枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

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社会病理の対流圏(ヘヴンズドア・インサフェイス・オンフットルース)②

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 ■ TWX1369 (承前)
 
 車内に部外者が侵入することはこれが最初ではない。旅人の外套効果はワールドクラスの差異を防御力としている。が、居住可能な異世界は人間の共通認識に立脚しているため、どうしてもセキュリティーホールが生じる。
 例えば、酸素だ。呼吸可能な大気という概念は防火壁ファイアウォールを透過せざるを得ないし、そこにつけ入るスキがある。
 ハーベルトの有能な人材を抱えている。荒井吹雪はセキュリティーの専門家に育った。彼女は外套効果の構造的欠陥を述べた。
 「ええ。稀に感受性の高い人間や霊能者が紛れ込んでしまうけど、排除プロセスはどんどん洗練されている。これは不正乗客じゃない。駅を出てすぐのことだもの。『彼女』は何号車にいるの?」
 ハーベルトは監視カメラと赤外線スキャナーを稼働させた。案の定どれもオフラインになっている。
 「防犯装置を無効化できる人間は懐疑主義者じゃないと務まらない。少なくとも霊媒の類じゃないわね。祥子、銃を持って」
 望萌は慣例通りロッカーから量子突撃小銃44型を取り出した。ガンラックから一丁ずつ外し、異世界逗留者に渡す。
 「ねぇ。ハーベルト。まさか……」
 祥子は暗黙の了解を口に出す勇気がなかった。唯一の救いはゲレルトヤーのダイマー能力がまだ開花していないことだ
 ”そうよ。祥子。十中八九、犯人はスレンよ。場合によってはオチルバト親子を処分する覚悟が要るわ”
 ハーベルトが鉄の規律に従って淡々とガンベルトを帯びる。
 ”実の親娘だよ。一緒に乗せてってあげればいいじゃない”
 隕石の説得に応じた祥子ですら、さすがに新生児ゲレルトヤーを撃つことはできない。
 ”スレンは既にスレンではないわ。その証拠を今すぐに見せてあげる”
 やおら、ハーベルトはStg44を銃架に戻すと、対空銃座に就いた。全車に迎撃態勢を命じ、沿線の鉄道警備隊や保線区武装司令部に警戒を呼び掛ける。
 「何があったんです?」
 ただならぬ様子にゲレルトヤーが席を立った。
 「あなたも見ておきなさい。しっかりと母親の愚行を心に刻むのよ」
 「えっ……ちょっと。ハーベルトさん。これは、どういう……」
 「いいから!」
  戸惑う少女の手を引いて銃座の前に連れてくる。スカート下からブルマーを押して、ハーベルトは無理やり梯子を登らせた。
 
 「後部貨物車に連絡。防腐剤アンチセプティック噴霧。積んであるだけぶちまけろ」
 ハウゼル列車長がギアを全速に入れ、望萌がATSを遮断。車内放送で注意喚起する。
 「総員、対衝撃、対ホーキング輻射遮蔽、対擾乱波ワールドノイズ防御!!」
 
 祥子が見あげると、紺色のラッパスイセンが二輪咲いていた。 純白のフリルと濃紺の果実が揺れている。ハーベルトはグロスフスMG42機関銃の三脚架をゲレルトヤーの脇に寄せ。口頭で指示を与えている。
 「マーサズ・ヴィニャード。縮退圧の臨界に達しました。待避線への分岐準備完了」
 「『南太平洋の真珠』『命果つる寂寞』各駅への緊急入線……」
 
 望萌が言いかけた時、車窓が激しく明滅した。ゲレルトヤーはとっさに目をそむけた。ハーベルトが両手をゲレルトヤーの頭蓋に添えて、ぐいっと振り向かせる。
 「――!? いや!! そんな……」
 うるんだ瞳にはキノコ雲が映っていた。
 
 ■ 後尾車両
 
 予期せぬ事態にマドレーヌは思考停止したままだ。展望窓に鴉羽よりも黒いスモークがかかっている。煤ガラスで皆既日食を観察するようにぼんやりとした輪が透けて見える。プロムナード・デッキのフェンスが世界擾乱ワールドノイズに耐えきれず、断末魔をあげてちぎれ飛ぶ。その高周波が内耳にキンキンと響いた。
 「そんな……マーサズ・ヴィニャードが滅亡するなんて……」
 マドレーヌにしてみれば、一つの世界が崩壊することはあってはならないことだった。希少資源のハイパー核が失われるだけでなく、埋蔵量を補う術もない。そして彼女以上にショックを受けているのはスレンだ。産後鬱もあってか、故郷が消滅した事実を受け容れられない。
 「緑化計画は幽子情報系ソウスに帰したわ。そりゃあ、あれだけ痛めつけたんだもの。自然治癒なおしようがないわ」
 食器棚からニュッと大根が飛び出した。
 「ひぎぃいぃ!?!」
 マドレーヌは派手にしりもちをついた。通気口から望萌と祥子が降ってきた。ハーベルトと円陣を組む。侵入者の頭に三方向から銃が突き付けられた。しかし、その程度で挫ける懐疑派の首魁ではない。歯を食いしばって異世界逗留者どもを睨み返した。
 「いい気味だわ。あすこはエルフリーデの荘園だったんでしょ? 国民から吸い上げた不正蓄財がパー。ざまあ」
 ケラケラと思いっきり哄笑してみせる。
 「ざまあ、は貴女よ」
 ハーベルトはまったく動じない。それどころか、逆に憐れみを浮べた。
 「スレン、あんたの関心が緑化計画から愛娘に向いたことでマーサズ・ヴィニャード――異世界『そのもの』が幻滅を感じたのよ」
 だから、自壊したというのか。
 
 閣下から楽しそうに言われて、スレン・オチルバトは目を白黒させた。確かに緑化計画は彼女の生き甲斐だった。妊娠してから優先順位が逆転したとはいえ、緑化計画はかけがえのない存在に違いなかった。
 「異世界の一つや二つ吹き飛んだところで支障はないわ。わたしには大きな居場所があるんだもの」
 マドレーヌはここぞとばかりにスカートのジッパーをおろした。するりとプリーツが脱げ、ブルマの後ろポケットのふくらみが見えた。運命量子色力学者必携のカロリーメーターが突っ込んである。カバーを開けて豆粒のようなキーボードを叩く。展望車窓にメルカトル図形が投影された。コード2020と添え字があって、世界地図の極東部分が赤く点滅している。
 「支援国家を創り出したのね。ラファーム・シノワ」
 ハーベルトが見破ると、マドレーヌは肩をすくめた。
 「そうよ。本初始祖世界(コード1986)の時間軸上に超国家を築いたの。中華人民共和国シノワという工業国家よ。ステイツやアクセンメヒテを凌ぐ大国。世界の工場とも言われているわ。その傀儡国家は枢軸特急の製造技術も持っているし、量産する経済力もある。ソースコードの諸外国にも高速鉄道を輸出してるわよ」
 マドレーヌは歌うように母国をたたえる。周知のとおり、枢軸特急の機関車は天文学的な建造費を要する。修繕費用だけでいくつかの州財政が破たんする。
 「なるほど。拠点を得たのね。それが三百年か四百年先に混乱を呼ぶんだけどね。宇宙の食物連環をちゃぶ台返しするような……。ま、それはともかく。さっさと呼んだら?」
 「なにを?」
 「呼べるんでしょう? ほらぁ。さっさと」
 ハーベルトはマドレーヌの心を玩具のようにもてあそぶ。
 「クッ――」
 マドレーヌは好気的なハーベルトの目線に焼かれる。まるで動物園の特別厩舎で飼育されている気分になった。じっと見つめられると手元が狂う。なんとか、プロの矜持で機器をリブートさせる。
 「線路上に未登録高速移動体。邂逅まで残り時間、わずか」
 望萌の声がスピーカーを震わせる。
 『未確認走列車、来ます』
 ハーベルトは嫌な予感がした。
 「戦力評価完了。九十九式陸軍軍用列車と識別。おそらくシノワ勢。来ます!」
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