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第7章 新たなる旅路
第59話 オルフェリアの回想-蒼雷姫、慟哭
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「竜殺しの勇者ライゼン……」
ロウドは己の愛剣の前世の話を聞いていて、心を沈ませていた。
自分がまだまだ未熟のヒヨッコだと言うことは自覚している。
だが、オルフェリアの前世の思い人であった男が竜をも倒すような英雄だった。
その事実は、己の目指す英雄としての道の果てゴールが遥か先であることを実感させ、自分の卑小さを弱さを突きつけられているようで仕方がなかった。
「おい、いっちょ前に何落ち込んでんだよ」
弟分が落ち込んでいるのを察知したコーンズが、兜を脱いだロウドの後頭部を平手で思いっ切り叩く。
「痛いよ!」
抗議の声を上げたロウドに、コーンズは懇々と諭す。
「お前は冒険始めたばっかのヒヨッコ。向こうは対魔族の最前線で戦い続けた歴然の勇者。経験がダンチなんだよ。比べるのもナンセンスだ」
コーンズが自分を励まそうとしてくれているのを悟り、ロウドは兄貴分の顔を見上げる。
「いいか。見果てぬ先に憧れの人たちがいるというなら、これから死に物狂いで頑張って近付けばいいんだよ。な、ロウド?」
そう、コーンズとて同じだ。
迷宮都市マッセウで、力及ばず夢敗れた実の親に捨てられたコーンズを拾い育ててくれた養父母。
魔神殺しの英雄である大鬼殺しヴァル、月の戦乙女リリシア。
そして、たまにやってくる鉄壁の騎士カッシュ・グラモン。
四英雄のうち、キタンの法王庁で枢機卿となった太陽の申し子アベルを除く三人。
まさに雲上人と言っていい三人と身近に接することになったコーンズにとって、身近でありながらも手の届かない状況はとてつもなく歯痒いものであった。
自分よりも歯痒い状態のはずの英雄二人を両親に持つヴァルが『俺たちは俺たちで頑張るしかねえだろ』と言ってくれなければ、早々と腐っていたであろう。
そう、地道に頑張るしかないのだ。一朝一夕に強くなれるわけはないのだから。
コーンズの実体験を滲ませる軽い口調ながらも重みのある言葉は、ロウドの心に響いた。
「そう、だね。一歩ずつ近付くしかないよね」
頷いたロウドに、オルフェリアが言葉をかける。
「コーンズの言うとおりじゃ。強くない。というなら、これから強くなればいい。一歩一歩、脚を踏みしめて着実に。分かるな、我が使い手よ」
兄貴分と愛剣、二人?の言葉を受けて、ロウドは心を燃えがらせる。
「うん! 僕は強くなる! 強くなってみせる!」
そんなロウドを微笑ましく見るアナスタシアとは裏腹に、そのとなりのメイドは嘆息をしていた。
「はあ……手間のかかるお坊ちゃまですこと。今までのオルフェリア様の使い手の中で、一番最弱で面倒ですねえ」
エリザベスの知る限り、オルフェリアの使い手は皆、名だたる騎士・戦士であった。
屠竜剣オルフェリアを持つに相応しい実力の持ち主たちであり、ブレることなく前を見続けた者たちであった。
実力的にも精神的にも今代の使い手のロウドは最弱であり、エリザベスから見れば頼り無いことこの上ない。
しかし故にこそ見守ろうという気分になるのは確かであり、主たるアナスタシアがそれなりにロウドのことを気に入っている以上、是が非でも強くなってもらわねばならない。
「頑張って強くなることです。アナスタシア様の盾になってもらわなければならないのですから」
エリザベスなりの励ましが飛ぶ。
「エリザベスったら……で、オルフェリア、話を戻すけど。始祖たる竜の貴方が何故、竜殺しの魔剣になったの?」
アナスタシアが話の筋を元に戻した。
「うむ……あれは私とライゼンの最後の戦いじゃ……」
* * *
「今日こそ決着をつけるぞ、ライゼン」
「望むところだ、オルフェリア」
ルキアン王国の王都サガの郊外の平野の上空にて睨み合う二つの勢力。
蒼雷姫オルフェリア率いる飛竜の群れ、ライゼンを先頭にした天馬騎士団。
幾度も戦場で相まみえた好敵手が今日こそケリを付けようと、ここを決戦場として己の仲間たちを率いて集ったのだ。
「これで顔を合わせるのは最後かと思うと寂しい気がせんでもないが、そろそろケリを付けねばな」
オルフェリアの思わずこぼした言葉に、ライゼンは歯を見せる男臭い笑みで応える。
「竜も、そんな気分になるのだな。俺も少し寂しい気分がしないでもないが、所詮は人と竜。交わることなどあり得ん。勝負だ、オルフェリア」
その言葉を皮切りに、飛竜軍団と天馬騎士団の入り乱れての空中戦が始まった。
優勢なのは当然、飛竜の側だ。
竜殺しの勇者ライゼンほどの力量は無い一般の天馬騎士は、飛竜の雷の吐息に灼かれて次々と落ちていく。
善戦しているのは、ライゼンと共に幾多の戦いを生き抜いたベテランだけだ。
「ライゼン! このままじゃジリ貧だ!」
団長のガンドゥが天馬を寄せて、ライゼンに怒鳴り声にも聞こえる大声をかける。
そう、戦う前から分かっていた。
最強の生物たる竜の一角、飛竜。
空を飛ぶという都合上、地竜や水竜よりも防御力・耐久力に欠けるが、それでも戦闘力は他の二種に劣るものではない。
経験を積んだベテランならともかく、成り立ての天馬騎士では相手にはならないのだ。
「そもそも戦力で劣ってるんだ、仕方ない! 戦局を覆すには、もはや頭を叩くしかない!」
そう怒鳴り返し、好敵手たるオルフェリアの方へと顔を向けるライゼン。
群れの頭である蒼雷姫オルフェリアさえ仕留めれば、統制は乱れ付け入る隙ができるはずだ。
「ガンドゥ! 俺は蒼雷姫に挑む! フォロー頼む!」
愛馬を駆り、オルフェリアへと向かうライゼン。
「みんな、ライゼンがオルフェリアに挑む! 他の飛竜の邪魔が入らないよう、俺たちで抑えるぞ! 踏ん張れ!」
ガンドゥの檄が生き残りの天馬騎士に飛んだ。
「応!」
最強の勇者ライゼンがオルフェリアを倒すことに賭けるしかない。それが敗色濃厚な戦局を覆す唯一の乾坤一擲の手だと、天馬騎士団はボロボロの体に鞭打ち、一般の飛竜を抑えにかかる。
仲間に他の飛竜の相手を任せ、ただひたすら前進、オルフェリアを目指すライゼン。
「おおお!」
雄叫びを轟かせて己へと迫ってくる好敵手を認め、目を細めるオルフェリア。
「来たか、ライゼン。待ちかねたぞ」
激突する竜殺しの勇者と最強の飛竜。
まるで舞踏会でのダンスのように空中で幾度も切り結ぶ両雄。
すれ違う度にライゼンの轟槍が閃き、オルフェリアの雷の吐息が煌めく。
「くははは! やはり、お前とやり合っていると心が躍る! もっとだ! もっと来い!」
オルフェリアの嬉々とした声が響く。
「悪いが、こちらは死に物狂いでやってんだよ!」
対するライゼンは、必死の形相である。
幾合も切り結び互いに傷を負った状態で向かい合う両雄。
竜であるオルフェリアはともかく、ライゼンそして愛馬の天馬は、もはや体力の限界に来ており、おそらく次の一撃が最後になることは明白だった。
「はあ、はあ……」
血の匂いの混じる荒い息のライゼン。目も霞み、轟槍を握る手も震えている。
「ここまで、か……だが、この命に代えても、お前を倒す!」
轟槍を握り直し愛馬の腹に蹴りを入れる。命の残り火を燃やし、オルフェリアに突進するライゼン。
全ては愛する者を守るために。その為に人は己の命を賭けることができるのだ。
好敵手の命を賭した最後の特攻。オルフェリアはそれを迎え撃つ。
「来い、ライゼン!」
最後の激突を正に迎えようとした時、それは起きた。
遥か後方、王都サガの中心たる王城を地中から吹き出した火柱が貫いたのだ。
「な、何?!」
愛馬を急停止させ、振り向くライゼン。
その視界に映ったのは、城を崩しながら地中より這い出る小山のような巨体の漆黒の地竜。
最強の竜・黒竜王アハトだ。
おそらく地中を火炎の吐息で溶かしながら進み、ここまでやって来たのだろう。
「あああ、ローゼリア!」
崩れ去る王城を見て叫ぶライゼン。
城にはルキアン王国第一王女ローゼリアがいる。懐妊したのが、つい最近分かった最愛の妻が。
「謀ったな、オルフェリア! 我ら天馬騎士団を王都から引き離しておいて、王城に奇襲をかけるとは!」
オルフェリアに憎しみの篭もった視線、そして罵声を向けるライゼン。
「し、知らない! 妾は知らない!」
アハトが動いてることなど聞いていない。ましてや眷属を伴わず、単独で王城に攻撃を仕掛けるなど。
「ガンドゥ!」
「ああ! 皆、飛竜などに構うな! 王都へ急げ!」
ライゼン以下、天馬騎士団は、今まで戦っていた飛竜を捨て置き、脇目も振らず一心不乱に王都へと向かう。
王城そして王都にいる最愛の者を、あの〈歩く城塞〉と言われる最強の生物から守るために。
飛んできた天馬騎士団へと顔を向けるアハト。
その顎が開き喉の奥に赤いものが躍る。
アハトが何をしようとしているか察知するオルフェリア。
「や、やめろ! アハトォ!」
オルフェリアの叫び。
アハトの口から放たれる火炎の吐息。
この世の万物を焼き尽くすと言われた劫火が、ライゼンたち天馬騎士団へと襲いかかる。
瞬時に焼き尽くされ灰さえも残さず消え去る天馬騎士団。
ライゼンを筆頭に咄嗟に回避行動を取った者もいたが、その後を追うようにアハトは首を回し業火の吐息を浴びせ続ける。
そして最後まで残ったのはライゼン。愛馬を駆り、炎を躱し続ける。
「ほお。やるな、平人にしては。我が妹が気に入ったことはある、と言っておこう」
吐息を一旦止め、ライゼンを賞賛するアハト。
「だがな、ここまでよ。母なる大地に巣くう蛆虫の如き平人など、跡形も無く消え去るが良い!」
首を反らして息を思い切り吸い込むアハト。渾身の吐息を吐く準備だ。
『何とか吐息を躱して懐に入り、喉元に一撃を入れるしかない』
ライゼンは狙いを定める。
あの巨体どこに攻撃を当てても致命傷にはなるまい。
だが喉に一撃を入れれば息ができなくなる。吐息も吐けなくなるだろう。
アハトの動きを窺うライゼン。チャンスは一度、吐息を吐いた直後しかない。
首を戻し顎を開くアハト。
喉の奥に炎が煌めき、口腔に満ちたそれが吹き出される。
「ルゼ!」
口の向きから吐息の方向を推測し、愛馬の腹を蹴って回避行動に出るライゼン。
しかし、それは叶わなかった。
今度アハトの口から放たれた火炎の吐息は、今までのような直線状ではなく、口を頂点としたコーン状に放たれたのだ。
回避行動も間に合わず、炎に巻き込まれるライゼンと愛馬。
その身にかけられた神聖魔法の防御でも抗えるはずもなく他の者と同じように消し炭となる。
唯一焼け残った愛用の轟槍が地に落ち、深々と突き刺さった。
「あああああ! ライゼン! ライゼェン!」
オルフェリアの口から漏れる慟哭。
オルフェリアの回想-蒼雷姫、慟哭 終了
ロウドは己の愛剣の前世の話を聞いていて、心を沈ませていた。
自分がまだまだ未熟のヒヨッコだと言うことは自覚している。
だが、オルフェリアの前世の思い人であった男が竜をも倒すような英雄だった。
その事実は、己の目指す英雄としての道の果てゴールが遥か先であることを実感させ、自分の卑小さを弱さを突きつけられているようで仕方がなかった。
「おい、いっちょ前に何落ち込んでんだよ」
弟分が落ち込んでいるのを察知したコーンズが、兜を脱いだロウドの後頭部を平手で思いっ切り叩く。
「痛いよ!」
抗議の声を上げたロウドに、コーンズは懇々と諭す。
「お前は冒険始めたばっかのヒヨッコ。向こうは対魔族の最前線で戦い続けた歴然の勇者。経験がダンチなんだよ。比べるのもナンセンスだ」
コーンズが自分を励まそうとしてくれているのを悟り、ロウドは兄貴分の顔を見上げる。
「いいか。見果てぬ先に憧れの人たちがいるというなら、これから死に物狂いで頑張って近付けばいいんだよ。な、ロウド?」
そう、コーンズとて同じだ。
迷宮都市マッセウで、力及ばず夢敗れた実の親に捨てられたコーンズを拾い育ててくれた養父母。
魔神殺しの英雄である大鬼殺しヴァル、月の戦乙女リリシア。
そして、たまにやってくる鉄壁の騎士カッシュ・グラモン。
四英雄のうち、キタンの法王庁で枢機卿となった太陽の申し子アベルを除く三人。
まさに雲上人と言っていい三人と身近に接することになったコーンズにとって、身近でありながらも手の届かない状況はとてつもなく歯痒いものであった。
自分よりも歯痒い状態のはずの英雄二人を両親に持つヴァルが『俺たちは俺たちで頑張るしかねえだろ』と言ってくれなければ、早々と腐っていたであろう。
そう、地道に頑張るしかないのだ。一朝一夕に強くなれるわけはないのだから。
コーンズの実体験を滲ませる軽い口調ながらも重みのある言葉は、ロウドの心に響いた。
「そう、だね。一歩ずつ近付くしかないよね」
頷いたロウドに、オルフェリアが言葉をかける。
「コーンズの言うとおりじゃ。強くない。というなら、これから強くなればいい。一歩一歩、脚を踏みしめて着実に。分かるな、我が使い手よ」
兄貴分と愛剣、二人?の言葉を受けて、ロウドは心を燃えがらせる。
「うん! 僕は強くなる! 強くなってみせる!」
そんなロウドを微笑ましく見るアナスタシアとは裏腹に、そのとなりのメイドは嘆息をしていた。
「はあ……手間のかかるお坊ちゃまですこと。今までのオルフェリア様の使い手の中で、一番最弱で面倒ですねえ」
エリザベスの知る限り、オルフェリアの使い手は皆、名だたる騎士・戦士であった。
屠竜剣オルフェリアを持つに相応しい実力の持ち主たちであり、ブレることなく前を見続けた者たちであった。
実力的にも精神的にも今代の使い手のロウドは最弱であり、エリザベスから見れば頼り無いことこの上ない。
しかし故にこそ見守ろうという気分になるのは確かであり、主たるアナスタシアがそれなりにロウドのことを気に入っている以上、是が非でも強くなってもらわねばならない。
「頑張って強くなることです。アナスタシア様の盾になってもらわなければならないのですから」
エリザベスなりの励ましが飛ぶ。
「エリザベスったら……で、オルフェリア、話を戻すけど。始祖たる竜の貴方が何故、竜殺しの魔剣になったの?」
アナスタシアが話の筋を元に戻した。
「うむ……あれは私とライゼンの最後の戦いじゃ……」
* * *
「今日こそ決着をつけるぞ、ライゼン」
「望むところだ、オルフェリア」
ルキアン王国の王都サガの郊外の平野の上空にて睨み合う二つの勢力。
蒼雷姫オルフェリア率いる飛竜の群れ、ライゼンを先頭にした天馬騎士団。
幾度も戦場で相まみえた好敵手が今日こそケリを付けようと、ここを決戦場として己の仲間たちを率いて集ったのだ。
「これで顔を合わせるのは最後かと思うと寂しい気がせんでもないが、そろそろケリを付けねばな」
オルフェリアの思わずこぼした言葉に、ライゼンは歯を見せる男臭い笑みで応える。
「竜も、そんな気分になるのだな。俺も少し寂しい気分がしないでもないが、所詮は人と竜。交わることなどあり得ん。勝負だ、オルフェリア」
その言葉を皮切りに、飛竜軍団と天馬騎士団の入り乱れての空中戦が始まった。
優勢なのは当然、飛竜の側だ。
竜殺しの勇者ライゼンほどの力量は無い一般の天馬騎士は、飛竜の雷の吐息に灼かれて次々と落ちていく。
善戦しているのは、ライゼンと共に幾多の戦いを生き抜いたベテランだけだ。
「ライゼン! このままじゃジリ貧だ!」
団長のガンドゥが天馬を寄せて、ライゼンに怒鳴り声にも聞こえる大声をかける。
そう、戦う前から分かっていた。
最強の生物たる竜の一角、飛竜。
空を飛ぶという都合上、地竜や水竜よりも防御力・耐久力に欠けるが、それでも戦闘力は他の二種に劣るものではない。
経験を積んだベテランならともかく、成り立ての天馬騎士では相手にはならないのだ。
「そもそも戦力で劣ってるんだ、仕方ない! 戦局を覆すには、もはや頭を叩くしかない!」
そう怒鳴り返し、好敵手たるオルフェリアの方へと顔を向けるライゼン。
群れの頭である蒼雷姫オルフェリアさえ仕留めれば、統制は乱れ付け入る隙ができるはずだ。
「ガンドゥ! 俺は蒼雷姫に挑む! フォロー頼む!」
愛馬を駆り、オルフェリアへと向かうライゼン。
「みんな、ライゼンがオルフェリアに挑む! 他の飛竜の邪魔が入らないよう、俺たちで抑えるぞ! 踏ん張れ!」
ガンドゥの檄が生き残りの天馬騎士に飛んだ。
「応!」
最強の勇者ライゼンがオルフェリアを倒すことに賭けるしかない。それが敗色濃厚な戦局を覆す唯一の乾坤一擲の手だと、天馬騎士団はボロボロの体に鞭打ち、一般の飛竜を抑えにかかる。
仲間に他の飛竜の相手を任せ、ただひたすら前進、オルフェリアを目指すライゼン。
「おおお!」
雄叫びを轟かせて己へと迫ってくる好敵手を認め、目を細めるオルフェリア。
「来たか、ライゼン。待ちかねたぞ」
激突する竜殺しの勇者と最強の飛竜。
まるで舞踏会でのダンスのように空中で幾度も切り結ぶ両雄。
すれ違う度にライゼンの轟槍が閃き、オルフェリアの雷の吐息が煌めく。
「くははは! やはり、お前とやり合っていると心が躍る! もっとだ! もっと来い!」
オルフェリアの嬉々とした声が響く。
「悪いが、こちらは死に物狂いでやってんだよ!」
対するライゼンは、必死の形相である。
幾合も切り結び互いに傷を負った状態で向かい合う両雄。
竜であるオルフェリアはともかく、ライゼンそして愛馬の天馬は、もはや体力の限界に来ており、おそらく次の一撃が最後になることは明白だった。
「はあ、はあ……」
血の匂いの混じる荒い息のライゼン。目も霞み、轟槍を握る手も震えている。
「ここまで、か……だが、この命に代えても、お前を倒す!」
轟槍を握り直し愛馬の腹に蹴りを入れる。命の残り火を燃やし、オルフェリアに突進するライゼン。
全ては愛する者を守るために。その為に人は己の命を賭けることができるのだ。
好敵手の命を賭した最後の特攻。オルフェリアはそれを迎え撃つ。
「来い、ライゼン!」
最後の激突を正に迎えようとした時、それは起きた。
遥か後方、王都サガの中心たる王城を地中から吹き出した火柱が貫いたのだ。
「な、何?!」
愛馬を急停止させ、振り向くライゼン。
その視界に映ったのは、城を崩しながら地中より這い出る小山のような巨体の漆黒の地竜。
最強の竜・黒竜王アハトだ。
おそらく地中を火炎の吐息で溶かしながら進み、ここまでやって来たのだろう。
「あああ、ローゼリア!」
崩れ去る王城を見て叫ぶライゼン。
城にはルキアン王国第一王女ローゼリアがいる。懐妊したのが、つい最近分かった最愛の妻が。
「謀ったな、オルフェリア! 我ら天馬騎士団を王都から引き離しておいて、王城に奇襲をかけるとは!」
オルフェリアに憎しみの篭もった視線、そして罵声を向けるライゼン。
「し、知らない! 妾は知らない!」
アハトが動いてることなど聞いていない。ましてや眷属を伴わず、単独で王城に攻撃を仕掛けるなど。
「ガンドゥ!」
「ああ! 皆、飛竜などに構うな! 王都へ急げ!」
ライゼン以下、天馬騎士団は、今まで戦っていた飛竜を捨て置き、脇目も振らず一心不乱に王都へと向かう。
王城そして王都にいる最愛の者を、あの〈歩く城塞〉と言われる最強の生物から守るために。
飛んできた天馬騎士団へと顔を向けるアハト。
その顎が開き喉の奥に赤いものが躍る。
アハトが何をしようとしているか察知するオルフェリア。
「や、やめろ! アハトォ!」
オルフェリアの叫び。
アハトの口から放たれる火炎の吐息。
この世の万物を焼き尽くすと言われた劫火が、ライゼンたち天馬騎士団へと襲いかかる。
瞬時に焼き尽くされ灰さえも残さず消え去る天馬騎士団。
ライゼンを筆頭に咄嗟に回避行動を取った者もいたが、その後を追うようにアハトは首を回し業火の吐息を浴びせ続ける。
そして最後まで残ったのはライゼン。愛馬を駆り、炎を躱し続ける。
「ほお。やるな、平人にしては。我が妹が気に入ったことはある、と言っておこう」
吐息を一旦止め、ライゼンを賞賛するアハト。
「だがな、ここまでよ。母なる大地に巣くう蛆虫の如き平人など、跡形も無く消え去るが良い!」
首を反らして息を思い切り吸い込むアハト。渾身の吐息を吐く準備だ。
『何とか吐息を躱して懐に入り、喉元に一撃を入れるしかない』
ライゼンは狙いを定める。
あの巨体どこに攻撃を当てても致命傷にはなるまい。
だが喉に一撃を入れれば息ができなくなる。吐息も吐けなくなるだろう。
アハトの動きを窺うライゼン。チャンスは一度、吐息を吐いた直後しかない。
首を戻し顎を開くアハト。
喉の奥に炎が煌めき、口腔に満ちたそれが吹き出される。
「ルゼ!」
口の向きから吐息の方向を推測し、愛馬の腹を蹴って回避行動に出るライゼン。
しかし、それは叶わなかった。
今度アハトの口から放たれた火炎の吐息は、今までのような直線状ではなく、口を頂点としたコーン状に放たれたのだ。
回避行動も間に合わず、炎に巻き込まれるライゼンと愛馬。
その身にかけられた神聖魔法の防御でも抗えるはずもなく他の者と同じように消し炭となる。
唯一焼け残った愛用の轟槍が地に落ち、深々と突き刺さった。
「あああああ! ライゼン! ライゼェン!」
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