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彗星発、永劫回帰線(マーサズ・ヴィニャード・ブレイクスルー・スターショット) ⑬ 異世界逗留者のおもかげ
しおりを挟む■ 東北飯店 駐車場(承前)
凶悪な殺人事件が起きるたびに喚起が繰り返される。被害者の無念を思い知れと。
だが、犯人側の心理が考察されることは皆無に等しい。取り調べや裁判の過程で得られる証言は多かれ少なかれバイアスがかかっている。戒めの意味を込めて凶悪性が増幅されていたり、改悛の情で希釈されていたり、歪めて公表される
人殺しをした経験や機会に恵まれた者の大半は戦場におけるケースだ。
自衛手段として他人の命を奪う必要に迫られた場合、大抵は自分の存在感が薄れ、傍観者の主観を持つという。まるで映画鑑賞している錯覚に陥り、何も考えないまま、流されるように戦闘を終える。そして、現実を取り戻した瞬間から十字架を背負うのだ。
特に戦後昭和の平和教育にどっぷり漬かった祥子にとっては精神的負担が大きすぎた。彼女の遺伝子に埋め込まれたヒトラーユーゲント部員ハンス・シュティールの凶暴性は、表層意識の崩壊に乗じて頭角を現した。
祥子の筋肉が盛り上がって、骨格が急成長する。身に着けていたものは黒猫褌に至るまで散り散りになり、シルエットが直立歩行生物でなくなる。
彼女、いや、そいつはウランスハイで捕獲された未確認生物によく似ていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
連合特急ALX427 戦闘指揮車両。
邨埜純色のカロリーメーターが激しい擾乱を検出した。
「ホウ素12Λハイパー核? こんな中国の奥座敷に?」
彼女は戸惑いを隠せない。純色がかつて作成した異世界資源分布図にマーサズ・ヴィニャードの鉱脈は記載されていない。それもそのはず、この世界は大総統の荘園であり、国立研究所の直轄だ。上等なワインに不可欠な「純潔」のQCDが「強欲」な探査を阻害している。いや、そればかりかアーネンエルベですら気づかなかった可能性がある。埋蔵資源を得るために貴腐葡萄の畑を掘り返すなど愚の骨頂だ。
「そればかりか、ゴビ砂漠に量子共鳴波が見られます。モンゴル国境線の内側です」
同乗していた連合国軍技術将校が叫ぶ。彼女は興奮状態でセンサーディスプレイを指し示した。色彩溢れる車内は純色持ち前の高い技術力によって、枢軸特急より格段に美しい佇まいに仕上がっている。
黄土色のゴビ砂漠がスクロールして、南東部分の一角が変色した。ここです、と将校が拡大する。
「ホンゴリン・エルス砂丘? 砂漠のど真ん中じゃないの? なんで猿ヶ森と同じ反応があるのよ」
純色は激しく否定した。ALX427の貨物車両から蜘蛛のような無人偵察攻撃機が放たれた。咆哮/熱病ネットワーク光学推進機関を吹かして数十キロを飛び越える。カメラアイが移動物体を捉えた。
「敵味方識別および戦力評価終了。遊牧民です。武装は認められませんでした」
のんびりと砂丘を行く隊商に脅威は微塵も感じられない。だが、純色は女の直感の命ずるままに指示を下した。
「焦点をラクダに固定。音声を拾えるかしら?」
「ラ、ラクダですか?」
「いいから! 出来るの? 出来ないの?」
「極超指向性集音器、起動。S/Nバンドパスフィルタ、オン。トーン・スケルチオフ。音声、来ます!」
「いいわ。あとはあたしがやる!」
もたつく技師を跳ね飛ばし、純色はヘッドホンを被った。隊商が歩を進めるたびに、鳥のさえずりが聞こえてきた。
「間違いない。珪酸ガラスよ。でも、どうし……」
運命量子色学者はその場しのぎの仮説を口述することが出来なかった。
論より証拠。車窓から見える空にリンドバーグ・ウォールがたゆとっていたからだ。
女は現実主義者だ。切り替えが早い。
「――ッ。熱力学第二法則の壁が沸き起こったからには、そこにハイパー核があるのよ。列車を出して!」
純色は機関士に発車を命じた。マーサズ・ヴィニャード総合運転区から枢軸特急の路線図を取り寄せ、臨時編成を組む。
「どこへ行こうってんですか? 枢軸の奥座敷に踏み込むなんて、あたしゃ気乗りしないね。」
でっぷりとした女将のような列車長が消極的な態度をとる。
「オヨートルゴイよ。ドローンが希少金属の鉱床を見つけたわ。ホウ素の埋蔵量は推定値でマーサズ・ヴィニャード最大」
純色は天幕のようなスカートをくぐり抜けて運転台に向かう。
「あんたねぇ!」
列車長は両脚を閉じて純色の胴をロックする。
「うぐぐ。離して。助け……ハーベルトが……」
その呻きを聞いて、列車長は力を緩めた。
「やれやれ。学者先生もかい。世も末だね~~」
彼女はそう言いながら、スカートのポケットからブロマイドを取り出した。
■ 中国・モンゴル国境
東北飯店の駐車場は無色透明革命軍の部隊にぐるりと取り囲まれている。皮膚病に苦しめられていたのが嘘のように快癒している。マドレーヌが出し惜しみしていた治療法を施してある。オドゴンフーには黙っていたが……。
いまや、チャンスンを失い、リーダー格は青息吐息だ。彼女は周到に主導権を握った。女が男を従えようとすれば単細胞な面につけ入るしかない。オドゴンフーが臥せった事実を見せつけ、ソースコードに帰る手段を示唆するだけでいい。
CNF輸送トラックに重武装した戦闘員が近寄った。乱暴にドアを開けて、運転手を引き摺り下ろす。
「腕を組んで後ろを向け!」
ネルグイがセーラー服の背中にコンバットナイフを突き立てる。スッと音もなく上着が裂け、プリーツスカートが落ちる。
「ひぁ?☆」
少女が振り向こうとすると、むんずと髪を掴まれた。付け根からザクザクと切り取られ、彼女の後頭部に直径20センチほどのハゲが出来た。
「うぐぅ……」
ついっと涙が頬を伝う。輸送部隊の女子ドライバーたちは見せしめのために一糸まとわぬ姿にされた。
「鉄道屋が運送屋のマネなんかするからよ。汽車を降りたのが運の尽きよ」
マドレーヌは余裕しゃくしゃくでハーベルトを追いつめる。
「いい加減に気づいたらどうなの? 自分は宇宙人の印刷物だってこと」
「恥部の手先がよく言うよ。エーデルヴァイス海賊団は自分と仲良しさえ生き残りゃいいっていう女のエゴそのものじゃないさ」
「それは母性の強みであるわ。自己保身は生存本能のかなめよ」
生殺与奪に王手をかけたまま、二人の女が言い争っている。
TWX1369の片隅に一人の異世界逗留者が息をひそめている。彼女は通信を傍受しながら考えた。生じた隙を形勢逆転に活用できないものか。
女は自分語りが大好きだ。特に勢いづいている場合は独演会になる。望萌は悟られないように留守番役を務めた。センサー類を含めた能動的手段は使えない。手札は限られている。
受動的センサーをひとおおり起動してみたところ、内モンゴルに出入りできる異世界隧道は全て塞がれていることが判明した。あの嫌らしい超音速ミサイルをまき散らす軍用列車が陣取っている。
中国女は烏合の衆だった。それがどうして強力な列車を蓄える勢力に育ったのか。異世界列車の製造開発にはソースコードでいうG7諸国並みの経済力が要る。ハーベルトがくれてやったノウハウだけでは建造に結び付かない。
幸い、ALX427が動き始めたようだ。枢軸もうかうかしていられない。
「まったく。五百蔵艦長の潜水艦隊を呼ぶわけにもいかないしね」
望萌は頼みの綱に手が届かないことを悔やんだ。モンゴル最大の湖――フブスグル湖は淡水湖だ。
中蒙国境の街、シビー・ハーン。中心部を縦貫するシビー・ハーンロードを北上すればウムノゴビ県だ。
枢軸特急TWX1369と連合急行ALX427。迷い込んだ二大陣営は、そこに巨大な陥穽が待ち受けていると予想だにしなかった。
こんな時、閣下はどのようにして乗り切るのか。死中に活を求めよ、とは中佐の口癖だ。
望萌は金言に従って、パッシブセンサーを総ざらいした。地勢図をソースコードや枢軸のそれと照らし合わせて糸口を探る
「ふ~ん。この近辺は埋蔵資源の宝庫なのね」
車載百科事典を繰っていると、そこに思いがけない名前を見つけた。
「ブレーズ?!」
タブレット端末の持ち主は一定でない。だが、使い込まれたブックマーク機能には故人の名前で始まるフォルダがあった。望萌は運命的な何かを感じて、パスコードを解除した。ハウゼルにはナイショであるが、二人だけで一夜を過ごした思い出の場所がある。その名前を打ち込んでみると、禁断の扉が開いた。そこには望萌に対する愛情が満ちていた。
めんどうくさいハーベルトや祥子にかかずらう覚え書きが記されており、その中にハーベルトをあやすノウハウが纏まっていた。
自分が万一、列車を降りるようなことがあれば、望萌が担当者になる。その逆もありうるので情報共有しようという走り書きがあり、ロック解除の日付は、望萌の誕生日になっていた。
”大佐の欲しい物リスト☆彡”
「あなた。ブレーズ。あなた……おお!」
望萌は蜘蛛の糸をみつけた。
HKBH式蒸気パワーショベル。量子ブラックホールのホーキング輻射熱で異世界を掘削するプロトタイプだ。
マドレーヌとネルグイの胡座が足元から崩れる。
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