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第5章 悪徳の港町バルト
第41話 ストリート・チルドレンのエレジー
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「で、私のところに来たという訳か。エドガー」
バルトの高級住宅街に建つ一際大きな屋敷。
そこの応接室で、一行は屋敷の主と対面していた。
アラン・トールマン。
グレイス王家の分家であるトールマン公爵家の当主であり、このバルトの領主である、整えられた口髭の似合うダンディな金髪碧眼の中年男性。
下水道を抜けた一行は、エドガーの先導のもと高級住宅街に入り、ここトルーマン公爵邸に来て、領主に目通りを願ったのだ。
エドガーは、領主であり公爵という大貴族のアランに対し、ぞんざいな口調で話しかける。
旧知の仲なのであろうか。
「もう、頼れるのがアンタしかいないんでね」
「ふむ。君のとこの先代のボスには色々と借りがあるから、一時匿うぐらいなら良かろう。しかし、それだけでは済まないんだろう?」
アランはエドガーに厳しい目線を向ける。
面倒なことに巻き込みな、という言外の意思が篭められた視線だ。
「アンタだって、奴らロンダーズには思うところがあるだろ?」
「それはそうだ。奴らは抗争で勝利して以来、私の町で好き放題している。自分たちがバルトの主であるかのようにな。まことに許し難いことだ。だからといって、私が表立って奴らと敵対するわけにはいかん。衛兵たちもかなりの数が奴らに買収されている。ことを構えれば下手をすれば内乱になる」
苦々しげな顔で吐き捨てるように言う公爵。
町の闇を支配しているロンダーズと明確に敵対を表明したら、ロンダーズの構成員どころか買収された衛兵たちも敵に回すことになり、内乱の様相を呈してくる。
以前の三大組織の抗争は、あくまでも暗黒街~裏路地やスラム街などで行われ、一般市民にはほとんど被害は出なかった。
しかし内乱となれば、町は火の海となり、市民が巻き込まれることは確実。
それを恐れて、公爵はロンダーズを疎ましく思いながらも、手を出すことができないのだ。
「なるほど。じゃあ、流れの冒険者がロンダーズとやらかしたってのはどうだい、公爵様?」
エドガーとトルーマン公爵の会話を黙って見ていたヴァルだったが、進展しそうにないので口を挟んだ。
「ぶらりとやって来た流れの冒険者がやらかしたことなら、アンタにも迷惑はかからんだろ?」
口を挟んできた無作法な褐色の肌の男を胡散臭げに見た公爵だが、ある男を思い出して目を見張った。
「まさか、君は大鬼殺しヴォーラスの……」
「息子だよ。ご推察の通りにな」
またも父親の名を出されて仏頂面になるヴァル。
「そんなに似てるのか、俺と親父は……」
ボソボソと呟くヴァル。
「そうか! 彼の息子か! なら話は別だ!」
魔神殺しの英雄の息子がこちらにいると分かった途端に、勢いづく公爵様。現金な物である。
「そうかそうか! ということは、君たちが〈自由なる翼〉か。若手冒険者最強と言われた君たちがいるなら、やりようはある!」
先程までのぐずりようは何処へやら、やる気満々になってスキップでもしそうな公爵様。
「いいだろう。君たちが表に立って奴らとやり合うというなら、バックアップはしてやろうじゃないか。あの図に乗ったドルネイのガマガエルに一泡吹かせてやる」
ロンダーズに今まで色々と煮え湯を飲まされてきたのだろう。
公爵様は昏い笑みを浮かべながら、これからの算段を練り始めた。
* * *
ロンダーズ・ファミリーの本拠である地下カジノの、更に地下深くにある牢獄。
そこにロウド、コーンズ、アナスタシアの三人は囚われていた。
頑丈な格子の牢で、鍵も鍵穴の無い特殊な物で、解錠するのは無理そうである。
武装の類いは取り上げられ、まとめて見張りの脇に置かれている。
ちなみにオルフェリアは、普通の剣に見せかけるため、黙ったままだ。
「畜生! 鍵穴がねえから開けようがない!」
うつらうつら船を漕いでいる見張りの目を盗んで、ブーツの踵部分に隠してあった針金で鍵を開けようとしたコーンズだが、鍵穴が無いために解錠にチャレンジすることさえできなかった。
「どうすんの、コーンズ?」
悔しがるコーンズに、恐る恐る声を掛けるロウド。
「どうもこうも、何もできねえよ」
苛立だしげに吐き捨てるコーンズ。
さすが犯罪組織の牢獄というべきか、解錠ができないようになっている手の込んだ造りになっている。
コーンズには、この鍵の構造すら理解ができない。
入れられるときに見た限りでは、薄いカードのような物を押し当てて開閉していたように見えたのだが。
「もしかしたら、山人の魔工学で作られた鍵かも知れないですね」
アナスタシアが見解を述べた。
「あ~、なるほど。その可能性は高いな」
アナスタシアの意見に賛同するコーンズ。
と、どこからか拍手の音が聞こえてきた。
「正解。お嬢ちゃんの言うとおり、その鍵は山人の細工もんだよ」
見ると、いつの間にか牢屋のある部屋の扉の前にヤンソンが立っていた。
居眠りをこく見張りの前を通り越して、牢屋の前までやって来る。
「ヤンソン! テメエ、何しに来やがった!」
格子を掴んで、怒鳴るコーンズ。
「いきり立つなよ、コーンズ。そもそも、こうなったのはお前が原因だからな」
「はあ?! 俺がだと?!」
「そうさ。俺がせっかく見逃してやろうとしてたのに、お前がしつこく絡んでくっからこうなったんだよ」
そう言って、冷えた視線でコーンズを見やるヤンソン。
「斥候ってのはな、きっちり冷静に状況を判断しなきゃいけねえ。他の奴らが熱くなってるときでも、斥候だけは彼我戦力を見極めて戦闘を回避すべきか判断しなきゃいけない」
ヤンソンの口から紡ぎ出される斥候の心構え。
それが正論のために何も言い返せず黙りこくるコーンズ。
「なのに、お前は熱くなって俺にしつこく追いすがってきた。接近戦では俺に勝てないと明らかに分かったのにも関わらずな。その結果、撤退に失敗して、その二人を巻き込むことになった」
淡々と語るヤンソン。
「斥候ってのはパーティの中で一番、冷静でなきゃいけない。俺はそうリリアナさんから教わったぜ。お前は一人で熱くなり突っ走ってパーティの仲間を危機に至らしめた。何か、言い返すことはあるか?」
「……」
本当に言い返せず唇を噛んで俯くコーンズ。
「まあ、お前らんとこは、ミスティファーやイスカリオスがいたから、クレバーなとこは奴らが担ってたんだろうが。もし生きて出れたら、お前も頭を使えよな。突っ走んのは、あの脳筋だけで充分なんだから」
ヤンソンの斥候の役割の講義が続く中、部屋の扉が開いた。
「な~に、ご大層に諭してんだよ。ソイツらが表に出るこたあ、もうねえよ。それとも、逃がす気か?」
短刀男ミック、筋骨隆々の大男ジント、そしてドルネイに侍っていた美女がそこにはいた。
「ホント、何処に行くのかと思ってたら、奴隷として売り飛ばす予定の奴らのとこだなんてさ。何? 冒険者としての修行で、その美形アンチャンに情でも湧いたの?」
藍色の髪を肩の下辺りまで伸ばしたグラマーな美女が、皮肉げな笑みを口元に浮かべて言う。
「そ、そんなわけないだろ。なに言ってんだよ、リーラ」
美女の言葉に弱々しく反論するヤンソン。
「そうよねえ、ちょっと修行を一緒にしたからって、情が移って逃がしてやるなんてことはないわよね。あの地獄のスラム、一緒に過ごしたアタイたち裏切ってさ」
「だよなあ」
「ん」
短刀男ミックと大男ジントが美女リーラの言葉に追随して頷く。
この三人は、ヤンソンのスラム時代、ストリート・チルドレンの仲間であったのか。
リーラは牢屋に近付き、ヤンソンの隣から中を除く。
「さっきは失神してたから分からなかったけど、貴女可愛いわねえ。さぞかし、高い値で売れるわよ」
アナスタシアを値踏みするように見ながら、笑みを浮かべる。
その視線と言葉に含まれた意味に震えるアナスタシア。
「た、高く売れるって?」
「ん? 当然、奴隷としてよ。貴方たちは全員、二日後に開かれる宴で他の奴隷と一緒に競売にかけられるの。で女の貴女は当然、何処かの誰かに愛人として買われるのよ。大丈夫、すぐそんな境遇、慣れるから」
震えるアナスタシアに、更に畳み掛けるように状況説明するリーラ。
完全にアナスタシアが怖がっているのを楽しんでいる。
「まあ、金持ち一人の愛人になった方が楽よ。端金で汚え水夫とかの相手するよりかはね」
「端金で水夫の相手……?」
「そう。アタイはね、八つの頃から生きるために体売ってきたの。汚え水夫や港の労働者なんかに、端金で抱かれてきたのよ」
「や、八つから……」
リーラの言葉にショックを受け絶句するアナスタシア。
北方の辺境であったとしても、遠くオルダネイ帝国の貴族の血を引く者として育ってきたアナスタシアにとって、そんなに小さな頃から体を売らなければならなかったというのが衝撃であったのだ。
「スラム育ちはな、ガキのうちから何でもしなきゃ生きてけねえんだよ。親なんていねえからな。盗みどころか人殺しだって一桁のウチに済ました。俺とジントとヤンソンの三人でな。なあ、ヤンソン?」
ミックの言葉に、いやいやながらも頷くヤンソン。
「ああ、はっきり覚えてるよ。初めて人を殺した日のことは……」
複雑な表情のヤンソンを、ミックは笑った。
「なんだよ、まだ気に病んでんのかよ。あのババアは俺たちに物を恵んで優越感に浸ってただけだ」
そう、この三人が初めて殺したのは、スラム街に来ては食料品などを子供たちに配っていた商人の婦人であった。
食料品を一杯に積んだ荷車を引っ張ってスラム街に来た婦人を三人で襲い殺したのだ。
荷車の食料品を、そして懐の金品を奪い、死体はそのまま捨て置いた。
ヤンソンから見た限りでは、優しい婦人だった。
薄汚いスラムの子供たちにもにこやかに対応し、食べ物をお菓子を配ってくれていた。
しかし、それはミックには偽善に見えたのだろう。
表面上は笑って食べ物を貰うが、陰では『偽善者のクソババア』と言っていた。
そして渋るヤンソンとジントを誘い、殺して金品を奪うという凶行に出ることになる。
まあ、その後、施しが来なくなったことに憤った他の孤児たちにより、三人はボコボコにされ半殺しにされるのだが。
「俺やジントは、あれから数えきれねえほど人殺してきたから、もうババア殺した記憶なんか薄れてる。お前は盗み専門だから、覚えてんだろうな」
短刀を舐めながら、下卑た笑いをヤンソンに向けるミック。
スリやカッパライなど盗みの腕が上手かったヤンソンはともかく、ミックとジントはそうもいかずに強盗のようなことをするようになった。
当然、その過程において人を殺すことも多々あったのだ。
「まあ、兎にも角にもヤンソン。これ以上、俺たちを裏切るような真似はすんなよ。いいな?」
そう言って、ミックは部屋を出て行った。
それに続くジントとリーラ。
後に残されたヤンソンは、血が出るほどに唇を噛んでいた。
ストリート・チルドレンのエレジー 終了
バルトの高級住宅街に建つ一際大きな屋敷。
そこの応接室で、一行は屋敷の主と対面していた。
アラン・トールマン。
グレイス王家の分家であるトールマン公爵家の当主であり、このバルトの領主である、整えられた口髭の似合うダンディな金髪碧眼の中年男性。
下水道を抜けた一行は、エドガーの先導のもと高級住宅街に入り、ここトルーマン公爵邸に来て、領主に目通りを願ったのだ。
エドガーは、領主であり公爵という大貴族のアランに対し、ぞんざいな口調で話しかける。
旧知の仲なのであろうか。
「もう、頼れるのがアンタしかいないんでね」
「ふむ。君のとこの先代のボスには色々と借りがあるから、一時匿うぐらいなら良かろう。しかし、それだけでは済まないんだろう?」
アランはエドガーに厳しい目線を向ける。
面倒なことに巻き込みな、という言外の意思が篭められた視線だ。
「アンタだって、奴らロンダーズには思うところがあるだろ?」
「それはそうだ。奴らは抗争で勝利して以来、私の町で好き放題している。自分たちがバルトの主であるかのようにな。まことに許し難いことだ。だからといって、私が表立って奴らと敵対するわけにはいかん。衛兵たちもかなりの数が奴らに買収されている。ことを構えれば下手をすれば内乱になる」
苦々しげな顔で吐き捨てるように言う公爵。
町の闇を支配しているロンダーズと明確に敵対を表明したら、ロンダーズの構成員どころか買収された衛兵たちも敵に回すことになり、内乱の様相を呈してくる。
以前の三大組織の抗争は、あくまでも暗黒街~裏路地やスラム街などで行われ、一般市民にはほとんど被害は出なかった。
しかし内乱となれば、町は火の海となり、市民が巻き込まれることは確実。
それを恐れて、公爵はロンダーズを疎ましく思いながらも、手を出すことができないのだ。
「なるほど。じゃあ、流れの冒険者がロンダーズとやらかしたってのはどうだい、公爵様?」
エドガーとトルーマン公爵の会話を黙って見ていたヴァルだったが、進展しそうにないので口を挟んだ。
「ぶらりとやって来た流れの冒険者がやらかしたことなら、アンタにも迷惑はかからんだろ?」
口を挟んできた無作法な褐色の肌の男を胡散臭げに見た公爵だが、ある男を思い出して目を見張った。
「まさか、君は大鬼殺しヴォーラスの……」
「息子だよ。ご推察の通りにな」
またも父親の名を出されて仏頂面になるヴァル。
「そんなに似てるのか、俺と親父は……」
ボソボソと呟くヴァル。
「そうか! 彼の息子か! なら話は別だ!」
魔神殺しの英雄の息子がこちらにいると分かった途端に、勢いづく公爵様。現金な物である。
「そうかそうか! ということは、君たちが〈自由なる翼〉か。若手冒険者最強と言われた君たちがいるなら、やりようはある!」
先程までのぐずりようは何処へやら、やる気満々になってスキップでもしそうな公爵様。
「いいだろう。君たちが表に立って奴らとやり合うというなら、バックアップはしてやろうじゃないか。あの図に乗ったドルネイのガマガエルに一泡吹かせてやる」
ロンダーズに今まで色々と煮え湯を飲まされてきたのだろう。
公爵様は昏い笑みを浮かべながら、これからの算段を練り始めた。
* * *
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そこにロウド、コーンズ、アナスタシアの三人は囚われていた。
頑丈な格子の牢で、鍵も鍵穴の無い特殊な物で、解錠するのは無理そうである。
武装の類いは取り上げられ、まとめて見張りの脇に置かれている。
ちなみにオルフェリアは、普通の剣に見せかけるため、黙ったままだ。
「畜生! 鍵穴がねえから開けようがない!」
うつらうつら船を漕いでいる見張りの目を盗んで、ブーツの踵部分に隠してあった針金で鍵を開けようとしたコーンズだが、鍵穴が無いために解錠にチャレンジすることさえできなかった。
「どうすんの、コーンズ?」
悔しがるコーンズに、恐る恐る声を掛けるロウド。
「どうもこうも、何もできねえよ」
苛立だしげに吐き捨てるコーンズ。
さすが犯罪組織の牢獄というべきか、解錠ができないようになっている手の込んだ造りになっている。
コーンズには、この鍵の構造すら理解ができない。
入れられるときに見た限りでは、薄いカードのような物を押し当てて開閉していたように見えたのだが。
「もしかしたら、山人の魔工学で作られた鍵かも知れないですね」
アナスタシアが見解を述べた。
「あ~、なるほど。その可能性は高いな」
アナスタシアの意見に賛同するコーンズ。
と、どこからか拍手の音が聞こえてきた。
「正解。お嬢ちゃんの言うとおり、その鍵は山人の細工もんだよ」
見ると、いつの間にか牢屋のある部屋の扉の前にヤンソンが立っていた。
居眠りをこく見張りの前を通り越して、牢屋の前までやって来る。
「ヤンソン! テメエ、何しに来やがった!」
格子を掴んで、怒鳴るコーンズ。
「いきり立つなよ、コーンズ。そもそも、こうなったのはお前が原因だからな」
「はあ?! 俺がだと?!」
「そうさ。俺がせっかく見逃してやろうとしてたのに、お前がしつこく絡んでくっからこうなったんだよ」
そう言って、冷えた視線でコーンズを見やるヤンソン。
「斥候ってのはな、きっちり冷静に状況を判断しなきゃいけねえ。他の奴らが熱くなってるときでも、斥候だけは彼我戦力を見極めて戦闘を回避すべきか判断しなきゃいけない」
ヤンソンの口から紡ぎ出される斥候の心構え。
それが正論のために何も言い返せず黙りこくるコーンズ。
「なのに、お前は熱くなって俺にしつこく追いすがってきた。接近戦では俺に勝てないと明らかに分かったのにも関わらずな。その結果、撤退に失敗して、その二人を巻き込むことになった」
淡々と語るヤンソン。
「斥候ってのはパーティの中で一番、冷静でなきゃいけない。俺はそうリリアナさんから教わったぜ。お前は一人で熱くなり突っ走ってパーティの仲間を危機に至らしめた。何か、言い返すことはあるか?」
「……」
本当に言い返せず唇を噛んで俯くコーンズ。
「まあ、お前らんとこは、ミスティファーやイスカリオスがいたから、クレバーなとこは奴らが担ってたんだろうが。もし生きて出れたら、お前も頭を使えよな。突っ走んのは、あの脳筋だけで充分なんだから」
ヤンソンの斥候の役割の講義が続く中、部屋の扉が開いた。
「な~に、ご大層に諭してんだよ。ソイツらが表に出るこたあ、もうねえよ。それとも、逃がす気か?」
短刀男ミック、筋骨隆々の大男ジント、そしてドルネイに侍っていた美女がそこにはいた。
「ホント、何処に行くのかと思ってたら、奴隷として売り飛ばす予定の奴らのとこだなんてさ。何? 冒険者としての修行で、その美形アンチャンに情でも湧いたの?」
藍色の髪を肩の下辺りまで伸ばしたグラマーな美女が、皮肉げな笑みを口元に浮かべて言う。
「そ、そんなわけないだろ。なに言ってんだよ、リーラ」
美女の言葉に弱々しく反論するヤンソン。
「そうよねえ、ちょっと修行を一緒にしたからって、情が移って逃がしてやるなんてことはないわよね。あの地獄のスラム、一緒に過ごしたアタイたち裏切ってさ」
「だよなあ」
「ん」
短刀男ミックと大男ジントが美女リーラの言葉に追随して頷く。
この三人は、ヤンソンのスラム時代、ストリート・チルドレンの仲間であったのか。
リーラは牢屋に近付き、ヤンソンの隣から中を除く。
「さっきは失神してたから分からなかったけど、貴女可愛いわねえ。さぞかし、高い値で売れるわよ」
アナスタシアを値踏みするように見ながら、笑みを浮かべる。
その視線と言葉に含まれた意味に震えるアナスタシア。
「た、高く売れるって?」
「ん? 当然、奴隷としてよ。貴方たちは全員、二日後に開かれる宴で他の奴隷と一緒に競売にかけられるの。で女の貴女は当然、何処かの誰かに愛人として買われるのよ。大丈夫、すぐそんな境遇、慣れるから」
震えるアナスタシアに、更に畳み掛けるように状況説明するリーラ。
完全にアナスタシアが怖がっているのを楽しんでいる。
「まあ、金持ち一人の愛人になった方が楽よ。端金で汚え水夫とかの相手するよりかはね」
「端金で水夫の相手……?」
「そう。アタイはね、八つの頃から生きるために体売ってきたの。汚え水夫や港の労働者なんかに、端金で抱かれてきたのよ」
「や、八つから……」
リーラの言葉にショックを受け絶句するアナスタシア。
北方の辺境であったとしても、遠くオルダネイ帝国の貴族の血を引く者として育ってきたアナスタシアにとって、そんなに小さな頃から体を売らなければならなかったというのが衝撃であったのだ。
「スラム育ちはな、ガキのうちから何でもしなきゃ生きてけねえんだよ。親なんていねえからな。盗みどころか人殺しだって一桁のウチに済ました。俺とジントとヤンソンの三人でな。なあ、ヤンソン?」
ミックの言葉に、いやいやながらも頷くヤンソン。
「ああ、はっきり覚えてるよ。初めて人を殺した日のことは……」
複雑な表情のヤンソンを、ミックは笑った。
「なんだよ、まだ気に病んでんのかよ。あのババアは俺たちに物を恵んで優越感に浸ってただけだ」
そう、この三人が初めて殺したのは、スラム街に来ては食料品などを子供たちに配っていた商人の婦人であった。
食料品を一杯に積んだ荷車を引っ張ってスラム街に来た婦人を三人で襲い殺したのだ。
荷車の食料品を、そして懐の金品を奪い、死体はそのまま捨て置いた。
ヤンソンから見た限りでは、優しい婦人だった。
薄汚いスラムの子供たちにもにこやかに対応し、食べ物をお菓子を配ってくれていた。
しかし、それはミックには偽善に見えたのだろう。
表面上は笑って食べ物を貰うが、陰では『偽善者のクソババア』と言っていた。
そして渋るヤンソンとジントを誘い、殺して金品を奪うという凶行に出ることになる。
まあ、その後、施しが来なくなったことに憤った他の孤児たちにより、三人はボコボコにされ半殺しにされるのだが。
「俺やジントは、あれから数えきれねえほど人殺してきたから、もうババア殺した記憶なんか薄れてる。お前は盗み専門だから、覚えてんだろうな」
短刀を舐めながら、下卑た笑いをヤンソンに向けるミック。
スリやカッパライなど盗みの腕が上手かったヤンソンはともかく、ミックとジントはそうもいかずに強盗のようなことをするようになった。
当然、その過程において人を殺すことも多々あったのだ。
「まあ、兎にも角にもヤンソン。これ以上、俺たちを裏切るような真似はすんなよ。いいな?」
そう言って、ミックは部屋を出て行った。
それに続くジントとリーラ。
後に残されたヤンソンは、血が出るほどに唇を噛んでいた。
ストリート・チルドレンのエレジー 終了
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