小さくって何が悪い 婚約破棄された貧乏貴族令嬢は呪われた辺境で変態だけど奥手の紳士に目を付けられます。

オカメ颯記

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28冒険者

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 確かに大人には無理な大きさだった。入り口は狭いけれど、そこを抜ければ私ならば這っていける。 

『聞こえるか。その先に印が付いている場所があるはずだ。黄色の蛍光塗料が塗ってある。そこが穴になっている。』

  私は先を明かりで照らした。
  
「あれね。確認しました。」 

『そこが穴だ。そこから気を付けて下に降りてくれ』

 一見、通路が続いているように見えるが確かに穴だった。私は苦労して、穴のふちで向きを変えた。

『穴の底までは背丈ほどの深さしかないはずだ。ただ、その先は急な傾斜になっている。こちらで支えるからゆっくり降りてくれ。』

 なるほど、滑り台という表現は正しい。一気に下るか、それとも。

「ティカ、ライト」 
 私はすべる前に穴の下に向かって呼びかけた。 
「聞こえる?助けに来たわよ。」

 明かりを向けてみたが滑り台の下からの答えはなかった。
  
「一気に滑っても大丈夫かしら?」
  私はラーズに聞いてみた。

『ゆっくり降りてくれ。万が一のこともある。勢いあまって綱が切れたら、大変だ。』
  
 私はため息をついて、命綱の抵抗を感じながらゆっくりと降りていく。
  
「いったい古代人たちはなんでこんなものを……」 
 お尻で滑りながら私はこぼす。

『推測だが、ゴミ捨て場だったのではないかといわれている。』 
 私は動きを止めた。まさか私のお尻が当たっているところがごみ溜めだったと?

『ほかの説もある。水路だったという説とか、通気口だったという説。ただの罠だという説。正直何だったのかよくわかっていない。』

 ずいぶん下のほうまできた。私は明かりで先を照らそうとするが、暗闇だけが広がっている。来た方向に明かりを向けても何も見えない。迫る闇が私を押しつぶしてしまいそうだ。

『ああ、こんな話、興味ないだろうか。』 

「いえ、好きです。遺跡の話。もっといろいろ話してほしいです。」 

『そうか? 先生も冒険者にあこがれている口なのか?』 
 小説の中でなら。現実、こんな闇の中で活動するなんてまっぴらごめんだ。こんな場所で愛をささやかれても縮み上がった心には響かない。

「話を聞くだけなら、いいと思います。」
  急に体を支えていた床が消えて、私は小さく悲鳴を上げた。
  
『どうした?』
  慌てたようなラーズの声が耳元で聞こえる。 

「あ、床が……」 
「誰?」

 下のほうに小さな明かりが見えた。 私はそちらに明かりを向ける。
  
「ティカ?」 
 照らされた明かりの中に小さな人影が見えた。

「せんせい? 先生!」子供たちが 慌てて立ち上がった弾みに明かりが倒れる。 

「みんな、無事?」

「先生、来てくれたの?」
「先生!」
「助けてよぉ」 
 口々に子供たちが泣きついてくる。 

「ち、ちょっと落ち着いて。こちらは宙づりになっているのだ。」
  
『どうした? 先生』

「子供たちを見つけました。みんな……けがはない?」 
 私は子供たちに尋ねた。 

「うん。ちょっと足をくじいたり、すりむいたりしたくらいだよ。」 
「うわーん。怖いよぉ」
「うるさい。しがみついてくるなよ」
「ちょ、ちょっと、話を聞い……」

  最初のころのごたごたした教室がよみがえってきた。
  
「早く助けてよぉ」
「ティカが悪いんだ」
「なにをー」 

「先生の話を聞きなさい」 
 私は一喝する。 
「騒がない。静かにする。いい?」
  
 生徒たちは私を見上げる。 

「いい? 今から助けるから静かにして。黙って座りなさい」
  子供たちは静かになった。反響が消えると音のない世界だった。私は内心震えた。

「……それで、先生、その恰好でどうやって僕らを助けるの?」
  
 忘れていた。私は縄一本で吊り下げられていたのだった。下に降りようにもこれ以上縄が伸びる気配はないし、上がろうにも手がかりすらない。 

「……ラーズさん、どうすれば……私、宙ぶらりんなんですけど」 
 私はささやいた。

『……命綱の長さが微妙に足らない。今から子供たちを引き上げる綱を送る。とりあえず、先生はそのままでいてくれ』 

 え? 木からぶら下がる芋虫みたいなんですけど。
  
 しばらくすると怪しい足がたくさんある機械が現れた。その機械は私を無視して、子供たちのほうに降りていく。そして、引き上げる用のロープを運ぶ機械が現れ、子供たちに綱を渡した。

 誰が一番初めに引き上げられるかもめた後、一人ずつ子供たちが救助されていく。

「先生、お先に」 

 機械の都合とかで、子供たちを引き上げるまで私はしばらくそのままだった。
 大口をたたいて乗り込んでいったのに、この始末なんて……先生としての威厳はどこ?

 ようやく、さきほどの場所まで戻った時私はもうへとへとだった。体も心もボロボロだ。

「エレッタさん」

  穴からはい出した私をいきなりラーズが抱きしめてきた。 

「よかった。先生のおかげだ。こんなに早く彼らを見つけることができた。本当にすまなかった」
  
「お役に立てず、申し訳ありませんでした」

  「いや、そんなことはない。先生がいなければ、彼らをここまで早く引き上げることはできなかっただろう」
 彼の視線をたどると毛布を体に巻き付けた子供たちが座り込んでいた。 

「あの子たちは」 

「ああ。ちょっと足をくじいたり、ぶつけたりしているが、元気だ。だな、お前ら」
  ラーズのにらみに子供たちはびくりとする。 
「後でたっぷりと言い訳を聞いてやる。それよりも、エレッタさん」
  ラーズはひょいと私を抱え上げた。 

「あ、ラーズさん。私、自分で歩けます。あの、おろして……」

  「いや、そういうわけにもいかない。すぐに医務室に連れていく。あそこは空気がよどんでいる。体に害があるかもしれない」

  私の抗議など聞く様子もなくラーズは走るようにして私を連れて遺跡を抜けていく。

  は、これは俗にいうお姫様抱っこというものでは…… 私はだいぶ進んでから気が付いた。 

「ちょ、ラーズさん。あの……」 

「どけ、お前ら。けが人だ」 

 皆が驚いた顔をして道を開ける。そして、その視線がいつまでもおってくるような気がするのだ。
  
「ラーズさん……おろして……」
  
 小さな声で抗議したけれど、ラーズ会長の耳には届いていないようだ。 ラーズは遺跡を抜けて、私たちがもともと滞在していた建物に飛び込んだ。 
「先生。急患だ。おい、道を開けろ」 
 彼は医務室に飛び込んで、私を寝台に寝かせようとする。 

「おお、生徒がケガをしたのかね。これは、これは……お嬢ちゃん、どこをけがしたのかな?」
  初老の医師が私に尋ねる。 

「私、怪我をしていません。それに……大人ですから」 
 えっと驚きの表情を老人は浮かべた。彼は確認するようにラーズを見る。 

「エレッタ先生だ。地下の瘴気に当たったかもしれん」 

「あ、そ、そう?」 

 医者は戸惑った表情を浮かべて私を診察した。 瘴気といわれて私も不安になっていたけれど、もちろん、なんともなかった。

  後から運び込まれた生徒たちもたいしたケガではなかった。
  
 ただ、ラーズ会長が騒々しく私を医務室に連れて行ったので、今回の騒ぎはみんなに知れ渡ってしまった。 

「先生。昨日は大変でしたね」
 見舞いに来た女の子たちが食いつくような熱心さで私に質問してきた。 

「それで、どうでした?」
「怪我されたんですよね」
「あれ、ラーズ会長が助けてくれたんですよね」
「どうでした?」 
 口々に質問された。
  
「待って、待って。大丈夫なの。私が穴にはまったわけではなく、ティカ君たちが……」
  
「あのバカたちのことはいいんです。それよりも、先生とラーズ会長が……」
「ラーズ会長、必死でしたよね」
「そのあと、ラーズ会長が先生を……」 

 え? そちらのほうが大事なの? 
 女の子たちには事故は調査中とかなんとかごまかす。 
 医務室の先生が女の子達を追い出してくれた。 

 ぶつぶつ言いながら、部屋を出た女の子たち出て行った。
 彼女たちの姿が消えてほっと一息と思ったのに。 女の子たちはすぐに退き返してきた。
  嬉々として扉から顔をのぞかせる。 

「先生、待ち人が来ましたよ」
「お二人でごゆっくり」

  黄色い声で励ましを受けていたのはラーズ会長だった。
  彼は顔を赤くして、女の子たちが完全に姿を消すのを扉の内側で待っていた。
 本当に彼女たちがいなくなるのを確かめて、枕元の椅子に腰を下ろす。 

「す、すまない。先生が途中で事故にあってしまって。ちょっと動揺してしまった」
  ラーズは下を向いて謝る。 「

 それは、いいのですけれど。今回のことで不都合なことは起こらないかしら。ほら、あの子たちが勝手に夜の散歩をしたことがみんなにばれてしまったでしょう」 

「それは、まぁ、問題ない。ああいうことをやりそうな面子だったからな」 

「それに、あんなところを見られてしまったし」 
 私はぼそりとつぶやく。 

 私にとっては、ラーズ会長に抱っこされて医務室に運び込まれたことが一番の問題だ。今思っても顔が赤くなる。

  だって、ああいうのは、新婚の……夫婦のやることではないの? 
 私の読んだ小説では、いつもそうだった。物語が大団円に向かう場面での定番、幸せの象徴……心臓がドキドキしてしまう。 
 周りの人たちに誤解されたり、してないかしら。 
 女の子たちは完全にそうだと思ったらしい。なんてことかしら。 いえいえ、ラーズ会長とはそんな仲ではないし。

  なんとなく、気まずい。 目を合わすのも、なんだか、気が引ける。 
 それは私だけではなくラーズ会長もそうだった。 話は弾むことはなく、ラーズ会長は感謝とお見舞いを口にして早々に退散した。 
 残された私は医務室の寝台の上で一人身もだえていた。
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