枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

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向こう見ずな天の川(アンナスル・アルワーキ) ⑤ トライアングラー前編

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■ 枢軸特急山田公園駅跡

春日山の向こうが薄っすらと白みはじめた。戦闘は主観的時間にしてわずか数分間の出来事に感じられたが、悪戦苦闘は数時間に及んだ模様だ。認識のギャップにハーベルトは軽いめまいを覚えた。彼女が土壇場で繰り出した浄化は駅舎にも効果を発揮しており、猛威を振るったスケルトン軍団も遺灰と化していた。
「ふぅ、死ぬかと思ったわよ」
祥子とハーベルトの前に大型の鳥が舞い降りた。よく見るとスキンヘッドの黒人が煤けた翼を背負っている。
「ハゲカラス?」
つい、印象を口に出してしまったハーベルト。
貴女あなた機関車で轢き殺しますよ!」
列車長は大激戦を制してなお、やり返す余力があるようだ。三人とも肌は灰や煤で汚れ、唇はひび割れ、こびりついた泥が一糸まとわぬ素肌をどうにか隠している。おまけに特有の薬品臭がする。
「エリス。悪いけど靴を三足、コルヌコピアして持って来てちょうだい」
ハーベルトはダイマー共有聴覚で車内の宇宙人を呼んだ。
「何でぱんつじゃないのさ? それに水ならここで浴びるのに?」
祥子は言われる前に身体を山田池に沈めた。澄んだ水が手を切るように冷たい。
「濡れたままじゃ機関車まで飛べないわよ。それに靴が無いと足の裏を切るわよ」
ハーベルトが屈んで足元の砂粒を拾い上げた。まるでコンクリート壁かガラス瓶を砕いたようにゴツゴツしていて断面が鋭い。
「ねぇ、ハーベルト。それは何? バライトとかセレスタイトの残滓かい?」
祥子がつるりとした頭だけを水面から出す。まるでチョコレートバーにバニラヨーグルトをトッピングしたような色合いだ。
「はい。おまっと!」
スニーカーを履いた宇宙人グレイが布巾着を担いで歩いてきた。ハーベルトの傍らにバラバラと運動靴を投げ出す。
「ああ、これね……」
彼女は訳知り顔で一粒つまみあげると、祥子めがけてポイっと放り投げた。
「人間の焼け残りよ」
「――ッ!」
祥子はざぶんと身体を沈め、貝になりたいと願った。

◇ ◇

素肌を朝霧に隠しながら四人がTWXに向かっていると、県道の中央部に黒い大きなシミが出来ていた。ちょうど、三人分のシルエットが折り重なっている。
「この子たちには可哀想なことをしたわ。戦争とは無縁の異世界に転生してほしいものね」
ハウゼルが幽子情報系ソウスに戻った女生徒たちを弔う。
「それで、どうするの? ハーベルト。旅人の外套効果が絶対のもので無くなった以上、戦略の大幅な練り直しは避けられない」
機関車に向かう道すがらエリスは量子オペラグラスで崩れた駅舎を観察している。ワールドクラスをコード2047のそれと同調させて浸潤する攻め方は、枢軸の防衛戦略を根本的から覆す。
「価値観や意味論でない斬新な発想で世界観を差別化しないとダメね……」
ハーベルトは焼け落ちたプラットフォームを見やってふぅっと吐息した。
「ねぇ、待ってよ! ハーベルトったらぁ~~!」
遅れて祥子がバタバタと追いかけてきた。手に名刺大の白い板を持っている。合流すると、肩で息をしながらハーベルトに手渡した。「へぇ……あの子、翡翠ミナっていうの?」
ハーベルトは先ほど回収した生徒絵長と突き合わせて、本人の物であと確認した。
「聖イライサニス学園総合文芸部の責任者がパフと通じている理由がわからない」
「ハーベルト、それはボクも同じだよ」
首をひねる提督に祥子が同意した。
「それより極大射程織姫砲グランドベガ・キャノンの防衛が先だそうです。TWX1369は直衛に回れと」
ハウゼルが大総統府からの直電をダイマー共有感覚に中継する。一足早く星ヶ丘市内に展開している秘密警察特捜部シュターツカペレ・ドレスデンは全域から連合のワールドクラスが消滅したことを確認している。
「天の川流域をセレスタイトで燻蒸するように伝えて。気休め程度だけど」
ハーベルトは憑かれた表情で機関車に乗り込んだ。

■ 石清水八幡宮 拝殿

木津川の予期せぬ氾濫により一般参賀は中止された。参拝客は早々に下山し、蛍叛電車で避難している。その路線も星ヶ丘市内の一部で線路が冠水している。御殿山ごてんやまから牧野駅まきのにかけてはいわゆるゼロメートルと呼ばれ、標高が大阪湾の平均水位より低い。
鳩ヶ峰の麓に青い湖が讃えている。ぽっこりと突き出た島は養父丘やぶおかという急こう配だ。

殴る蹴るの暴行をくわえられた校倉涼子は、魔法の龍が到着した時に虫の息だった。彼らはセレスタイトの浄化作用に負けるほどヤワな存在ではなかった。浄化とは価値観の暴力的な平均化である。平衡状態は「この世は確実でない」という不確定性原理によって突き崩される。パフは鱗に宿した確率変動エネルギーを潤滑油にして、上手に暴力的正義の波を乗り切った。


和蘭坂遥祐が南極石をあてがい、九死に一生を得た。ただ、辛うじて心肺停止を免れているだけで、運命の針はデッドゾーン付近をさまよっている。翡翠ミナが血だらけのセーラー服とスカートをハサミで切り、遥祐が鉤爪で体操服の襟から真一文字に裂いた。レオタードとスクール水着の肩紐つかんで、ビキニブラごとベリベリっと破り取り、左胸を露出させる。
「涼子、涼子、目を覚まして。早く脚本を完成させて!」
ミナが見守るなか、遥祐が人工呼吸を続けている。役得などというなかれ。人工呼吸は傍で見るより重労働なのである。おまけに肋骨を折らないよう細心の注意が必要だ。遥祐は社会福祉士の資格を活用して、それを難なくやってのけた。最後に白馬の王子様よろしく口づけすると涼子は息を吹き返した。しばらくすると、様態が安定してどうにか話せるようになった。
誰にやられたのか、と翡翠が問い詰めると、ミナは息も絶え絶えに告げた。
「田實ヒナ……倉沢ヨエコ……」
その名を聞いてヒナは激怒した。
「知っているのか?」
遥祐の問いに彼女は吐き捨てるように答える。
「知ってるも何も、汚名が轟き渡ってるわよ。こいつらは”ライク・ア・ライター”の互助評価群コーポレートよ」

彼女が言うには、咆哮/熱病ネットワーク上には文筆家を自称する同士が集うウルフパックがいくつかあり、その最大級がライク・ア・ライター(通称LaW:ロウ)である。
ロウの咆哮者ロワーは星ヶ丘市内の大手企業であり、聴取者ギグラーの優秀作品をピックアップしては杓子定規テンプレートを恣意的に調整している。その作品を支持する声が増えれば、インフォプレナーに優先配信される率も上がり、再咆哮リ・ローリングで盛んに紹介される。
いわば、ライク・ア・ライターはインフォプレナー出版界の登竜門となっているわけだが、良かれと思って構築された制度を悪用する輩がいる。
「互助評価群は利己主義集団よ。なんでもやる。得票工作はもちろん、盗作咆哮パクロウや目障りなライバルを潰すためなら、直接手を下す」
ミナはインフォプレナー界の闇を洗いざらいぶちまけた。
「フムン。つまり負の集合知という奴か。面白い。そいつらを利用させてもらおう。不正のトライアングルと言ってな、そのコーポレートとやららが持つ潜在能力を巧く偏向すれば、ベルナール湖のハイパー核を引きずり出せる」
和蘭坂遥祐の理論は翡翠ミナには難しすぎて三割も理解できない。彼女がきょとんとしていると、遥祐はわかりやすく噛み砕いた。
「つまり、ワルどもをブチのめして、そいつら生命力を根こそぎ戴くのさ」


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