枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

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マイダス・スターティング

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 ■ TWX1369
強制分離独立ハードカリクジットの現状と、会談の合意点を報告します」
 トワイライトエクリプス号の戦闘指揮車では望萌が秘密警察シュターツカペレの調査資料を読み上げている。彼女は先ほど大総統府から帰還したばかりだ。日独緊急首脳会談の結果は恒久平和を願う邨埜純色むらのぴゅあにとって芳しくない内容だった。結局のところ、対米開戦は避けられない。連合国はドイッチェラントの弾道ミサイルを『人道に対する犯罪』だと激しく非難した。
 このような暴挙は許しがたい行為であり、枢軸基幹同盟は地球から外科手術的に排除されなければならない、と国際世論を煽っている。
 とは言っても、連合に与する勢力は数えるほどしかない。ステイツの旧宗主国イギリスはスコットランドを残して、ドイッチェラントに抑えられている。フランスはパリ郊外までマジノ線を押し込められている。始祖露西亜オーソロシアは大祖国戦争で敗北を喫し、残っているのはせいぜい南北ステイツ大陸とアフリカの中小国家ぐらいだと思われていた。
「しかしながら、ここにきてラファーム・シノワが急速に台頭してきた。イチゲロフはシャンバラ誘導体を駆使してシノワ大陸に地底人ネフィリムの傀儡国家を建設したよ」
 ハバロフスクの蒸気魔が厳しい状況を示唆した。
「っていうか、ネフィリムっていったい何者なんですか? 地底人だったり、宇宙人だったりイマイチ……」
 異世界逗留者の一人がどうにも腑に落ちないと苦言を呈した。
「神が人間に最初に産ませた子の子孫たちです。旧約聖書に『その昔、ネフィリムが地上にいた』とだけ、簡潔に記されています。触れたくない理由の裏には彼らが人間離れした巨体で、なおかつ神に背いた者の末裔だからです」
 ハウゼル列車長がキリスト教の教義を引用した。
「伝説は聞き飽きた。客観的事実が欲しい」
 蒸気魔がいましめると、川端エリスが後を継いだ。
「ネフィリムは地球外生命体の落ちこぼれよ。太古の地球に漂着して原住生命体と関係を築いた。地底に栄えた交雑種がネフィリムってわけ」
「彼らは何を競って敗れたの? 地球いしに縋りついてでも生き残るからには、這い上がる意思があるんでしょ? 闘志を向ける相手はなに?」
 ハーベルトが疑問をぶつけた。
「熱力学第二法則の玉座よ。適者生存や弱肉強食の裏には種の保存目的がある。自己複製や競争原理は熱力学第二法則エントロピーぞうだいにうち勝つ方便に過ぎないのよ。高次知能集団は文明残滓の摂取――あたしに言わせれば搾取だけどさ――で存続をはかっている」
 宇宙人の申し子は自嘲気味に言った。
「ヴ・リルパワーという破局的チートな力をもってしても克服できない問題ね。それでもなお彼らは地球に固執している。地球の底にどんな希望を見出したのかしら」
 ハーベルトにはネフィリムが地底に魅力を感じている理由が思いつかなかった。
「メタン生命体で無い事は確かね。彼らがネフィリムに協力していればハード・カリクジットは無かった」
 ハウゼルが考察を続けようとすると、望萌が両手を打ち鳴らした。
「はいはい。私語はそこまで。わたしの報告書を聞いてください」
 彼女は不機嫌そうに上層部の通達を伝えた。
日独伊芬枢軸基幹同盟アクセンメヒテは連合国とシワノに対する二正面作戦を念頭に置いて開戦準備を整える。枢軸特急乗務員トルマリンソジャーナーは各戦線の構築および維持に尽力せよ』
「なんだかふわっとした命令ね」
「結局、何も決まってないじゃん」
 アネットとエリスが同時に不満を漏らした。
「亡命組は引き続きフネに乗ってろって事でしょうか。私達は鉄道員ぽっぽやです」
 ジョリー列車長が暗に新しい車両を要求した。
「その件に関しては抜かりないわ。帝国鐡道省異世界交通工廠が新型車両を建造中よ」
 望萌が思いがけない土産を持ってきた。
「列車はあっても運行計画が無いと」
 アネット機関士が不平を言う。
「前線の再構築というのなら、バハ・カルフォルニア島の防衛が急務よ」
 ハーベルトはハード・カリクジットで壊滅状態にある島に物資を運ぶべきだと主張した。
「それには列車は二編成も要りませんね。シワノと対峙する帝政日本の守備にアハトアハトを回すべきでしょう」
 大艦巨砲主義に懲りて海上打撃力を削減した帝国海軍の補助が大切だと純色が訴える。
「まさか、だだっぴろい太平洋に万里の長城を築けと? ソースコードの大日本帝国はそれでアメリカにボロ負けしたあげく、本土空襲を許してしまったのよ!」
 ハーベルトはつくづく祖先の英断に感謝した。もし、大分裂グロースシスマが起こらなければ……。エーデルヴァイス海賊団が辿らなかった歴史は悲惨を極めている。独自の戦力を持てなかったばかりに、多くの女性が駐留兵に泣かされている。
「女皇陛下は、後桜鳩上皇はなんとおっしゃってたの?」
 純色が望萌に逆質問した。
「陛下はハーベルト閣下の采配を絶賛しておられました。ロサンジェルス級原潜を手玉にとった対潜哨戒。そして、鉄道連絡船を用いた空中列車戦術。どれも航空母艦に引けを取らない用兵術だと」
 思いもよらない高評価を賜ってハーベルトはエルフ耳を真っ赤に染めた。
「幸悦至極と言いたいところだけど、買いかぶりすぎだわ。戦局を左右するのは作戦だけでなくてよ」
 彼女は照れ隠しに、手元の翡翠タブレットを見やった。素早くタップして彼女なりの懸念事項をスクリーンに列記した。
「欧州と始祖露西亜。ユーラシア大陸の半分を掌握したアクセンメヒテも一極支配には程遠いわ。ましてや、アジアの一角に地球外来勢が勃興してきている。戦争継続に必要不可欠な要素は知略以外にあと三つある。わかる?」
 唐突に振られて望萌は口ごもった。「弾薬というか、物資。それと人員。兵隊がいなければ戦えない。あとは……」
「エネルギーよ」
 運命量子力学者が即答した。ハーベルトはその機知に舌を巻いた。
「さすが、科学者ね。そう。枢軸のアキレス腱はエネルギー。困ったことに連合は中東とアフリカの半分を抑えてる。南北ステイツ大陸もね」
 ハーベルトはあらためて勢力図を投影した。重水素の有力な埋蔵場所はすべて連合国の占領下にある。枢軸特急の足腰である量子ブラックホール蒸気機関は枢要部に莫大な重水素融合を必要とする。
「エネルギー事情に関してはスカンジナビアおよび始祖露西亜沿海州カムチャツカの重水プラントが……」
 いいかけた望萌をハーベルトがぴしゃりと遮った。
「駄目よ。北極点を挟んで対岸はどこだと思っているの?」
 勢力図がきゅっと丸まって、くるりと回転する。「こ」の字型に二つの大陸がにらみ合っている。
「開戦と同時に空爆されるな」
 ハバロフスクの蒸気魔が恨めしそうに腕組みをする。
「そうよ。敵の強みは弱点にもなるわ」
 ハーベルトは含み笑いしながら地球儀をひっくり返した。アキレス腱をネチネチと突くやり方は彼女のもっとも得意とするところだ。真っ白な大陸において南米とアフリカの先端が向き合っている。
「南極を突くんですか?! その発想はなかった!」
 望萌は目を丸くした。
「そうよ。氷の下には埋蔵資源が山ほどあるわ望萌、枢軸は宣戦布告を正式に受諾したの?」
「はい。開戦予定日時は山羊月の第二旬半ばです」
「いけるわ」

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