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社会病理の対流圏(ヘヴンズドア・インサフェイス・オンフットルース)⑪ 女子武装山岳師団カマと神羊の谷
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■ イルクーツク市内
イルクーツクで渋谷にあたる地区はModnyy kvartalという。モードヌイは最新モードのモード。クバルタールはクォーター(広場)をあらわすロシア語だ。さしずめファッション広場といったところか。
一夜明けた街は綺麗に片づけられ、いつものように日常を取り戻していた。事態を重く見たイルクーツク警察当局が住民に協力を呼び掛けてテロの痕跡を急いで払拭させた。惨状がテロリストの宣伝に利用されるからだ。街角に武装した警官が立ち、装甲車が道を塞いでいる。
イルクーツクの目抜き通りにあるショッピングモールは大勢の失業者であふれかえっている。オージラ・バイカール市社会福祉事務所の職員たちはパイプ椅子を並べて説明会を催した。参加者が申請用紙を奪い合う状態だ。
中には半信半疑だったり、社会福祉の意味がよく理解できないままにボールペンを握る者もいる。待ち行列はモールを7周してアンカラ川を渡る橋の向こうまで続いている。
所長のフサークはこれまでに市民の6パーセントが手続きを終えたと発表した。まだまだ今日はこれから賑わう。イリーナに仕切り役を任せてモールの奥に入った。当たり前のようにフードコートやスーパーマーケットがあり、レストランやブティックも充実している。上の階にはシネコンも入っていて、女性客を当て込んだスパやネイルサロンが揃っている。フサークは祥子を連れてエスカレーターを昇った。五階まで吹き抜けている。てっぺんのフロアに庶民的なフランス料理店があり、そこの窓際席に陣取った。
「祥子さんは日本人だからラーメンライスかビフテキがよかったかしら」
所長は苦笑しながらメニューを閉じる。ずいぶん待たされてフレンチステーキが運ばれてきた。赤ワインと野菜を煮込んだソースがかかっている。
「いや、ボクの国には『住めば都』とか『郷にいては郷に従え』とか慣用句があるんだ。贅沢は言えないよ」
祥子が慎ましやかに言うと、フサークのお説教が聞こえてきた。
未来を充実させるために、今を犠牲にして生きることほど不幸はない、という。
「でも、枢軸は打ち出の小槌を持っているわけじゃないよ。みんながみんな、受給したら財源がなくなっちゃう」
「人間の尊厳とか基本的人権について習ったかしら? 人間には生きているだけで素晴らしいという、動植物にない特典があるのよ。それは生まれながらにして与えられたもので、天が平等に授けたの。だから、何が何でも保証されなきゃならない」
フサークはエルフリーデ大総統の崇高な理想をとうとうと述べた。
「ボクは中学生だからよくわからない。でも、世の中には生まれつき凶暴な人や病気でおかしくなった人もいる。そういう人も生きる権利があるの? 政府だってお金は無尽蔵じゃない。もっと困っている人に予算を回すべきじゃないかしら」
祥子が至極当然な疑問を投げると所長はさもありなんという表情をした。
「そこが問題なの。いいこと? 予算の都合で人間の価値を左右してはいけないのよ。理由をつけて生きる権利を制約し始めたらナチス時代に行き着くわ。課題の分離をしなくちゃ。お金の心配と人名は別」
フサークは人徳者のごとく説き続けた。
この人を突き動かす情熱はどこから来るのだろう、と祥子は疑問を募らせた。そういえば、お母さんがよく言ってたっけ。温厚で生真面目な人間ほど心に深い闇を隠している。
そういえば、ゾディアールの受給申請方法は制度の不備をついた反則技に近いものだ。始祖露西亜では特定の宗教が迫害されている。政府が弾圧しているのではないが、根深い対立がある。ドイッチェラントでは、エルフリーデ大総統がチベットに造詣が深いこともあって保護政策をとっている。彼女は何やら秘密を求めてチベットというチベットに調査団を派遣していらしい。
そんなこともあって、ドイッチェラントはチベット教徒を厚遇している。特に弾圧されている事実が認められた者には生活保護費をはじめ破格の待遇が施される。
どこからともなく十二時半の鐘が聞こえてきた。所長は腕時計を一瞥して、冷めた肉料理を口に運んだ。祥子が慌ててステーキにぱくつこうとした。フサークは「急がなくていい」、と気遣ってくれた。午後の窓口業務は友人知人に応援を頼んである。
「それはいいんですが、警備のほうは大丈夫ですか」
祥子はこっそりダイマー能力を起動してイルクーツク警察の無電を傍受した。ギガヘルツ帯の高周波は空気中の水分を多少なりとも加熱する。その反応を手掛かりに内容を読み解いた。案の定、地元警察は人手不足でてんてこ舞いしている。なりゆきでゾディアールの人々と暮らす決心をしたものの、政情不安が募る。やはり、ハーベルトのもとに戻るべきだろうか。
チラとよそ見するふりをして、視覚の隅に時刻表を表示した。下りの発車までは幾分余裕がある。
ハーベルトの警句がよぎった。
乗り遅れると二度と戻れない。それは本初始祖世界への帰還を意味するのか首都ゲルマニアなのか不明だ。だが、駅がある以上は交通が断たれたわけではない。単に枢軸特急の便がないだけだろう。フサーク所長は職員宿舎や転校先を用意してくれた。イルクーツクは人権教育も進んでいて、性別違和にも理解があるという。祥子は長い旅路の末にようやく人生の終着駅をみつけた。警察無線がいきり立っている。対岸の街に不穏な動きがあるらしい。ここまで連れてきた恩返しに通報すべきだろうか。
祥子は少し迷ったあと、キッパリと決心した。
「さようなら、ハーベルト」
■ バイカル湖
世界最古の湖は全地球の二割にあたる淡水をたたえている。透明度、深度を加えて世界一の三冠を独占している。そのエメラルドグリーンの水面を押し割って、マーシャ・クリロフが突き進んでいく。空母ライトと重巡洋艦ノーザンプトンを従えて、バイカル湖の周辺勢力を無言で威圧している。
「イヴォルギンスキー・ダツァンに強烈なワールドノイズを検出!」
望萌が緊張した面持ちで量子レーダーを睨む。ハーベルトは山脈に潜む脅威を正確に把握していた。
「地底王国、地底人。ガチでやりあう相手じゃないわ」
彼女が率いる武装SSは連中相手に苦杯を舐めている。図体がでかいわりに俊敏で耐久力がある。大火力で畳みかけてようやく倒せる相手だ。
「考えたわね。さすがに仏教寺院を焼き払うわけにはいかないわ……」
いらだつハーベルト。机には茶碗が積み重なっている。炊事兵が五杯目のジャスミンティーを運んできた。
「爆撃誘導員を飛ばしてみては? 突破口が見つかるかも」
望萌の案はとっくに実施済みだ。ありきたりな提案をされるとハーベルトは本気で殺意を抱く。
「斥候からの報告によると、イヴォルギ村落は山脈を控えています。以前なら裏山に異世界隧道を掘って奇襲を仕掛けることもできました」
作戦士官が過去形で表現した。鉄道連隊を蒸気異世界掘削機の餌食にするわけにはいかない。
「おまけにウラン・ウデは航空産業の本場よ。始祖露西亜戦闘ヘリの名門ミル設計局のお膝元でもある」
ハウゼル列車長はここにも足を運んだことがあるらしく、土地勘をひけらかした。
「ヘリコプターなんて魔改造雀蜂の敵じゃないんだけどね。神出鬼没なうえに、うっかり包囲されでもしたら、飽和攻撃を浴びて一巻の終わりよ」
望萌が全滅の恐れを指摘した。
「爆撃誘導員を派遣して、巡航ミサイルでビル街をサーチアンドデストロイ(虱潰し)している暇はないわ。格納庫や対空陣地はいくらでも偽装できるから」
ハーベルトはほんの一瞬、戦術禁忌兵器の使用も視野に入れた。それは前代未聞の異世界雑音を引き起こす。彼女はかぶりを振って次善策に取り掛かった。
「かくなるうえは、反則技を使うしかないわ。相手が地底人なら、天敵を用いるまでよ」
ハーベルトの顔がほころんでいる。また良からぬ玩具遊びを考案したらしい。
■ バイカル湖東岸 バルグジン山脈
バイカル湖の東北岸には岩場と、三千メートルちかい急峻な尖峰と斜面が連なっている。
「ヤヴォ~ル、ハ~トレ~」
黄色い号令がやまびことなり、薄雪草をかたどった髪飾りが揺れる。再結成なった新生第23SS武装山岳師団カマは二千名ちかい女子山岳猟兵で固められている。
彼女たちを組織するのは我らが”閣下”、ハーベルト・トロイメライ・フォン・シュリーフェン中佐だ。両ひざをついて、前方を指し示しながら命令をくだしている。
装備は至って軽装。防弾防衝撃繊維製のジャケットに膝上ミニスカート。輸送手段は騾馬の代わりに薄っぺらい運命量子力学浮揚板、量子ブースター付きのStG44を背負っている。それに弾薬ポーチや弾倉に水筒、背嚢が加わる。とても華奢な女性に背負える重量では無いはずだが、苦も無く担ぎ上げている。
望萌が量子オペラグラスを片手に持ち、地面に伏せて前方を偵察している。薄化粧した三千メートル級の山々は見る者の体感温度を急激に奪う。しかし、スカートの下にはロジウム・ウィルキンソン量子空調が効いており、見かけほど寒くはない。
「本当にこの谷に地底人の天敵が棲んでいるんですか?」
女性山岳猟兵の一人が口を開いた。
「羊のオガイロは森林神ヘテンの眷属よ。しかも防御ステータスは鉄板なの♪」
ハーベルトはブリャート神話の守護獣を捕縛しようと企んでいた。そんなものが生息している理由はただ一つ。谷底に見える塩湖だ。硫酸ナトリウムがススキの穂に似た結晶を形成している。それは分光光度計によると重水素化されていて、非常に大きな確率分布を持っている。
「あの湖よ。ワールドノイズのさざ波を濾過して、特定外来異生物に快適性を与えているわ」
荒涼たる原野を渡る風は鋭く、冷たい。この付近は遊牧民の聖地でもあり、歩哨が巡回している。その向こうで立派な角をはやした羊が生えているはずのない草を食んでいる。
彼女は危険を察して短く啼いた。
「気づかれたわ」
ハーベルトが警告を発する間もなく、数人の美貌が血しぶきと化した。
イルクーツクで渋谷にあたる地区はModnyy kvartalという。モードヌイは最新モードのモード。クバルタールはクォーター(広場)をあらわすロシア語だ。さしずめファッション広場といったところか。
一夜明けた街は綺麗に片づけられ、いつものように日常を取り戻していた。事態を重く見たイルクーツク警察当局が住民に協力を呼び掛けてテロの痕跡を急いで払拭させた。惨状がテロリストの宣伝に利用されるからだ。街角に武装した警官が立ち、装甲車が道を塞いでいる。
イルクーツクの目抜き通りにあるショッピングモールは大勢の失業者であふれかえっている。オージラ・バイカール市社会福祉事務所の職員たちはパイプ椅子を並べて説明会を催した。参加者が申請用紙を奪い合う状態だ。
中には半信半疑だったり、社会福祉の意味がよく理解できないままにボールペンを握る者もいる。待ち行列はモールを7周してアンカラ川を渡る橋の向こうまで続いている。
所長のフサークはこれまでに市民の6パーセントが手続きを終えたと発表した。まだまだ今日はこれから賑わう。イリーナに仕切り役を任せてモールの奥に入った。当たり前のようにフードコートやスーパーマーケットがあり、レストランやブティックも充実している。上の階にはシネコンも入っていて、女性客を当て込んだスパやネイルサロンが揃っている。フサークは祥子を連れてエスカレーターを昇った。五階まで吹き抜けている。てっぺんのフロアに庶民的なフランス料理店があり、そこの窓際席に陣取った。
「祥子さんは日本人だからラーメンライスかビフテキがよかったかしら」
所長は苦笑しながらメニューを閉じる。ずいぶん待たされてフレンチステーキが運ばれてきた。赤ワインと野菜を煮込んだソースがかかっている。
「いや、ボクの国には『住めば都』とか『郷にいては郷に従え』とか慣用句があるんだ。贅沢は言えないよ」
祥子が慎ましやかに言うと、フサークのお説教が聞こえてきた。
未来を充実させるために、今を犠牲にして生きることほど不幸はない、という。
「でも、枢軸は打ち出の小槌を持っているわけじゃないよ。みんながみんな、受給したら財源がなくなっちゃう」
「人間の尊厳とか基本的人権について習ったかしら? 人間には生きているだけで素晴らしいという、動植物にない特典があるのよ。それは生まれながらにして与えられたもので、天が平等に授けたの。だから、何が何でも保証されなきゃならない」
フサークはエルフリーデ大総統の崇高な理想をとうとうと述べた。
「ボクは中学生だからよくわからない。でも、世の中には生まれつき凶暴な人や病気でおかしくなった人もいる。そういう人も生きる権利があるの? 政府だってお金は無尽蔵じゃない。もっと困っている人に予算を回すべきじゃないかしら」
祥子が至極当然な疑問を投げると所長はさもありなんという表情をした。
「そこが問題なの。いいこと? 予算の都合で人間の価値を左右してはいけないのよ。理由をつけて生きる権利を制約し始めたらナチス時代に行き着くわ。課題の分離をしなくちゃ。お金の心配と人名は別」
フサークは人徳者のごとく説き続けた。
この人を突き動かす情熱はどこから来るのだろう、と祥子は疑問を募らせた。そういえば、お母さんがよく言ってたっけ。温厚で生真面目な人間ほど心に深い闇を隠している。
そういえば、ゾディアールの受給申請方法は制度の不備をついた反則技に近いものだ。始祖露西亜では特定の宗教が迫害されている。政府が弾圧しているのではないが、根深い対立がある。ドイッチェラントでは、エルフリーデ大総統がチベットに造詣が深いこともあって保護政策をとっている。彼女は何やら秘密を求めてチベットというチベットに調査団を派遣していらしい。
そんなこともあって、ドイッチェラントはチベット教徒を厚遇している。特に弾圧されている事実が認められた者には生活保護費をはじめ破格の待遇が施される。
どこからともなく十二時半の鐘が聞こえてきた。所長は腕時計を一瞥して、冷めた肉料理を口に運んだ。祥子が慌ててステーキにぱくつこうとした。フサークは「急がなくていい」、と気遣ってくれた。午後の窓口業務は友人知人に応援を頼んである。
「それはいいんですが、警備のほうは大丈夫ですか」
祥子はこっそりダイマー能力を起動してイルクーツク警察の無電を傍受した。ギガヘルツ帯の高周波は空気中の水分を多少なりとも加熱する。その反応を手掛かりに内容を読み解いた。案の定、地元警察は人手不足でてんてこ舞いしている。なりゆきでゾディアールの人々と暮らす決心をしたものの、政情不安が募る。やはり、ハーベルトのもとに戻るべきだろうか。
チラとよそ見するふりをして、視覚の隅に時刻表を表示した。下りの発車までは幾分余裕がある。
ハーベルトの警句がよぎった。
乗り遅れると二度と戻れない。それは本初始祖世界への帰還を意味するのか首都ゲルマニアなのか不明だ。だが、駅がある以上は交通が断たれたわけではない。単に枢軸特急の便がないだけだろう。フサーク所長は職員宿舎や転校先を用意してくれた。イルクーツクは人権教育も進んでいて、性別違和にも理解があるという。祥子は長い旅路の末にようやく人生の終着駅をみつけた。警察無線がいきり立っている。対岸の街に不穏な動きがあるらしい。ここまで連れてきた恩返しに通報すべきだろうか。
祥子は少し迷ったあと、キッパリと決心した。
「さようなら、ハーベルト」
■ バイカル湖
世界最古の湖は全地球の二割にあたる淡水をたたえている。透明度、深度を加えて世界一の三冠を独占している。そのエメラルドグリーンの水面を押し割って、マーシャ・クリロフが突き進んでいく。空母ライトと重巡洋艦ノーザンプトンを従えて、バイカル湖の周辺勢力を無言で威圧している。
「イヴォルギンスキー・ダツァンに強烈なワールドノイズを検出!」
望萌が緊張した面持ちで量子レーダーを睨む。ハーベルトは山脈に潜む脅威を正確に把握していた。
「地底王国、地底人。ガチでやりあう相手じゃないわ」
彼女が率いる武装SSは連中相手に苦杯を舐めている。図体がでかいわりに俊敏で耐久力がある。大火力で畳みかけてようやく倒せる相手だ。
「考えたわね。さすがに仏教寺院を焼き払うわけにはいかないわ……」
いらだつハーベルト。机には茶碗が積み重なっている。炊事兵が五杯目のジャスミンティーを運んできた。
「爆撃誘導員を飛ばしてみては? 突破口が見つかるかも」
望萌の案はとっくに実施済みだ。ありきたりな提案をされるとハーベルトは本気で殺意を抱く。
「斥候からの報告によると、イヴォルギ村落は山脈を控えています。以前なら裏山に異世界隧道を掘って奇襲を仕掛けることもできました」
作戦士官が過去形で表現した。鉄道連隊を蒸気異世界掘削機の餌食にするわけにはいかない。
「おまけにウラン・ウデは航空産業の本場よ。始祖露西亜戦闘ヘリの名門ミル設計局のお膝元でもある」
ハウゼル列車長はここにも足を運んだことがあるらしく、土地勘をひけらかした。
「ヘリコプターなんて魔改造雀蜂の敵じゃないんだけどね。神出鬼没なうえに、うっかり包囲されでもしたら、飽和攻撃を浴びて一巻の終わりよ」
望萌が全滅の恐れを指摘した。
「爆撃誘導員を派遣して、巡航ミサイルでビル街をサーチアンドデストロイ(虱潰し)している暇はないわ。格納庫や対空陣地はいくらでも偽装できるから」
ハーベルトはほんの一瞬、戦術禁忌兵器の使用も視野に入れた。それは前代未聞の異世界雑音を引き起こす。彼女はかぶりを振って次善策に取り掛かった。
「かくなるうえは、反則技を使うしかないわ。相手が地底人なら、天敵を用いるまでよ」
ハーベルトの顔がほころんでいる。また良からぬ玩具遊びを考案したらしい。
■ バイカル湖東岸 バルグジン山脈
バイカル湖の東北岸には岩場と、三千メートルちかい急峻な尖峰と斜面が連なっている。
「ヤヴォ~ル、ハ~トレ~」
黄色い号令がやまびことなり、薄雪草をかたどった髪飾りが揺れる。再結成なった新生第23SS武装山岳師団カマは二千名ちかい女子山岳猟兵で固められている。
彼女たちを組織するのは我らが”閣下”、ハーベルト・トロイメライ・フォン・シュリーフェン中佐だ。両ひざをついて、前方を指し示しながら命令をくだしている。
装備は至って軽装。防弾防衝撃繊維製のジャケットに膝上ミニスカート。輸送手段は騾馬の代わりに薄っぺらい運命量子力学浮揚板、量子ブースター付きのStG44を背負っている。それに弾薬ポーチや弾倉に水筒、背嚢が加わる。とても華奢な女性に背負える重量では無いはずだが、苦も無く担ぎ上げている。
望萌が量子オペラグラスを片手に持ち、地面に伏せて前方を偵察している。薄化粧した三千メートル級の山々は見る者の体感温度を急激に奪う。しかし、スカートの下にはロジウム・ウィルキンソン量子空調が効いており、見かけほど寒くはない。
「本当にこの谷に地底人の天敵が棲んでいるんですか?」
女性山岳猟兵の一人が口を開いた。
「羊のオガイロは森林神ヘテンの眷属よ。しかも防御ステータスは鉄板なの♪」
ハーベルトはブリャート神話の守護獣を捕縛しようと企んでいた。そんなものが生息している理由はただ一つ。谷底に見える塩湖だ。硫酸ナトリウムがススキの穂に似た結晶を形成している。それは分光光度計によると重水素化されていて、非常に大きな確率分布を持っている。
「あの湖よ。ワールドノイズのさざ波を濾過して、特定外来異生物に快適性を与えているわ」
荒涼たる原野を渡る風は鋭く、冷たい。この付近は遊牧民の聖地でもあり、歩哨が巡回している。その向こうで立派な角をはやした羊が生えているはずのない草を食んでいる。
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