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第十五話
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『2番テーブル料理の催促です!』
『2番はコース料理だろ?とりあえずサラダ出しとけ!』
「はるとせんぱーい…飲み放題のお客様じゃないのに飲み放題でオーダー取っちゃいました…」
『6番テーブルのお客様お帰りです!会計お願いします!』
『22番テーブルのドリンクとお通し出した?注文から時間経ってるよ!』
「はるとせんぱーい…カードでのお会計のやり方分かりません…」
『て、店長!トイレでお客様が吐いてます!』
『またか…とりあえず落ち着くまでそのままにしといて!トイレ前に清掃中の看板出すの忘れずに!』
「はるとせんぱーい…間違えて串カツ42本オーダー取っちゃいました…」
バイト仲間が目まぐるしく働いている。居酒屋近くの幼稚園でバザーが開催されていたらしく、そこからマダムたちが流れてきて女子会を開いており、平日とは思えない量の人々が訪れていた。さらに大学のサークルの打ち上げなのか、15人近くの大学生が一度にやって来て好き勝手に騒いでいる。
しかしこちらもバイトの精鋭たち。どれだけ忙しくても、どれだけクレームを入れられても笑顔を絶やすことなくキビキビと働いている。
…1人のポンコツを除いて。
「…君はいつになったら仕事を覚えるんだ、真凜!」
「そんなこと言わないで下さいよぉ~」
目をぐるぐると回しながら真凜が泣きべそをかく。あまりの忙しさにテンパりすぎて普段出来ていたことまで出来なくなってしまっている。怪我をしている俺の方がまだ戦力になるだろう。
「真凜ちゃんこれ10番テーブル!大分遅れちゃってるから謝っといて!」
「…はぁい。」
けれど、そんな真凛でないと任せられない仕事もある。
ゴシゴシと目を擦り、トレーに料理を乗せ提供に行く真凜。10番テーブルの客は先ほどから遅い遅いと何度もクレームを入れてきていた仕事帰りのサラリーマン二人組。そんな客の元に、人の神経を逆撫ですることに定評のある真凜を送るのは逆効果かもしれない。
「お待たせしましたぁ!こちらコースのフライドポテトですっ!」
「やっと来たよ。忙しいのはわかるけどさ、ちょっと遅すぎじゃない?」
むすっとした様子の客。しかし真凜は申し訳なさそうな表情を一切みせない。ただ、笑顔でこう告げるのだ。
「申し訳ありません!お詫びにポテトの方山盛りにしておきました!」
「…そ、そう?それなら許しちゃおうかな」
むすりとした客の表情が一転、へにゃりと破顔する。
当然というか、山盛りになんてしていない。そんな余裕があれば他の料理を作っている。
真凜は自身の人への魅せ方が上手い。中年グループに対しては娘のように、青年グループに対しては後輩のように、学生グループに対しては同期のように振る舞う。さらに男性女性で対応を変えるという徹底っぷり。
これこそ、彼女が看板娘とされる理由。客に対し客の望む表情、仕草、笑顔で見せ、高まった感情をそれとなく抑えてくれる。
基本ポンコツの真凜だが、面倒な客や大分お待たせしてイライラしている様子の客に対しての対応に於いては俺も全幅の信頼を寄せている。
「…戻りましたぁ」
客に対してコロコロと姿勢を変え、相手の望む自分を見せる。言うなれば擬態することに長けた人間。…そんな動物いたな。身を守るために身体の色を変えて周りのものに擬態する、みたいな。確か…
「カメレオン真凛…」
「なんですかそれ馬鹿にしてるんですか?ガチでキレますよ?」
「褒めてるつもりだったんだけど…そんな怒ること?」
戻ってきた真凜はシュッシュっとシャドーボクシングをして臨戦態勢。うりゃ~と繰り出してきた右拳を軽く受け止め、ぴしりとでこにチョップをかましてやる。あぅ、と真凜が気の抜けた声をあげた。
「よくやった真凜。これであの客はもう30分くらいなら放置しておいていい」
「それはそれでどうかと思うんですけど?」
苦笑しながらそう言う真凜がずぃ、と頭を差し出してくる。撫でてくれという合図だ。仕方なくわしゃわしゃと撫でると満足そうな表情を浮かべスキップで客の皿を下げにいった。
…そして俺の前では甘え上手な可愛い後輩を演じる、と。一度でいいから素の真凜を見てみたいものだ。
「真凜ちゃーん!15番テーブルにドリンクのお運びお願い!」
「はぁい……げっ」
15番テーブルをちらりと見た真凜が露骨に嫌そうな顔をする。14.15.16番テーブルはサークル帰りの大学生が陣取っている。
大きくため息をつきながらジョッキを両手に5つ持ちテーブルに向かう真凜。その表情が少し気になって、客にお伺いをしながら彼女の様子を確認する。
ジョッキをテーブルに置き一つ一つ提供する真凜。その真凜に対し、1人の男子大学生が激しく言い寄っていた。
この場でこういった光景は珍しくはない。真凜も真凜で自分の容姿を正しく理解しているため上手くあしらう術は身につけているのだが…酒の勢いもあるのか大学生は引き下がらない様子。
突然大学生が真凜の肩に手を回し席に座るように促した。ビキッと、真凜のこめかみに青筋が浮かんだのが分かったが、流石は接客のプロ、笑顔だけは崩さない。
助けに行こうかと思ったが、他の大学生が宥めている隙に逃げ出せたようだ。
なるほど、あの大学生が不快だったから嫌そうな顔をしていたのか。
「…戻りましたよーっと」
元気の無くなった真凜を見て居た堪れなくなってしまう。仕方ない、可愛い後輩のために人肌脱いでやるか。
「よし真凜。ちょっと洗い物やっててくれる?」
「…え、いいんですか?この状況でホール1人減るのは致命的な気がするんですけど…」
「安心して。真凜は対して戦力にならないからいなくても大差はない」
「わっ、酷い言い草です!モラハラ、セクハラ、アルハラ、スメハラ、ウメハラです!」
「…最後のはただの苗字では?」
店長がキッチンに付きっきりの今、ホールの全権は最もバイト歴が長く、バイトリーダー的地位の俺にある。嫌がる彼女を無理にあの大学生の元に行かせたくはない。近づかせたくなかった。
他の店員も自分の担当する席につきっきり。となると、今彼女の代わりになれる人間は1人しかいない。
「ま、安心して。真凜の穴は俺が埋めるからさ」
「…え、手怪我してるんじゃないんですか?」
「こんくらいお茶の子さいさいよ。」
おもむろに左手で料理の乗ったトレーを持つ。激痛が走るが根性で安定させる。
「…なぁに強がってんだか」
「強がってなんかいないよ。ほら、この状況でスクワットだって出来ちゃうもんね!」
「普通に危ないんでやめて下さい。それじゃ、せんぱいの指示通り食器洗いに行ってきまぁす」
前掛けを外し、パタパタとキッチンに向かう真凜。しかしその途中で、「あ、そうだ。」と呟きながらUターンし、背伸びしながら俺の耳に唇を寄せてくる。
「…アタシ、はるとせんぱいのそういうとこ、普通に好きですよ」
「…うん。俺も俺のこういうとこ普通に好き」
「むー。求めてた反応と違います。」
慌てふためく俺をからかいたかったのだろうが、樹里ちゃんのおかげで唐突の胸キュンシーンに対しては耐性がついている。…これが樹里ちゃんの来る前、1週間前だったら危なかったかもしれないが。
残念だったな真凜。勝ち誇った表情で見ると真凜は悔しそうに歯を剥き出しイーッとさせ、馬の尻尾のような髪を翻し今度こそキッチンに消えた。
さて、ひとまず真凜があの大学生のテーブルに行く可能性は消えた。あとは再発防止のために少し手を加えておく必要がある。
「店長。ちょっと今から数分の間あのテーブルから見える位置にいてもらえますか?」
「数分なら大丈夫だけど…何するつもり?」
「ちょっと身の程を弁えない馬鹿にお灸を据えようかなと」
「お灸をって…あーね」
なんとなく状況を理解していた店長が悪役のようにニヤリと笑う。子供が見たら震え上がって泣き出してしまいそうな笑顔だった。
多分俺も、店長と同じ表情をしているだろう。
『2番はコース料理だろ?とりあえずサラダ出しとけ!』
「はるとせんぱーい…飲み放題のお客様じゃないのに飲み放題でオーダー取っちゃいました…」
『6番テーブルのお客様お帰りです!会計お願いします!』
『22番テーブルのドリンクとお通し出した?注文から時間経ってるよ!』
「はるとせんぱーい…カードでのお会計のやり方分かりません…」
『て、店長!トイレでお客様が吐いてます!』
『またか…とりあえず落ち着くまでそのままにしといて!トイレ前に清掃中の看板出すの忘れずに!』
「はるとせんぱーい…間違えて串カツ42本オーダー取っちゃいました…」
バイト仲間が目まぐるしく働いている。居酒屋近くの幼稚園でバザーが開催されていたらしく、そこからマダムたちが流れてきて女子会を開いており、平日とは思えない量の人々が訪れていた。さらに大学のサークルの打ち上げなのか、15人近くの大学生が一度にやって来て好き勝手に騒いでいる。
しかしこちらもバイトの精鋭たち。どれだけ忙しくても、どれだけクレームを入れられても笑顔を絶やすことなくキビキビと働いている。
…1人のポンコツを除いて。
「…君はいつになったら仕事を覚えるんだ、真凜!」
「そんなこと言わないで下さいよぉ~」
目をぐるぐると回しながら真凜が泣きべそをかく。あまりの忙しさにテンパりすぎて普段出来ていたことまで出来なくなってしまっている。怪我をしている俺の方がまだ戦力になるだろう。
「真凜ちゃんこれ10番テーブル!大分遅れちゃってるから謝っといて!」
「…はぁい。」
けれど、そんな真凛でないと任せられない仕事もある。
ゴシゴシと目を擦り、トレーに料理を乗せ提供に行く真凜。10番テーブルの客は先ほどから遅い遅いと何度もクレームを入れてきていた仕事帰りのサラリーマン二人組。そんな客の元に、人の神経を逆撫ですることに定評のある真凜を送るのは逆効果かもしれない。
「お待たせしましたぁ!こちらコースのフライドポテトですっ!」
「やっと来たよ。忙しいのはわかるけどさ、ちょっと遅すぎじゃない?」
むすっとした様子の客。しかし真凜は申し訳なさそうな表情を一切みせない。ただ、笑顔でこう告げるのだ。
「申し訳ありません!お詫びにポテトの方山盛りにしておきました!」
「…そ、そう?それなら許しちゃおうかな」
むすりとした客の表情が一転、へにゃりと破顔する。
当然というか、山盛りになんてしていない。そんな余裕があれば他の料理を作っている。
真凜は自身の人への魅せ方が上手い。中年グループに対しては娘のように、青年グループに対しては後輩のように、学生グループに対しては同期のように振る舞う。さらに男性女性で対応を変えるという徹底っぷり。
これこそ、彼女が看板娘とされる理由。客に対し客の望む表情、仕草、笑顔で見せ、高まった感情をそれとなく抑えてくれる。
基本ポンコツの真凜だが、面倒な客や大分お待たせしてイライラしている様子の客に対しての対応に於いては俺も全幅の信頼を寄せている。
「…戻りましたぁ」
客に対してコロコロと姿勢を変え、相手の望む自分を見せる。言うなれば擬態することに長けた人間。…そんな動物いたな。身を守るために身体の色を変えて周りのものに擬態する、みたいな。確か…
「カメレオン真凛…」
「なんですかそれ馬鹿にしてるんですか?ガチでキレますよ?」
「褒めてるつもりだったんだけど…そんな怒ること?」
戻ってきた真凜はシュッシュっとシャドーボクシングをして臨戦態勢。うりゃ~と繰り出してきた右拳を軽く受け止め、ぴしりとでこにチョップをかましてやる。あぅ、と真凜が気の抜けた声をあげた。
「よくやった真凜。これであの客はもう30分くらいなら放置しておいていい」
「それはそれでどうかと思うんですけど?」
苦笑しながらそう言う真凜がずぃ、と頭を差し出してくる。撫でてくれという合図だ。仕方なくわしゃわしゃと撫でると満足そうな表情を浮かべスキップで客の皿を下げにいった。
…そして俺の前では甘え上手な可愛い後輩を演じる、と。一度でいいから素の真凜を見てみたいものだ。
「真凜ちゃーん!15番テーブルにドリンクのお運びお願い!」
「はぁい……げっ」
15番テーブルをちらりと見た真凜が露骨に嫌そうな顔をする。14.15.16番テーブルはサークル帰りの大学生が陣取っている。
大きくため息をつきながらジョッキを両手に5つ持ちテーブルに向かう真凜。その表情が少し気になって、客にお伺いをしながら彼女の様子を確認する。
ジョッキをテーブルに置き一つ一つ提供する真凜。その真凜に対し、1人の男子大学生が激しく言い寄っていた。
この場でこういった光景は珍しくはない。真凜も真凜で自分の容姿を正しく理解しているため上手くあしらう術は身につけているのだが…酒の勢いもあるのか大学生は引き下がらない様子。
突然大学生が真凜の肩に手を回し席に座るように促した。ビキッと、真凜のこめかみに青筋が浮かんだのが分かったが、流石は接客のプロ、笑顔だけは崩さない。
助けに行こうかと思ったが、他の大学生が宥めている隙に逃げ出せたようだ。
なるほど、あの大学生が不快だったから嫌そうな顔をしていたのか。
「…戻りましたよーっと」
元気の無くなった真凜を見て居た堪れなくなってしまう。仕方ない、可愛い後輩のために人肌脱いでやるか。
「よし真凜。ちょっと洗い物やっててくれる?」
「…え、いいんですか?この状況でホール1人減るのは致命的な気がするんですけど…」
「安心して。真凜は対して戦力にならないからいなくても大差はない」
「わっ、酷い言い草です!モラハラ、セクハラ、アルハラ、スメハラ、ウメハラです!」
「…最後のはただの苗字では?」
店長がキッチンに付きっきりの今、ホールの全権は最もバイト歴が長く、バイトリーダー的地位の俺にある。嫌がる彼女を無理にあの大学生の元に行かせたくはない。近づかせたくなかった。
他の店員も自分の担当する席につきっきり。となると、今彼女の代わりになれる人間は1人しかいない。
「ま、安心して。真凜の穴は俺が埋めるからさ」
「…え、手怪我してるんじゃないんですか?」
「こんくらいお茶の子さいさいよ。」
おもむろに左手で料理の乗ったトレーを持つ。激痛が走るが根性で安定させる。
「…なぁに強がってんだか」
「強がってなんかいないよ。ほら、この状況でスクワットだって出来ちゃうもんね!」
「普通に危ないんでやめて下さい。それじゃ、せんぱいの指示通り食器洗いに行ってきまぁす」
前掛けを外し、パタパタとキッチンに向かう真凜。しかしその途中で、「あ、そうだ。」と呟きながらUターンし、背伸びしながら俺の耳に唇を寄せてくる。
「…アタシ、はるとせんぱいのそういうとこ、普通に好きですよ」
「…うん。俺も俺のこういうとこ普通に好き」
「むー。求めてた反応と違います。」
慌てふためく俺をからかいたかったのだろうが、樹里ちゃんのおかげで唐突の胸キュンシーンに対しては耐性がついている。…これが樹里ちゃんの来る前、1週間前だったら危なかったかもしれないが。
残念だったな真凜。勝ち誇った表情で見ると真凜は悔しそうに歯を剥き出しイーッとさせ、馬の尻尾のような髪を翻し今度こそキッチンに消えた。
さて、ひとまず真凜があの大学生のテーブルに行く可能性は消えた。あとは再発防止のために少し手を加えておく必要がある。
「店長。ちょっと今から数分の間あのテーブルから見える位置にいてもらえますか?」
「数分なら大丈夫だけど…何するつもり?」
「ちょっと身の程を弁えない馬鹿にお灸を据えようかなと」
「お灸をって…あーね」
なんとなく状況を理解していた店長が悪役のようにニヤリと笑う。子供が見たら震え上がって泣き出してしまいそうな笑顔だった。
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