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千億光年の夜景(ア・バード・ビューズ・ナイト)⑦
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■ 聖イライサニス学園教職員室
その頃、荒井吹雪は異世界逗留者ではなく中学校教諭としての任務に忙殺されていた。女子寮のボヤ騒ぎと負傷者の対応にてんてこ舞いだった。前回までのように「時差出勤」する裏技が使えない状況をハーベルトも承知のうえでシフトから外した。吹雪には引き続き学園を見張ってもらわなければならない。川端エリスのような「異星人」や、長谷江のような「枢軸特急を見ることができる霊能者」を遠ざけておくためには吹雪が適役だった。
やはり、この学園には何かある。ハーベルトは胡散臭い「何か」を肌で感じていた。
職員室には電話がひっきりなしに鳴り響き、マスコミや警察消防関係者がバタバタと出入りしている。カルチェラタンに会見場が設けられ、学園長の謝罪会見が始まろうとしていた。
学校側はあくまで不慮の事故で押し通そうとした。老朽化による漏電。それに伴う電気系統からの失火。そういうことにしておけば、矛先をかわすことができる。経営難による施設更新の立ち遅れ。補助金拡充など公的支援の不足。爪の先に火をともすような経営努力を強調し、さらに身を削ることは不可能だ、などと困難を主張をすれば理解を得られる。と、学長周辺は考えていた。
1980年代当時、教育者はまだまだ「聖職」だと広く一般に信じられていた。君が代斉唱が定番になるまでは「仰げば尊しわが師の恩」と一部で歌われていたぐらいだ。
大事な子供を預かる学校は聖域で、ましてや女子寮でタバコの火の不始末などあってはならないのだ。挙句の果てに犯人は部外者だ。出火の第一報を聞いて学長は頭を抱えた。幸い、学年主任や生徒の目撃情報はあるものの、煙草やライターなど物的証拠が残されていない。なおかつ、部外者の靴跡や合鍵の盗難、施錠の破壊といった進入路を特定できる痕跡は何一つない。
捜査機関の現場検証にじゅうぶん耐えうる、と判断して学校側は別の出火原因を用意した。
配線図や定期点検の記録などはイライサニス学園を施工した溝口組が用意した。見るものが見れば、異常個所の見落としなど明白な瑕疵が散見できるだろう。火元責任者の荒井吹雪をスケープゴートにして事態収拾を図る。そういうシナリオが学園の実質的経営者である溝口組との間に成立した。
カルチェラタンで煙草の匂いを嗅いだという目撃者には、逆に喫煙の嫌疑をかけて退学処分にすればいい。
侵入者の正体はわからない。それはおいおい裏社会の浄化作用が「消毒」してくれる。
「不良少年が隠れて喫煙する場所を探して、学園にしょっちゅう出入りしていた」
そんな噂を清楚な全寮制女子校はとことん嫌った。
学園指導部は脚本を完璧なものにすべく、荒井に徹夜で資料作成を命じた。明日は全校集会と保護者向けの説明会がある。彼女はいいように言いくるめられ、蚊帳の外に置かれた。異世界逗留者として持ち場を一分間だけ離れたという負い目もあった。
東の空が白み始めた。眠気覚ましにブラックコーヒーを淹れようと吹雪が一人で給湯室に入った。
ポットの湯気がハーベルトになった。
「何やってんの?」
しゅうしゅうと水蒸気が人面を形作る。
「ウンギャア!」
当然のことながら吹雪はカップを取り落とした。ジャージに重ね履きしたブルマを通して微温湯がスクール水着に染み込む。
「悲鳴をあげたいのはこっちよ。ちょっと外を見てくれない? 大変なんだから」
スチームの閣下はもやもやした舌を窓辺に這わせた。ベロで蜂狩山脈を指し示す。
「奇人変人(※註 かつてあった視聴者参加型バラエティー番組の一発芸コーナー)ですか? ああああ、床が。お湯が。ぞうきん~」
吹雪はそれどころではないらしく、太ももからお湯を滴らせながら、飛び出していった。
「あああ。もう。パンツがぐちゃぐちゃ~」
女教師は恥ずかしげもなく、ジャージをブルマごと脱ぎ捨て、スクール水着を足元におろす。アンダースイムショーツ一枚のまま、水飲み場の蛇口を逆さまにして、水を浴びる。すると、水しぶきの向こうに無数の発光体を見た。飛鳥山から蜂狩港にかけてフラッシュが散見される。早朝の打ち上げ花火など聞いたことがない。濡れたカツラをきゅうっと絞り、スキンヘッドをバスタオルで拭く。
備品ロッカーから新品のスクール水着と体操着を取り出し、没収されたセーラー服をまとう。
「あなた、そのスカート、校則違反よ」
スカートの下からハーベルトの蒸気が顔を出す。
「わあっ! 見たんですかぁ!?」
「あなた、水着のすそはブルマーの中にちゃんと仕舞なさいな。生徒に示しがつきませんよ」
「わ、きゃ」
吹雪は顔を赤らめて、スカートの下に指を入れた。
床まで届きそうなスカートを裁ちバサミでミニ丈に切る。これだって頭髪規定違反の女生徒を容赦なく刈る常備品だ。
「ハーベルト、あなた、ここの先生になりなさいな。ところで、あれって何なの?」
吹雪があられもない格好でスカートを裁断していると、水蒸気は立体地図に変化した。大阪湾沿岸部を模している。平らな一枚板に小さな湯気がポツポツと浮かんだ。
「第三勢力に包囲されているの。あなた、手伝ってちょうだい」
「今、忙しいです。八時までにワープロを打たなきゃいけないんですう~」
「なるほど……」
蒸気がゆらめくと、湯煙の中から小人がワラワラ飛び出してくる。のっぺりとしていて身長は30センチほど。そいつらは数人がかりでキーボードを打ち始めた。みるみるうちに文章が仕上がり、イラストまで挿入される。出来上がった原稿はコピー用紙に複写され、手分け作業で製本されていく。
「というわけでね、雑用はホムンクルスたちに任せて、任務に集中してほしいの」
ハーベルトが促しているが、女教師は茫然としている。その間に資料が積みあがっていく。どうやら問題は別にあるらしい。
「だって、これを他の人に見られたらどうするんですか? それに私が職員室にいないとなったら……」
すると、ホムンクルスがムクムクと膨張し始めた。吹雪そっくりになる。虚ろな目をしているが。
「簡単な受け答えもできるわよ」、とハーベルト。
人造人間の吹雪がぎこちなく笑う。
「ヴ、ふぁらい、ヴヴギです。オーハヨウゴサイマス」
低音で間延びした声がホムンクルスの口から洩れた。
「ちょ、わたし、こんな間抜けじゃない」
吹雪が憤慨するがハーベルトは却下した。「徹夜明けだし、これくらいがちょうどいいのよ」
どうかバケモノどもが用務員さんに見つかりませんように。吹雪の心を見透かしたようにホムンクルス荒井がひきつった笑みを浮かべる。「ダ異常ぶで水、寺社い」(だいじょうぶで、す行ってらっしゃい)
早起きな鳥たちの歌声をBGMに雑木林を歩いた。ハーベルトの形をした朝もやに導かれるまま、例のコンクリートアーチに向かう。「ここって枢軸特急の駅じゃないですか? どうしてカルチェラタン駅を使わない……あっ、そうか!」
吹雪はボヤ騒ぎを思い出した。
「貴女にはここで発掘作業をしてもらいたいの。ホムンクルスたちを使役していい」
ハーベルトはここに来る道すがら蜂狩山系を覆う懐疑派について一通り説明した。
「そんな呑気に喋ってていいんですか。指揮官である貴方はともかく現場は大変でしょう」
吹雪が揶揄すると、水蒸気はしれっと答えた。「大丈夫よ。私もホムンクルスだから」
「……で、私は何をすればいいんでしょう」
「骨を拾ってほしいのよ」
「――!!」
■ 蜂狩山脈最高峰
「パラボラアンテナを何としても死守しなさい」
ハーベルトはダイマー能力をフル稼働して重水素弾を迎撃していた。大阪湾上に展開する懐疑派軍は数十機。枢軸側はは何とか持ちこたえているが、あと二十分足らずでTWX666Ωの重水素タンクが払拭する。
祥子の背後には直径十六メートルの大傘が二つ開いている。
「ハーベルト。アンテナってあれのこと?」
「そうよ。米軍専用のマイクロウェーブ回線を中継しているの。日本中、いや世界中のアメリカ軍基地をネットワークしているの」
「ここからアメリカまで電波を出しているの?」
ハーベルトはアンテナぎりぎりで敵弾を撃墜した。すでに包囲網はギリギリまで狭まっている。
「いいえ。蜂狩山のアンテナは箱根の大観山に向いている。そこから横須賀海軍基地や府中の空軍基地。ここを中継して岩国の海兵隊基地や嘉手納基地にリンクしているわ」
苦み走った表情で迎撃弾を放つ。そろそろ限界だ。二人とも肩で息をしている。邨埜純色も手をこまねいているわけではなかった。ALX427ψのQCDコンピューターを総動員して打開策を探っている。単にUFO情報を提供するだけでは軍は動かないだろう。ジェット燃料もただではない。偵察衛星や偶発戦争を防止するホットラインもあるだろうし、軍当事者間の意思疎通も密だろう。
「あなた簡単に言ってくれるけど、コード1986の極東情勢は安定しているのよ! ハーベルト!!」
「わかっているわ。だから、あえて『不安定』な要素を持ってくるのよ」
ハーベルトはイライラしながらホムンクルスの返事を待った。吹雪はなにをぐずぐずしているのだろう。
蜂狩山頂は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。あろうことか蜂狩港祭の当日に二大暴力団が抗争を始めたのだ。コヨリによる山頂駅襲撃事件をコード1986の世界修復能力は適切に「翻訳」した。炎上したトラックに消防車が水を浴びせ、関係者が拘束されている。
「ボクのせいで……」
祥子が暗い顔をするとハーベルトがきっぱりと言った。
「彼らは社会悪よ」
「でも国家の犯罪は許されるんだ」
「戦争犯罪の事を言っているのならドストエフスキーの罪と罰を読んでからになさい」
ハーベルトは不毛な議論を早々に打ち切った。ダイマー聴覚に待望の着信があった。
軍需産業跡。
「三式十二糎高射砲?」
吹雪は発掘された旧兵器を見上げた。歴史の闇に埋もれていた兵器に怨念の陰がまとわりつき、雪辱を果たそうと蠢いている。
「そうよ。コード1943で制式化された高射砲。ごく少数、生産された。B29に対する希少な有効手段よ。量産が間に合ってれば歴史が一変していた」
ハーベルトは待ちわびていた必殺兵器の出土に心を躍らせた。ドイッチェラント本国から貨物列車が到着し、ホムンクルスたちが急いで積み込む。ものの数分と立たない内に蜂狩山頂付近の臨時駅に量産品が届けられた。周知のとおり、異世界間では時制が異なる。重水素枯渇まで残り八分。ドイッチェラントの工業能力世界一は伊達ではない。本国では三日と立たないうちに高射砲を複製し終えた。
「登山ロープウェイのオタフク岩駅に高射砲が届いています」
補給部隊から朗報が次々と舞い込む。
「ハーベルト、これって?!」
祥子は全長六メートルちかい砲身をまじまじと見やる。
「もともと、このレーダー基地には日本軍の高射砲陣地があったのよ。蜂狩から精銅村まで大阪湾を広く防空していたの。コヨリはコード1986の歴史を調べておくべきだったわね」
ハーベルトはノリノリで砲身を空に向けた。
純色は高射砲のオリジナルに付着していた残留思念を量子色力学を用いて欲望に分解。成分分析した。
「憤怒。見事なまでの憤怒。七つの欲望の一つよ。人の怒りは脅威に晒されたという認識に起因する。安全を犯されたという意識が防衛本能を呼び覚ます。攻撃は最大の防御。戦争の当事者たちの感情は純粋で強力で破壊的よ」
彼女はALX427ψに積んであった手持ちのハイパー核を励起。蜂狩山上のレーダーサイトと列車のQCDサーバー間のリンクを確立した。
ハイパー核は懐疑派の航空機に思いもよらぬ影響を及ぼしている。ワールドノイズと干渉して流星群を隠れ蓑にした遮蔽の効果が薄らいでいる。コード1986の一般人が「異世界混入物」を視認した。
蜂狩市内。日が高くなるにつれて行政機関に市民から通報が入り始めた。悪質な威力業務妨害だと判断した摂津県警は捜査を開始。だが、巡回中のパトカーから上空の未確認物体を目撃。官民一体となってパニックに陥る。住民たちの声に押されて、軍も事態を放置できなくなった。UFOが存在感を増すとマイクロウェーブ回線を被覆している世界治癒力が効力を失った。
「今のうちよ!」
ハーベルトの助言に応じてTWX666Ωが蜂狩山のマイクロウェーブ中継器に介入。日本全土の空軍力が見事に騙され、迎撃態勢に入った。
「これは亡霊だ。忘れもしない。今日は空襲のあった日だ」
港を見下ろす亀鎧台住宅地。標高100メートルにある5LDKのベランダで古老が猫を撫でる。
街はサンバのリズムに浮かれているが、彼の記憶には生々しい空爆が刻まれている。
その思いに同期するように懐疑派の航空機が姿を変え始めた。
「UFOだと? 違う! これは!!」
小松基地から飛び立った第303飛行隊のF15は異常を報告した。JADGEシステムは確かに民間機ではない正体不明機を認知した。しかし、パイロットの眼前にあるのは――
「なぜ、なんで撃墜されるのよ?!」
沼田コヨリは使用できるはずのない敵火力の咆哮に目を疑った。セスナ500サイテーションが火達磨になる。
ワールドクラスと世界修復能力の関係で確かに枢軸、連合双方の実弾兵器は機能しない。
だが、天然由来成分、すなわちコード1986由来の兵器はその束縛を受けない。
「どうしてB-29が今ごろ飛んでいるの?」
特別養護老人ホームの個室で老婆が青ざめる。介護福祉士は譫妄症状のあらわれだと判断し、服薬介助の準備をした。
「いや、あれは確かに米軍じゃ」
女は白く濁った眼をカッと開いて窓を睨んだ。
蜂狩山頂。
「ドイッチェラントの銃器産業世界一~」
三式十二糎高射砲はハーベルトの指揮下、効率的な防空戦を展開していた。
その頃、荒井吹雪は異世界逗留者ではなく中学校教諭としての任務に忙殺されていた。女子寮のボヤ騒ぎと負傷者の対応にてんてこ舞いだった。前回までのように「時差出勤」する裏技が使えない状況をハーベルトも承知のうえでシフトから外した。吹雪には引き続き学園を見張ってもらわなければならない。川端エリスのような「異星人」や、長谷江のような「枢軸特急を見ることができる霊能者」を遠ざけておくためには吹雪が適役だった。
やはり、この学園には何かある。ハーベルトは胡散臭い「何か」を肌で感じていた。
職員室には電話がひっきりなしに鳴り響き、マスコミや警察消防関係者がバタバタと出入りしている。カルチェラタンに会見場が設けられ、学園長の謝罪会見が始まろうとしていた。
学校側はあくまで不慮の事故で押し通そうとした。老朽化による漏電。それに伴う電気系統からの失火。そういうことにしておけば、矛先をかわすことができる。経営難による施設更新の立ち遅れ。補助金拡充など公的支援の不足。爪の先に火をともすような経営努力を強調し、さらに身を削ることは不可能だ、などと困難を主張をすれば理解を得られる。と、学長周辺は考えていた。
1980年代当時、教育者はまだまだ「聖職」だと広く一般に信じられていた。君が代斉唱が定番になるまでは「仰げば尊しわが師の恩」と一部で歌われていたぐらいだ。
大事な子供を預かる学校は聖域で、ましてや女子寮でタバコの火の不始末などあってはならないのだ。挙句の果てに犯人は部外者だ。出火の第一報を聞いて学長は頭を抱えた。幸い、学年主任や生徒の目撃情報はあるものの、煙草やライターなど物的証拠が残されていない。なおかつ、部外者の靴跡や合鍵の盗難、施錠の破壊といった進入路を特定できる痕跡は何一つない。
捜査機関の現場検証にじゅうぶん耐えうる、と判断して学校側は別の出火原因を用意した。
配線図や定期点検の記録などはイライサニス学園を施工した溝口組が用意した。見るものが見れば、異常個所の見落としなど明白な瑕疵が散見できるだろう。火元責任者の荒井吹雪をスケープゴートにして事態収拾を図る。そういうシナリオが学園の実質的経営者である溝口組との間に成立した。
カルチェラタンで煙草の匂いを嗅いだという目撃者には、逆に喫煙の嫌疑をかけて退学処分にすればいい。
侵入者の正体はわからない。それはおいおい裏社会の浄化作用が「消毒」してくれる。
「不良少年が隠れて喫煙する場所を探して、学園にしょっちゅう出入りしていた」
そんな噂を清楚な全寮制女子校はとことん嫌った。
学園指導部は脚本を完璧なものにすべく、荒井に徹夜で資料作成を命じた。明日は全校集会と保護者向けの説明会がある。彼女はいいように言いくるめられ、蚊帳の外に置かれた。異世界逗留者として持ち場を一分間だけ離れたという負い目もあった。
東の空が白み始めた。眠気覚ましにブラックコーヒーを淹れようと吹雪が一人で給湯室に入った。
ポットの湯気がハーベルトになった。
「何やってんの?」
しゅうしゅうと水蒸気が人面を形作る。
「ウンギャア!」
当然のことながら吹雪はカップを取り落とした。ジャージに重ね履きしたブルマを通して微温湯がスクール水着に染み込む。
「悲鳴をあげたいのはこっちよ。ちょっと外を見てくれない? 大変なんだから」
スチームの閣下はもやもやした舌を窓辺に這わせた。ベロで蜂狩山脈を指し示す。
「奇人変人(※註 かつてあった視聴者参加型バラエティー番組の一発芸コーナー)ですか? ああああ、床が。お湯が。ぞうきん~」
吹雪はそれどころではないらしく、太ももからお湯を滴らせながら、飛び出していった。
「あああ。もう。パンツがぐちゃぐちゃ~」
女教師は恥ずかしげもなく、ジャージをブルマごと脱ぎ捨て、スクール水着を足元におろす。アンダースイムショーツ一枚のまま、水飲み場の蛇口を逆さまにして、水を浴びる。すると、水しぶきの向こうに無数の発光体を見た。飛鳥山から蜂狩港にかけてフラッシュが散見される。早朝の打ち上げ花火など聞いたことがない。濡れたカツラをきゅうっと絞り、スキンヘッドをバスタオルで拭く。
備品ロッカーから新品のスクール水着と体操着を取り出し、没収されたセーラー服をまとう。
「あなた、そのスカート、校則違反よ」
スカートの下からハーベルトの蒸気が顔を出す。
「わあっ! 見たんですかぁ!?」
「あなた、水着のすそはブルマーの中にちゃんと仕舞なさいな。生徒に示しがつきませんよ」
「わ、きゃ」
吹雪は顔を赤らめて、スカートの下に指を入れた。
床まで届きそうなスカートを裁ちバサミでミニ丈に切る。これだって頭髪規定違反の女生徒を容赦なく刈る常備品だ。
「ハーベルト、あなた、ここの先生になりなさいな。ところで、あれって何なの?」
吹雪があられもない格好でスカートを裁断していると、水蒸気は立体地図に変化した。大阪湾沿岸部を模している。平らな一枚板に小さな湯気がポツポツと浮かんだ。
「第三勢力に包囲されているの。あなた、手伝ってちょうだい」
「今、忙しいです。八時までにワープロを打たなきゃいけないんですう~」
「なるほど……」
蒸気がゆらめくと、湯煙の中から小人がワラワラ飛び出してくる。のっぺりとしていて身長は30センチほど。そいつらは数人がかりでキーボードを打ち始めた。みるみるうちに文章が仕上がり、イラストまで挿入される。出来上がった原稿はコピー用紙に複写され、手分け作業で製本されていく。
「というわけでね、雑用はホムンクルスたちに任せて、任務に集中してほしいの」
ハーベルトが促しているが、女教師は茫然としている。その間に資料が積みあがっていく。どうやら問題は別にあるらしい。
「だって、これを他の人に見られたらどうするんですか? それに私が職員室にいないとなったら……」
すると、ホムンクルスがムクムクと膨張し始めた。吹雪そっくりになる。虚ろな目をしているが。
「簡単な受け答えもできるわよ」、とハーベルト。
人造人間の吹雪がぎこちなく笑う。
「ヴ、ふぁらい、ヴヴギです。オーハヨウゴサイマス」
低音で間延びした声がホムンクルスの口から洩れた。
「ちょ、わたし、こんな間抜けじゃない」
吹雪が憤慨するがハーベルトは却下した。「徹夜明けだし、これくらいがちょうどいいのよ」
どうかバケモノどもが用務員さんに見つかりませんように。吹雪の心を見透かしたようにホムンクルス荒井がひきつった笑みを浮かべる。「ダ異常ぶで水、寺社い」(だいじょうぶで、す行ってらっしゃい)
早起きな鳥たちの歌声をBGMに雑木林を歩いた。ハーベルトの形をした朝もやに導かれるまま、例のコンクリートアーチに向かう。「ここって枢軸特急の駅じゃないですか? どうしてカルチェラタン駅を使わない……あっ、そうか!」
吹雪はボヤ騒ぎを思い出した。
「貴女にはここで発掘作業をしてもらいたいの。ホムンクルスたちを使役していい」
ハーベルトはここに来る道すがら蜂狩山系を覆う懐疑派について一通り説明した。
「そんな呑気に喋ってていいんですか。指揮官である貴方はともかく現場は大変でしょう」
吹雪が揶揄すると、水蒸気はしれっと答えた。「大丈夫よ。私もホムンクルスだから」
「……で、私は何をすればいいんでしょう」
「骨を拾ってほしいのよ」
「――!!」
■ 蜂狩山脈最高峰
「パラボラアンテナを何としても死守しなさい」
ハーベルトはダイマー能力をフル稼働して重水素弾を迎撃していた。大阪湾上に展開する懐疑派軍は数十機。枢軸側はは何とか持ちこたえているが、あと二十分足らずでTWX666Ωの重水素タンクが払拭する。
祥子の背後には直径十六メートルの大傘が二つ開いている。
「ハーベルト。アンテナってあれのこと?」
「そうよ。米軍専用のマイクロウェーブ回線を中継しているの。日本中、いや世界中のアメリカ軍基地をネットワークしているの」
「ここからアメリカまで電波を出しているの?」
ハーベルトはアンテナぎりぎりで敵弾を撃墜した。すでに包囲網はギリギリまで狭まっている。
「いいえ。蜂狩山のアンテナは箱根の大観山に向いている。そこから横須賀海軍基地や府中の空軍基地。ここを中継して岩国の海兵隊基地や嘉手納基地にリンクしているわ」
苦み走った表情で迎撃弾を放つ。そろそろ限界だ。二人とも肩で息をしている。邨埜純色も手をこまねいているわけではなかった。ALX427ψのQCDコンピューターを総動員して打開策を探っている。単にUFO情報を提供するだけでは軍は動かないだろう。ジェット燃料もただではない。偵察衛星や偶発戦争を防止するホットラインもあるだろうし、軍当事者間の意思疎通も密だろう。
「あなた簡単に言ってくれるけど、コード1986の極東情勢は安定しているのよ! ハーベルト!!」
「わかっているわ。だから、あえて『不安定』な要素を持ってくるのよ」
ハーベルトはイライラしながらホムンクルスの返事を待った。吹雪はなにをぐずぐずしているのだろう。
蜂狩山頂は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。あろうことか蜂狩港祭の当日に二大暴力団が抗争を始めたのだ。コヨリによる山頂駅襲撃事件をコード1986の世界修復能力は適切に「翻訳」した。炎上したトラックに消防車が水を浴びせ、関係者が拘束されている。
「ボクのせいで……」
祥子が暗い顔をするとハーベルトがきっぱりと言った。
「彼らは社会悪よ」
「でも国家の犯罪は許されるんだ」
「戦争犯罪の事を言っているのならドストエフスキーの罪と罰を読んでからになさい」
ハーベルトは不毛な議論を早々に打ち切った。ダイマー聴覚に待望の着信があった。
軍需産業跡。
「三式十二糎高射砲?」
吹雪は発掘された旧兵器を見上げた。歴史の闇に埋もれていた兵器に怨念の陰がまとわりつき、雪辱を果たそうと蠢いている。
「そうよ。コード1943で制式化された高射砲。ごく少数、生産された。B29に対する希少な有効手段よ。量産が間に合ってれば歴史が一変していた」
ハーベルトは待ちわびていた必殺兵器の出土に心を躍らせた。ドイッチェラント本国から貨物列車が到着し、ホムンクルスたちが急いで積み込む。ものの数分と立たない内に蜂狩山頂付近の臨時駅に量産品が届けられた。周知のとおり、異世界間では時制が異なる。重水素枯渇まで残り八分。ドイッチェラントの工業能力世界一は伊達ではない。本国では三日と立たないうちに高射砲を複製し終えた。
「登山ロープウェイのオタフク岩駅に高射砲が届いています」
補給部隊から朗報が次々と舞い込む。
「ハーベルト、これって?!」
祥子は全長六メートルちかい砲身をまじまじと見やる。
「もともと、このレーダー基地には日本軍の高射砲陣地があったのよ。蜂狩から精銅村まで大阪湾を広く防空していたの。コヨリはコード1986の歴史を調べておくべきだったわね」
ハーベルトはノリノリで砲身を空に向けた。
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彼女はALX427ψに積んであった手持ちのハイパー核を励起。蜂狩山上のレーダーサイトと列車のQCDサーバー間のリンクを確立した。
ハイパー核は懐疑派の航空機に思いもよらぬ影響を及ぼしている。ワールドノイズと干渉して流星群を隠れ蓑にした遮蔽の効果が薄らいでいる。コード1986の一般人が「異世界混入物」を視認した。
蜂狩市内。日が高くなるにつれて行政機関に市民から通報が入り始めた。悪質な威力業務妨害だと判断した摂津県警は捜査を開始。だが、巡回中のパトカーから上空の未確認物体を目撃。官民一体となってパニックに陥る。住民たちの声に押されて、軍も事態を放置できなくなった。UFOが存在感を増すとマイクロウェーブ回線を被覆している世界治癒力が効力を失った。
「今のうちよ!」
ハーベルトの助言に応じてTWX666Ωが蜂狩山のマイクロウェーブ中継器に介入。日本全土の空軍力が見事に騙され、迎撃態勢に入った。
「これは亡霊だ。忘れもしない。今日は空襲のあった日だ」
港を見下ろす亀鎧台住宅地。標高100メートルにある5LDKのベランダで古老が猫を撫でる。
街はサンバのリズムに浮かれているが、彼の記憶には生々しい空爆が刻まれている。
その思いに同期するように懐疑派の航空機が姿を変え始めた。
「UFOだと? 違う! これは!!」
小松基地から飛び立った第303飛行隊のF15は異常を報告した。JADGEシステムは確かに民間機ではない正体不明機を認知した。しかし、パイロットの眼前にあるのは――
「なぜ、なんで撃墜されるのよ?!」
沼田コヨリは使用できるはずのない敵火力の咆哮に目を疑った。セスナ500サイテーションが火達磨になる。
ワールドクラスと世界修復能力の関係で確かに枢軸、連合双方の実弾兵器は機能しない。
だが、天然由来成分、すなわちコード1986由来の兵器はその束縛を受けない。
「どうしてB-29が今ごろ飛んでいるの?」
特別養護老人ホームの個室で老婆が青ざめる。介護福祉士は譫妄症状のあらわれだと判断し、服薬介助の準備をした。
「いや、あれは確かに米軍じゃ」
女は白く濁った眼をカッと開いて窓を睨んだ。
蜂狩山頂。
「ドイッチェラントの銃器産業世界一~」
三式十二糎高射砲はハーベルトの指揮下、効率的な防空戦を展開していた。
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疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
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