵には話してあるし、護衛達には捕獲して連れ帰るように言っておいたから」
「捕獲って」
ウィルの妹なのだから王女様の筈なのに、扱いが珍獣のようだ。良くて動物。
「それより、紹介も出来ずすまなかったな。彼女はレイチェル・レオルド。僕の双子の妹だ」
「いえ、気にしておりませんよ」
むしろ妹さんをちょっと虐めてしまったようでこっちが罪悪感を感じている。かなり素直そうな子だった。今頃泣いているかもしれない。今度会えたら謝った方が良いのかな。それにしても、双子か……普通に考えれば同じ学園の同級生になる筈だけど全く記憶にない。
「ありがとう。マナスールの主に選ばれたんだな。見せて貰っても良いか?」
「あ、えぇ。どうぞ」
そう言って竹刀を見せる。やはり何も考えずにすっと出せるのは竹刀だけだ。ウィルは感心したように矯めつ眇めつしている。
「貴族の中でもマナスールに選ばれる者は少ない。主になった際には報告を上げ、王城で登録をする義務があるのは知っているか?」
「そうなんですか!?」
初耳だ、お父様は何も言っていなかったのに。
これって申告義務違反ということになるのだろうか。と青くなっていると、宥めるように背を撫でられた。
「ちなみに、これはいつから貴方のところに?」
先日の晩餐の経緯を告げるとと、ウィルは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「侯爵が単に忘れていたのかもしれないな。何せ彼の手元にこれが渡ったのは叙爵されてすぐのことだという。それが今まで持ち主が表れなかったということなのだし」
いやいやそんなド天然ぽいことありうるの!? 確かに何を考えているか分からないところあるけれど、ある程度は考えていると思ってたんだけど、いや、でも脳筋貴族だし。
「とにかく、父上には僕から話しておくから、来週のデビュタントの後にでも登城して欲しい」
「かしこまりました」
素直に応じた後、私はそっと眼の前に立つウィルの様子を覗ってみた。
やはりウィルは美少女に見えても女とは違う、薄いながらもきちんと筋肉がついているし、手は剣ダコでデコボコしている。これが萌えるのだ。
すると、私の視線を感じたのか、ウィルが微笑んで応じてくれた。
「僕がマナスールを持っているかどうかは言ってはいけないんだ、悪いな」
「あ、いえいえ。大丈夫ですよ」
単なる観察を深読みされてしまったらしい、ウィルもマナスールを持っているようだ。わざわざ察せられるように言ってくれたのはわざとだろう。その位は信用してくれているらしい。
ふと、視界の上から手が翳されて思わず仰け反った。何かを考えて行動した訳では無かったのか、ウィルは引っ込めた自分の手をもう片方の手で押さえるようにしている。
「すまない。前髪を切ったのだな。顔が良く見えてとても似合っている」
「あ、ありがとうございます」
条件反射で避けてしまっただけで、別に拒絶するような意図は無かったのに、少し寂しそうな顔をされてしまった。でも触っていいですよというのもおかしいので、お礼だけ言うに留めた。
「そろそろ晩餐に向かおう」
「そうですね」
気づけば陽はすでに見えなくなって、空の色が濃紺に染まり始めているし、風も冷たくなってきた。ウィルに差し出された手に応じれば、やはりその手は剣ダコでザラザラしていた。
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