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断絶の航悔(スーパー・カリフォルジリスティック・エクスピアリ・ドーシャス⑪ 邪悪のEintopf(アイントブフ)
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■ サンアンドレアス断層南端
ソルトン・レイク。カルフォルニア州最大の湖に今日も死の影が押し寄せている。一面に広がる乳灰色が、東からみるみるうちに黒ずんでいく。異世界逗留者が日没直後に遭遇するのは非現実の地平だ。不気味なほど静まり返った世界で鳥たちが葬送曲を歌う。あまり寂しい声に量子オペラグラスが身震いする。ワールドノイズ除去フィルタを急速冷却する音だ。死人の肌そっくりな平面には朽ち果てたトレーラーハウスが浸かっており、壊れたテーブルやガスコンロが浮き沈みしている。被写体は人類の行く末を暗喩している。
望萌が思いに耽ったところで、映像が異常終了した。かわりに邨埜純色がカロリーメーターで環境調査を続けた。
「塩分は基準値どころか魚介類の致死量を大幅に超えています。分光光度計によれば有機リンその他、工業排水や都市生活水の成分がほとんど。1904年に用水路が詰まるまでここは淡水湖だったようです」
純色は流入した水と蒸発分の収支バランスを過去百年分に渡って計測した。
「正確にはコロラド川を人間が堰き止めるまでは、乾燥地帯と湖の状態を交互に繰り返していた。この一帯をリゾート地として賑わせるために強引な開発された。釣りが盛んにおこなわれた結果、汚染が拡大して塩分が増加したの。そして観光資源の役目を終えた」
ハーベルトは淡々とソルトン湖の末期を語った。
「ソルトン湖の生態系は完全に死滅しているのよ。でも、棲んでいるのは魚だけじゃない」
宇宙人エリスはヘッドセットを被って断層のメタンハイドレート生命体と対話を進めている。メタンは湿地や海底土や永久凍土の中で水分子に被覆された形で眠っている。ハイドレートは樹脂でできたレンズにような状態になっている。その一つ一つが大量の重水素二量体を含んでいて、電子素子のように機能している。
エリスの報告をまとめると、メタン生命体はバイアーン幻想教団にテリトリーを侵されて憤っている。生息地の中核はソルトン湖にあり、いくつかの集落がサンアンドレアス断層まで広がっていて、生命の樹だの邪悪の樹だの宇宙樹に根付かれると甚だ迷惑だと言う。
「ハーベルト。あなた本気で人工地震を起こせると思ってるの? 15トンキロ級核爆弾32万発分のエネルギーよ。人類に用意できるの?」
エリスが腰に手を当てて上から目線で揶揄する。負けず嫌いのハーベルトはさっそく喧嘩を買って出た。
「うっさいわね。ドイッチェラントの土木・地質工学は宇宙一よ。アーネンエルベの科学力は超~最新なんだからネッ!」
彼女はソルトン湖に浮かべた空母ライトから魔改造雀蜂隊を飛ばした。実は航空地質調査と言って地面を掘らなくても、地表を観察するだけで詳細がわかる。Xバンドレーダーを使えば、露岩の色や傾斜などから褶曲構造や地下の堆積物がわかる。ロングビーチの合成開口レーダーが特定外来異生物に睨みを利かせている。ヴェスペ隊は防空巡洋艦の傘に守られながら、ソルトン湖周辺を徹底的に走査した。
アネットの座席に続々と地質データが集まってくる。蓄積された情報はクルーたちの頭上にリアルタイムで立体化されていく。
「ドイッチェラント人たちは何をやっているの?」
せわしなく飛び回る蚊トンボをエリスが不思議そうに眺める。
「プレート境界面を調査しているんです。メタン生命体たちは毛細管現象を利用して、そこにサーマルプレシャライゼーションを誘発するそうです」
ハウゼル列車長が手元の翡翠タブレットでメタン生命体指導部の声明を機械翻訳してみせた。
「サーマルプレシャライゼーション。地震で断層面に摩擦熱が発生して地下水が過熱膨張すことによって横滑りが促進される現象よ。メタンハイドレートがある場所の上空には海底擬似反射面という特殊な電磁フィールドがあらわれるの。そこでは確率変動エネルギーがレーザー光線に凝縮されるの。地下水を一気に沸騰できる。そんなところに宇宙樹を植えたらどうなるかしらねぇ。うふふ」
ハーベルトはスカートのポケットからおもむろに料理読本を取り出した。肩を震わせて失笑している。
「あなた! またよからぬことを!!」
望萌がハーベルトの悪い癖を咎める。まったく策略家の娘は常軌を逸している。
ハーベルト・トロイメライ・フォン・シュリーフェンは一説には対始祖露西亜・仏蘭西征服作戦で名をはせた策略家アリス・シュリーフェン元帥の孫娘だという。
「そうよ。邪悪のEintopf――※註 農夫のスープと呼ばれる庶民料理――ができるわ」
■ カルフォルニア湾 ティブロン島
ティブロン島。
スペイン語で鮫の名を冠した島には滅びの予兆が緞帳のように重々しく鬱積している。その隣のベルヴェデーレ島には、とうに人気の絶えた港のそばには流行の店が並び、曲がりくねった道が斜面に続いていた。強襲揚陸艦の船尾ハッチよりドックのホバークラフトが次々と発進して、澱んだ空気をかき乱す。崩れかけた屋敷の門が勝手に開くと上陸作戦部隊が広い庭に集合した。
その中にアメリカ皇帝ノートン七世とマリア・ポーション司祭の姿があった。革命の最終段階は三重被覆の植樹をもって完成する。
対岸のティブロン島は北米屈指の自然保護区で野生の確率変動が満ちあふれている。
「生命の樹は天地創造の諸段階を連続的に図式したものと捉えることが可能です。世界はアイン・ソフ――神による開始が宣言され、創造の光が虚無を払拭することで、生命を人間の段階まで進化させました。また、逆を辿ることで、すべての始原に立ち返るのです」
マリアがそういうと、皇帝は量子オペラグラスを海に向けた。嘴が橙色で羽の黒い海鳥が群れを作って翼を休めている。メリケンアジサシの仲間だ。その一羽がクローズアップされ、脳断面図が別窓に開く。
「ふむ、フリーラジカル分子による量子もつれは申し分ない。やれそうか?」
彼女は女司祭に念を押す。
「はい。理論上は……。興凱湖でドイッチェラント軍が水鳥の異世界視覚を刺激した時以上の、いや桁外れの量子効果が期待できます。メリケンアジサシどもに、”『世界の始まり』から『終わり』に至る渡り”を教えることができれば、無限の転生サイクルが完結します」
マリアがテスラコイルを向けると遠く離れた島が青紫色に照らされた。ティブロン島の水鳥が一斉に羽ばたいた。各個体の咆哮/熱病ネットワークノードが刺激され、世界システムに接続する。
「皇帝、ここからはボクに任せて」
三重被覆樹第二株が2419Dの到来を告げた
■フリードリヒスハーフェン 艦橋
「イチゲロフはアメリカ皇帝を大陸ごと抹殺するつもりよ。フサークを昇天する気なんてさらさらない」
ハーベルトはきっぱりと断言した。
シュリーマン艦長は耳を疑ったが、荒井吹雪はさもありなんと納得した。彼女は女教師だ。人を見る目がある。イチゲロフの顔に本音が透けていた。
「彼は安眠を妨げられて不愉快なのよ。おまけに、異教徒が不純な動機で独自の輪廻を構築することが容認できない。土台の灯明が脅かされるし、琥珀の間を利用されることも許せない。だから、嘘をついた」
ハーベルトはフサークが騙されたと看破した。2419Dの目的地は彗星ではない。
「どうして……それを……?」
ダイマー聴覚を共有していたエリスが椅子から転げ落ちた。自身もまた手玉に取られていたのだ。
「メタンハイドレートのお歴々が指摘しているわ。2419Dの異世界針路は本初始祖世界の彗星じゃなくて、コード2047の地球に向いている」
TWX1369とロングビーチのメインスクリーンに予想針路がプロットされる。右肩上がりの腰が折れて、矢印がカルフォルニアに突き刺さった。
「まさか、奥の院は計算づくで……」
宇宙人は掌で踊らされていたことに戸惑いを隠せない。
「そうよ、あんたが集団を裏切って接近を図ることも、イチゲロフを利用することもぜ~んぶお見通し。彼が2419Dを用いて一矢報いることもね。カルフォレックスだっけ? 量子脳なら朝飯前でしょう。ぜ~んぶアンタが捲いた種なんだからネッ」
ハーベルトが滾々と説教すると、エリスは転げまわって悔しがった。スカートのホックが壊れてあられもない姿になっているが、それどころじゃない。
「それで、こちらの対応策は……? トリヴェールでしたか? メタン生命体が世界システムを傍受した内容が本当であれば、もはや人類の手に余る事象かと」
シュリーマン艦長は天文学的スケールの話についていけない。
「作戦を説明するわ。例によってチャンスは一回こっきり。いいわね? ほら、望萌、ミュ~ヂック!」
ハーベルトは定番のクラシック音楽をリクエストした。
■ カルフォルニア湾 上空
関ケ原合戦を彷彿させる管弦楽曲が通信帯域を震わせている。
ショスタコーヴィチ 交響曲第五番「革命」は不協和音と、暗くて重い響きの中に満ちている。
しかし、時に明るくもどこか素直ではない捻くれた旋律。破壊的な管楽器を荒々しくぶつける小節は、彼女――トロイメライ・ハーベルト・フォン・シュリーフェンの性格そのものだ。
枢軸特急、連合軍司令部急行、永劫回帰線。三通りの異世界逗留者専用列車が先陣を切る。その後ろをロングビーチが戦闘速度で追いかける。フリードリヒスハーフェンは後方に控える巨人機ムリヤをラピスラズリ防護力場で守っている。
その行く手には満月を両手で捕まえるように巨大な宇宙樹が聳えている。そして、夜半にも関わらず、空の下半分が真っ赤に染まっている。水平線から仰角45度の高さまで、戦いの劫火が燃え上がる。その多くはアウトカムと対空兵器の相討ちによるものだ。ハーベルトはドイッチェラント本国から輸送艦隊をかわるがわる呼び寄せ、外套効果の向こうにありったけの弾薬を撃ち込ませた。ロングビーチの火器が耐用限度を超えると、工兵隊を招聘し、交換作業を突貫させた。
「物量作戦は米英の専売特許じゃないわ。(皆さんもご一緒に) あ、それ♪ 日独伊芬の工業生産世界一ぃイイイ!!」
「「「「世界一~!!」」」
ハーベルトが怪気炎をあげると、婦人部隊が唱和する。
その狂乱ぶりを一本の世界樹が冷ややかに俯瞰していた。
「ハーベルト。宇宙一じゃないんだね……」
祥子の残滓が残念そうに呟くと、エフゲニー・ローズバードが憐れんだ。
「非局所的な知性は世界一とか宇宙一とか意識しないものよ。それにもう一つ。高次知性集団という旧弊に絡み取られた存在がやってくるわ」
世界を掌握する集合知が、儚い礫を見つけ出した。それは崇高な叡智と一体化する希望に燃えている。生存欲求という我欲と公共福祉の垣根を解消し、より広い救済に喜びを見出すため、野心をたぎらせている。
待ち望んで人々にいち早く――フサークの客車が勢いを増す。
「2419Dの到着まであと三分」
フリードリヒスハーフェンは休戦の客車に接近を試みた。フサークに自分が弾として使われている事実を知らせ、翻意を促す任務を帯びている。
荒井吹雪はセーラー服の胸元に爪を立て、スカートのファスナーを引き裂いた。翼を広げて、メインデッキに立つ。フサークはドイッチェラント本国への亡命を望んでいた。エルフリーデ・ハートレー大総統の福祉政策はナチスドイツの真逆を行く。フサークにとって渡りに船だ。容易に説得できるだろう。
そう信じて、甲板を蹴った。
だが――。
カフカスの山脈より深く、バルト海よりも高い障壁が立ちふさがった。2419Dはコースを変え、吹雪の進路に横滑りしてくる。
列車の後部デッキに身なりのいい小男が立っていた。
「Не пой, красавица……」
アフリカの血統を持つ貴公子は朗々たる詠唱で決闘を挑んできた。
「それは”グルジアの悲歌”でしょうか。アレクサンドル・プーシキン」
女教師はロングビーチの支援を借りて、詩を読み解いた。
「そうだ。美しき乙女よ。君が歌おうとしている内容は俺を別世界に憧れさせ、君を月明かりの幻と消える宿命に誘うのだ」
「クッ――。運航を阻害しないで」
吹雪は予期せぬ強敵に重水素弾を撃ち込んだ。しかし、彼は軽々と回避する。
「俺は何度も決闘に挑んだが、なぜか銃弾に嫌われるのだ」
ソルトン・レイク。カルフォルニア州最大の湖に今日も死の影が押し寄せている。一面に広がる乳灰色が、東からみるみるうちに黒ずんでいく。異世界逗留者が日没直後に遭遇するのは非現実の地平だ。不気味なほど静まり返った世界で鳥たちが葬送曲を歌う。あまり寂しい声に量子オペラグラスが身震いする。ワールドノイズ除去フィルタを急速冷却する音だ。死人の肌そっくりな平面には朽ち果てたトレーラーハウスが浸かっており、壊れたテーブルやガスコンロが浮き沈みしている。被写体は人類の行く末を暗喩している。
望萌が思いに耽ったところで、映像が異常終了した。かわりに邨埜純色がカロリーメーターで環境調査を続けた。
「塩分は基準値どころか魚介類の致死量を大幅に超えています。分光光度計によれば有機リンその他、工業排水や都市生活水の成分がほとんど。1904年に用水路が詰まるまでここは淡水湖だったようです」
純色は流入した水と蒸発分の収支バランスを過去百年分に渡って計測した。
「正確にはコロラド川を人間が堰き止めるまでは、乾燥地帯と湖の状態を交互に繰り返していた。この一帯をリゾート地として賑わせるために強引な開発された。釣りが盛んにおこなわれた結果、汚染が拡大して塩分が増加したの。そして観光資源の役目を終えた」
ハーベルトは淡々とソルトン湖の末期を語った。
「ソルトン湖の生態系は完全に死滅しているのよ。でも、棲んでいるのは魚だけじゃない」
宇宙人エリスはヘッドセットを被って断層のメタンハイドレート生命体と対話を進めている。メタンは湿地や海底土や永久凍土の中で水分子に被覆された形で眠っている。ハイドレートは樹脂でできたレンズにような状態になっている。その一つ一つが大量の重水素二量体を含んでいて、電子素子のように機能している。
エリスの報告をまとめると、メタン生命体はバイアーン幻想教団にテリトリーを侵されて憤っている。生息地の中核はソルトン湖にあり、いくつかの集落がサンアンドレアス断層まで広がっていて、生命の樹だの邪悪の樹だの宇宙樹に根付かれると甚だ迷惑だと言う。
「ハーベルト。あなた本気で人工地震を起こせると思ってるの? 15トンキロ級核爆弾32万発分のエネルギーよ。人類に用意できるの?」
エリスが腰に手を当てて上から目線で揶揄する。負けず嫌いのハーベルトはさっそく喧嘩を買って出た。
「うっさいわね。ドイッチェラントの土木・地質工学は宇宙一よ。アーネンエルベの科学力は超~最新なんだからネッ!」
彼女はソルトン湖に浮かべた空母ライトから魔改造雀蜂隊を飛ばした。実は航空地質調査と言って地面を掘らなくても、地表を観察するだけで詳細がわかる。Xバンドレーダーを使えば、露岩の色や傾斜などから褶曲構造や地下の堆積物がわかる。ロングビーチの合成開口レーダーが特定外来異生物に睨みを利かせている。ヴェスペ隊は防空巡洋艦の傘に守られながら、ソルトン湖周辺を徹底的に走査した。
アネットの座席に続々と地質データが集まってくる。蓄積された情報はクルーたちの頭上にリアルタイムで立体化されていく。
「ドイッチェラント人たちは何をやっているの?」
せわしなく飛び回る蚊トンボをエリスが不思議そうに眺める。
「プレート境界面を調査しているんです。メタン生命体たちは毛細管現象を利用して、そこにサーマルプレシャライゼーションを誘発するそうです」
ハウゼル列車長が手元の翡翠タブレットでメタン生命体指導部の声明を機械翻訳してみせた。
「サーマルプレシャライゼーション。地震で断層面に摩擦熱が発生して地下水が過熱膨張すことによって横滑りが促進される現象よ。メタンハイドレートがある場所の上空には海底擬似反射面という特殊な電磁フィールドがあらわれるの。そこでは確率変動エネルギーがレーザー光線に凝縮されるの。地下水を一気に沸騰できる。そんなところに宇宙樹を植えたらどうなるかしらねぇ。うふふ」
ハーベルトはスカートのポケットからおもむろに料理読本を取り出した。肩を震わせて失笑している。
「あなた! またよからぬことを!!」
望萌がハーベルトの悪い癖を咎める。まったく策略家の娘は常軌を逸している。
ハーベルト・トロイメライ・フォン・シュリーフェンは一説には対始祖露西亜・仏蘭西征服作戦で名をはせた策略家アリス・シュリーフェン元帥の孫娘だという。
「そうよ。邪悪のEintopf――※註 農夫のスープと呼ばれる庶民料理――ができるわ」
■ カルフォルニア湾 ティブロン島
ティブロン島。
スペイン語で鮫の名を冠した島には滅びの予兆が緞帳のように重々しく鬱積している。その隣のベルヴェデーレ島には、とうに人気の絶えた港のそばには流行の店が並び、曲がりくねった道が斜面に続いていた。強襲揚陸艦の船尾ハッチよりドックのホバークラフトが次々と発進して、澱んだ空気をかき乱す。崩れかけた屋敷の門が勝手に開くと上陸作戦部隊が広い庭に集合した。
その中にアメリカ皇帝ノートン七世とマリア・ポーション司祭の姿があった。革命の最終段階は三重被覆の植樹をもって完成する。
対岸のティブロン島は北米屈指の自然保護区で野生の確率変動が満ちあふれている。
「生命の樹は天地創造の諸段階を連続的に図式したものと捉えることが可能です。世界はアイン・ソフ――神による開始が宣言され、創造の光が虚無を払拭することで、生命を人間の段階まで進化させました。また、逆を辿ることで、すべての始原に立ち返るのです」
マリアがそういうと、皇帝は量子オペラグラスを海に向けた。嘴が橙色で羽の黒い海鳥が群れを作って翼を休めている。メリケンアジサシの仲間だ。その一羽がクローズアップされ、脳断面図が別窓に開く。
「ふむ、フリーラジカル分子による量子もつれは申し分ない。やれそうか?」
彼女は女司祭に念を押す。
「はい。理論上は……。興凱湖でドイッチェラント軍が水鳥の異世界視覚を刺激した時以上の、いや桁外れの量子効果が期待できます。メリケンアジサシどもに、”『世界の始まり』から『終わり』に至る渡り”を教えることができれば、無限の転生サイクルが完結します」
マリアがテスラコイルを向けると遠く離れた島が青紫色に照らされた。ティブロン島の水鳥が一斉に羽ばたいた。各個体の咆哮/熱病ネットワークノードが刺激され、世界システムに接続する。
「皇帝、ここからはボクに任せて」
三重被覆樹第二株が2419Dの到来を告げた
■フリードリヒスハーフェン 艦橋
「イチゲロフはアメリカ皇帝を大陸ごと抹殺するつもりよ。フサークを昇天する気なんてさらさらない」
ハーベルトはきっぱりと断言した。
シュリーマン艦長は耳を疑ったが、荒井吹雪はさもありなんと納得した。彼女は女教師だ。人を見る目がある。イチゲロフの顔に本音が透けていた。
「彼は安眠を妨げられて不愉快なのよ。おまけに、異教徒が不純な動機で独自の輪廻を構築することが容認できない。土台の灯明が脅かされるし、琥珀の間を利用されることも許せない。だから、嘘をついた」
ハーベルトはフサークが騙されたと看破した。2419Dの目的地は彗星ではない。
「どうして……それを……?」
ダイマー聴覚を共有していたエリスが椅子から転げ落ちた。自身もまた手玉に取られていたのだ。
「メタンハイドレートのお歴々が指摘しているわ。2419Dの異世界針路は本初始祖世界の彗星じゃなくて、コード2047の地球に向いている」
TWX1369とロングビーチのメインスクリーンに予想針路がプロットされる。右肩上がりの腰が折れて、矢印がカルフォルニアに突き刺さった。
「まさか、奥の院は計算づくで……」
宇宙人は掌で踊らされていたことに戸惑いを隠せない。
「そうよ、あんたが集団を裏切って接近を図ることも、イチゲロフを利用することもぜ~んぶお見通し。彼が2419Dを用いて一矢報いることもね。カルフォレックスだっけ? 量子脳なら朝飯前でしょう。ぜ~んぶアンタが捲いた種なんだからネッ」
ハーベルトが滾々と説教すると、エリスは転げまわって悔しがった。スカートのホックが壊れてあられもない姿になっているが、それどころじゃない。
「それで、こちらの対応策は……? トリヴェールでしたか? メタン生命体が世界システムを傍受した内容が本当であれば、もはや人類の手に余る事象かと」
シュリーマン艦長は天文学的スケールの話についていけない。
「作戦を説明するわ。例によってチャンスは一回こっきり。いいわね? ほら、望萌、ミュ~ヂック!」
ハーベルトは定番のクラシック音楽をリクエストした。
■ カルフォルニア湾 上空
関ケ原合戦を彷彿させる管弦楽曲が通信帯域を震わせている。
ショスタコーヴィチ 交響曲第五番「革命」は不協和音と、暗くて重い響きの中に満ちている。
しかし、時に明るくもどこか素直ではない捻くれた旋律。破壊的な管楽器を荒々しくぶつける小節は、彼女――トロイメライ・ハーベルト・フォン・シュリーフェンの性格そのものだ。
枢軸特急、連合軍司令部急行、永劫回帰線。三通りの異世界逗留者専用列車が先陣を切る。その後ろをロングビーチが戦闘速度で追いかける。フリードリヒスハーフェンは後方に控える巨人機ムリヤをラピスラズリ防護力場で守っている。
その行く手には満月を両手で捕まえるように巨大な宇宙樹が聳えている。そして、夜半にも関わらず、空の下半分が真っ赤に染まっている。水平線から仰角45度の高さまで、戦いの劫火が燃え上がる。その多くはアウトカムと対空兵器の相討ちによるものだ。ハーベルトはドイッチェラント本国から輸送艦隊をかわるがわる呼び寄せ、外套効果の向こうにありったけの弾薬を撃ち込ませた。ロングビーチの火器が耐用限度を超えると、工兵隊を招聘し、交換作業を突貫させた。
「物量作戦は米英の専売特許じゃないわ。(皆さんもご一緒に) あ、それ♪ 日独伊芬の工業生産世界一ぃイイイ!!」
「「「「世界一~!!」」」
ハーベルトが怪気炎をあげると、婦人部隊が唱和する。
その狂乱ぶりを一本の世界樹が冷ややかに俯瞰していた。
「ハーベルト。宇宙一じゃないんだね……」
祥子の残滓が残念そうに呟くと、エフゲニー・ローズバードが憐れんだ。
「非局所的な知性は世界一とか宇宙一とか意識しないものよ。それにもう一つ。高次知性集団という旧弊に絡み取られた存在がやってくるわ」
世界を掌握する集合知が、儚い礫を見つけ出した。それは崇高な叡智と一体化する希望に燃えている。生存欲求という我欲と公共福祉の垣根を解消し、より広い救済に喜びを見出すため、野心をたぎらせている。
待ち望んで人々にいち早く――フサークの客車が勢いを増す。
「2419Dの到着まであと三分」
フリードリヒスハーフェンは休戦の客車に接近を試みた。フサークに自分が弾として使われている事実を知らせ、翻意を促す任務を帯びている。
荒井吹雪はセーラー服の胸元に爪を立て、スカートのファスナーを引き裂いた。翼を広げて、メインデッキに立つ。フサークはドイッチェラント本国への亡命を望んでいた。エルフリーデ・ハートレー大総統の福祉政策はナチスドイツの真逆を行く。フサークにとって渡りに船だ。容易に説得できるだろう。
そう信じて、甲板を蹴った。
だが――。
カフカスの山脈より深く、バルト海よりも高い障壁が立ちふさがった。2419Dはコースを変え、吹雪の進路に横滑りしてくる。
列車の後部デッキに身なりのいい小男が立っていた。
「Не пой, красавица……」
アフリカの血統を持つ貴公子は朗々たる詠唱で決闘を挑んできた。
「それは”グルジアの悲歌”でしょうか。アレクサンドル・プーシキン」
女教師はロングビーチの支援を借りて、詩を読み解いた。
「そうだ。美しき乙女よ。君が歌おうとしている内容は俺を別世界に憧れさせ、君を月明かりの幻と消える宿命に誘うのだ」
「クッ――。運航を阻害しないで」
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どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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