オープン・ステージ

平野 絵梨佳

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「俊太、入るよ?」
「お邪魔しまーす♪」
 案の定、俊太は風邪を引いてしまった。
 俊太は子供の頃から風邪を引きやすい体質だった。それは、大人になった今でも変わっていなかったらしい。
「何で来たんだよ。気にするなって言っただろ? 移るぞ」
 俊太は喉の痛みに耐えるような表情で口を開いた。
「だって、僕のせいでしょ? 僕が打ち水なんて始めなければ、俊太が風邪を引くことなんてなかったんだ」
「いや、俺がちゃんと服を乾かさずにクーラーの風に当たったからだ」
 俊太の表情を見ていると、こちらの喉まで痛くなってしまいそうだった。
「俊太、もうしゃべらなくていいよ。今日は私たち、おばさんの代わりに面倒を見るために来たの。だから、遠慮しないで何でも言ってよ」
「用事なんてねぇよ」
 いかにもだるそうな口調で返ってくる。
「もうすぐお昼だけど、どうする? おばさんが、お鍋におかゆがあるって言ってたけど、持ってこようか? 食欲が無いなら、水分だけでもしっかりらないとね。あ、でも、薬飲むよね? やっぱり少しは胃に入れないと駄目かな?」
「なんか、螢ちゃんが凄く優しい。いいな、俊太」
 ぽつりと発せられたそれは、本気なのか冗談なのか、私には判断しがたい響きだった。
 どう反応したら良いのだろうかと困惑した瞬間、俊太の返事に救われる。
「だったらこの風邪、ホシケイに移してやろうか?」
「それは遠慮しておくよ。基礎トレと発声は休みたくないもの」
「そりゃ残念だ。おい螢、無理やり腹に入れるから、粥を持ってきてくれ」
 俊太は半身を起こすとマスクを着用した。
「あー……、だりぃ……」
 そう言って、彼は目を瞑って下を向く。頭痛がつらいのか、眉間には深いしわが刻まれた。
「すぐ持ってくるね」
 私は一階へ下りると、粥を温めて二階へ戻る。
「はい、水も持ってきたから」
「ああ、サンキュー……」
 私がお盆を差し出すと、横から佳くんの手が伸びてきた。
「さあ、ここからが僕の出番だね! お粥をフーフーする役は、僕が引受けたよ!」
「おい、お前、疲れんだよ。そういうの、今日はやめてくれ」
 俊太は苦笑いをした拍子に咳き込んでしまう。
「ごめんごめん。今日は変なことを言うのはやめておくよ。俊太、早く良くなってね。まだ花火とか夏祭りとか、やる事が残ってるんだからさ」
「そうだよ。花火はね、お祖母ばあちゃんが庭を貸してくれるって。いつもの場所だと、打ち上げパラシュート花火のゴミとかが田んぼに入っちゃうからさ。それに、たまにはお祖母ちゃんに顔を見せてあげないとね。俊太にも会いたがってたみたいだよ」
「そうか。最近は会ってなかったもんな」
 俊太はマスクを取ってレンゲでお粥をすくった。
 冷まそうと息を吹きかけるけれど、咳き込んで止まらなくなってしまう。
「ほら、やっぱり僕の出番じゃないか」
 佳くんのその言葉は、決してふざけた調子ではなかった。
「私が冷まそうか?」
「螢ちゃんは……、駄目だよ」
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