枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

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エトワール・ノワールの燭光④

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 ■ 要塞駅変電施設(承前)
 棘だらけの棍棒が頭蓋めがけて振り下ろされる。
「――ッ!!」
 マドレーヌは蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れずにいた。純色は眼前にまとわりつく星を追い払うと、視界の隅に異形の集団を認めた。
『鬼?』
 純色は咄嗟に判断した。彼らは枢軸軍ではない。巡回パトロールのシフトや行動パターンは把握している。当直の出欠確認も万全だ。従って、あの場所にいる筈のない人影は第三者であると確信した。ここをうろつくとすれば百裂鬼か。亡者は彼らの管理下にある。
 そこまで素早く計算して、内ポケットからアンプルを取り出す。
 間延びした主観的時間の中でマドレーヌは緩慢な死を待っていた。しかし、その間に数多くの事件が起きた。
 パッパッとあたりが明滅し、鬼が目頭を押さえて悶絶した。緑色の炎がチロチロと岩場を舐め、ぐいっと襟元を掴まれた。そしてマドレーヌの世界がクルクルと回転した。
「この野郎!」
 身の丈五メートルはあろうかという大鬼が純色を踏みつぶそうとしている。彼の額にはクワッと第三の眼が見開いた。純色は怯まず、アンプルを構えている。
「同じ手が通用すると思っているのか? よかろう。潰してみよ!」
 鬼が不敵な笑いを漏らすと、その腕や足にびっしりと瞳が浮かんだ。
「ひぃっ」
 さすがの純色も息をのんだ。
忌憚きたん。その辺で許してあげたら?」
 大柄な鬼の陰からパツパツのボディコンを着た女があらわれた。
 ■ ALX427ψ
 殺風景な内壁に鬼火が揺れている。連合の食堂車は効率一点張りで折り畳み式のテーブルと硬い椅子しかない。
「貴重なホウ素12を危うく燃やし尽くされるところだったわ」
 不知火高美は机上に並んだアンプルを慎重に数えなおしている。鬼哭が自分達の立場を語ると、純色は悪い話ではないと考えた。冥土の獄卒を素直に信じてよいものかどうか。警戒心が疼いたが、利己心が勝った。今はヨリコの死を無駄にしたくない。それに連合とQCD論者の利害は一致している。
「しかし、枢軸特急を盗み出そうなんて、愚かな人間らしいな。切羽詰まって貴重なホウ素12を目潰しに使うとか」
 鬼哭は純色の勇み足を豪胆に笑い飛ばした。
「旅人の外套効果を甘く見ないほうがいいわ」、と高美。彼女は猿ヶ森で痛い目にあっている。
「でもあなた達は枢軸特急を発明できなかったんでしょ?」
 負けず嫌いな純色は減らず口を叩いた。
「だが、お前の理論で外套効果を打ち負かせる筈がない。未完成だからだ」
 鬼哭ぴしゃりと言ってのけた。
「……確かに地獄の色彩に準拠していないわ。それでお互いにWIN―WINウインウインってわけね」
 純色は素直に負け認め、論争に終止符を打った。
「フムン、色というのはとどのつまり、欲望の成分に過ぎない。傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色情。聖人君子が嫌う七つの大罪に分類される。お前が金科玉条とする絆も裏を返せば、このどれかの変形に過ぎない。違うか?」
「確かに盲点だったわ。誰かと寄り添いたい。ずっと穏やかに暮らしたいという願いも怠惰の変形なのかもしれないわね」
 枢軸特急を強奪しなくて正解だったと純色は思い知らされた。知らない間に地獄のカラーに毒されていたのだ、
「鬼哭は気づいたのよ。自分は亡者を裁くという役職に何ら疑問を感じなかった。何故、鬼が存在するのか。何故、エントロピーの終局――地獄が存在するのか。はたまた、なぜ、終局であるはずの死が生命の発端となるのか」
 数々の疑問を呼び起こす切っ掛けは二大陣営が地獄という異世界に触手を伸ばし始めたからだ、と高美は語った。
「きわめて量子力学的な疑問ね。物事には表もあれば裏もある。この宇宙はすべてが曖昧。物質の持つ二重性がそうさせているのよ。で、鬼哭。貴方は要するに『浮かび上がりたい』んでしょ? 百裂鬼が百裂鬼のままであることを、良しと思えなくなった」
 腕組みしたまま純色が言い当てた。
「そうだ。俺は、いや俺たち百裂鬼には行くべき場所。進むべき道が有るはずだ。まずは、地上に出たい。亡者どもは刑期を全うすれば娑婆に出る。俺たちにも可能なはずだ。原理を解明さえすれば」
「換言すれば、熱力学の第二法則を克服できるかも知れないのよ。ユーロ・ポメリカ大統領はそう考えている」
 スペースX社の経営者は共通利益を総括した。
「これはあくまでも私の構想段階だけど……仮説にまで至ってない……地獄には何らかのエネルギーが対流していると思う。霊魂を浮沈させる何かが。それを地獄のQCDが関与していると睨んでる」
 純色が今後の筋道をつけると、鬼哭の表情が明るくなった。ごつい腕を差し出す。
「よし。光が見えてきた」
 言い終わるやいなや、忌憚が息せき切って駆け込んだ。
「族長~。パリ砲が~」
 サラメーヤの鳩が操車場の動きを察知したというのだ。
「まずは降りかかる火の粉を払おうぜ」
 鬼哭は純色に全幅を寄せている。
「200ミリ砲弾をどうやって避けるの?」
 高美が疑問視しているが、純色は鬼に頼られて意欲満々である。
「今、閃いたわ。いけるかも! 高美、今から言う物を用意して」
 純色は必要な物資をリストアップした。高美は難色を示したが、攻撃開始まで時間がない事からしぶしぶ同意した。
 豊穣世界のスペースX関連企業に原因不明の爆発事故が相次ぎ、大勢の命が失われた。
 寂寥の漠野を灰色の影がよぎった。
 ■ 要塞駅操車場
「漠野駅上空に未確認飛行物体、多数」
 観測員が砲撃予定地点を監視中に異変を察知した。
 通常、砲撃を行う際には試射を何度も繰り返す。修正を重ねて目標を叩くのだ。一発ごとに着弾を観測する。
「え、サラメーヤの鳩じゃないわね?」
 ハーベルトは鳩が鉄砲を食らったような顔をしている。
「ワールドクラスは豊穣世界の物と一致します」、と観測員。
「砲撃準備中止。出撃でるわよ。祥子」
 ハーベルトはつい習慣的に呼びかけた。傍らで風吹が苦笑する。
「よき相棒なんですね」
 ハーベルトは顔を赤らめ、言い直した。「ごめんなさい。風吹先生」
 と、その時、懐かしい声が聞こえた。
「は~ベルト~」
 彼女は一瞬空耳を疑ったが、再び悲鳴が聞こえた。
「ハーベルト~。助けて~~!!」
「祥子?!」
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