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疾風の到達不能極(インレット)~ラーセン・マグナコア)⑧ ブレッヒマン
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■
ハーベルトは孤独な闘いを強いられていた。彼女の放り込まれた童話のような世界は仮想空間でも拡張現実でもない。19世紀ドイツの生物哲学者ヤコフ・ユクスキュルによると、それは環世界概念というものだ。全ての生物はそれぞれ固有の知覚に基づいて世界を構築しており、その主体として行動しているという考えだ。たとえば洞窟で暮らす蝙蝠はエコーロケーションと言って超音波の反射によって暗闇を照らし出す。都会の雑踏を歩く人間は混雑の中を魚の様に泳ぐすべを身に着けている。動物の各個体は異なる知覚と作用の結果に特別な意味づけをして行動原理を導き出す。
ハーベルト・トロイメライの環世界は女の子の部屋と場違いな兵器のオモチャで出来ている。彼女は知ってか知らずが生来の性的違和を持つ母親のエゴに抑圧されてきた。
「男なんかどいつもこいつもポンコツなんだからネッ。いざという時に頼りになるのは女よ。というか、ドイッチェラントにはエーデルヴァイス海賊団のオンナを除いて、老いぼれかなよなよした男しかいないんだから」
ミュルダールは事あるごとにハーベルトを鍛えた。夜中にたたき起こして銃を握らせ、顔を洗った後に銃剣を研がせ、出来が悪いと朝食を与えなかった。
「はい。おかあさん」
幼いハーベルトは健気に従い、幼馴染みから閣下と呼ばれる程に逞しくなった。ゲルマニアの都は女が支配していて、エリート層以下の男は引き籠るか繁促施設と呼ばれる収容所に保護されている。必然的にトロイメライ家の隣近所は女の子だらけとなる。そこでも体格差や性格の違いによる支配構造が現れた。ハーベルトはお転婆な女子の中でも頭角を現し、地元のシュルルフを率いるようになった。
「こいつにとって世界は見て聞いて感じるよりも血の匂いと銃身の肌ざわりで出来ているのさ。だが、発砲するなんて、そうそうあるわけじゃない。だから、まやかしの平和で騙し騙し生きてきた」
藻生物アルケノンとなったライナー・ミルドラースにはヨーゼフ・ダッチマンの言葉が深く理解できた。自分は植物として光合成しながらも、「人間」というフィルターを介して暫定的に「人として」生きている。
「要するにトロイメライさんの感覚フィルターを挿げ替えたのね」
「そうだ。19世紀の写真家や芸術家は自分の作品が世界を切り取って表現しているのか、自分の心象を取り違えているのか悩んでいた。正解はこうだ。『人間は人間の環世界に生きていて、歪んだ自然を見ている』」
ヨーゼフが裁縫箱をいじると、ハーベルトは悶え始めた。
「いや! おかあさん! いや!! わたしのGewehr、突撃銃はどこ?」
ど近眼の少女がメガネを取り落とした時のように、ハーベルトは何もない地面をまさぐる。彼女の環世界には豹変した母親が実在しており、銃を取り上げるかわりに箒を与える虐待を行っている。
「……なんだか、可哀想になってきたわ。見ていられない」
ミルドラースは自分の立場を省みず、ドイッチェラントに帰ろうとした。後先を考えず、衝動に後押しされるのが女だ。
「で、そのフィルターは独逸語でトーンというのさ。お前が洋品店で服を買うときは『お気に入り』というトーンを無意識に働かせている。隷従しているといって過言ではない。お前を人として認識させるトーンが大学にあるとは思えないがな」
ヨーゼフがそういうとアルケノンはムッとした。
「で、あの子をいじめるつもり?」
すると、ヨーゼフはあっけらかんと言い放った。
「彼女しだいさ。力で屈服させても裏切るだろう。だから、トロイメライ家の価値観を歪曲するトーンをぶち込んでやったんだ。あの女の信念、あの女の信念、猪突猛進を阻むものは縫いぐるみだ。しかもそいつは母親の化身だ。ぶっ殺して進むか、優しさと家庭のぬくもりに溺れて死ぬか」
ハーベルトは専業主婦に目覚めた母親にたっぷりと存在否定されている。
「ハーベルト! 赤ん坊を抱っこする時はこうよ。何度言えばわかるの?!」
ベビーベッドの前でミュルダールが娘を叱り飛ばしている。ハーベルトは言われた通りに抱こうとするのだが、なぜか銃を持つ仕草になる。
「おかあさん。どうしてもこうなってしまうのよ!」
ハーベルトが涙ながらに訴えるとミュルダールはため息をついた。そして、腕をあえる。
「ひぃっ」
娘は鉄拳制裁に備えて身を固くした。意外なことに、母親の手は彼女の頭上を通り過ぎて背後の棚に向かった。
ウンと背筋をのばして、両手で毛玉のような物をおろす。ふわふわした柔らかい物体がハーベルトに手渡された。
「しょうがないね。この熊ちゃんで練習しとくんだよ。今日はこれでおしまい」
母親はそそくさと出ていった。そのあとにクマぬいぐるみを抱いたハーベルトがぽつねんと残された。しかし、彼女には武装SSの魂がまだ燻っていた。母親がいなくなって敵愾心がぶり返した。「ぜ……ぜんしん……あるのみ」
少女はクマぬいぐるみを投げ捨てた。だが、ヌイグルミはひょいっと横滑りしてハーベルトを阻む。
「何よ、あんた!」
万難を排せよ。たとえ相手が女子供で泣きながら命乞いをしようと、容赦なく……。
「排除!」
ハーベルトは熊を蹴り上げた。しかし、クマぬいぐるみは涙ぐむ。
「どうして暴力を振るうの? ボクがキミに何かした? したのだったら、ごめんよう」
祥子の声でひたすらに許しを請う。
「ごめんよう。ごめんよう。ごめんよう」
「あなたねぇ……」
ハーベルトは腰をかがめて、ヌイグルミを抱き上げた。
「ごめんよう。ごめんよう。ごめんよう……」
「ごめんなさいするのはわたしの方よ」
ポロポロと涙でぬいぐるみベアが濡れる。
「とうとう、枢軸特急乗務員の運行規則を封じたのね!」
邨埜純色が驚きの声をあげる。連合軍司令部専用急行でも太刀打ちできなかった連中をヨーゼフが仕留めたのだ。
「あの子はどうなるの?」
緑色したライナー・ミルドラースが心配する。横転した枢軸特急と乗務員はピンク色のドームをじっと見守っている。
「あいつは縫いぐるみと向き合うことで自己矛盾にたどり着いたんだ。それより、第二ラウンドに移るぞ」
ヨーゼフは裁縫箱を握りしめた。
■ TWX1369 戦闘指揮車両
ハウゼル列車長は閉鎖空間に封印されたハーベルトを救出すべく、行動を起こした。ドームが雲散霧消し、ビキニ姿の天使が呆けた顔で正座している。膝のうえにはパンパンに膨れたブルマーがあり、脱いだセーラー服やスカートを無理やり詰め込んである。
どういうわけか、ハーベルトはそれを我が子の様に撫でている。
「私が指揮を執ります。ハーベルトはリンドバーグの壁に堕ちた模様」
車内アナウンスと同時に急発進。ラッセル車のごとく除雪する。武装SSたちは一斉に翼を開いた。銀世界を赤や紺の端切れが彩る。
「着ぐるみどもの弱点はアルカリよ」
ハウゼルはダイマー聴覚で女子兵たちと対策を共有した。ハーベルトがせん妄状態に陥る前に聞いていた。
先手必勝。油断しきった着ぐるみ少女に重水の雨が降る。アンダースイムショーツ一枚に剥かれた女の子たちが泣きながら逃げ惑う。モーゼが紅海を割るように着ぐるみの波が引いたところへTWX1369が滑りこむ。
「怯むな。ヌイグルミ心理学、第二心象行動原理!」
ヨーゼフが一喝すると、枢軸特急の前輪が線路にめり込んだ。そのままズブズブと透明感あふれる大地に沈んでいく。
「なっ――?! どういう……」
空転するピストンがハウゼルの驚声を遮る。
「ふーはっは! ヌイグルミ第二心象行動原理は既にヌイグルミと関わった人間を暴き立てるものだ。ハウゼル、いやトルマリン・ソジャーナーたちよ。もう一度、自分を顧みるのだ」
ヨーゼフの無血革命は快進撃を轟かす。
◇ ◇ ◇ ◇
「あら? ブレッヒマン、ブレッヒマンはどこ?」
見覚えのある天井を朝日が染めている。ハウゼルはモソモソと毛布から顔を出すと、枕元に手を伸ばした。
ない。
命よりも大事な親友がいない。二人は固い絆で結ばれている。喜怒哀楽を共にした、彼女にとっては片時も離せないソウルメイト。
「ブレッヒマーン!」
ハウゼルは小さなヒップを突き出してベッドの下を覗き込こむ。フリフリのスリップから無地のショーツが見え隠れする。
フクロウのように目を見開いたが、小熊のブレッヒマンはいない。
「ブレッヒマーン。どこーー? かくれんぼしないで出てきてー」
小さな少女ハウゼルは寝室を駆けずり回る。クローゼット、勉強机、ゴミ箱、思い当たる場所は一通り探した。
ブレッヒマンは量子AIを内蔵したハイテク玩具で自律行動したり人語を解する。彼と持ち主は婚姻関係にある、とハウゼルは主張している。かくれんぼは二人の日課だった。
廊下の向こうからヒステリックな声が飛んできた。
「アーデント! 今日から学校なのよ!!」
髪を結った小太りの女がハウゼルをつまみあげた。
「だって、おかあさん。ブレッヒマンが~」
ぐずる長女にマルゲリータは容赦ない仕打ちを加える。ビリビリとスリップを破き、ショーツをはぎ取る。
「馬鹿なことを言わないで制服に着替えなさい」
裸のハウゼルが脱衣籠に尻もちをついた。そこには真新しい独逸少女同盟の制服が畳んである。
「おか~さん。ブレッヒマンは?」
ぐずる娘に母親は雷を落とした。
「遊んでないでさっさと支度おし! あんなもの勉強の邪魔だよ」
ハウゼルが駄々をこねているとキッチンから蚊の鳴くような声がした。
「ブレッヒマン!」
彼女は母親を突き飛ばし、裸のままリビングに駆け込んだ。
「ああっ! はしたない!! それでもドイッチェラント良妻賢母の娘ですか?!」
母親は部屋に入るなり異様な光景を目の当たりにした。
一糸まとわぬ我が子がブレッヒマンの首に顔をうずめている。
「わああああ。ブレッヒマン~。死なないで~」
哀れなクマぬいぐるみは頸椎の形をしたケーブルを垂らして、遺言をのべている。
「ブレッヒマンおねがいよ。わたし、あなたと一緒でなきゃ生きていけない」
ハウゼルは何とか熊を救護しようとケーブルに粘着テープを巻いている。量子オモチャはケーブル内部の量子もつれに依存している。破壊されれば、量子エンタングルメント状態が失われ、疑似人格を二度と復活させられない。
「「アーデント! ぐずぐずしないて学校へ行きな!」
「いやよ! わたし、ブレッヒマンとずっと一緒だもん。どこにもいかないもん!」
梃子でも動かぬアーデントをマルゲリータが引きずる。こういう有害玩具に限ってどうしてこうも頑丈なのか。
彼女はヌイグルミに引導を渡すべく、後ろ手で包丁を握った。
そんなオモチャなんかさっさと……メチャプ!」
マルゲリータの頭が赤い霧と化した。
「なん……だと?」
環世界の予期せぬ停止にヨーゼフは思考停止した、
ハウゼルの母親はユーパトリウム――ソースコードでいうネオナチに狙撃されている。当時、大分裂の際にナチの残党が密航してきた。彼らはヒトラーの超人思想ユーパトリウムを継承して、エーデルヴァイス海賊団を脅かした。
アーデントが異世界を駆け巡る枢軸特急の列車長を志したのは、ブレッヒマンというくびきを失ったからだ。
ヨーゼフは彼女の経歴調査を怠っていた。
「フン。枢軸基幹同盟最後の良心が宇宙人とは皮肉なものだねぇ」
川端エリスがカロリーメーターをヨーゼフに向けている。
「おっと動くな! 言っとくけど、宇宙人に地球産の縫いぐるみを愛でる趣味はないからね」
「なっ?!」
うろたえるヨーゼフをブレッヒマンが取り囲んだ。
ハーベルトは孤独な闘いを強いられていた。彼女の放り込まれた童話のような世界は仮想空間でも拡張現実でもない。19世紀ドイツの生物哲学者ヤコフ・ユクスキュルによると、それは環世界概念というものだ。全ての生物はそれぞれ固有の知覚に基づいて世界を構築しており、その主体として行動しているという考えだ。たとえば洞窟で暮らす蝙蝠はエコーロケーションと言って超音波の反射によって暗闇を照らし出す。都会の雑踏を歩く人間は混雑の中を魚の様に泳ぐすべを身に着けている。動物の各個体は異なる知覚と作用の結果に特別な意味づけをして行動原理を導き出す。
ハーベルト・トロイメライの環世界は女の子の部屋と場違いな兵器のオモチャで出来ている。彼女は知ってか知らずが生来の性的違和を持つ母親のエゴに抑圧されてきた。
「男なんかどいつもこいつもポンコツなんだからネッ。いざという時に頼りになるのは女よ。というか、ドイッチェラントにはエーデルヴァイス海賊団のオンナを除いて、老いぼれかなよなよした男しかいないんだから」
ミュルダールは事あるごとにハーベルトを鍛えた。夜中にたたき起こして銃を握らせ、顔を洗った後に銃剣を研がせ、出来が悪いと朝食を与えなかった。
「はい。おかあさん」
幼いハーベルトは健気に従い、幼馴染みから閣下と呼ばれる程に逞しくなった。ゲルマニアの都は女が支配していて、エリート層以下の男は引き籠るか繁促施設と呼ばれる収容所に保護されている。必然的にトロイメライ家の隣近所は女の子だらけとなる。そこでも体格差や性格の違いによる支配構造が現れた。ハーベルトはお転婆な女子の中でも頭角を現し、地元のシュルルフを率いるようになった。
「こいつにとって世界は見て聞いて感じるよりも血の匂いと銃身の肌ざわりで出来ているのさ。だが、発砲するなんて、そうそうあるわけじゃない。だから、まやかしの平和で騙し騙し生きてきた」
藻生物アルケノンとなったライナー・ミルドラースにはヨーゼフ・ダッチマンの言葉が深く理解できた。自分は植物として光合成しながらも、「人間」というフィルターを介して暫定的に「人として」生きている。
「要するにトロイメライさんの感覚フィルターを挿げ替えたのね」
「そうだ。19世紀の写真家や芸術家は自分の作品が世界を切り取って表現しているのか、自分の心象を取り違えているのか悩んでいた。正解はこうだ。『人間は人間の環世界に生きていて、歪んだ自然を見ている』」
ヨーゼフが裁縫箱をいじると、ハーベルトは悶え始めた。
「いや! おかあさん! いや!! わたしのGewehr、突撃銃はどこ?」
ど近眼の少女がメガネを取り落とした時のように、ハーベルトは何もない地面をまさぐる。彼女の環世界には豹変した母親が実在しており、銃を取り上げるかわりに箒を与える虐待を行っている。
「……なんだか、可哀想になってきたわ。見ていられない」
ミルドラースは自分の立場を省みず、ドイッチェラントに帰ろうとした。後先を考えず、衝動に後押しされるのが女だ。
「で、そのフィルターは独逸語でトーンというのさ。お前が洋品店で服を買うときは『お気に入り』というトーンを無意識に働かせている。隷従しているといって過言ではない。お前を人として認識させるトーンが大学にあるとは思えないがな」
ヨーゼフがそういうとアルケノンはムッとした。
「で、あの子をいじめるつもり?」
すると、ヨーゼフはあっけらかんと言い放った。
「彼女しだいさ。力で屈服させても裏切るだろう。だから、トロイメライ家の価値観を歪曲するトーンをぶち込んでやったんだ。あの女の信念、あの女の信念、猪突猛進を阻むものは縫いぐるみだ。しかもそいつは母親の化身だ。ぶっ殺して進むか、優しさと家庭のぬくもりに溺れて死ぬか」
ハーベルトは専業主婦に目覚めた母親にたっぷりと存在否定されている。
「ハーベルト! 赤ん坊を抱っこする時はこうよ。何度言えばわかるの?!」
ベビーベッドの前でミュルダールが娘を叱り飛ばしている。ハーベルトは言われた通りに抱こうとするのだが、なぜか銃を持つ仕草になる。
「おかあさん。どうしてもこうなってしまうのよ!」
ハーベルトが涙ながらに訴えるとミュルダールはため息をついた。そして、腕をあえる。
「ひぃっ」
娘は鉄拳制裁に備えて身を固くした。意外なことに、母親の手は彼女の頭上を通り過ぎて背後の棚に向かった。
ウンと背筋をのばして、両手で毛玉のような物をおろす。ふわふわした柔らかい物体がハーベルトに手渡された。
「しょうがないね。この熊ちゃんで練習しとくんだよ。今日はこれでおしまい」
母親はそそくさと出ていった。そのあとにクマぬいぐるみを抱いたハーベルトがぽつねんと残された。しかし、彼女には武装SSの魂がまだ燻っていた。母親がいなくなって敵愾心がぶり返した。「ぜ……ぜんしん……あるのみ」
少女はクマぬいぐるみを投げ捨てた。だが、ヌイグルミはひょいっと横滑りしてハーベルトを阻む。
「何よ、あんた!」
万難を排せよ。たとえ相手が女子供で泣きながら命乞いをしようと、容赦なく……。
「排除!」
ハーベルトは熊を蹴り上げた。しかし、クマぬいぐるみは涙ぐむ。
「どうして暴力を振るうの? ボクがキミに何かした? したのだったら、ごめんよう」
祥子の声でひたすらに許しを請う。
「ごめんよう。ごめんよう。ごめんよう」
「あなたねぇ……」
ハーベルトは腰をかがめて、ヌイグルミを抱き上げた。
「ごめんよう。ごめんよう。ごめんよう……」
「ごめんなさいするのはわたしの方よ」
ポロポロと涙でぬいぐるみベアが濡れる。
「とうとう、枢軸特急乗務員の運行規則を封じたのね!」
邨埜純色が驚きの声をあげる。連合軍司令部専用急行でも太刀打ちできなかった連中をヨーゼフが仕留めたのだ。
「あの子はどうなるの?」
緑色したライナー・ミルドラースが心配する。横転した枢軸特急と乗務員はピンク色のドームをじっと見守っている。
「あいつは縫いぐるみと向き合うことで自己矛盾にたどり着いたんだ。それより、第二ラウンドに移るぞ」
ヨーゼフは裁縫箱を握りしめた。
■ TWX1369 戦闘指揮車両
ハウゼル列車長は閉鎖空間に封印されたハーベルトを救出すべく、行動を起こした。ドームが雲散霧消し、ビキニ姿の天使が呆けた顔で正座している。膝のうえにはパンパンに膨れたブルマーがあり、脱いだセーラー服やスカートを無理やり詰め込んである。
どういうわけか、ハーベルトはそれを我が子の様に撫でている。
「私が指揮を執ります。ハーベルトはリンドバーグの壁に堕ちた模様」
車内アナウンスと同時に急発進。ラッセル車のごとく除雪する。武装SSたちは一斉に翼を開いた。銀世界を赤や紺の端切れが彩る。
「着ぐるみどもの弱点はアルカリよ」
ハウゼルはダイマー聴覚で女子兵たちと対策を共有した。ハーベルトがせん妄状態に陥る前に聞いていた。
先手必勝。油断しきった着ぐるみ少女に重水の雨が降る。アンダースイムショーツ一枚に剥かれた女の子たちが泣きながら逃げ惑う。モーゼが紅海を割るように着ぐるみの波が引いたところへTWX1369が滑りこむ。
「怯むな。ヌイグルミ心理学、第二心象行動原理!」
ヨーゼフが一喝すると、枢軸特急の前輪が線路にめり込んだ。そのままズブズブと透明感あふれる大地に沈んでいく。
「なっ――?! どういう……」
空転するピストンがハウゼルの驚声を遮る。
「ふーはっは! ヌイグルミ第二心象行動原理は既にヌイグルミと関わった人間を暴き立てるものだ。ハウゼル、いやトルマリン・ソジャーナーたちよ。もう一度、自分を顧みるのだ」
ヨーゼフの無血革命は快進撃を轟かす。
◇ ◇ ◇ ◇
「あら? ブレッヒマン、ブレッヒマンはどこ?」
見覚えのある天井を朝日が染めている。ハウゼルはモソモソと毛布から顔を出すと、枕元に手を伸ばした。
ない。
命よりも大事な親友がいない。二人は固い絆で結ばれている。喜怒哀楽を共にした、彼女にとっては片時も離せないソウルメイト。
「ブレッヒマーン!」
ハウゼルは小さなヒップを突き出してベッドの下を覗き込こむ。フリフリのスリップから無地のショーツが見え隠れする。
フクロウのように目を見開いたが、小熊のブレッヒマンはいない。
「ブレッヒマーン。どこーー? かくれんぼしないで出てきてー」
小さな少女ハウゼルは寝室を駆けずり回る。クローゼット、勉強机、ゴミ箱、思い当たる場所は一通り探した。
ブレッヒマンは量子AIを内蔵したハイテク玩具で自律行動したり人語を解する。彼と持ち主は婚姻関係にある、とハウゼルは主張している。かくれんぼは二人の日課だった。
廊下の向こうからヒステリックな声が飛んできた。
「アーデント! 今日から学校なのよ!!」
髪を結った小太りの女がハウゼルをつまみあげた。
「だって、おかあさん。ブレッヒマンが~」
ぐずる長女にマルゲリータは容赦ない仕打ちを加える。ビリビリとスリップを破き、ショーツをはぎ取る。
「馬鹿なことを言わないで制服に着替えなさい」
裸のハウゼルが脱衣籠に尻もちをついた。そこには真新しい独逸少女同盟の制服が畳んである。
「おか~さん。ブレッヒマンは?」
ぐずる娘に母親は雷を落とした。
「遊んでないでさっさと支度おし! あんなもの勉強の邪魔だよ」
ハウゼルが駄々をこねているとキッチンから蚊の鳴くような声がした。
「ブレッヒマン!」
彼女は母親を突き飛ばし、裸のままリビングに駆け込んだ。
「ああっ! はしたない!! それでもドイッチェラント良妻賢母の娘ですか?!」
母親は部屋に入るなり異様な光景を目の当たりにした。
一糸まとわぬ我が子がブレッヒマンの首に顔をうずめている。
「わああああ。ブレッヒマン~。死なないで~」
哀れなクマぬいぐるみは頸椎の形をしたケーブルを垂らして、遺言をのべている。
「ブレッヒマンおねがいよ。わたし、あなたと一緒でなきゃ生きていけない」
ハウゼルは何とか熊を救護しようとケーブルに粘着テープを巻いている。量子オモチャはケーブル内部の量子もつれに依存している。破壊されれば、量子エンタングルメント状態が失われ、疑似人格を二度と復活させられない。
「「アーデント! ぐずぐずしないて学校へ行きな!」
「いやよ! わたし、ブレッヒマンとずっと一緒だもん。どこにもいかないもん!」
梃子でも動かぬアーデントをマルゲリータが引きずる。こういう有害玩具に限ってどうしてこうも頑丈なのか。
彼女はヌイグルミに引導を渡すべく、後ろ手で包丁を握った。
そんなオモチャなんかさっさと……メチャプ!」
マルゲリータの頭が赤い霧と化した。
「なん……だと?」
環世界の予期せぬ停止にヨーゼフは思考停止した、
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アーデントが異世界を駆け巡る枢軸特急の列車長を志したのは、ブレッヒマンというくびきを失ったからだ。
ヨーゼフは彼女の経歴調査を怠っていた。
「フン。枢軸基幹同盟最後の良心が宇宙人とは皮肉なものだねぇ」
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