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彗星発、永劫回帰線(マーサズ・ヴィニャード・ブレイクスルー・スターショット) ② 回帰線、現る
しおりを挟む■ グリーバス・スタン・アマルガムハート ハンカ湖(承前)
とにもかくにも、小興凱湖から来る対艦ミサイルを黙らせなくてはいけない。養魚池一帯が要塞化されている事はハーベルトにとっても寝耳に水だった。
「ライトからウェスペ隊を呼べないかしら? 抜かりない貴女のことだから、対地攻撃用のオモチャは積んであるんでしょう?」
望萌は航空支援要請を提案した。
「ええ、、レーザー誘導爆弾、GPS誘導爆弾、対地ミサイル、滑空爆弾、対艦ミサイルなんでもござれよ」
ハーベルトが二つ返事でアムール川の空母ライトに魔改造雀蜂の出動を要請した。敵弾は地上発射型の対艦ミサイル。湖岸の移動式ランチャーから撃ってきている。神出鬼没の相手を確実に仕留めるべく、ハーベルトは爆撃誘導員を率いて湖水に飛び込んだ。
コンバットコントローラーの任務はミサイルが着弾するまで目標にレーザーポインターを照射し続けることだ。連合国はたった一回の照射で敵座標を確定し、後はGPSで誘導するLDAMを開発中だと純色が言っていたが、いかんせん未だ禁忌科学の段階で、ワールドノイズを除去できていない。
富山県とほぼ同じサイズのハンカ湖をヒドリガモやヒシクイの群れが押し渡っていく。その奥座敷にマドレーヌが息をひそめているはずだ。
ハーベルトが破れたプリーツスカートを押しのけて、水面から顔を出した。ブラジャーからパットを取り出すと右胸がペタンコになった。
じーっという目線が音を立てて洗濯板に突き刺さる。
「うっさいわねぇ。お互い様でしょう?!」
ハーベルトが望萌の貧乳を睨み付ける。
「そうじゃなくてよ」
望萌はパッドを引きちぎって量子オペラグラスを取り出した。レンズは撥水加工されていて、対岸の様子を明確に歪むことなくとらえた。
「双眼鏡。とっとと戦力評価なさい」
持ち主に文句ひとついわず、オペラグラスは敵影を分析して見せた。
「敵の対空兵器は9K35ストレラ。始祖露西亜製。弾体は9M37と確定」
ハーベルトは肩透かしした。たかが、射程4キロ弱のミサイルだ。対するウェスペの精密誘導滑空弾(JDAM)は最大60キロの到達距離を持つ。アウトレンジ攻撃でらくらく倒せる。敵ではない。
彼女は望萌の臆病風を嗤った。いったい、何があったというのだ。
――と、その時。投擲体制に入ったウェスペが爆散した。
「ええっ! まさかの?」
ハーベルトの勝利神話が一気に突き崩された。
「長距離地対空ミサイル? だって、ラファームシノワって、そもそもまともな異世界戦力を持たなない筈でしょう?」
現状認識と基礎知識がかけ離れていて、頭が混乱する。望萌がオペラグラスを掲げて何やら言っているようだが、気が動転して考えがまとまらない。
革新主義人民共和国大同盟。これまで連合国も日独伊芬枢軸基幹同盟も度外視してきた。それもそのはず、ハーベルトが棲むコード2047においては後桜鳩天皇率いる大東亜共栄圏を盤石を築いており、革新人民主義などというアナーキズムは泡沫にすぎない。その主軸はヒステリックな烏合の衆だ。
シノワの起源は本初始祖世界の第二次世界大戦直後にさかのぼる。
ソ連の支援を受けて満州に侵入した共産党軍(八路軍)は残留日本人を拉致して戦力強化を図った。現地の日本人女性は看護婦などとして徴用された。
八路軍の支配地では対抗する蒋介石軍の呼びかけによって邦人の武装蜂起が起きた。彼らは無残にも処刑されてしまったが、その混乱をかいくぐってシュルルフと共に様々な異世界へ逃れた一派がいた。
ラファーム・シノワ。すなわち、フランス語で「中国女」だ。
「中国女に長距離ミサ――」
「さっさと撤退命令を出して!」
ようやく、頭の中の独り言をヒステリックな怒号が圧倒した。そうこうしているうちにウェスペ隊はフレアやチャフを巻いて縦横無尽に回避行動をとる。ベースとなるF-18の最大速度はマッハ2に満たない。対空ミサイルの餌食である。だが、その航続力は持続しない。せいぜい十秒もバレルロールを打っていれば燃料切れに追い込める。
ウェスペのパイロットは機体の横転と機首上げを同時に行うことで、樽の内側をなぞるように飛んでいる。
目の回るような機動が却ってハーベルトの気持ちを落ち着かせた。
まだぼうっとした頭にガツンと鈍痛が生じた。
「ぼやぼやしてないで、これを見て! って何度……」
望萌は物凄い剣幕で双眼鏡を振りかざした。嫌な予感がする。ハーベルトは恐る恐る接眼レンズを目に押し当てた。
オペラグラスAIは水鳥の群れにフォーカスしている。「ごらんになられていますか? こいつが曲者です」
「シナガチョウがどうしたっていうの? シノワが雁を飼いならしただけでしょう」
じれったくなった望萌が対話に割り込んだ。
「ガチョウをぞんざいに扱うと運が尽きるって諺。習ったでしょう?」
ドイッチェラント人なら知らない人はいない義務教育レベルの常識だ。
「シナガチョウ単体で枢軸に仇を成す力はないわ。たとえ、地球上の個体全てを集めても。旅人の外套はやわじゃない」
「ダイマー能力のような『強い人間原理』を操作する機能が備わってなければ、の話」
望萌が例によって双眼鏡の側面をタップするとシナガチョウの頭部に大脳スキャン画像が重なった。
「当該個体の視床下部に脳虚血状態を検知。フリーラジカル分子による『量子もつれ』が生じている模様」
なんということだ。双眼鏡AIは水鳥の脳内に「現実を操る量子効果の片鱗」を見出した、と述べている。
「双眼鏡。閣下の共感視野にチョウザメの咆哮/脳炎ネットワークノードをプロットしてあげて」
望萌が命じると、ハーベルトがのけぞった。目に見える範囲のシナガチョウというシナガチョウが鵜飼のように黄色い糸で養魚池と結びついている。
「渡り鳥が脳内に量子もつれを持っていて、方位磁石代わりに使っている、というか、『行きたい場所を現出』させているという学説は聞いたことがあるけど。シナガチョウは渡らないでしょ」
首をかしげる望萌にハーベルトは語った。ともかく、シナガチョウが強い人間原理で地対空ミサイルの背中もとい、射程を押したというわけだ。
「いや、ハンカ湖は渡りの中継地よ。渡り鳥をネットワークルーター代わりにして遠隔地の思考を操ることは難しくはない。その手段を用いて大量の人間を短時間に学習させることは不可能ではない」
「もしかしたら、その方法でシノワを?」
「そうよ、望萌。脳の思考を盗聴したり改ざんできる技術を持っている。そんな勢力がハンカ湖の奥にいるのよ」
シノワ大陸は果てしなく広い。これ以上の侵攻は補給線の冗長化を招く。ハーベルトは深入りすべきか否か大総統府の指示を仰ごうとした。
その時、マーシャル・クリロフのレーダーが養魚池付近の線路に見知らぬ移動物体を検出した。
「九十四式軍用列車。満州鉄道に配備されていた車両と思われます。地上発射型対艦ミサイル、第二波、来ます!」
担当士官が船内各所に命令を下す。戦闘指揮所は緊迫感に包まれた。
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