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社会病理の対流圏(ヘヴンズドア・インサフェイス・オンフットルース)③ 革命前夜
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TWX1369が危機に瀕していた頃、ステイツでは陰謀が着々と進んでいた。
時計の針は大分裂より前にもどる。
ことの発端は――
■ ペンシルベニア州フィラデルフィア沖 コード1943
この宇宙にホモサピエンスが住まう世界がまだ一つで、本初始祖世界という名前すらもなかった頃。
時に西暦1943年10月28日。アメリカ海軍は駆逐艦エルドリッジを使って秘密兵器を試運転していた。
当時は第二次世界大戦中であり、枢軸国の最新技術であるレーダーが猛威を振るっていた。それに対抗すべくアメリカは電磁場発生装置を用いて、不可視化を実現ようとした。
艦艇を丸ごと電磁場で覆い隠すことで、レーダー波を中和する原理だ。さらに、魚雷の追跡をかわす狙いもある。軍艦は巨大な鉄の塊だ。当然ながら地磁気を帯びる。魚雷はそれに反応する。テスラコイルで「消磁」してしまえば潜水艦に対しても透明になれる。
ところが現実は甘くない。
1942年の晩秋。海軍は能動的電磁遮蔽の予備実験をノーフォーク海軍工廠で実施した。蓋を開けてみると課題が噴出した。艦船にテスラコイルを巻き付けたり電源を搬入する費用や手間は膨大で非効率的だとわかった。そこで改良を進めた結果、ハイパワーの高周波を照射して一気に消磁する方式が推し進められていた。
ところが、無視できない問題が持ち上がった。いや、下手をすれば軍事的利用価値すら否定しかねない。
「わかった。テスラには死んで貰おう」
1943年1月7日の深夜。マンハッタンのニューヨーカーホテル。不夜城の明かりすら届かぬ場末の一室に身寄りのない老人が横たわっていた。
テスラ・コイルの発明者。ニコラ・テスラ。
彼は齢86に達してもなお、頭脳明晰で遅くまでテスラコイルの改良に取り組んでいた。その日は丸一日かかって一つの数式をやっつけたあと、夜食も取らず、ベッドに倒れ込んだ。
そこに数名の連邦捜査官が忍び込んだ。自然死にみえるやり方で、テスラはその波乱の生涯を静かに終えた。看取る親族はおらず、敵愾心に満ちた人物に囲まれた最期であった。翌朝、メイドが悲鳴をあげる前に、FBIは徹底的な捜索を済ませた。
「あったぞ!」
巧妙に隠された金庫を強引にこじ開けると、数式や詳細な理論の書かれた論文を一切合切持ち去った。彼が残した熱力学第二法則の処方箋は何の痕跡も残さず歴史から消え去った。
そして、運命の日を迎える。
二コラの遺産を優秀な頭脳集団が引き継いで、計画は大幅に前倒しされた。
同年8月12日。
エルドリッジ号、戦闘指揮所。
軍首脳部や産軍複合体のトップが岸壁で見守る中、満を持して艦長がスイッチを入れた。
その瞬間だった。テスラコイルが青白く明滅して不気味な唸りをあげた。紫、橙色、エメラルドグリーン、毒々しい稲光が入り乱れ、ドーム状のオーロラが急速に肥大して艦を呑み込んだ。
蒸気機関車のスチームに似た音が湾全体に鳴り響き、エルドリッチ号の各所からパチパチと火花が発生した。
そして、大きな閃光を残して忽然と消滅した。
そう、この世から去ってしまった。しばらくして無残に焼け焦げたままノーフォーク沖を漂流しているところを発見されたが、都市伝説で伝わるように内部は地獄絵図そのものだった。機材の大半は溶け、乗員は立ったままロウソクのように燃えてた。
甲板員たちの目鼻口から炎が噴出し、焼けたままのたうち回り、またある者は壁と合体していた。
これを見た反対勢力がここぞとばかりにバッシングしはじめた。
「とんだ失敗作だ。恐ろしくて、とても使えん」
「絶対防衛圏の向こう側まで兵士を無傷で『電送』できる、という話はペテンかね?」
「結局のところ、イオージマに多大な犠牲を払わざるえないのか」
「とても納税者は納得せんよ。仕方ない。マンハッタン計画を加速しよう」
半信半疑だった上層部はさっさと見切りをつけて、次善策に着手した。
■ カリフォルニア州サスーン湾 アメリカ国防予備艦隊
「……と、いう次第でテスラは後任のフォン・ノイマンに取って代わられたのだ。もとより、彼は結果を知ってか知らずか、計画に消極的だったがね」
初代アメリカ皇帝の霊を宿した女は滔々と頭上の掃海艇IX97――別名マーサズ・ヴィニャード号の来歴を語った。彼女によれば、フィラデルフィア実験は原爆開発計画を議会に了承させるための当て馬だったという。
計画頓挫後に改めてロングアイランド湾で「本命」の実験が行われた。駆逐艦よりはるかに小さなIX97がニューポート・ニューズまでの転移実験に成功した。
「本当はナチス・ドイツ軍が海底に固定した機雷を避けるため、米艦艇を左右に空間転移させる実験だった。もっとも、そのためには核爆発級のエネルギーが必要だ」
「マーサズ・ヴィニャードはニューポート沖の島でしょう。船名は偶然とは思えませんが……」
アメリカ奥の院――バイアーン幻想教団の技師長マリア・ポーションはヨットを見やった。
「よく気が付いた。島にはアメリカ本土に比べて20倍も遺伝的聾者の出生率が高い。彼らは独自に発達させた手話で意思疎通する。その認識力、換言すれば、『世界をかくあるべし』と理解する能力は凡人と一線を画する」
「では、原爆開発には島民が関与していると?」
「そうだ。マーサズ・ヴィニャード号を陣頭指揮したのは原爆の父オッペンハイマー博士だ。そしてマーサズ・ヴィニャード・サインランゲージ――手話を監修・改良したのは、情報工学の祖でありコンピューターの父。フォン・ノイマンだ」
「信じられません。手話が魔法のように機能するなんて!」
マリアは驚きの声をあげた。
「古来より魔法使いはオーバージェスチャーするだろう。どこに違いがある?」
アメリカ皇帝はひょいとヨットに飛び乗った。
「そこまで解明しておきながら、ソースコードの陰謀論を再現できないなんて……」
技師長の意見に明らかな侮蔑が感じられる。ノートンはムッとしながら答えた。
「大分裂が番狂わせを生じたのだよ。ヨットはソースコードを参考に復元した。マーサズ・ヴィニャードの手話はマネできても、聾者がいないと起動しないらしい。そこで、特異な認識力を持つ人材を君らはもとめた。ちがうかね?」
剣呑な会話を激しい羽ばたきが遮った。
「フィニスト!」
皇帝が出迎えようとすると、鷹女は華麗に受け流した。
「フランチェスカ・エフゲニー・ローズバードは急性閉塞性肺疾患で虫の息だよ。革命軍は整ったのかい?」
苛立たし気にフィニストは羽ばたく。
「特殊認識者が揃わない。祥子のイリュージョンならすぐにでも複製できる」
アメリカ皇帝はもどかし気に答えた。
そこへバイアーン幻想教団の女司祭が進言した。
「たった今、情報が入りました。TWX1369がシノワ勢と交戦状態に入った模様です。おそらく枢軸基幹同盟はそちらの対応で精一杯でしょう」
ノートンは朗報にうなづくと、アメリカ全土に散らばっている奥の院に決起を促した。
時計の針は大分裂より前にもどる。
ことの発端は――
■ ペンシルベニア州フィラデルフィア沖 コード1943
この宇宙にホモサピエンスが住まう世界がまだ一つで、本初始祖世界という名前すらもなかった頃。
時に西暦1943年10月28日。アメリカ海軍は駆逐艦エルドリッジを使って秘密兵器を試運転していた。
当時は第二次世界大戦中であり、枢軸国の最新技術であるレーダーが猛威を振るっていた。それに対抗すべくアメリカは電磁場発生装置を用いて、不可視化を実現ようとした。
艦艇を丸ごと電磁場で覆い隠すことで、レーダー波を中和する原理だ。さらに、魚雷の追跡をかわす狙いもある。軍艦は巨大な鉄の塊だ。当然ながら地磁気を帯びる。魚雷はそれに反応する。テスラコイルで「消磁」してしまえば潜水艦に対しても透明になれる。
ところが現実は甘くない。
1942年の晩秋。海軍は能動的電磁遮蔽の予備実験をノーフォーク海軍工廠で実施した。蓋を開けてみると課題が噴出した。艦船にテスラコイルを巻き付けたり電源を搬入する費用や手間は膨大で非効率的だとわかった。そこで改良を進めた結果、ハイパワーの高周波を照射して一気に消磁する方式が推し進められていた。
ところが、無視できない問題が持ち上がった。いや、下手をすれば軍事的利用価値すら否定しかねない。
「わかった。テスラには死んで貰おう」
1943年1月7日の深夜。マンハッタンのニューヨーカーホテル。不夜城の明かりすら届かぬ場末の一室に身寄りのない老人が横たわっていた。
テスラ・コイルの発明者。ニコラ・テスラ。
彼は齢86に達してもなお、頭脳明晰で遅くまでテスラコイルの改良に取り組んでいた。その日は丸一日かかって一つの数式をやっつけたあと、夜食も取らず、ベッドに倒れ込んだ。
そこに数名の連邦捜査官が忍び込んだ。自然死にみえるやり方で、テスラはその波乱の生涯を静かに終えた。看取る親族はおらず、敵愾心に満ちた人物に囲まれた最期であった。翌朝、メイドが悲鳴をあげる前に、FBIは徹底的な捜索を済ませた。
「あったぞ!」
巧妙に隠された金庫を強引にこじ開けると、数式や詳細な理論の書かれた論文を一切合切持ち去った。彼が残した熱力学第二法則の処方箋は何の痕跡も残さず歴史から消え去った。
そして、運命の日を迎える。
二コラの遺産を優秀な頭脳集団が引き継いで、計画は大幅に前倒しされた。
同年8月12日。
エルドリッジ号、戦闘指揮所。
軍首脳部や産軍複合体のトップが岸壁で見守る中、満を持して艦長がスイッチを入れた。
その瞬間だった。テスラコイルが青白く明滅して不気味な唸りをあげた。紫、橙色、エメラルドグリーン、毒々しい稲光が入り乱れ、ドーム状のオーロラが急速に肥大して艦を呑み込んだ。
蒸気機関車のスチームに似た音が湾全体に鳴り響き、エルドリッチ号の各所からパチパチと火花が発生した。
そして、大きな閃光を残して忽然と消滅した。
そう、この世から去ってしまった。しばらくして無残に焼け焦げたままノーフォーク沖を漂流しているところを発見されたが、都市伝説で伝わるように内部は地獄絵図そのものだった。機材の大半は溶け、乗員は立ったままロウソクのように燃えてた。
甲板員たちの目鼻口から炎が噴出し、焼けたままのたうち回り、またある者は壁と合体していた。
これを見た反対勢力がここぞとばかりにバッシングしはじめた。
「とんだ失敗作だ。恐ろしくて、とても使えん」
「絶対防衛圏の向こう側まで兵士を無傷で『電送』できる、という話はペテンかね?」
「結局のところ、イオージマに多大な犠牲を払わざるえないのか」
「とても納税者は納得せんよ。仕方ない。マンハッタン計画を加速しよう」
半信半疑だった上層部はさっさと見切りをつけて、次善策に着手した。
■ カリフォルニア州サスーン湾 アメリカ国防予備艦隊
「……と、いう次第でテスラは後任のフォン・ノイマンに取って代わられたのだ。もとより、彼は結果を知ってか知らずか、計画に消極的だったがね」
初代アメリカ皇帝の霊を宿した女は滔々と頭上の掃海艇IX97――別名マーサズ・ヴィニャード号の来歴を語った。彼女によれば、フィラデルフィア実験は原爆開発計画を議会に了承させるための当て馬だったという。
計画頓挫後に改めてロングアイランド湾で「本命」の実験が行われた。駆逐艦よりはるかに小さなIX97がニューポート・ニューズまでの転移実験に成功した。
「本当はナチス・ドイツ軍が海底に固定した機雷を避けるため、米艦艇を左右に空間転移させる実験だった。もっとも、そのためには核爆発級のエネルギーが必要だ」
「マーサズ・ヴィニャードはニューポート沖の島でしょう。船名は偶然とは思えませんが……」
アメリカ奥の院――バイアーン幻想教団の技師長マリア・ポーションはヨットを見やった。
「よく気が付いた。島にはアメリカ本土に比べて20倍も遺伝的聾者の出生率が高い。彼らは独自に発達させた手話で意思疎通する。その認識力、換言すれば、『世界をかくあるべし』と理解する能力は凡人と一線を画する」
「では、原爆開発には島民が関与していると?」
「そうだ。マーサズ・ヴィニャード号を陣頭指揮したのは原爆の父オッペンハイマー博士だ。そしてマーサズ・ヴィニャード・サインランゲージ――手話を監修・改良したのは、情報工学の祖でありコンピューターの父。フォン・ノイマンだ」
「信じられません。手話が魔法のように機能するなんて!」
マリアは驚きの声をあげた。
「古来より魔法使いはオーバージェスチャーするだろう。どこに違いがある?」
アメリカ皇帝はひょいとヨットに飛び乗った。
「そこまで解明しておきながら、ソースコードの陰謀論を再現できないなんて……」
技師長の意見に明らかな侮蔑が感じられる。ノートンはムッとしながら答えた。
「大分裂が番狂わせを生じたのだよ。ヨットはソースコードを参考に復元した。マーサズ・ヴィニャードの手話はマネできても、聾者がいないと起動しないらしい。そこで、特異な認識力を持つ人材を君らはもとめた。ちがうかね?」
剣呑な会話を激しい羽ばたきが遮った。
「フィニスト!」
皇帝が出迎えようとすると、鷹女は華麗に受け流した。
「フランチェスカ・エフゲニー・ローズバードは急性閉塞性肺疾患で虫の息だよ。革命軍は整ったのかい?」
苛立たし気にフィニストは羽ばたく。
「特殊認識者が揃わない。祥子のイリュージョンならすぐにでも複製できる」
アメリカ皇帝はもどかし気に答えた。
そこへバイアーン幻想教団の女司祭が進言した。
「たった今、情報が入りました。TWX1369がシノワ勢と交戦状態に入った模様です。おそらく枢軸基幹同盟はそちらの対応で精一杯でしょう」
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