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1章 異世界転生してすぐ爆走!?
1 異世界転生して猛烈ダッシュ!?
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『神楽美琴の転生を確認。同時に盗賊の称号を獲得』
「は? え、誰の声!?」
いきなり聞こえた声に私は飛び起きた。
キョロキョロと周囲を見回すが、人影は全く無かった。むしろ、人影があってほしかった。ここは鬱蒼と木々が生い茂る大森林の中であり、私は手荷物も何も無い身一つで横たわっていたのだ。
服装は先ほどまでと変わらず明るい緑色のジャージだが、背負っていた学校のリュックは無くなっている。
「ここ、どこ?」
これまでの事を思い返す。
神楽美琴、14歳。一応女。でも、普段着はジーンズにTシャツが基本で、学校の時もスパッツを履いている。スカートは走りにくいから嫌い。
集団生活が苦手なので部活には所属していないが、授業のマラソンや100メートル走では常にトップ。運動会でも隣のクラスの陸上部員にすら一位を譲らなかった。
それが、陸上部員の一部の人間に疎まれることになったらしい。ある日走っているところを突き飛ばされ、左足に大怪我を負い、その後遺症で走れなくなった。
絶対わざとだと訴えたが、結局競技中の事故として処理されてしまった。周囲にいたのが陸上部員だけだったので目撃者が出なかったのだ。
私は突き飛ばしたやつを殴って停学になった。
無事だった右脚のバネを利用した全力の右ストレートは、相手の女性徒の鼻の骨を折ったらしいが知った事か。
親が謝罪に行ったけれど、同行は断固拒否した。
「で、その帰りに陸上部員の奴らに囲まれそうになって、逃げようとした所に車が来たような……あれ?」
とりあえず立ち上がろうとして違和感を感じた。
咄嗟だったので意識も無く左足をついてしまったのだが、それまで感じていた引き攣れたような痛みを感じなかったのだ。
左足を振り回したり地面を蹴ってみたり、周囲をぐるっと走ってみたりしても何ともない。
「……治ってる。治ってる!!」
嬉しくて涙がでた。もう二度と以前のようには走れないと言われていたのに、何故かは全く分からないが走れるようになったのだ。嬉しくない筈が無い。
「ひゃっほぉー!!」
「ぐぅおおおおおおお!!!」
「ひぇ!?」
一人で大騒ぎしていると、突然異様な唸り声が割り込んできた。
慌ててそちらを見ると、ワゴン車位の大きさの生き物がこちらを睨みつけていた。
「な、なにあれ」
形はイノシシに似ているけれど、顔が異様。目は赤くて拳程もあり、耳も大きく、口は耳まで裂けていて、凶悪なギザギザとした歯をむき出しにしている。涎まみれで一本一本が私の腕くらいありそうで鋭い歯だ、もしも嚙まれたら一瞬で胴体泣き別れになりそうだ。
私は何も考えずに背を向けて走り出した。
背を向けているので見えないけれど、ドスンドスンと物凄い足音が背後に迫ってくるのを感じる。
怖すぎて声も出ないとはこの事だ、今までに無い位全力で走っているが、全く逃げ切れる気がしない。それでも足は本能に従うように前へ前へと動く、心なしか徐々にスピードが上がっていく気がする。
『スキル・俊足を獲得』
「またあの声!?」
それでも追いつかれそうだったので更に足に力を込め更にスピードを上げようとした時、また脳裏に声が響いた。次の瞬間今まで以上に景色が速く後方に流れていく事に異様な感覚を覚えた。しかしそれはあり得ないと自分で否定する。親の運転する車で高速道路を走っていた時の車窓からの風景に似ているが、そんなことはあり得ない。
違和感の酷さに戸惑っていると、突然大きな影に視界が覆われ、眼前へと視線を移すと、幹の太さだけで2メートル以上ある大樹が行く手を阻んでいた。
「木がっ、あれ? 止ま、止まれないぃぃぃいい!!」
焦りながら足を止めようとしたが、地を滑り続けていて止まれなかった。必死で方向転換を試み続けて、漸く幹に全身を打ち付けることだけは回避できた。肩を幹に掠らせてしまった感触があったが、それを気にする余裕もなく、そのまま前転し続ける羽目になった。
「スキル・危機回避を取得」
ドゴォオオオオオン!!!
頭の奥でまた声が響き、それをかき消すような轟音も響いたが、私はそれどころではない。避けた先は下り坂で、身体はゴロゴロと前転し続けていたからだ。しかしそれも長くは続かず、ガサガサとした葉っぱの塊に身体を受け止められたことで終わりを告げた。
「はぁ、はぁ……。いててて、はぁ、何とか、また大怪我するのは……免れたか。あれ? 傷が無い?」
何とか身を起こすと、腰ほどの高さの低い木の密集地に受け止められていたらしい。
先ほど樹で掠った気がした肩も、服が少し破れているだけで肌は血も出ていない程度のかすり傷。爪で引っ掻いたような白い跡があるだけだ。大きな怪我は避けられた事にホッとして周囲を確認すると、今居る場所よりも小高い丘の上に巨木が立っているのが見えた。そこから自分のところまで伸びる草をなぎ倒したような痕跡のおかげで、自分があそこから転がってきた事がわかる。
先ほど眼前に現れた樹はこちらまで影を広げる程の巨木だった。イノシシもどきはその根本に倒れていて動かないでいる。
どうやら助かったらしいと溜息が漏れた。
「なんか、思ったよりも疲れていないような・・・・・・」
普通あれだけ全力疾走し続ければ疲労感でしばらく何も出来ない気がするのに、息こそ上がっているものの、問題なく動けそうだ。
首を傾げつつ低い木の中に身を隠すようにして周囲を確認するけれど、新手が来る様子もないので、そろそろと巨木に近づいていく。
「うわっ」
イノシシモドキの顔がぐちゃぐちゃに変形した状態で死んでいた。顔の出っ張りが無くなって平面になっている。口の中の牙も折れているし目玉も飛び出ている。かなりグロい。木の幹も凹んでるし。もしあそこで木を避けれなかった場合の自分の運命を鑑みて震えた。
木とイノシシのサンドイッチ死とか嫌すぎ。
『神楽美琴・初魔物討伐確認。転生者特典・アイテムボックスを獲得』
「また、あの声。さっきからゲームみたいな事をゴチャゴチャと……。アイテムボックス?」
私は少し考えて、イノシシモドキに手を翳して、アイテムボックスと唱えてみたら、その体が消えた。
もう一回出してみようとしたら、出せた。見たくないのでもう一回しまう。頭の中で唱えるだけでも効果があるらしい。
漫画なんかの定番だと時間経過でも変化しないけど、そうだと良いな。後で出した時に腐乱死体になってるとか嫌すぎる。
「はは……これ、夢だったら凄いリアルだよね……。さっきぶつけた時とか、普通に痛かったし」
血こそ出ていないものの肩には多少痛みが残っている。夢だとはとても思えない。
周囲を見回したが、ドッキリの看板を持ってくる芸人が出てくるようなこともない。元より期待していた訳では無いけれど……。
「ここがゲームみたいな世界っていうなら……、周辺のマップとか見れたりするのかな。マップ!」
しかし、何も起こらない。
ただ一人恥ずかしくなっただけだった。
混乱した頭で周囲を見渡すけれど、小高い丘になっている木の根元から周囲を見渡しても、森林が広がるばかりでその向こう側は窺い知ることが出来なかった。イノシシもどきから逃げてきた方角に山が見えるぐらい。
「なんなんだよ!? 結局ここどこなんだよ! ゲームなら何のゲームの世界なんだよ」
よくある転生モノの小説や漫画だと、元になるゲームや漫画の知識で主人公が問題を解決していくストーリーがあるけれど、さっきみたいなモンスターは記憶に無い。
「あ、そうだ、ステータス!! ・・・・・・おお、出た」
自分の能力の確認が出来るのは定番かなと試しに唱えてみると、向こう側が透ける半透明の黒いボードが出た。
神楽美琴 称号 盗賊
スキル:俊足 アイテムボックス 危機回避
アイテムボックス 正体不明の死体 宝珠
「全然大したことが書いてない……。さっき聞こえた言葉の羅列じゃん。あ、でもこれ、アイテムボックスの中身が分かるようになってるんだ。正体不明の死体ってさっきのやつだよね……ん? 何だこれ、宝珠?」
取り出してみると、薄い緑色の水晶球のようなものが出てきた。
宝石には詳しくないけれど、以前興味本位で立ち寄ったパワーストーン屋さんで見かけた翡翠っぽいなと日当たりの良い場所で眺めていると、不意に腹がくぅっと小さな唸り声を上げた。
「お腹……すいた」
とりあえず宝珠は片付けて森に入り周囲を探索するが、鬱蒼としげるばかりで果物が生っている様子はない。見通しが悪いが日当たりは良いので空を見上げると、太陽がてっぺん近くにあるのでお昼過ぎだろうという事だけは分かった。特に何も発見できないまま結局先ほどの開けた丘に戻ってくることになってしまった。
「どうしよう、私このまま死ぬかもしれない」
こんな大森林の中、水も食料も無い状態で放り出されたのだ。
ただでさえ走ったことで喉も乾いて腹も減っている。このまま何もしなければ飢え死にしか無い。かろうじて食料と言えるのはあの巨大な死体だけだけど、それは最終手段というもの。私は手ぶらで、ナイフも火を起こす道具もない。さすがにあれを調理もしないまま齧るのは無理がある。
その時ふと、先ほどイノシシモドキをぶつけた巨木に目を止めた。腕を伸ばせばもう少しで届きそうな当りに太い枝がある。私程度なら乗っても大丈夫そうだ。
助走をつけて飛び上がり、枝に全身でぶら下がった後はどうにか幹に足を掛けて、何とか枝の上に立つことが出来た。滑りにくいでこぼことした幹のおかげでなんとかなった。ありがとう運動靴。
その辺りからは枝が密集しているので、太めの枝の根本に足を掛けていけばなんとか上へ上へと登っていく事が出来た。
「川発見!! さらに向こうに……街……かな?」
森はかなり大きいようだが、ここからそう遠くない場所に川が流れているのが見えた。その川上の方に壁のようなものが見える。明らかに人工物だし、尖塔のようなものが突き出て見えるので、おそらく街ではないかと思われる。
ここからはかなり距離があり、はっきりと見えている訳ではないので確定ではないけれど。
私はとりあえず川を目指して走り出した。一刻も早く水を飲まないと死ぬかもしれないという状態なので、多少疲れていても走った方が良いと判断したのだ。
幸い獣道のような道を見つけられたので、木にぶつかることもなく川にはすぐ辿り着くことが出来た。
俊足というスキルの効果か、走っている時にあまり疲労を感じないようになっているらしい。
目の前には綺麗な水がサラサラと流れている。かなり太い川で、渡るのは船が無いと無理そうだが、流れは早くないので泳ぐことも出来そう。
飛びつくように飲もうとして、少し躊躇う。
川遊びの結果で飲んでしまうのならともかく、流れている川の水をガブガブ飲むなんて経験、片田舎とはいえ街中で育った私に経験があるはずが無い。
この水が安全である保証もない。海外の水は危ないとよく聞くし、もしこんな所で病気になったりしたら結末は死しかないのだ。
川の水をじっくり観察する。
特に変な匂いもしないし、泥で濁ってもいない。
「確か、生き物がいないような水はヤバイんだよね」
水底を確認すると、ジャコみたいな小さい小魚を発見した。これで問題無し、多分。
「お腹壊したりしませんように……」
とりあえず一口含んでみたが、変な味もしなかったのでそのまま飲み下す。
生き返るような心地がして、もう一口、更にもう一口と口に運ぶうち、最終的にはガブガブと思う存分飲んだ。
「ふぅ。もう後でお腹壊しても知るもんか」
一息ついてから先ほど木から見えたあの壁を目指して川沿いを歩いてみることにした。
「は? え、誰の声!?」
いきなり聞こえた声に私は飛び起きた。
キョロキョロと周囲を見回すが、人影は全く無かった。むしろ、人影があってほしかった。ここは鬱蒼と木々が生い茂る大森林の中であり、私は手荷物も何も無い身一つで横たわっていたのだ。
服装は先ほどまでと変わらず明るい緑色のジャージだが、背負っていた学校のリュックは無くなっている。
「ここ、どこ?」
これまでの事を思い返す。
神楽美琴、14歳。一応女。でも、普段着はジーンズにTシャツが基本で、学校の時もスパッツを履いている。スカートは走りにくいから嫌い。
集団生活が苦手なので部活には所属していないが、授業のマラソンや100メートル走では常にトップ。運動会でも隣のクラスの陸上部員にすら一位を譲らなかった。
それが、陸上部員の一部の人間に疎まれることになったらしい。ある日走っているところを突き飛ばされ、左足に大怪我を負い、その後遺症で走れなくなった。
絶対わざとだと訴えたが、結局競技中の事故として処理されてしまった。周囲にいたのが陸上部員だけだったので目撃者が出なかったのだ。
私は突き飛ばしたやつを殴って停学になった。
無事だった右脚のバネを利用した全力の右ストレートは、相手の女性徒の鼻の骨を折ったらしいが知った事か。
親が謝罪に行ったけれど、同行は断固拒否した。
「で、その帰りに陸上部員の奴らに囲まれそうになって、逃げようとした所に車が来たような……あれ?」
とりあえず立ち上がろうとして違和感を感じた。
咄嗟だったので意識も無く左足をついてしまったのだが、それまで感じていた引き攣れたような痛みを感じなかったのだ。
左足を振り回したり地面を蹴ってみたり、周囲をぐるっと走ってみたりしても何ともない。
「……治ってる。治ってる!!」
嬉しくて涙がでた。もう二度と以前のようには走れないと言われていたのに、何故かは全く分からないが走れるようになったのだ。嬉しくない筈が無い。
「ひゃっほぉー!!」
「ぐぅおおおおおおお!!!」
「ひぇ!?」
一人で大騒ぎしていると、突然異様な唸り声が割り込んできた。
慌ててそちらを見ると、ワゴン車位の大きさの生き物がこちらを睨みつけていた。
「な、なにあれ」
形はイノシシに似ているけれど、顔が異様。目は赤くて拳程もあり、耳も大きく、口は耳まで裂けていて、凶悪なギザギザとした歯をむき出しにしている。涎まみれで一本一本が私の腕くらいありそうで鋭い歯だ、もしも嚙まれたら一瞬で胴体泣き別れになりそうだ。
私は何も考えずに背を向けて走り出した。
背を向けているので見えないけれど、ドスンドスンと物凄い足音が背後に迫ってくるのを感じる。
怖すぎて声も出ないとはこの事だ、今までに無い位全力で走っているが、全く逃げ切れる気がしない。それでも足は本能に従うように前へ前へと動く、心なしか徐々にスピードが上がっていく気がする。
『スキル・俊足を獲得』
「またあの声!?」
それでも追いつかれそうだったので更に足に力を込め更にスピードを上げようとした時、また脳裏に声が響いた。次の瞬間今まで以上に景色が速く後方に流れていく事に異様な感覚を覚えた。しかしそれはあり得ないと自分で否定する。親の運転する車で高速道路を走っていた時の車窓からの風景に似ているが、そんなことはあり得ない。
違和感の酷さに戸惑っていると、突然大きな影に視界が覆われ、眼前へと視線を移すと、幹の太さだけで2メートル以上ある大樹が行く手を阻んでいた。
「木がっ、あれ? 止ま、止まれないぃぃぃいい!!」
焦りながら足を止めようとしたが、地を滑り続けていて止まれなかった。必死で方向転換を試み続けて、漸く幹に全身を打ち付けることだけは回避できた。肩を幹に掠らせてしまった感触があったが、それを気にする余裕もなく、そのまま前転し続ける羽目になった。
「スキル・危機回避を取得」
ドゴォオオオオオン!!!
頭の奥でまた声が響き、それをかき消すような轟音も響いたが、私はそれどころではない。避けた先は下り坂で、身体はゴロゴロと前転し続けていたからだ。しかしそれも長くは続かず、ガサガサとした葉っぱの塊に身体を受け止められたことで終わりを告げた。
「はぁ、はぁ……。いててて、はぁ、何とか、また大怪我するのは……免れたか。あれ? 傷が無い?」
何とか身を起こすと、腰ほどの高さの低い木の密集地に受け止められていたらしい。
先ほど樹で掠った気がした肩も、服が少し破れているだけで肌は血も出ていない程度のかすり傷。爪で引っ掻いたような白い跡があるだけだ。大きな怪我は避けられた事にホッとして周囲を確認すると、今居る場所よりも小高い丘の上に巨木が立っているのが見えた。そこから自分のところまで伸びる草をなぎ倒したような痕跡のおかげで、自分があそこから転がってきた事がわかる。
先ほど眼前に現れた樹はこちらまで影を広げる程の巨木だった。イノシシもどきはその根本に倒れていて動かないでいる。
どうやら助かったらしいと溜息が漏れた。
「なんか、思ったよりも疲れていないような・・・・・・」
普通あれだけ全力疾走し続ければ疲労感でしばらく何も出来ない気がするのに、息こそ上がっているものの、問題なく動けそうだ。
首を傾げつつ低い木の中に身を隠すようにして周囲を確認するけれど、新手が来る様子もないので、そろそろと巨木に近づいていく。
「うわっ」
イノシシモドキの顔がぐちゃぐちゃに変形した状態で死んでいた。顔の出っ張りが無くなって平面になっている。口の中の牙も折れているし目玉も飛び出ている。かなりグロい。木の幹も凹んでるし。もしあそこで木を避けれなかった場合の自分の運命を鑑みて震えた。
木とイノシシのサンドイッチ死とか嫌すぎ。
『神楽美琴・初魔物討伐確認。転生者特典・アイテムボックスを獲得』
「また、あの声。さっきからゲームみたいな事をゴチャゴチャと……。アイテムボックス?」
私は少し考えて、イノシシモドキに手を翳して、アイテムボックスと唱えてみたら、その体が消えた。
もう一回出してみようとしたら、出せた。見たくないのでもう一回しまう。頭の中で唱えるだけでも効果があるらしい。
漫画なんかの定番だと時間経過でも変化しないけど、そうだと良いな。後で出した時に腐乱死体になってるとか嫌すぎる。
「はは……これ、夢だったら凄いリアルだよね……。さっきぶつけた時とか、普通に痛かったし」
血こそ出ていないものの肩には多少痛みが残っている。夢だとはとても思えない。
周囲を見回したが、ドッキリの看板を持ってくる芸人が出てくるようなこともない。元より期待していた訳では無いけれど……。
「ここがゲームみたいな世界っていうなら……、周辺のマップとか見れたりするのかな。マップ!」
しかし、何も起こらない。
ただ一人恥ずかしくなっただけだった。
混乱した頭で周囲を見渡すけれど、小高い丘になっている木の根元から周囲を見渡しても、森林が広がるばかりでその向こう側は窺い知ることが出来なかった。イノシシもどきから逃げてきた方角に山が見えるぐらい。
「なんなんだよ!? 結局ここどこなんだよ! ゲームなら何のゲームの世界なんだよ」
よくある転生モノの小説や漫画だと、元になるゲームや漫画の知識で主人公が問題を解決していくストーリーがあるけれど、さっきみたいなモンスターは記憶に無い。
「あ、そうだ、ステータス!! ・・・・・・おお、出た」
自分の能力の確認が出来るのは定番かなと試しに唱えてみると、向こう側が透ける半透明の黒いボードが出た。
神楽美琴 称号 盗賊
スキル:俊足 アイテムボックス 危機回避
アイテムボックス 正体不明の死体 宝珠
「全然大したことが書いてない……。さっき聞こえた言葉の羅列じゃん。あ、でもこれ、アイテムボックスの中身が分かるようになってるんだ。正体不明の死体ってさっきのやつだよね……ん? 何だこれ、宝珠?」
取り出してみると、薄い緑色の水晶球のようなものが出てきた。
宝石には詳しくないけれど、以前興味本位で立ち寄ったパワーストーン屋さんで見かけた翡翠っぽいなと日当たりの良い場所で眺めていると、不意に腹がくぅっと小さな唸り声を上げた。
「お腹……すいた」
とりあえず宝珠は片付けて森に入り周囲を探索するが、鬱蒼としげるばかりで果物が生っている様子はない。見通しが悪いが日当たりは良いので空を見上げると、太陽がてっぺん近くにあるのでお昼過ぎだろうという事だけは分かった。特に何も発見できないまま結局先ほどの開けた丘に戻ってくることになってしまった。
「どうしよう、私このまま死ぬかもしれない」
こんな大森林の中、水も食料も無い状態で放り出されたのだ。
ただでさえ走ったことで喉も乾いて腹も減っている。このまま何もしなければ飢え死にしか無い。かろうじて食料と言えるのはあの巨大な死体だけだけど、それは最終手段というもの。私は手ぶらで、ナイフも火を起こす道具もない。さすがにあれを調理もしないまま齧るのは無理がある。
その時ふと、先ほどイノシシモドキをぶつけた巨木に目を止めた。腕を伸ばせばもう少しで届きそうな当りに太い枝がある。私程度なら乗っても大丈夫そうだ。
助走をつけて飛び上がり、枝に全身でぶら下がった後はどうにか幹に足を掛けて、何とか枝の上に立つことが出来た。滑りにくいでこぼことした幹のおかげでなんとかなった。ありがとう運動靴。
その辺りからは枝が密集しているので、太めの枝の根本に足を掛けていけばなんとか上へ上へと登っていく事が出来た。
「川発見!! さらに向こうに……街……かな?」
森はかなり大きいようだが、ここからそう遠くない場所に川が流れているのが見えた。その川上の方に壁のようなものが見える。明らかに人工物だし、尖塔のようなものが突き出て見えるので、おそらく街ではないかと思われる。
ここからはかなり距離があり、はっきりと見えている訳ではないので確定ではないけれど。
私はとりあえず川を目指して走り出した。一刻も早く水を飲まないと死ぬかもしれないという状態なので、多少疲れていても走った方が良いと判断したのだ。
幸い獣道のような道を見つけられたので、木にぶつかることもなく川にはすぐ辿り着くことが出来た。
俊足というスキルの効果か、走っている時にあまり疲労を感じないようになっているらしい。
目の前には綺麗な水がサラサラと流れている。かなり太い川で、渡るのは船が無いと無理そうだが、流れは早くないので泳ぐことも出来そう。
飛びつくように飲もうとして、少し躊躇う。
川遊びの結果で飲んでしまうのならともかく、流れている川の水をガブガブ飲むなんて経験、片田舎とはいえ街中で育った私に経験があるはずが無い。
この水が安全である保証もない。海外の水は危ないとよく聞くし、もしこんな所で病気になったりしたら結末は死しかないのだ。
川の水をじっくり観察する。
特に変な匂いもしないし、泥で濁ってもいない。
「確か、生き物がいないような水はヤバイんだよね」
水底を確認すると、ジャコみたいな小さい小魚を発見した。これで問題無し、多分。
「お腹壊したりしませんように……」
とりあえず一口含んでみたが、変な味もしなかったのでそのまま飲み下す。
生き返るような心地がして、もう一口、更にもう一口と口に運ぶうち、最終的にはガブガブと思う存分飲んだ。
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