爆走娘のダンジョン探訪記

桜咲 京華

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1章 異世界転生してすぐ爆走!?

3 ルッターを捕まえよう

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「ルッター?」

 私はアッシュさんが鷲掴みにしているリンゴサイズのネズミの死体を見つめながら聞き返した。
 まだ空が白み始めた頃に起きだしたアッシュさんが茂みに潜って捕まえてきたのだ。肩を揺すり起こされ寝ぼけ眼で見守っていたら、バタバタと動いていたので心底ビビって目が覚めた。落ちてきたのを拾ってきたのかと思うくらい鮮やかな手際だったので。更には暴れるそれの首をキュっとやって縊り殺してしまったので更にビビった。

「そう。水の魔石が獲れるからギルドでは常時依頼を出している。臆病で猛スピードで逃げまわるが攻撃はしてこないから危険はないけれど、駆け出し冒険者だと複数人で追い立てないと捕まえられない。でも君のスキルがあれば一人でも狩れる筈だよ。水の魔石は一個で銀貨一枚。沢山獲れればこれだけでも生活出来る」

 そう言いながらルッターの死体を足元に置いて、銀色の硬貨を差し出した。100円玉位の大きさで、かなり酸化して汚い色をしているが、おそらく本物の銀を使った貨幣のようだ。何かの植物の絵が描いてある。

「これがお金?」 
「あぁ、これ一枚で宿の昼食が食べられる。500リンとも呼ぶ。こっちが銅貨、100リン。銅貨5枚で銀貨と交換できる。こっちが小金貨。銀貨20枚分10000リンだ。もっと細かい硬貨もあるがあまり使われないな。庶民は計算が出来ない者も多いからあまり細かい値付けをしないし」

 銀貨の隣に二枚硬貨が並べられた。大銅貨は、まんま10円玉にそっくりで、これも変色して緑色をしている。金貨はかなり薄くて小さい、金色の一円玉に見える。
 
「消費税とかないんですね」 
「ショーヒゼー?」
「あ、いや、何でもないです」

 1リン1円換算と考えていいのかな? 物価も日本と大きく変わらなそうだし、分かり易くて良い。しかも消費税が無いらしい。これは便利だ。財布の中が小銭まみれにならずにすむ。ただ、紙幣が無いのが少し不便かもしれない。

「このルッターを午前中に一匹でも捕まえられるようになるのが目標だな」
「がんばります!」

 ベントステックがいくらになるかは分からないが、そのお金で住む場所を確保出来れば、一日三匹でも獲れれば暫くは最低限生きていけそうだ。
 というわけでルッターを狩る練習をすることにした。
 

      ◇  ◇  ◇  ◇


「うわっ」

 本日何回目か。またもや勢い余ってすっころんだ。
 もう膝も腕も擦り傷だらけだ。
 あれから多分30分くらい目の前を転がるように走る灰色のリンゴ、もといルッターを追いかけ回しているが、これが全然捕まらない。
 幸いこのあたりは群生地らしく、草むらを少し探ればすぐに見つかるので、次々とターゲットは現れる。だがもう数えきれない程の数のルッターを追いかけ回しているが一匹も捕まえられていない。
 素早いのは良い、私の足ならすぐ追いつける。だが小回りが利き、近づけばさっと方向転換して避けられる。私は止まることが出来ず勢い余って転ぶか、かなり大回りなカーブをつけて曲がることしか出来ず、結局取り逃がす。

 飛び出すな、車は急に止まれない。
 それを生身で経験している状態だ。

「ストーップ。とりあえず朝食にしよう」

 手渡されたのは本物のリンゴだが、私がイメージしているものより一回り大きい。私の顔と同じくらいある。
 走り回る私をしばらくぼんやりと眺めていたアッシュが、飽きたように森の中に入っていったことは気づいていた。何か声を掛けてくれていたし、今更置き去りにされるとも思わなかったので気にせずルッターを追い回していたのだが、朝食を調達しに行ってくれていたらしい。
 一つを私に手渡すと、自分ももう一つ同じものを持って丸かじりで食べ始めた。上品な見た目に似合わずワイルドだなぁ。

「ありがとう。いただきます」

 私も手元のリンゴを齧るとシャリシャリとした歯ごたえで甘酸っぱい良く知る味がした。

「まだ捕まえられて無いみたいだね。君なら簡単かと思ったんだけど」
「うん。かすりもしないよ……」

 さっき追いかけ回していたルッターは遠くに逃げてしまって、この場は私に踏み荒らされまくった草原だけが残されている状態だ。
 
「俺の周りに俊足のスキル持ちは居なかったから良く分からないが、まっすぐ走ることに特化しすぎてて小回りが利かないのかな」
「慣れればもう少し融通が利くようになるのかもしれないけど……」

 そもそも、私はちょっと足が速いだけの普通の女の子だったのだ。それが、いきなり車より早く走れるようになったのだから無理も無いと思う。初心者が、必ず100キロしか出ない車に乗せられてしまったと考えれば分かりやすいかもしれない。正直制御不能といって良い。
 何事か考えつつ、抉れた地面を観察していたアッシュはリンゴを全て腹に収めると、種の残る芯の部分ををしっかり握りこんで、もう片方の手で小石を拾い上げた。

「見ていなさい」

 私に言い置いて、アッシュさんはまずリンゴの芯を草むらに放り投げた。驚いたルッターが数匹飛び出してくる。それを視認してすぐもう一方の手にある小石を明後日の方へ放り投げた。

「え?」

 何しているのかと見ていると、石に向かってルッターが吸い込まれるように走りこみ、ぶつかって倒れた。近寄ってみると、ピクピクしている。気絶をしているだけのようだが、これがもっと大きな石なら死んでいただろう。

「凄い!」
「わかった?」
「え、何が?」

 きょとんとしてアッシュを見上げると、出来の悪い生徒を見るような顔で眉を下げた。察しが悪くてごめんなさいね。全然分かりません。

「いいかい、ルッターは臆病だから追いかければ全速力で逃げるよね」
「うん」
「ルッターは逃げた後どうする?」
「別の場所に隠れる……そっか、分かった!」

 ルッターは普段隠れていて、追い立てられると逃げ出す。そして必ず別の逃げ場所を求めて走り回り、逃げ込む。だから逃げる先を予測出来れば逃げ込もうしたルッターを捕まえられる。というわけだ。
 
 私が思ったことを伝えると、アッシュは満足げに頭を撫でた。
 
 この大きな手で撫でられると結構気持ちよくてちょっと顔が緩んでしまう。子ども扱いに思うところが無いわけではないが、暖かくて大きな手が優しく髪を乱すのを心地良いと思ってしまうのはどうしようもない。私は一人っ子だったのでお兄さんが居たらこんな感じかなと思うと、逆らう気も失せるというものだ。
 出来る気がするとやる気も出てくる。

「よし! もう少しがんばってみるね! お兄ちゃん」 
「えっ」 
「あ」

 頭の中で思ったことを口に出してしまったらしい、アッシュさんが目を白黒させてしまっている。
 面倒見が良い人とはいえ馴れ馴れしく接しすぎたかとちょっとしゅんとしてしまうと、先ほどよりも強く頭を撫でられて髪をぐちゃぐちゃにされた。
 強すぎて頭まで揺れてくらくらしてしまってよろけそうになると、がしっと両肩をつかまれた。

「良いよ、今日から俺がお前の兄だ。だからいつか俺と一緒に依頼を受けられるようにがんばりなさい」
「ほんとうですか!?」

 こうやって一人で生きていけるように指導してくれるということは街に連れて行って貰った後はお別れになってしまうのだと思っていたので思わず飛びついてしまう。陽光を浴びて輝いて見える金色の双眸からは、好奇心や喜色が感じられる。彼の方も満更ではない様子だ。
 
「かなり先の話になるけどね。俺もこの後仕事があって一月位街を離れるし。危険だから君を連れて行くことは出来ない」
「そりゃそうですよね、がんばって追いつきますから待っていて下さい!」

 一人で街に取り残される事に不安が過ぎるけれど、足手纏いになるのは確実なのでわがままは言えない。
 ベントステックも売れるし、ルッターも狩れるようになれば生活費だけは稼げそうなのだから、なんとかやっていけるだろうが、ごく普通の家庭で育った私がそんなサバイバルな生活に順応出来るのかどうか。
 だが、初対面のアッシュさんにこれだけ世話になっているのだ、頑張るしか無いと不安を吹き飛ばすように無理矢理奮起する。

「差し当たっては、俺のことはアシュ兄とでも呼ぶように」
「……はい?」

 大真面目な顔で不思議な事を言い出したアッシュさんを、思わず小首を傾げて見上げてしまう。

「俺は君をこれから弟だと思って接する、だから君も俺の事を実の兄だと思ってくれ、そのぎこちない敬語も不要だ」
「…………」

 実はむちゃくちゃテンション上がってるっぽいよこの人。
 子供が好きなのかと思っていたけど、お兄ちゃんと思われたい系男子だったっぽい。でも、とてもありがたい話だとは思う、こちらに来て天涯孤独の身となってしまったらしい私が、もしもの時に頼れる相手が出来たという事だし。
 
 敬語、ぎこちなかったかなぁ。学校の先生相手よりもよほど丁寧な言葉を使っていたつもりだったんだけど。まぁ、気にしなくて良いというなら甘えよう。

「あ、ありがとう、アシュ兄」
「それでいい」

 良い笑顔で私を撫でるアシュ兄の笑顔が眩しい。
 異世界へ来て新しい家族が出来ました、まる。なんてね。
 
「さぁ、ルッターがそろそろ元の生息域に戻ってくる頃だ。続きをしよう。ベントステックの売上があれば、俺が戻ってくる来月まで余裕で暮らせる筈だけれど、折角のスキルだ、使いこなせるに越したことは無い。君なら出来るよ」
「はい! がんばり、がんばる!」

 むんと力こぶも何も無い細腕を振り上げると、茂みへと分け入った。
 
 




 
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