錬金術師のアトリエ

ゆきか

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オリアナの手記

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■月■日
 カペラ奥地にて採掘を行っていたところ、幾多もの奇妙な光が宙を揺らいでいるのが見えた。

 その光のひとつひとつの中心に複雑な色彩の塊が生き物のように蠢いていた。

 光を採取しながら進んでいると、普段の経路から外れてしまった。その先で上質な鉱物が手に入った。

 紫水晶と紅水晶の双晶であった。私はインスピレーションを得た。

 傑作の誕生を確信した。



■月■日
 双晶をアトリエへ持ち帰り、スケッチを行った。
 先ずは目に見えるままの姿を忠実に描き写していく。1枚、それでは納得できずもう1枚、スケッチブック1冊、いつのまにか高く積み上がるほど……と、枚数を重ねる中で、紙の上に現れる双晶は二人の美しい人物の姿へと変化した。
 鉱山で双晶を一目見た時に思い浮かんだあの姿と同じであった。

 白磁の肌に銀の髪。真紅の大きな瞳を縁取る長い睫毛。

 彼らをこの手で創りたいと思った。

 絵ではなく、生きた人形として。

 動く人形の怪奇譚、人形に魂を宿す術は数あれど、どれも私の理想とは異なるものだ。

 私は芸術家だが錬金術師でもある。錬金術を応用して創り出すことができるかもしれない。

 錬金術に不可能は無いはずだ。必ずこの研究を完成させる。



■月■日
 絵の中の人形は双子のようにそっくりな顔をしていた。

 物憂げな表情の中性的な美少年と、可愛らしい微笑みを浮かべた美少女。きっと双子の兄妹なのだろう。

 人形の体は紫水晶と紅水晶で作ることに決めた。兄は紫水晶、妹は紅水晶だ。
双晶を半分に割った。断面は歪な形をしていた。

 もちろんこれだけでは足りないから、双晶の他にも紫水晶と紅水晶を集めて体を作り上げていこうと思う。

 肌は表面を透明の水晶で覆ってから鉛白を塗るのが良いだろう。

 瞳には特別な素材を使うつもりだ。錬金術師の生み出す美の極致たる彼らにふさわしい瞳は、あの石の他には考えられない。
 ただ、この世にはまだ存在しない石だから、少々時間が必要だ。



■月■日
 ミラのアネッセという魔女から招待状が届いた。
 彼女は全く面識のない人物だ。一体どのように私のことを知りアトリエの場所を突き止めたのかは分からないが、その能力に加えて私に招待状をよこす度胸、只者ではないだろう。

 ミラはカペラの南に位置するアルフェッカからさらに南へ向かい川を越えた場所に広がる極夜の砂漠だ。
 川に近い一部地域を除けばとても人間は住むことのできない過酷な環境であると聞く。
 彼女はその砂漠で何やら研究をしているらしい。

 さて、招待状の内容だが……魔女集会?私は魔女ではなく錬金術師だが。

 その招待状は随分とふざけた文体で字はやけに丸く、珍妙な記号も使われている。ミラはこのような国なのか?

 一月後にカペラ某所で魔女集会、つまりパーティーを開催するから是非参加願いたい、といったことが書かれている。
 彼女が世界中から個人的な基準で選んだ魔女(ここでは興味深い研究や創造等を行う人物のことを魔女と呼んでいるらしい)を集めて交流会をしたいとのことだ。

 私にとって他人と関わることは面倒でしかない。ましてや大勢の者が集まり歓談する場など、考えただけで頭痛がする。

 無論この誘いは断るつもりだ。



■月■日
 招待状を受け取ってから半月ほど経過した。
 そういえば返事をまだ出していない。実験と制作で忙しく後回しにしていたのだ。さすがにこれ以上放置していては失礼に当たるだろう。
 欠席する旨を記し返信した。



■月■日
 実験をしていると窓をコツコツと叩く音が聞こえた。客人は珍しい。何十年ぶりだろうか。

 開けてやると、異国の装いに魔女帽子を被った派手な女が立っていた。その姿に見覚えはないが私は全てを察した。彼女はあの招待状の送り主、アネッセである。

「悪いけど、私は参加しないと言ったはず。」

「君がオリアナだね。もし気が変わってたらいいなと思って迎えに来てみたの。すぐそこだからさ、ちょっと顔出してよ。君の話が聞きたいんだ。」

 拒否したがあまりにもしつこい説得に耐えかねて渋々ついていくことになった。

 道中、彼女の生活や研究について聞くことができた。ミラはまるで生きているかのようにその地形を変化させる砂漠だ。
 故に一度立ち入れば二度と帰ることの叶わない砂漠として人間から恐れられている。だが彼女はミラの地形の記録を50年間続けた結果、一定の周期で変化していることを突き止めたそうだ。
 それだけではなく、砂漠に棲む巨大な蝶の翅の模様の変化と同期していることも最近分かってきたらしい。
 調査が進めば砂漠の地図を作ることも夢ではないと彼女は弾んだ声で語った。

 彼女にとってこの研究は”道楽”だという。

「道楽とは言っても、ただの暇つぶしとは思わないでちょうだい。道楽は私の人生で最も重要で優先すべきこと。私は楽しむために生きているのよ。まあ、君も好きで研究をやっているわけだから、広い意味では仲間なのかな。仲良くしようよ。」

 連れてこられた会場はカペラの首都メンカリナンの街の酒場だった。アネッセのおすすめの店らしい。

 大勢の参加者を想像していたが、先に席で歓談していた人物はたったの二人だ。一人は東洋風の衣装に身を包んだ小柄な女。もう一人は白い布で顔を覆い、カペラ西部の祭礼で使用される傀儡のような姿をした背の高い女。

 百通ほどの招待状を出したが返事が返ってきたのはたったの三人で、この二人のみが参加、来るつもりがないのに律儀に不参加の返事を出したのは私だけだったとアネッセは笑った。

 東洋風の女は名をイチカといい、元は珠白で丹生を採掘する一族の巫祝で、現在は旅芸人をしているそうだ。

 傀儡のような姿の女は「糸紡ぎの魔女」と名乗った。名前らしい名前は無いようだ。アネッセとイチカに先ほど「まあちゃん」というあだ名を付けられたばかりらしい。
 雪を紡ぎ美しい糸を作る職人で、私と同じカペラに住んでいる。
 その糸は何度か目にしたことがある。光の当たり方によって五色に変化する不思議な糸。
 貴族の衣装の刺繍に使われている他に、魔術の媒体としても使えるとの噂だ。職人の顔を知る者はいないという。興味はあったが他に優先することが多く、入手の方法を調べていなかった。

 四人で共に酒を飲みながら夜が明けるまで語らい合った。とはいっても喋るのはほとんどアネッセとイチカであり、私とまあちゃんは相槌を打ちつつ時々話を振られた際に返事をするのみだった。

 魔女を集めておきながら他愛もない雑談ばかりだ。
 イチカがここに呼ばれた理由は最後までよく分からなかった。丹生の巫祝も旅芸人も珠白では珍しくはないし、何か興味深いことをしているというような話はしていない。私には関係の無いことなのでアネッセには訊いていない。

 久しぶりに他人と言葉を交わして疲れてしまったが、悪くない時間だった。



■月■日
 魔女集会と称した会合で出会った友人たちと文通をしている。

 面倒な付き合いではあるが興味深い話が聞けるのは非常に有意義なことだ。

 何通か手紙を交わした頃、双子の人形の制作について書いた。
 以前では考えられないことであったが、より素晴らしい作品に仕上げるために意見を聞いてみるのも悪くないだろうと思ったのだ。

 もちろん誰でもいいわけではない。彼女らの能力と経験を見込んでのことだ。



■月■日
 双子の人形の髪には、まあちゃんの糸を使用することにした。

 特別に双晶と同じ鉱物で染めたものを作ってもらう。

 染料として使用するのに適した鉱物ではないはずだが、彼女の手にかかれば美しく染め上げることが可能だ。

 さっそく染料に使う鉱物を厳選しなければ。

■月■日
 双子の人形の制作に向けて習作を重ねている。

 今回完成したものは今までの中で最も上手くいった。砂漠の薔薇と呼ばれる鉱物を使って猫の姿を作り、瞳に白の石を嵌め込む。

 私の見立て通り、猫の人形は動き出した。
 白の石は双子の人形の瞳に使用する赤の石のまだ完成に至っていない未熟な状態のもので、今の技術ではこの石が限界だ。

 猫はアトリエの中をポテポテと歩き回り、高い場所へ飛び乗り、柱で爪研ぎをした。動きは少々ぎこちないものの、白の石の段階でこれだけの成果が得られれば今回の実験は成功と言って差し支えないだろう。

 それにしても面倒なものを作ってしまった。作業中に机の上に乗ってきたり、梁の上に登ったはいいが降りられなくなったり、筆にじゃれついてきたり……私にはこいつの面倒は見られない。猫が好きか嫌いかの問題ではなく、事実として実験と制作の邪魔なのだ。記録は十分とれたから手放したい。

 かといって猫の姿をしたものを眠らせて失敗作たちと一緒に仕舞い込むのは気が引ける。もちろん捨てるのは論外だ。

 そういえば、猫を必要としていそうな友人がいることを思い出した。早速手紙を出してみることにする。



■月■日
 失敗作の人形の置き場所が不足してきた。また増築をしなくてはならない。

 ここは雪山だから土地はいくらでもあるし、私は錬金術師だから材料にも困らない。ただ、増築の作業は面倒だ。

 金属や鉱石、薬品類、絵のように、人形の失敗作も簡単に処分することができればよいのだが、人形は魂の器になりやすいという厄介な性質がある。既に命を与えているものも少なくない。私の専門外の分野の事も絡んでくる。

 生命を扱う者として最低限の知識は身につけているとはいえ、万が一処分の方法を誤って重大な問題が起こった場合、私には対応できない可能性がある。

 こういったことは峰凌に相談すると良いのだろうが、なんとなく彼女には頼りたくない。
 面倒だがまた増築することにした。



■月■日
 ついに瞳が完成した。

 300年以上の年月を要した。

 人形の体は既に仕上がっている。



■月■日
 人形に瞳を入れて組み立て、最終的な調整を行い、双子の人形が完成した。

 彼らは活動のための生命力を月明かりから生成する。今は満月が近付き月の力が高まっている時期だ。
 月明かりに当てたところ夜明け前に目を覚ました。

 銀色の長い睫毛が揺れて、その間から真紅の透き通った瞳が現れる。傑作が誕生した瞬間だった。

 私はこの美しい双子の人形を「シェデーヴル」と名付ける。

 "傑作"の名の通り、彼らは遍く叡智の結晶であり、私が400年間追求し続けた末に辿り着いた美の答えだ。

 兄はミハイル、妹はクララと呼ぶことにする。



■月■日
 シェデーヴルにはこの世に存在しない言語を与えた。カペラの古代言語を参考に私が作った。

 当然、シェデーヴルと私の他にこの言語を知る者はいない。

 この言語には文字が存在せず、語彙は人間の使用している言語と比較すると極めて少ない。

 人形はただ美しければ良い。人間のような感情も知識も、俗世との繋がりも、彼らには不要だ。



■月■日
 シェデーヴルの習作のうちから一体を選び、それを素体として黄水晶と土を使い人形を作った。赤の石は使用していない。

 この人形は「フタローイ」と名付ける。

 カペラの言葉で「2番目」という意味だ。

 魔術書、実験の記録、シェデーヴルの設計書……そして私の全ての知識と記憶をフタローイの中へ記録した。



■月■日
 ミハイルが書庫によく立ち入るようになった。

 初めは背表紙を見ながら本棚の間を歩くのみであったが、数ヶ月が経過すると本を手に取り開いてはじっと見つめていることが多くなった。クララが話しかけると本を戻して出ていく。

 これは私の意図していないことだ。

 人形にとって知識を得るということはその無垢な魂を汚すことに等しい。

 シェデーヴルが完全な美しい人形であるためには一刻も早く止めるべきだが、彼がどのように変化していくのか見届けたいという好奇心に抗えず、気付かないふりをして観察を続けている。

 私は芸術家ではなくなった。
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