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針鼠の恋愛事情(グリーパス・スタン・アマルガムハート) ④
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■ 聖イライサニス学園(承前)
うだるような暑さのなか、校内のポプラ並木が陽炎に揺れている。気温は三十五度。猛暑日という言葉はまだない。学校法人聖イライサニスはギリシャ神話のエリダヌス川に由来している。太陽神アポロンが息子ファエトンに根負けして太陽の馬車を貸し与えたところ、暴走して世界を燃やし尽くした挙句、エリダヌス川に落ちてしまった。馬車を仕立てたファエトンの姉妹たちは溺死した兄の死を嘆くあまり、ポプラの樹になったという。
「――転じて、同学園の理念はエリダヌスの如き懐深さとヘーリアデスの実直さを具有した子女を育成することである」
旧TWX666Ωの乗員たちがセーラー服を翻して校門をくぐったとき、体育館から学校長の訓話が聞こえてきた。
三々五々集まった保護者たちは苛立ちを募らせていた。ようやく荒井吹雪が段ボール五箱分の資料を台車で運んできた。四方八方から手が伸びて、まるで新聞の号外のように行き渡る。
コード1986の修復力は学校側に有利に働いたようで、女子寮の出火原因は隕石の衝撃波による電気系統の漏電だったという認識で一致した。隠れて喫煙する目的で他校生と思しき部外者が出入りしている、という内部告発がなされたものの、今朝の流星騒動に伴うデマの一種として片づけられた。
ただ、火のない所に煙は立たぬというモンスタークレーマーの指摘もあり、学校側は対応を迫られることになった。
「本学はあくまで自律を校是としておりまして」
学園長が具体策の検討開始を表明したとたん、警官隊がなだれ込んできた。学園長と数名の幹部に逮捕状が提示され、警官が身柄を確保した。規制線やブルーシートがあちこちに被せられ、段ボール箱が押収される。
「「「何だ? 何だ?」」」
「何があったんです?」
ざわめく父兄と教職員をかき分ける荒井。警官が三人がかりでねじ伏せ、手錠をかける。きゃあきゃあと泣き叫ぶ彼女を背広姿の刑事が怒鳴りつけた。
「荒井吹雪だな? 暴対法違反で現行犯逮捕する」
「わたし、何もやってな、グフっ!」
ストレートパンチが吹雪のみぞおちに決まった。そのまま羽交い締めにされて、パトカーに連行される。
「ちょ、どういうことなの?!」
悲鳴を聞きつけたハーベルトはビリビリとスーパーマンが胸をはだけるように上着を体操シャツごと破く。平らな胸を包むポリエステル繊維。白いゼッケンに「2ねん 3くみ とろいめらい」と手書きしてある。スカートのファスナーに手をかけ、アンスコとブルマのゴムを引きちぎると、一気に翼を広げた。父兄の頭上に濃紺の端切れが降りそそぐ。彼らを横目にハーベルトは警官に体当たりした。
「留萌、ブレース。こいつら敵よ」
彼女は居合わせた仲間たちに飛翔を促す。プリーツスカートが、レオタードが、レーシングブラが、色鮮やかに舞う。
「ナゼワカッタ?」
警官は鮫のような歯を剝き出しにしてハーベルトに襲い掛かる。彼女は動じず、重水素弾を口蓋に叩きこむ。警察官はじゅっと蒸発した。その隙に留萌たちが残りの警官を引きはがす。荒井吹雪はブレースと一緒に飛び去った。
「暴対法がコード1986で施行されるのは六年後よ。て、いうか、わざと釣ってるでしょ。挑戦状のつもり?」
潜伏者をあぶり出すようにハーベルトが視線を巡らせる。ぐるっと見回すと、体育館の隅、バスケットゴールにセーラー服姿の川端エリスが腰かけていた。
「ブライトリング以来だわね。そうよ。今度は同じ手は喰わないわ」
彼女は軽やかに舞い降りる。まるで紙で出来ているような身のこなしだ。ハーベルトはダイマー能力でエリスをスキャンし、驚きの声をあげた。
「イリュージョン?!」
ハーベルトの脳裏にエリスの成分表示が映っている。猿ヶ森の鳴き砂そのものだ。
「いまさら気づいても遅いよ。高次知能集団は拾い集めた記録を実体化させる方法を完成させたのさ。鳴き砂は触媒に過ぎない。ちなみにわたしは生きた肉体を持っている」
自己紹介する間にも炎の礫が二つ三つ、飛んでくる。それをハーベルトの水撃弾、脱酸素弾が迎撃。すんでのところで火災を食い止める。
すでに保護者たちは偽警官の誘導で退出しており、広々とした空間で一対一の闘いが繰り広げられる。だが、ハーベルトは建物の被害を慮るあまり、どうしても防戦一途になる。彼女は相手を何とか外へおびき出そうと、起死回生の一手を打った。ダイマー共有感覚が沖合の重巡に飛ぶ。
「望萌。蜂狩市役所の戸籍課と国民健康保険組合にアクセス。棺桶にリーチが掛かっている高齢者をピックアップして」
「は?!」
突拍子もない命令に望萌は戸惑いながらも、ホムンクルスたちと手分けして必要な情報収集にあたった。
蜂狩市役所の三階ロビー。昼休み開始のサイレンが鳴り終わると、市職員たちがエレベーターホールに殺到する。女子職員の一人が観葉植物の陰に黒いシミのような影を見つけた。
「ねぇ。あれ」
彼女が隣の同僚に異変を告げようすると、エレベーターの扉が開いた。
「ねぇ、あれって、ひぁ」
黒い頭の津波が押し寄せ、彼女はホムンクルスの存在を告げぬまま、飲み込まれた。
「仕事早ッ!」
ハーベルトの共有感覚に高齢者達の居場所がリストアップされた。とある民家の居間。白髪の老人が布団の上で浅い呼吸を続けている。彼は末期の病気に侵され余命いくばくもない。
妻を空爆で失い、生きて再会する約束を果たせなかった。老いは彼の心痛を鈍麻させていたが、終戦時に禍根を抱えたまま心の奥底に棘が刺さっていた。すると、枕元に青白い燐光が凝集した。
「おおっ! お前、お前なのか?」
男はガバリと上半身を起こし、壁の中に懐かしい顔を見つけた。「遭いたかったよ。お前」 彼は末期症状の激痛を忘れ、顔をほころばせた。
ハーベルトは妻の姿を借りて思いの丈を語る。
「――そうか……ありがとう。ありがとう」
老いさらばえた体がゆっくりと横たわった。心拍が停止する寸前、重巡ノーザンプトンにありったけの思念が降りそそぐ。
「ありがとうございました。ゆっくりとお休みください」
望萌が一礼すると、死に瀕した想いが川中島重工跡地の残留思念と融合し、古老たちの共通認識から蒸気機関車を発掘した。
D51型蒸気機関車。戦前戦中を通じて千二百台余りが量産され、戦後の復員兵輸送に貢献した。
望郷の想いは幾千幾万の力強さとなって、ワールドノイズに拮抗する。故郷の土を踏みたいという感情は、やがて、機関車とドイッチェラントの間を繋ぐ回廊を発生させた。
「そう来たか」
技の応酬のさなか、川端エリスはハーベルトの機転に舌を巻いた。彼女はスカートの中から黒いカロリーメーターを取り出した。QCDを用いて工場跡地を粉塵で覆い、頑固な残留思念をイリュージョン生命体へと転生させる。
「アメリカ人は人間の子供を頭から齧る鬼畜だそうだ。男も女も全身剛毛で、乾いた血がこびりついている。子供の指の骨を爪楊枝にしているそうだ」
プロパガンダを鵜吞みにした黒歴史が運命量子力学と相互作用し、鳴き砂の器になみなみと注がれる。
その巨躯は――まさに、鬼。御伽話に登場する鬼。紅毛碧眼で髪を振り乱し、金棒を携えた、鬼そのものだ。あちこちで蠢く、その数は百体はくだらない。D51を人垣ならぬ鬼垣でぐるりと封鎖する。
「フン。下らない幻想!」
ハーベルトは重水素弾を氷の壁で防御しつつ、窓の外へ牽制弾を撃つ。ほんの一握りの火球は体育館と工場跡の距離を飛び越え、鬼どもの頭上で分裂した。
「その程度で倒せるという、お前の楽観を刺し貫く」
エリスがカロリーメーターを振り上げた。素麵のように細い白線が火炎を一網打尽にした。
「――?! そんなぁ!!」
万事休す。鬼どもは鍛冶師が刀をきたえるように棍棒でD51を打ち据える。ハーベルトは覚悟を決めた。
「望萌。せっかくだけど、D51もろとも工場をぶっ飛ばして。ついでに百裂鬼も。在日米海軍の艦艇にアクセス。RGM-84の照準を工場跡へ修正」彼女は断腸の想いで機関車の爆破を命じた。駐留軍の艦対地誘導ミサイル「ハープーン」に頼るしかない。
ハーベルトはキリキリと歯噛みした。決してエリスの無双ぶりに屈服したのではない。裏の裏をかかれた己の不甲斐なさに憤りを覚える。
ダイマー感覚を共有する望萌は、ハーベルトの屈辱感が骨身にこたえる。何とかしてあげなくては。彼女の窮地を救ってあげなくては。募る思いが望萌の脳髄を振り絞った。思い付きが大車輪でまとまっていく。
「何を企んでいるか知らんが、小細工はやめたほうがいい」
D51の屋根に顔見知りが仁王立ちした。そいつは、いったん身をかがめると、マネキン人形のような物を取り出した。それは鬘も何も身に着けていないが、足の付け根に深い傷があり、背中からモフモフした翼が生えている。
「祥子?!」
ハーベルトは我が目を疑った。エメラルドグリーンのエネルギー体となった祥子がどうして再び肉体を纏っているのか。だが、その疑念は破壊衝動の歯止めにならなかった。むしろ、憎悪をたぎらせ、殺意をかきたてた。
「しょうもない人形で二の足を踏ませるんじゃねーよ!」
彼女は移民の言葉で口汚く罵った。
「そうか?」
鬼哭は祥子の首根っこを締め上げた。と、「鈴」がダイマー聴覚に弱弱しく鳴り響いた。
「祥子? 本物なの?」
鬼哭が親指と人差指で祥子の頭蓋を挟み、ギリギリと力を込める。
「ハーベルトぉー。来ちゃだめだぁー」
罠だ。祥子が声を限りに叫ぶ。ハーベルトははやる気持ちを抑え、心を鬼にした。脊髄反射すれば敵の思うつぼだ。ポーカーフェイスで切り抜ける。
「フン。裏切者が」
彼女は冷たく言い放つと、望萌にハープーンの終端誘導を命じた。
「――ッ。おまえ、本当に血も涙もないのか?!」
鬼哭は当てが外れた様子で、リアクションに困っている。
「ハーベルト、名案があるわ」
すかさず、望萌がダイマー聴覚経由で奥の手を提案する。
「望郷の上昇気流に?! その発想はなかった!」
ハーベルトは二つ返事で承諾する。あとは、のるかそるか。天命に一存するしかない。
「逗留者達に撤退命令を」
望萌がテキパキと帰還を促し、間に合わない者には旅人の外套効果発動を要請した。
ハープーン命中まで残りわずか。レーダーが大阪湾上に複数の弾道を確認。
カウントダウン続行中。着弾まであと、三……二……。
「?! バカなッ!!」
工場跡が百裂鬼ごと爆散し、D51が空中でトリプルアクセルを決める。故郷を思慕する思いが車両を抱き上げる。
そこに水泡のような輝きがいくつも合流する。外套効果を纏った異世界逗留者たちだ。
重巡ノーザンプトンがノイズを蹴立て。ワールドクラスの波濤が異世界の門を押し開いた。
うだるような暑さのなか、校内のポプラ並木が陽炎に揺れている。気温は三十五度。猛暑日という言葉はまだない。学校法人聖イライサニスはギリシャ神話のエリダヌス川に由来している。太陽神アポロンが息子ファエトンに根負けして太陽の馬車を貸し与えたところ、暴走して世界を燃やし尽くした挙句、エリダヌス川に落ちてしまった。馬車を仕立てたファエトンの姉妹たちは溺死した兄の死を嘆くあまり、ポプラの樹になったという。
「――転じて、同学園の理念はエリダヌスの如き懐深さとヘーリアデスの実直さを具有した子女を育成することである」
旧TWX666Ωの乗員たちがセーラー服を翻して校門をくぐったとき、体育館から学校長の訓話が聞こえてきた。
三々五々集まった保護者たちは苛立ちを募らせていた。ようやく荒井吹雪が段ボール五箱分の資料を台車で運んできた。四方八方から手が伸びて、まるで新聞の号外のように行き渡る。
コード1986の修復力は学校側に有利に働いたようで、女子寮の出火原因は隕石の衝撃波による電気系統の漏電だったという認識で一致した。隠れて喫煙する目的で他校生と思しき部外者が出入りしている、という内部告発がなされたものの、今朝の流星騒動に伴うデマの一種として片づけられた。
ただ、火のない所に煙は立たぬというモンスタークレーマーの指摘もあり、学校側は対応を迫られることになった。
「本学はあくまで自律を校是としておりまして」
学園長が具体策の検討開始を表明したとたん、警官隊がなだれ込んできた。学園長と数名の幹部に逮捕状が提示され、警官が身柄を確保した。規制線やブルーシートがあちこちに被せられ、段ボール箱が押収される。
「「「何だ? 何だ?」」」
「何があったんです?」
ざわめく父兄と教職員をかき分ける荒井。警官が三人がかりでねじ伏せ、手錠をかける。きゃあきゃあと泣き叫ぶ彼女を背広姿の刑事が怒鳴りつけた。
「荒井吹雪だな? 暴対法違反で現行犯逮捕する」
「わたし、何もやってな、グフっ!」
ストレートパンチが吹雪のみぞおちに決まった。そのまま羽交い締めにされて、パトカーに連行される。
「ちょ、どういうことなの?!」
悲鳴を聞きつけたハーベルトはビリビリとスーパーマンが胸をはだけるように上着を体操シャツごと破く。平らな胸を包むポリエステル繊維。白いゼッケンに「2ねん 3くみ とろいめらい」と手書きしてある。スカートのファスナーに手をかけ、アンスコとブルマのゴムを引きちぎると、一気に翼を広げた。父兄の頭上に濃紺の端切れが降りそそぐ。彼らを横目にハーベルトは警官に体当たりした。
「留萌、ブレース。こいつら敵よ」
彼女は居合わせた仲間たちに飛翔を促す。プリーツスカートが、レオタードが、レーシングブラが、色鮮やかに舞う。
「ナゼワカッタ?」
警官は鮫のような歯を剝き出しにしてハーベルトに襲い掛かる。彼女は動じず、重水素弾を口蓋に叩きこむ。警察官はじゅっと蒸発した。その隙に留萌たちが残りの警官を引きはがす。荒井吹雪はブレースと一緒に飛び去った。
「暴対法がコード1986で施行されるのは六年後よ。て、いうか、わざと釣ってるでしょ。挑戦状のつもり?」
潜伏者をあぶり出すようにハーベルトが視線を巡らせる。ぐるっと見回すと、体育館の隅、バスケットゴールにセーラー服姿の川端エリスが腰かけていた。
「ブライトリング以来だわね。そうよ。今度は同じ手は喰わないわ」
彼女は軽やかに舞い降りる。まるで紙で出来ているような身のこなしだ。ハーベルトはダイマー能力でエリスをスキャンし、驚きの声をあげた。
「イリュージョン?!」
ハーベルトの脳裏にエリスの成分表示が映っている。猿ヶ森の鳴き砂そのものだ。
「いまさら気づいても遅いよ。高次知能集団は拾い集めた記録を実体化させる方法を完成させたのさ。鳴き砂は触媒に過ぎない。ちなみにわたしは生きた肉体を持っている」
自己紹介する間にも炎の礫が二つ三つ、飛んでくる。それをハーベルトの水撃弾、脱酸素弾が迎撃。すんでのところで火災を食い止める。
すでに保護者たちは偽警官の誘導で退出しており、広々とした空間で一対一の闘いが繰り広げられる。だが、ハーベルトは建物の被害を慮るあまり、どうしても防戦一途になる。彼女は相手を何とか外へおびき出そうと、起死回生の一手を打った。ダイマー共有感覚が沖合の重巡に飛ぶ。
「望萌。蜂狩市役所の戸籍課と国民健康保険組合にアクセス。棺桶にリーチが掛かっている高齢者をピックアップして」
「は?!」
突拍子もない命令に望萌は戸惑いながらも、ホムンクルスたちと手分けして必要な情報収集にあたった。
蜂狩市役所の三階ロビー。昼休み開始のサイレンが鳴り終わると、市職員たちがエレベーターホールに殺到する。女子職員の一人が観葉植物の陰に黒いシミのような影を見つけた。
「ねぇ。あれ」
彼女が隣の同僚に異変を告げようすると、エレベーターの扉が開いた。
「ねぇ、あれって、ひぁ」
黒い頭の津波が押し寄せ、彼女はホムンクルスの存在を告げぬまま、飲み込まれた。
「仕事早ッ!」
ハーベルトの共有感覚に高齢者達の居場所がリストアップされた。とある民家の居間。白髪の老人が布団の上で浅い呼吸を続けている。彼は末期の病気に侵され余命いくばくもない。
妻を空爆で失い、生きて再会する約束を果たせなかった。老いは彼の心痛を鈍麻させていたが、終戦時に禍根を抱えたまま心の奥底に棘が刺さっていた。すると、枕元に青白い燐光が凝集した。
「おおっ! お前、お前なのか?」
男はガバリと上半身を起こし、壁の中に懐かしい顔を見つけた。「遭いたかったよ。お前」 彼は末期症状の激痛を忘れ、顔をほころばせた。
ハーベルトは妻の姿を借りて思いの丈を語る。
「――そうか……ありがとう。ありがとう」
老いさらばえた体がゆっくりと横たわった。心拍が停止する寸前、重巡ノーザンプトンにありったけの思念が降りそそぐ。
「ありがとうございました。ゆっくりとお休みください」
望萌が一礼すると、死に瀕した想いが川中島重工跡地の残留思念と融合し、古老たちの共通認識から蒸気機関車を発掘した。
D51型蒸気機関車。戦前戦中を通じて千二百台余りが量産され、戦後の復員兵輸送に貢献した。
望郷の想いは幾千幾万の力強さとなって、ワールドノイズに拮抗する。故郷の土を踏みたいという感情は、やがて、機関車とドイッチェラントの間を繋ぐ回廊を発生させた。
「そう来たか」
技の応酬のさなか、川端エリスはハーベルトの機転に舌を巻いた。彼女はスカートの中から黒いカロリーメーターを取り出した。QCDを用いて工場跡地を粉塵で覆い、頑固な残留思念をイリュージョン生命体へと転生させる。
「アメリカ人は人間の子供を頭から齧る鬼畜だそうだ。男も女も全身剛毛で、乾いた血がこびりついている。子供の指の骨を爪楊枝にしているそうだ」
プロパガンダを鵜吞みにした黒歴史が運命量子力学と相互作用し、鳴き砂の器になみなみと注がれる。
その巨躯は――まさに、鬼。御伽話に登場する鬼。紅毛碧眼で髪を振り乱し、金棒を携えた、鬼そのものだ。あちこちで蠢く、その数は百体はくだらない。D51を人垣ならぬ鬼垣でぐるりと封鎖する。
「フン。下らない幻想!」
ハーベルトは重水素弾を氷の壁で防御しつつ、窓の外へ牽制弾を撃つ。ほんの一握りの火球は体育館と工場跡の距離を飛び越え、鬼どもの頭上で分裂した。
「その程度で倒せるという、お前の楽観を刺し貫く」
エリスがカロリーメーターを振り上げた。素麵のように細い白線が火炎を一網打尽にした。
「――?! そんなぁ!!」
万事休す。鬼どもは鍛冶師が刀をきたえるように棍棒でD51を打ち据える。ハーベルトは覚悟を決めた。
「望萌。せっかくだけど、D51もろとも工場をぶっ飛ばして。ついでに百裂鬼も。在日米海軍の艦艇にアクセス。RGM-84の照準を工場跡へ修正」彼女は断腸の想いで機関車の爆破を命じた。駐留軍の艦対地誘導ミサイル「ハープーン」に頼るしかない。
ハーベルトはキリキリと歯噛みした。決してエリスの無双ぶりに屈服したのではない。裏の裏をかかれた己の不甲斐なさに憤りを覚える。
ダイマー感覚を共有する望萌は、ハーベルトの屈辱感が骨身にこたえる。何とかしてあげなくては。彼女の窮地を救ってあげなくては。募る思いが望萌の脳髄を振り絞った。思い付きが大車輪でまとまっていく。
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D51の屋根に顔見知りが仁王立ちした。そいつは、いったん身をかがめると、マネキン人形のような物を取り出した。それは鬘も何も身に着けていないが、足の付け根に深い傷があり、背中からモフモフした翼が生えている。
「祥子?!」
ハーベルトは我が目を疑った。エメラルドグリーンのエネルギー体となった祥子がどうして再び肉体を纏っているのか。だが、その疑念は破壊衝動の歯止めにならなかった。むしろ、憎悪をたぎらせ、殺意をかきたてた。
「しょうもない人形で二の足を踏ませるんじゃねーよ!」
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「そうか?」
鬼哭は祥子の首根っこを締め上げた。と、「鈴」がダイマー聴覚に弱弱しく鳴り響いた。
「祥子? 本物なの?」
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「ハーベルトぉー。来ちゃだめだぁー」
罠だ。祥子が声を限りに叫ぶ。ハーベルトははやる気持ちを抑え、心を鬼にした。脊髄反射すれば敵の思うつぼだ。ポーカーフェイスで切り抜ける。
「フン。裏切者が」
彼女は冷たく言い放つと、望萌にハープーンの終端誘導を命じた。
「――ッ。おまえ、本当に血も涙もないのか?!」
鬼哭は当てが外れた様子で、リアクションに困っている。
「ハーベルト、名案があるわ」
すかさず、望萌がダイマー聴覚経由で奥の手を提案する。
「望郷の上昇気流に?! その発想はなかった!」
ハーベルトは二つ返事で承諾する。あとは、のるかそるか。天命に一存するしかない。
「逗留者達に撤退命令を」
望萌がテキパキと帰還を促し、間に合わない者には旅人の外套効果発動を要請した。
ハープーン命中まで残りわずか。レーダーが大阪湾上に複数の弾道を確認。
カウントダウン続行中。着弾まであと、三……二……。
「?! バカなッ!!」
工場跡が百裂鬼ごと爆散し、D51が空中でトリプルアクセルを決める。故郷を思慕する思いが車両を抱き上げる。
そこに水泡のような輝きがいくつも合流する。外套効果を纏った異世界逗留者たちだ。
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