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しおりを挟むホテルのエントランスに入り、ロビーの奥のフロントデスクでチェックインした。
リストランテの支配人から連絡が来ていたらしく、手続きはスムーズに終わった。ボーイに案内された部屋も希望どおりのスイートで、セラとアオイ、それから同行する部下たち全員が泊まれる広さがあった。
アオイは荷物を置くと、外出の準備をはじめた。これからジェノバのボスが予約してくれたスパに行かなければならない。
ホテル内にもスパがあったが、やはり町の中心部にある大型の施設のほうがサービスや設備が充実している。彼らはそこで温浴を楽しんだ後、マッサージを受けることになっていた。
「手ぶらでゆけば良いだろう。どうせ水着もバスローブも向こうで用意してくれる」
部下たちが室内に盗聴器や罠が仕掛けられていないかチェックしてる横でセラが言った。そのまま居間のソファに座り、だらしなく足を投げだす。アオイは寝室やバスルームを行き来しながら、ジャケットも脱ごうとしないセラを見た。
「スーツを着替えろ。脱いだ服はちゃんとハンガーにかけるんだぞ?」
「置いておけば、誰かがやってくれるよ。予約は何時だっけ」
「十五時から十七時の間に行けば良いらしい。多少、遅れても大丈夫だろうけど、それほど時間がない。お前はただでさえ目立つんだから、少しは観光客らしい恰好をしろ。地元警察に目をつけられるぞ」
「わかったよ。そんなに睨むな。可愛い顔が台無しだよ、アオイ」
セラは自分の傍を通りかかったアオイの手をひいて、アオイの頬にキスをした。アオイは仕方なさそうにキスを返して、ソファの脇に置かれたホテルの館内図に目を向けた。手に取って、セラに押しつける。
「ぼうっとしてるなら、目を通しておけ。今は表立ってエリオティズモに敵対する勢力はないけど、お前を狙おうとする馬鹿な連中はいつでもいるだろうから。もしもの時、建物の構造を理解しておくことは重要だ」
「その通りだけど、その場合は僕より君を狙うはずだよ。それにそれはさっき見た」
「嘘をつけ」
アオイは自分も着替えるためにシャツのボタンを外しながら、息をついた。
「でも、このホテル。有名な心霊スポットなんて言うわりに、普通だよな」
「まあね。どんなエンターテイメントが待ち受けているのかと思ったのに、見た限りはただのホテルだな。ああ、でもここ。地上階の奥のほうに蝋人形の部屋というのがある。それから展示室があるみたいだな。誰かが作った心霊写真でも飾ってあるのかな。かなり広くスペースをとってる。やっぱりそれがこのホテルの売りなんだろうね」
「蝋人形? 展示室?」
アオイはセラが持ってる館内図を覗きこんで、綺麗な顔をしかめた。
「本当だ。後で行ってみよう。でもとりあえず、スパだ」
かれは話を打ち切るように言った。
確かに、そこは〈ファンタズマ・アルベルゴ〉ヴァンピーロ城などという大袈裟な看板をかかげているわりに、平凡なホテルだった。
石造りの建物は古めかしく、陰鬱で豪華ではあったが、それだけだ。
おそらく、昔の貴族の別荘などを改築して使っているのだろう。
さりげなく飾られた絵画や家具類は一流品が多かったが、床に敷かれた緋色の絨毯は擦り切れていた。多少、水の出が悪く、ドアや窓の開け閉めがしずらい場所もある。けれども、そんな建物はイタリア中に数多く存在するし、特に驚くべきことではなかった。
はじめ、「もしかしたら本当に――?」という思いを抱いていた彼らも、だんだんここが古いだけのホテルで、心霊スポットであるというのは客寄せのキャッチフレーズにすぎない気がしてきた。
そもそも直接、不思議な声に語りかけられたアオイはともかく、セラのほうは端から霊の存在など信じていないようだった。現実主義者のセラはこの変わったホテルを話のネタとしてしか見ていないし、もし本物の幽霊が出たとしても、平然とその相手を銃で撃ち抜くくらいのことはするだろう。
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