枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

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彗星発、永劫回帰線(マーサズ・ヴィニャード・ブレイクスルー・スターショット) ⑨ 烏梁素海(ウランスハイ)の真龍

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 兵器の合理化は究極を求め、非人道を突き進んでいく。もはやそこに理想も理念もない。ただただ瓦礫を堆積し、死傷者数を上積みする。ウェスペ隊がクラスター爆弾をばら撒くと、阿鼻叫喚の渦中から毒針スティンガーが報いる。
 ちぎれた主翼が回転しながら砂丘に消えた。数秒遅れて、黒煙があがる。
 バダインジャラン砂漠緑化計画は旧日本軍の権力空白を埋めるためにドイッチェラントが用意した飴だ。内モンゴル人は異世界分裂まで清王朝の圧政下にあった。それが枢軸と入れ替わったに過ぎない。
 だから、充分な防備はある。問題は要員の頭数と練度だ。物言わぬ草木そうもくを扱う女どもに何が期待できよう、
 本部棟玄関前に土のう袋が積んである。主任研究員のニーナ・ドルマーが泥だらけのスカートを揺らしながら戻ってきた。裏の研究棟には専用駅が併設されており、普段なら研究資料や職員の出入りが激しいのだが、今日は静まり返っている。ネルグイの奇襲は把握しており、貴重な品種は搬出済みだ。かわりに砲座が咲いている。
「ゼベツカヤが殺られたわ!」
 目に大粒の涙をうかべ、汚れたバインダーを机に投げ出す。べっとりした血糊のあとを見て、スレン・オチルバトは衝撃を受けた。
「そんな! 二班はドイッチェラント空軍野戦師団補助婦隊ルフトバッフェ・フェイディビジョーネンが護っていたのよ。彼女が逝くなんてあり得ない」
 ゼベツカヤはかけがえのない共同研究者だ。今日は烏梁素海ウランスハイ湖で水質調査する筈だった。それを護るヘレーナ・ゲーリング装甲師団第四連隊は砂漠の雌狐といわれ、地上防空の幅の広い輪郭と効果を理解している大総統のお気に入りだった。じっさい、ドイッチェラントを侵害した連合軍機を彼女達は全機撃墜している。それが烏合の衆に壊滅させられるとか、冗談じゃない。
「でも、これは事実なの」
 ニーナはボロボロに焼け焦げた布切れを差し出した。
「これは、ゼベツカヤのスカート!」
 間違いない。誕生日に小型携帯機織機シュナイダーを贈った。日に何着も洋服を破く枢軸婦女の必需品だ。スレンはゼベツカヤの昇進祝いに仕事着をプログラムしてやったのだ。
「ああ、ゼベツカヤ。お互い良母になろうねって言ってたのに~」
「悲しんでいる場合じゃないわ。烏梁素海ウランスハイには真龍が眠ってるでしょう。ネルグイに渡すわけにはいかない」
 ニーナは泣き崩れる同僚を抱えて通信室に向かった。バダインジャラン計画は小粒ながら大総統の肝いりだ。
「なんということでしょう! 許し難い暴挙です。ただちにハーベルト機械化無軌道強攻装甲列車軍団を送ります」
 連絡を受けたエルフリーデは地球の裏から特使を呼び戻すと確約した。
「ハーベルトって、大総統閣下。まさか、あのお方ですか?!」
 シワノ大陸で働く研究者にもその名は轟いていた。
「そうです。ハーベルト・トロイメライ・フォン・シュリーフェン閣下です」

 ■ アラシャン盟 バヤンノール市 烏梁素海ウランスハイ

 バヤンノール市 烏拉特前旗駅。枢軸特急と連合急行が揃って入線する光景に枢軸系住民は違和感と憤りを覚えた。しかし国営映像配信テレフンケンがCNNの報道を引用して反感を鎮めた。ハーベルトは英雄だ。地底人を撃退せしめたのだから。地元メディアはこぞって持ち上げた。
「地底人を片づけたかと思えば、今度はドラゴンかい?」
 祥子は眉に唾を付けた。
 TWX1369の新型戦略ディスプレイには鰐のような顔をした爬虫類がクロースアップされている。そいつの目は煮魚のように白濁していて、生気が失われている。ヒゲが生えていて体全体が鱗で覆われている。頭の先から馬のような尾まで長さは三メートルほど。いくら異世界とはいえ、こんな物が生息しているなんて信じがたい。
 、
 戦闘指揮車の勢力図パネルには三日月湖が映っている。面積はベルナール湖の四割程度。青緑色の湖面にひと回り小さいエメラルドグリーンが広がっている。地元民は草原の真珠と呼んでいる。
「そうよ。Geisterbeschwörungenガイストビシュウォルゲン――降霊術者たちによれば西暦2014年6月18日に東洋的な龍が捕獲されたというわ。コード1986の『未来』で起こり得ることが異世界に波紋を広げているの」
 ハーベルトは本初始祖世界ソースコードで起こりうる事件を本国の専門家に透視させた。異世界とソースとでは半世紀の時差があり、ソースで起きた事件がワールドクラスに波及するかは神のみぞ知る。それでもドイッチェラントは降霊術の本場だ。世界最高水準の霊媒達にソースの方向性を探らせることは不可能でない。
「じゃあ、ボクの世界の行く末も分かるんだね」
 祥子は有名なノストラダムスの大予言を引き合いに出した。1999年7月に恐怖の大王が人類を滅ぼす、という。1986年と言えば世紀末が近づき、大人でさえ本気で予言を念頭に置いた人生設計をしている。
「いいえ。量子力学の不完全性定理は克服できない。ただ、高い精度で『傾向』を読み取るだけ。それでも、ハンカ湖でワールドノイズを除去した代償かしら。中国大陸を継承した世界で悪影響が出てるみたい」
 ハーベルトは双眼鏡で烏梁素海ウランスハイ湖を一瞥した。列車は葦の生い茂る原を抜けると、車窓に美しい水面が広がった。彼女はその美しさに目を奪われた。
「ここは陸地だったんだねぇ」、と祥子。
 ウランスハイはブフ語でポプラの生えた低地と言う意味だ。数百年前に黄河の流域に沈んだ、と記録にある。
「で、ゼベツカヤさんのグループは大そうな軍隊を従えて何をしていたの?」
 ハーベルトは緑化プロジェクトチームの悲しみを抉り出すことに呵責をおぼえた。
 ニーナが慄然とした。重い口をぼそぼそと開く。
「……黄河流域最大の淡水湖は悲鳴を上げています。もともとゴビ砂漠はヤギが放牧地を食い尽くして、僅かな緑にまで手を出したんです。それで乾燥化が進んで、降雨量が減りました。加えて工業廃水の流入や取水量の増加で富栄養化が加速したんです」
 彼女がコンソールを叩くと、スライドショーが始まった。著しく水質汚濁した湖に水鳥の遺骸や死んだ魚が浮いている。
「とにかく水不足が深刻で……それで……」
 やおら、スレンがスライドを戻した。再び龍があらわれた。
「サボテンがベンゼンやホルムアルデヒドなどの有害揮発物質を吸着することは知ってたけど、量子観測効果あるの?」
 亡くなったブレースの後任――科学指南役を望萌が務める。
「ええ。多肉植物は電磁波を吸着します。マーサズ・ヴィニャードの砂漠薔薇アデニウムは強烈に電子を吸着して重水素や三重水素を容易に精製できるんです」
 スレンの話を聞いてハーベルトは納得できた。
「なるほどね。重水素二量体効果ダイマーエフェクトを植物にやらせるとはね」
 彼女は持病の進行を思うと、悔恨と羨望で胸がいっぱいになった。
「それで龍神に雨乞いを?」
 横で話を聞いていた吹雪が結論づけた。
「最終目的はゴビ砂漠を緑化地域グリーンベルトで囲む事です。これからだというのに」
 スレンがスカートで目頭を押さえた。
「でも、どうして? ネルグイは何が気に入らないのさ?」
 祥子が第二班の被害状況を閲覧しながら聞いた。画像は凄惨を極める。作業車や精密機器類が完膚なきまで破壊されている。
「彼らにしてみれば、よそ者のやることなすこと全てが許しがたいのよ」
 ハーベルトは現場の被害状況から敵を戦力評価した。明らかに枢軸や属国始祖露西亜オーソロシアの武器が使われている。だが、それだけではない何かが背景にある。

 ■ アラシャン盟 エチナ旗 シビー・ハーン河岸

 シワノ西北地域と内モンゴルを結ぶ要衝で一大食肉流通センターである。検査、権益、貯蔵が一体となった貨物ヤードには冷凍コンテナ車が発着している。モンゴルから冷蔵牛肉や羊肉場合によっては馬肉を年間五万トンも輸入し、異世界の台所へ売りに出す。
「ぬぉぉぉぉぉ。痒いーーーーッ!」
 隔靴掻痒の修羅と化したオドゴンフーは施設の重要性など一顧だにもせず、銃弾をばら撒く。フラウンホーファー財団が供与した武器は秀逸だ。沼田コヨリが監修した運命量子力学が内包されている。七つの大罪のうち、憤怒と嫉妬が混合して破壊力抜群だ。
 こと、ネルグイたちは皮膚炎による苦痛で憤怒の塊と化している。加えてリーダー格の激情だ。
「何が枢軸だ。女どもめええええ」
 彼がMTG14のトリガーを引くと、面白いように冷凍倉庫が弾ける。普段なら感情が理性を押さえつけ、落ち着いて照準できない筈だ。だのに、マドレーヌの意地悪が奏功して、面白いように「憤怒」が燃えさかる。絶大なる力を得た銃弾はQCDの追い風に乗って駅一帯を火の海にしていく。
 TWX1369号 戦闘指揮車。
「今度はエチナ旗ですってぇ?!」
 ハーベルトは斥候から緊急報告を受け、列車をエチナ旗に向けた。

 ■ 連合国ステイツ首都 ニューローマ 大統領官邸ホワイトハウス

 フランチェスカ・エフゲニー・ローズバードは執務室のソファで看護婦から点滴を受けていた。
「はぁ……はぁ……ハーベルトたちは善戦しているかしら?」
 息も絶え絶えに訊く。彼女は高熱に喘いでおり、呼吸のたびに激痛を我慢しているようだ。
「画面をそちらに向けましょうか」
 若い女は嫌そうにモニターを動かした。CNNは地表のどこにでもいる。
 画面隅にアラシャン盟の地名表記とLIVEの四文字。
「それでわたしの病気は特定できたのかしら? もう、どうせ死ぬのだから、どうでもいいことなのでしょうね」
 エフゲニーは大国の指導者らしからぬ弱音を吐いた。
「検査結果を聞いてきましょう」
 看護婦はこれで何度目かの猿芝居を打った。彼女自身、疲れてきている。ノートン七世はいつになったら蜂起するのだ。
 ドアを出て廊下つきあたりの洗面所をめざす。♀の印が色違いで並んでいる。
 単性を赤青二色で区別するとは可笑しな生き物だ。
 彼女はそう侮蔑ながら白衣を破り捨てた。白い体操シャツとブルマを翼が弾き飛ばす。
 美しい看護婦の顔がみるみるうちに皴がれる。唇がニュットのびて、硬い嘴に変わる。
「こちら登録番号UC7301535。やっと盛った防腐剤アンチセプティックが効いて来たよ。せいぜい、今日明日がヤマだね。頼み事は聞いてやったんだ。とっとと褒美をよこしな!」
 三千世界一獰猛な品種が荒々しく囀った。
 すると、足輪が点滅した。
「懐疑派と枢軸。バカな女どもがじゃれ合っている間に革命を進めるわ」

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